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第110話 ジンのひとりごと

王国軍の派兵は王都バリスンシティ中へと知れ渡った。


先遣隊は3名の大物魔導士が派遣されて時間をかせぎ、その間に王都から2万の王国軍がベルンへと派兵される。

現在は戦場となったタペストリーから最も近い都市ベルンに駐留している1万の兵が救援に向かっており、王都からの2万の師団がベルンへと到着次第その内1万がまたタペストリー領へと派兵される。残る1万は入れ替わりで主要都市ベルンの守備にあたる。


「どうしても私も同行させていただけませんか?」


今回タペストリー領へ派兵する軍の司令官を務めるのは王国軍の副総司令であるジン。

世界最強と呼び名の高い王国軍において一目も二目もおかれる頭脳と戦闘力を持つ。平民から出世街道を昇り切った男。

今は率いる軍団が出兵する直前であり、司令官として判断と確認で目も回る忙しいタイミングだ。


そのジンに食い下がり懇願を続ける少女がひとり。

ジンは丁寧に応対しながらも大至急で進んでいく準備に指示を出し続ける。

それでもその女性は縋りつくようにジン軍団長から離れない。


強い目線を隠すことなく言い切る魔道学院の制服を着た女性。

居合の達人のような厳しい目つきには確固たる覚悟が宿っている。それがジンにはわかってしまう。


「だからダーメだっつーてんですよ!わかってくれませんかね?」


「そういわれても我がタペストリー家の領地のことです。父の補佐をせねばならないのです!」


「今は戦闘継続中の危険地域ですから軍と必要物資の搬入以外は通行止めなんすよ。わかってくださいよ」


ジンは昔から、幼いスラムの孤児であった頃から変わらない。

肩書がどうであろうと、出世しようがしまいが。

切れ者の見た目とは裏腹に、弱きものや純粋な思いを捨て置けない。愛情深い思いやりに溢れる男だ。

出陣の準備に忙殺されながらも覚悟を決めた目で涙ながらに縋りついてくる女学生を無下にできなかった。


「そこを何とか頼めないだろうか。我が父が殺されるところをみすみす見過ごすわけにはいかないんだ」


「だーかーら、そこはこっちの仕事なんですってば。我々が速攻で救援に向かってタペストリー領を救って見せますのでまかせてもらえませんか?」


「しかし大軍が押し寄せていると聞いている。今から軍が出撃しても数日かかるだろう、その間にもし、もし父に何かあれば私が引き継いで領地で戦わなければならないのだ。私は領主の跡継ぎなのだわかってくれないか!」


「そうならないように今先遣隊が向かっていますから、腕っこきが向かっていますから。必ず彼らが時間をかせいでくれますから安心してくださいってば」


こんな少女が自分の領地を守るため命をかけようとしている。

言葉は丁寧だが絶対に許せることではないし、それなのに少女にそう言わせていることが歯がゆかった。


「先遣隊?魔導士団から何人か向かったと聞いているが、今日出発したのだろう?確かに彼らの移動は兵士より随分と早いがそれでも時間がかかるだろう!それでは多分、間に合わない」


詰め寄るのはタペストリー領の一粒種であり魔道学院の生徒会長を務めるフローラ。


鳥の使い魔がもたらした父親の伝言を聞いて飛び上がって驚き、すぐさま派兵軍に帯同できるよう準備を整えて王宮へと駆けつけてきた。

簡単な書簡には父の発明と戦略で何とか昨日は防いだこと、王国軍へと援軍を依頼したからフローラは王都を動かないようある。だがそんなものは自分を安心させるためだ。


フローラが知っている父は領主だからと城の中で守られるタイプではない。

領民と兵士と一緒になって血と汗を流しながら国を守るために戦う男だ。

間違いなく今この時も最前線で自分の発明品を振り回している。


矍鑠(かくしゃく)とした貴族の娘がうつ向いて涙をポタリポタリと流す姿に、ジンが耐えられるはずもない。

教会への支援しかり。ジンは想いには想いで返す情に厚い男だ。


しばらく逡巡した後。彼はあきらめたように口を開いた。


「今すぐ到着するならまだ大丈夫なんでしょう?」

「?ええ、父上の発明品が持つ間は何とかなるでしょうがそれも今日中持てばいい方でしょう。しかしそれでは遅いのです司令殿!」


必死な叫びをあげるフローラをなだめるようにジンはウンウンと優しくうなずく。


「なら大丈夫でしょう、向かっているのは俺のダチです。あいつが大丈夫って言ったのだからそれは大丈夫なんです」


当たり前のように応えるジン。

だが先遣魔導士が現地へ辿りつくまでにかかるであろう時間、今にも陥落するかもしれない砦。

ダチだからとか、言ったからとか。そんな気持ちの問題ですむはずがない。このままでは明日にも父の戦死が伝わってくるだろう。


できもしないことを。

フローラはくやしくて歯を食いしばる。


「それはキルリス魔導師団長のことですか?たしかにあのお方は王国一の魔導士だ、その場にいてくだされば時間はかせいでくれるかもしれない!だが無理なのです、学院長の桁外れた魔術は知っていますがそれでも間に合わないでしょうに!」


「うーん、これは内緒ですけどね。っつーか、絶対内緒にしてもらいますけどね。いいですか?」


涙をふくようハンカチを渡しながらジンは口に指を立てた。

だまっていてくださいよ、というお願いだ。


「俺が勝手に思っている『世界で一番の魔法使い』が現場に急行しています。ぼちぼちタペストリー領に到着するはずですよ?もちろんキルリス師団長も連れて。今はまだタペストリー爵が生きておられるのであれば問題ありやせん。ああ、そういえばそいつはこんなこと言ってたなあ」


見上げるフローラへ、ジンはニカリと笑顔を見せた。


「タペストリー侯爵領はうちの生徒会長の実家なんで、蛮族に荒らさせるわけにもいきません。だったかな?あなたのことも気にして気合いれてたから信じてみちゃあどうでしょう?」


「ユーリ、ですか」


それには答えずにジンは呟いた。


「ガイゼル総司令をタイマンで圧倒して、キルリス師団長が手も足もでない最強の魔導士が向かってやす。俺達もアイツを信じてるんで全ての行軍はアイツが言った通りに進む前提での作戦になってます。若者に頼っちまう俺達も情けねえですがしょうがねえ。あいつが振るうのはきっと神様の力だ。だったらきっと正しいものは救われますよ」


「そう。ですか」


涙を拭いたハンカチを握るとフローラは前を向いた。

最善の手が打たれているならあとは信じるしかない。


「ジン司令もお気をつけて。ハンカチのお礼もせねばならないのでご無事にお戻りください」


カチリと礼をしたフローラは踵をかえした。

後輩と呼ぶには頼もしく信頼できる友に思いを馳せる。

会話を交わさずとも自分の領地を気にかけてくれる青年のことに。


「カタがついたらやはり一度我が領地へ招かねばな。できればそのまま住み着いてもらうのが一番いいのだが」


今回はユーリと父親の初対面を見逃すことになるがしょうがない。

次に領地へと戻ったら父からたっぷりと話をきくことにしよう。


父との再会を楽しみにすればいいのだ。


ジンが言う『最強の魔導士』がうまくやってくれる。



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