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短編小説「パンドラの箱か、或いは最後の希望か」

作者: ?がらくた

―――この世の悪を根絶してみせる。

政治団体の脱税や横領で、窮地に立たされていた与党がそう息巻き、政策を掲げた。

すると支持率は一気に8%台から50%まで持ち直す。

なんと彼らは≪犯罪行為等未然防止法≫によって、無職を社会から完全に排除し、隔離するというのだ。

何故ならば無職は無能で、甘えていて、犯罪者予備軍。

一刻も早く抹殺しなければならない、悪の中枢なのだから。


「善良な市民の皆様に危害を加える前に、我々が対処してみせましょう」


政治家の発言に市民は拍手喝采し、無職の排除を声高に叫ぶ。


「ありがとうございます、政治家様。怠け者さえいなくなれば、この国は平和になるの」

「俺たちだって苦しいのに、のうのうと暮らしているゴミを生かす意味はない。アンタたちの政党を選んでよかった」


いつしか政治家の無法も忘れ、市民は社会悪の無職の徹底的駆除を、心待ちにしたという。


「選ばなければ仕事はある。非正規に甘んじるのは、学歴を身につける努力を怠った、己の未熟さが原因だ」

「人生は自己責任だ。生まれでどれほどの差があろうとも、決して嘆くことなく、努力せねばなるまい」

「政治家は綺麗事だけでは務まらない。社会保障に頼るばかりの寄生虫が、少し不正を働いたくらいで、金持ちの我々を蔑むな。ルサンチマンだ。嫉妬だ。お前たち無職は、自己愛性人格障害者で、精神異常者だ。故に真面目に取り合うに値しない。さっさと世の為、人の為に自殺するのが唯一の社会貢献だ」


社会の正論を被害者意識だけは強い無職が反論するが、市民は無視して聞き流された。

企業が安い労働力に頼らざるを得ないのも、元はといえば無職共に非があるのだ。

無職が低賃金で働きさえすれば、企業の内部留保は増え、丸く収まったというのに。


政治のせいにするな、社会のせいにするな、親のせいにするな、環境のせいにするな、他人のせいにするな、他罰的な思考をするな。

我が国が衰退したのは、全て貴様ら無職に問題があるのだ。

穀潰しさえ殺してしまえば、我が国は富国強兵に生まれ変わるのだ。


無職が働きさえすれば生産性は向上するのに、怠け者が世界一親切な我々の足を引っ張る。

低賃金で割に合わない?

過労が原因の精神不調で、医者から働くのは駄目だと言われた?

そもそも人手不足という割には、企業に雇われないから、働かないだと?

それではまるで政治や企業の側に、問題があるかのようではないか。

貴様らは失業者でも精神障害者でもない。

単なる怠け者で、甘えたクズで、生きる価値のない、生産性皆無のニートで、アリとキリギリスのキリギリスで、子供部屋おじさん(おばさん)だ。

であるからして、社会はお前たちなど助けない。

善良な庶民の皆様や生産に励む企業に楯突いた罰として首を吊れ。

恥知らずの無職共め。


勤労の義務を果たさぬゴミ共。

低賃金重労働だろうが、仕事を選ばずに働くがいい。

そもそも勤労の義務は公務員が遵守すべきもの?

黙れ、無職の発言など全て間違いだ。

権力を持つ者が正しく、持たざる者は存在自体が誤りだ。

無職になるような低学歴の無能力者の発言なぞ、まったく信頼できない。

義務を果たさぬのなら、社会保障に頼らず野垂れ死ぬのが道理だ。


さっきから我々の言動に、無学の無職共が反論をしてくるが。

綺麗事で誤魔化したところで、世の中は弱肉強食!

市民の皆様もご唱和ください。

無能力の無職を


殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


弱い個体は自然界では淘汰される。

人間は無駄に増えすぎたのだ。

このままでは強者が弱者に喰われてしまう!

クズのせいで、社会保障費は膨れ上がるばかり!

市民の皆様の苦しみの根源を、我々は知っているはずです!

さぁ、一緒に!

寄生虫の無職を


殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


右翼の皆様は国家の恥だと、無職の殺戮に賛成しました。

左翼の皆様は無職などの差別よりも、遥かに深刻な黒人や身体障害者、環境問題にしか興味がないようです。

ノンポリの皆様は賛成多数。

何も発言しなかった市民の皆様は、無職が死のうが無関心。

つまり市民の皆様の大多数が、無職の鏖殺を認めたのです!


殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


……本来ならばそうしたいが悪逆非道な連中にも、基本的人権があるのが厄介だ。


「アパルトヘイトを彷彿とさせる、倫理観と人権意識の欠落した、深刻な差別」


欧米メディアからはそう揶揄され、批判されたが、これは区別。

断じて差別などではなく、無職は排除しなければならないのだ。

そもそも人種差別とは違って、職業は選べるのだから。

働かないクズは自らの意思で、無職になっているのだから。


製造責任で無職を生み出した両親が殺害すべきだ。

しかしゴミに成り果てたとはいえ、手塩にかけた我が子である

0に等しいが、社会復帰の可能性もなくはない。

我々の慈悲をありがたく思え!

