三題噺 スローテンポ バーテンダー 稚魚
しんみりとした夜、街の片隅にある小さなバー”スローテンポ”には常連客が集まっていた。
バーテンダーのマサルは、静かにカウンターの向こう側でグラスを磨きながら客たちの軽やかな会話に耳を傾けていた。
「ねぇ、マサルさん。今日は何か特別なカクテルを作ってくれない?」
と、女性客の一人が言った。
マサルは微笑んで頷き、左上の照明を眺めながら顎に手を当て考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「そうだなぁ、今日はちょっと変わったカクテルを作ってみようか。名前は【稚魚の夢】かな」
カウンター越しに客たちの顔が興味津々に変わる。
マサル迷わずインスピレーションのままにボトルを選んでいく。そして、それらを慎重にミックスしていく。
一番目を引く青いリキュールと、ふんわりとした白い泡が層をなす。その様子はまるで、水の中を泳ぐ稚魚たちが夢見る幻想的な世界だった。
「このカクテルはね、”スローテンポ”でしか味わえない特別なモノなんだ。」
マサルはそう言いながらカウンターに並んだグラスを客たちの前に置いた。
それぞれのグラスの中で青いリキュールがゆっくりと揺れ、まるで、小さな魚たちが泳いでるように見えた。
客たちはそれぞれグラスを手に取り、一口飲んでみた。口の中に広がる爽やかなな味わいと、ほんのりとした甘さが、まるで水の中を漂う稚魚たちのような感覚を引き起こした。
「これは素晴らしいカクテルね、マサルさん。夢の中をふわりと漂う感じで不思議だ」
一人の客が感嘆の声を漏らすと、他の客たちも頷いた。
その夜、”スローテンポ”のバーには、いつも以上に穏やかな空気が漂っていた。
稚魚たちが夢見る様な幻想的な時間が静かに流れていた。
そして、マサルは心の中でほほ笑んだ。このバーが持つ魔法の様な力を感じながら、また新しいカクテルのアイデアを考え始めていた。誰もがここに来るとスローテンポのリズムに身を任せ、日常の喧騒から解放されるのだ。
了