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笑う領主

 ゼーア国は数年前まで国内の治安は乱れ、内乱もたびたび起きていた。

 新しく国王となった王が法規を記し、厳格な権力をもって秩序を国にもたらすまで、国内は暗愚な貴族による圧政や、無法者による犯罪が横行していた。

 王命を受けた(貴族による)騎士団が各地に配備され、治安を取り戻すと、盗賊らによる市民への襲撃も減り、規律正しい騎士団の活動によって数年にわたり平和なときが訪れた。




 そんなある日、ゼーア国にある地方で殺人事件が起きた。


 町から離れた場所にある民家で、四人の農民の家族が暮らしていた。

 大きな小麦畑を管理する夫婦と二人の子供。

 その一家四人が惨殺されたのだ。


 憲兵が農民たちの家々を回り、あらゆる外敵から彼らを守ってきたのだが、このような事件が起きてしまったのである。


 民家の中は血まみれで、凄惨な光景が広がっていた。

 若い兵士はその残酷な仕打ちを受けた四人の遺体を見て、吐いてしまうほどだったらしい。

 どう見ても異常な犯行だった。


 まるで殺害した者の体を解体し、身体から内臓を取り出して、あたり一面に臓物を広げようとしたかのような惨状だった。

 文字どおり遺体は血の海の中にあり、あたりには錆びた鉄の臭いが充満していた。

 このような異常な事件を前にして、兵士たちはすみやかに国の中枢に報告した。

 すると、このような事件がここ数ヶ月のうちに数件起きていることが判明した。

 自警団などの報告があがっており、その情報をまとめると、ある領地の周辺で事件が起きていることがわかってきた。


「なんとしてもこの犯行をおこなっている者を捕らえるのだ」

 大臣はそう訴えたが、複数の領地をまたいで活動する殺人鬼を捕らえよ、と言っているのであって、兵士たちが見回りの人数や回数を増やしても、そう簡単に捕らえられるとは思えなかった。



 そこで白羽の矢が立ったのが宮廷に仕える若き魔導師、アズラムだった。



「よいかアズラム。この犯人を追い、捜し出すのだ」宮廷魔導師の第三位ナグスが彼を任命すると、この意見に反対はなく、アズラムが異常な殺人鬼を追う役目を負ったのである。


 彼は魔術を利用した人智外の認識を行う特殊技能──思念の読み手として、この事件の捜査役にふさわしいと抜擢されたのだ。




 犯行現場の調査をし、残留思念を辿ることで犯人の情報をつかむと、彼はその断片的な情報から犯人を追跡した。


 しかし彼の特殊技能──精神世界にある記憶領域への干渉──をもってしても、簡単に犯人に接近することはできなかった。

 なぜなら相手も魔術師だったからだ。

 犯人は防衛魔術を使い、精神干渉による追跡を妨害して逃れようとしていた。


(ただの頭のイカレた相手ではない。まさかナグスはそれを承知で私に任を負わせたのか?)


 アズラムは内心の焦りを隠して懸命に犯人を捜した。

 現実世界でも精神世界でも、彼は複数の地域を移動し、犯人の手がかりを追い求めた。

 犯人の防衛魔術を退けてなんとか核心に迫ろうと、犯行が起こるたびに現場に移動し、追跡の手が次第に犯人の背中に届きつつあった。

 すでに犠牲者は十人を超え、領地をまたいでいるころに二十人を超えてしまった。


 アズラムは執念深く、執拗に犯人の影を追いつづけ、そしてついに犯人を捕らえることに成功したのだった。……犠牲となった者を救うことはできなかったが。




「このクソ野郎!」

 村はずれの民家で捕らえられた犯人は、兵士たちにかなり乱暴に扱われた。いら立っていた兵士たち数名に袋叩きにされ、危うくその場で私刑リンチにあい、死亡してしまうのではないかとアズラムは焦り、兵士たちを止めたほどだった。


