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神様に辿りつく少年  作者: 水砲


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第106話 闇魔法

「ユーリは自由に空を飛べるよな、前にハイラント公爵を強襲したときに浮いてたろう?」


ベッシリーニ邸。

戻った俺はソファでキルリスと向き合った。

だんだんと落ち着いてくると現実的な話が始まる。


「ああ普通に飛べるけど・・・あれって闇魔法をそこそこ使えないと自由に飛べないよな。一直線にこう」

腕を湾曲にまげて説明する。

「ロケットみたいに自分を撃ちだすだけなら風魔法だけでも問題ないと思うけど」


マーサさんの優しい食事に癒されながら、俺はキルリスからこれまであったことを聞いていく。


じっくり煮込んで柔らかくなった野菜のスープ、香辛料は殆ど使われていない優しい味だ。

随分久しぶりの食事らしいので少しづつゆっくり食べるよう注意を受ける。

俺としては腹ペコだからガツガツいきたいけど。

それでも言われたとおりにすると、少し口に入れるとペチャンコにつぶれて通り道の狭くなった食べ物の通道をぐぐぐとこじあけながら食べ物が入っていくのを感じる。

異物をむりやり流し込んでるみたいな、でも体が欲していてうれしがってるような。


「おいしい。おいしいです」


ああ生きてる、俺。


そんな風に感じるのはもう何度目だろう。


「よかったわ。たくさんあるけど少しづつ時間をおきながら、ね?胃が小さくなってるでしょうから」


マーサさんの気遣いが身に染みる。

ドジったのは自分なのに助けてくれる人がいる。

前の俺だったら誰からも触れられずに野ざらしだろう、って考えるのはもうやめる。

このままじゃあいつまで経っても俺はクズな世界から抜けきれない。

俺はキャサリンと一緒に生きるって決めたのだから。ひまわりのお花みたいにまっすぐ花をさかせるキャサリンと一緒にいるにはいつまでも腐った世界にいるわけにはいかない。


「こちらを見張ってたのは東の帝国に間違いない。他にも情報にさとい貴族たちが間諜を放ってたが、一部は裏に東の意図を感じる。第一王子派の面々は東が裏で糸を引いてるようだ」


「東は軍事力より暗殺と闇魔術で有名ですよね?一説には世界中の裏情報が全て東の王朝に集まっているとか。ちょっとしたカルト情報だけど」


キルリスは大きくうなずくと話をつづけた。


「国家戦略は厳しい情報戦だ。その情報次第では国が亡びるからな。裏ではあの手この手で相手を挑発したり誘導したり化かし合ったり。そしてその際に必要になるのが裏の戦略で使える暗殺力や闇魔術だ」


直接の戦いなら王国軍は最強だけど、あたまのいい敵はそんな戦い方はしない。してくれない。

個人の命を直接狙うなり貴族たちを扇動したり操って。情報を手に入れ計画を練って自分たちに都合がよいように敵を混乱させる。


「それと闇魔法の飛翔が問題だ。私も一直線なら空を飛べるがそんなのはジャンプでしかない。自由に空を飛んでるやつらからするとただのカモだ。おかげで先日はロボと二人で撤退戦することになったわけだ」


俺の倒れている間にヤラレた話だ。

自由に空を飛びまわる相手に一直線で飛び上がっても。相手が一騎なら奇襲が成功するだろうけど、複数いれば飛んでいるところを狙い撃ちされるだろう。


「ならばパピィーも闇魔法憶えりゃいいだろ?あとは闇魔法が使える信頼できる仲間が欲しいよな。敵がまとまってりゃ俺一人で殲滅戦するけどそうはいかないよな」


さすがに今回ので懲りたよ。勝つか負けるか以外でも何があるかわかったもんじゃない。今回の件も一人じゃ倒されたまんまおっ死んでたとこだ。

そんな目に俺の仲間をあわせるわけにはいかない。


ワォーーーーーーーンッ!!


狼の遠吠えが聞こえた。

玄関に誰か来たらしくマーサさんが対応に出る足音が聞こえる。


「せめてもう一人闇魔法が使える腕っこきと組みたいんだけどなあ」

キルリスと二人でそんなうまいこといかないよな、と苦笑いしてしまった。まさにその時。


ガチャリと扉が開いた。


「それって俺のことかい?」


汚れと埃にまみれてズタボロマントをはおったひげズラの男。

クイッと自分を親指で指して恰好をつけながら。


ああイラつく。


「久しぶりだなお前ら。ご指名により南のジャングルからただいま帰還だ。どうだ?嬉しいだろう?」


ニヤリと表情まで恰好をつけているつもりで全然ハマってない真っ黒に汚れたこの男。

俺もキルリスも下を向いて首を振るしかない。


冒険者ギルド最強の魔導士であり俺の師匠でもあるこの男。ジョバン。


恰好をつけたポーズのまま誰にも相手にされずに放置され続てしまうのは自業自得だ。




「久しぶりだなユーリ。相変わらず楽しそうなことやってやがる」


初めてあった時のように顔も服も汚れて真っ黒、無精ひげが随分伸びている。

違うのはガリガリじゃないとこだからメシだけは食えてるようだ。あの時よりマシなのか?