 最後の現場も酷い惨状が広がっていた。

 捕らえられた犯人は被害者の返り血を浴びながら笑っていた。

 口や鼻から流れる血は、兵士によって受けた暴行のせいだろうが。



「ぬふふ、ふぁははははは」

 笑いながら引きずられるように連行されて行く。


 殺人鬼が残した殺害現場には親と子供の死体が横たわり、アズラムは目を背けてしまう。

 あまりの非道な行いに、彼は言いようのない怒りを抱き、はらわたが煮えくり返る想いだった。



 この犯人は、町中に住む頭のいかれた犯罪者ではなく、貴族出の五十代の男だったことが判明した。

 だがこの男は比較的大きな貴族から放逐も同然の扱いを受け、小さな町を治める領主になるよう強制されていた。


 治める領地に暮らす民衆からは「笑う領主(フィルレード)」と呼ばれていた男。

 その様子からは残酷な一面を持っているなどと欠片も思われていないような人物であり、領主としてはそこそこの評判を勝ち得ていたようだ。温厚な、よく笑う人物として。



「なぜこのようなことを」

 アズラムの問いに、残酷な殺人鬼の領主ニフカは笑った。──ただただ笑っていた。


「ぬふぁ、ぁはははははは!」


 狂っている。

 誰もがそう思ったはずだ。


 死刑囚として地下牢に囚われてなお、ニフカは笑顔を絶やさなかった。そして奇妙な笑い声を地下の暗い通路にひびかせるのだった。

 しかし彼は、殺人の目的や動機については一切話さなかった。

 尋問した兵士の無遠慮で理不尽な暴力を受けても、拷問官の手による本格的な拷問を受けても、ニフカは笑っていた。


「ぬふぁははははぁ……! ふぁ──ハッハッはっはァ……!」


 その特徴的な笑い声。

 アズラムはニフカの治める領地の民が、彼のことを「笑う領主」と呼んでいたのを朧気おぼろげに思い出していた。


 なぜ彼は笑うのか? 笑いつづけるのか? 笑っていられるのか? アズラムにはわからなかった。


 しかしアズラムにはこの領主が頭のおかしくなっただけの、ただの魔術師崩れには思えなかった。

 少なくとも犯行現場に残された「跡」からは、なんらかの意図を感じていたのだ。


 しかし調べれば調べるほど、この領主の経歴からは、魔術との関わりが見つからなかったのである。


 彼が住んでいた邸宅には魔術に関する書物はおろか、呪具の一つも見つからなかった。にもかかわらず、防衛魔術で自らの犯行を隠していたのだ。


「まさか共犯者が?」

 椅子に縛りつけられた格好で体中をズタズタに切り刻まれ、指を落とされ、顔の皮を半分剥がれた状態になってうなだれているニフカに、アズラムはその質問を投げかけた。


「ぬふぁ……フフ、ふぁははは……」

 力ない声で笑うニフカ。

 口や鼻から流れた血が固まって黒くこびり付いていた。皮を剥がれた顔は苦しげな様子だが、その口元はいつもどおり不気味な笑みをたたえ、そしてやはり犯行については一切何も語らなかったのである。



 * * * * *



 こうして世にも恐ろしい殺人鬼の領主が処刑台に送られることになった。

 処刑の場は非公開の、街から離れた場所で行われることが決定した。

 街中での公開処刑を求める役人もいたが、むしろ今回の事件を極力民衆に知られることなく闇に葬りたい、そう望む者のほうが多かったようだ。


 頑丈な馬車で運ばれて行くニフカに、市民は誰も気づかなかっただろう。

 数騎の騎馬兵に囲まれて移動する馬車を市民は、いぶかる思いで見つめているくらいだった。

「フィルレード」は創作した言葉です。

市民が自分たちの領主を呼ぶ愛称としては好意的な呼び名、といった程度の意味です。

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