「なに言ってんだよ相変わらずきったねーな。キルリスにメシでも奢らせにきたのか?」


くさい、きたない。

俺はもともとそっちの世界の住人だから笑っちまうだけだけど清潔なこの屋敷に似合わないって。


「バカ野郎、弟子のピンチに駆け付けるのは師匠の役目だっつーの。そんでピンチを何とかしてやるからまたメシ奢れ」


安い。

安すぎるヤツだ。

もしかしてテレ隠しかコレ?


「わかんねーおまえの頭の中いまいちわかんねー。前はもちっとわかってたつもりだったけど俺がまともになりすぎたのか?あんたの頭の中のネジが何本もはずれたのか?」


いいやつには違いない。


だけど昔の俺だったら楽しめたのに。今の俺からしたら大丈夫か心配になっちまうぞ。

大変な状況かわかってないくせに。だけど絶対にえらい大変な案件だって気付いているくせに。命かけるかもって話をメシですますのかよ。


「ほらほら二人でじゃれてないのジョバンは私が呼んだのよ。南で依頼をこなしてたから王宮特権で引き抜いてきてもらったの。かわいい息子のためだものね」


「え?マーサさんが呼んだの?それ俺の為?」


「そうよ、可愛い息子のためだもの。だからわかってるわよね?」


ニッコリ笑顔のマーサさん。


「はい!母上様!!一生ついていきます!!!」


心の中では「イエッサーッ!!」直立不動で敬礼して叫んでいた。


「フフフよかったわ素直な息子で。ガイゼル司令官に協力してもらって王宮から推薦してもらったのよ」


「そういえばジョバン闇魔法使えたよな。結構レベルあがったのか?」

こいつと離れる前までは、せいぜい重い荷物をちょっと軽くするくらいしかできなかったハズ。

空をとばずに自分を発射?してたし。


「東のやつらに負けないくらいにはなったと思うぞ。才能がほとばしりすぎてるからなあ俺」


いまごろわかったのか?ってドヤりやがる。

ムカつくのは相変わらずだ、だけど確かに今必要だコイツは!


「そうか本当に俺達のためにきてくれたんだ。わかったよメシくらいいくらでも食ってくれよ。いいよなキルリス?」


「こいつに食わすメシはない!」


腕を組んでぶっきらぼうに応えるキルリス。いつも紳士然としてるくせに、らしくない表情だ。

顔には「気にいらない」と書いてある。

そういや以前ジョバンのことを「気にいらないけど信頼できる」って言ってたな。


「けっ相変わらずしけたツラしてんな?どうせまだ闇魔法のひとつも使えねーんだろ?頭が固いっつーか周りが見えてねーっつーか。現場にいねえヤツはこれだからな」


「空から攻撃することの利点はわかっているつもりだがな?これまでの平面での戦闘が3次元に一変することだろう」


「すぐには移行できないだろうけどな。一番進んでる東でも20人くらいだろうし北と南はゼロ、王国はまあ俺と・・・多分ユーリも使えるんだろ?やっかいなのは、王国じゃ俺もユーリも天才だから使えるが東は育成できるってところだ。東は時間が経てばたつほど人数が増えていく」


東の帝国は闇魔法に特化した魔導士の育成を続けている。

俺達ほどじゃなくても、それなりの爆撃魔法を上空から打ち込む要員を確保できたなら。


魔導士が主攻とならない北や南との力関係はひっくり返るだろうし、地上からしか迎撃できない西の王国だって不利となる。


「なあジョバン。俺ら二人でキルリスに特訓するっつーのはどうだ?」

「お?いいのか?するとあれだ、魔法学院の学院長を俺達の弟子にするってことだな?そりゃ面白い」


ジョバンが悪い顔でニヤニヤしている。

わざわざ上から見下すようにキルリスを眺めているのがワザとらしい。


「どうするマイパパ?王国にいる「闇魔法のツートップ」から教えてもらえるなんて機会は二度とねーかもしんねーぞ?」


「・・・・・せめてユーリから教わる感じじゃダメか?」


キルリスは心底いやそうだけど、それでいて提案の有効性はヒシヒシと感じているのだろう。

折衷案なんだろうけど、それもなあ。


「いやそれでもいーけど?俺って最初から出来たからできねーヤツが何故できないかわかんねえんだよな。ホントは俺じゃなくてジョバン一人から教わった方がいいと思うけど、それじゃちょっとアンタが可哀そうだし。俺の出番はあんたがジョバンに近いレベルまであがってからだと思う」


キルリスは悩んだ。


状況的には教わるしかない。

国の未来を考える自分の役割を考えるなら。魔導士団として魔法に関するあらゆる危機に対応しなければならない役割を考えるなら。将来にわたって必要な魔法人材を育成しなければならない自分の役割を考えるなら。

しかし。

しかししかし。


ジョバンはライバルであり気にいらない仕事仲間だ。

実力を認めてはいるがこいつのようにだけはなりたくないと心の底が訴えてくる男だ。


だけど。


魔法に罪はないよな。


ふと思いついた自分への言い訳はなかなかにイカしていた。

魔法とは技術。技術は使う人によって善にも悪にもなる。

大量虐殺兵器にもなれば幾万もの人を救うこともできる。


それならコイツが使える魔法を自分が憶えてもっと有益な使い道を探るのが使命だろう。

俺はコイツみたいなチャランポランとは違うのだから。


様々な思いが逡巡した後に彼は己の小さなプライドを捨てることを決めるのだった。


「ジョバン、すまないが私に闇魔法を教えてくれ」


「い・や・だっ!」


・・・・・


見事な仕返し。

食事の恨みは奥が深い。



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