こうして彼らは瘋癲(ふうてん)隔離特区に移送され、集合団地にて暮らすこととなる。

社会から隔離された団地は、ギリシャ神話の奇品になぞらえて、いつしかこう呼ばれた。

―――あらゆる絶望と悪、災厄が収められた、パンドラの箱と。

もし無職が世に解き放たれようものなら、国が滅ぶと。


基本的人権がある以上は、最低賃金と同程度の金銭と衣食住だけは、与えねばならない。

娯楽がなければ、何をしでかすか。

常に社会への復讐に執念を燃やし、人種差別までする上、匿名で誹謗中傷をするに違いない!

無職はやはりテロリストそのものだ!


「善良な市民の皆様。寄生虫のゴミのせいで、社会保障の負担増になりますが、どうかお許しください」


隔離特区に掛かる費用と銘打って、税金の8割以上が企業減税に用いられた。

しかし誰も文句などいわなかった。

無職が消えてくれれば、生活苦に喘ぐ自分自身の負担増でさえ、庶民はどうでもよかったのだ。




国民が落伍者の排除を望んだ未来。

20代半ばの青年、平良洋(たいら・ひろし)は就職活動に失敗し、特区へと移送された一人。

新入りとして、団地の近隣住民へ挨拶をすることにした。

くすんだコンクリートの外壁は、彼らの前途多難な未来を象徴するかのように聳え立つ。


「すいませ~ん。隣に越してきた平良ですが……」

「ど、どうも。田之上です。よろしく」


インターホンを推すと駆ける音が耳に届き、出てきたのは中肉中背で黒髪の中年男性。

容姿は普通なのだが挙動不審で視線の定まらない姿に、失礼ながら青年は


(この人は、働けなさそうだな)


と、素朴に感じたという。

胸にはバッジをしており、三ツ星は最大の危険度を表している。

若い洋くんにはまだないのだが、無職の期間が長ければ長いほどに、負の刻印は徐々に、その存在感を放っていく。

家で少しの間休憩をし、団地の傍にある公園の人だかりに近づくと、見知らぬ人物が洋くんに声を掛けてきた。


「お、もしかして新入りくんかな?」

「はい、平良です。3号棟の2階に越してきました」


一つ星の男性は周囲の人物と、ヒソヒソと話し始めると、洋くんに告げた。


「あそこの人とは関わらない方がいいよ」

「なんでですか?」

「だって、ほら、ねぇ」


胸のバッジを指指し、明言を避ける。

暗に三ツ星は危ないと言いたいのだろうか。

特に何をされた訳でもない青年は、曖昧に返事をした。

排除されてやってきた先で、更に差別されるとは、あの人も不憫だ。


(……立場は同じなのにな。人間なんて、こんなもんだけどさ)


話を終えて離れると自室へと戻ると、青年は携帯器を弄った。

電波は繋がっていて、外界へと連絡を取る唯一の手段だ。

通話アプリを使うが友人からの連絡はない。

所詮は他人。

生活圏を離れれば繋がりは絶たれ、関わりすら皆無だ。

かつての学友や趣味が高じて付き合い始めた友人に苛立ちを募らせ、暫く暇を潰す。

すると誰かから電話が届いた―――母親からだ。

自らの意思とは関係なく、保護者や扶養する人物が《不要》と判断すれば、強制的に移送されてしまう。

彼もその内の一人であった。


「捨てた息子に、今更何の用だよ?」

「元気にしてるかと思ったのに。口の利き方は何なのよ」

「世間体が悪いから。無職を養う親だと馬鹿にされるから。知り合いの友達に、息子を特区へ移送するよう勧められたから。だから捨てたんだろ? 何が違うんだか。もう連絡してくるなよ」


通話を切ると青年の親指で画面を押す速度は、俄然早くなる。

食欲は満たされ、日常生活を送る分には、特に苦労はない。

だが心の奥底が、何かを渇望していたのだ。


「あ〜あ、どいつもこいつもうざってぇな」


安寧を得ようと、青年はネットサーフィンを始めた。

無数の情報が散りばめられた広大な海を揺蕩うと、時間はいくらあっても足りないが、幸い暇はある。

ニュースサイトを閲覧すると


「孤独死続発! パラサイト無職のゴミ掃除の弊害!」


不快な文言を並べ立てた記事タイトルが視界に映る。

要約すると定年を迎えた親が≪犯罪行為等未然防止法》の施行により、次々と無職の息子や娘を特区に移送。

そして身寄りのない親が一人で逝ったのだが、それさえも無職のせいだというのだ。


「気に入らないから俺らを隔離した癖に、やったことは忘れて被害者気取りかよ。馬鹿じゃねぇの?」


画面に向けて言い放つと、彼はすぐさまサイトを去る。

コメント欄には親目線の、無職を蔑む言葉で溢れるのは明白だ。

ベッドで欠伸した洋くんは、趣味のゲーム攻略サイトの巡回を続ける。

旬を過ぎて安く投げ売りされたゲームは、自分に合わなくとも大した損にはならない。

それに時が経っても同じ作品を遊んでいる、見知らぬ誰かに、どこか親近感を覚えるのだ。

時間は昼を回り、夕方が間近に迫った3時。

学生は勉強、労働者は職務に取り組む時間帯であった。


「ソロだと難しいので、マルチで30分から1時間ほど素材集めしませんか、っと」


掲示板に何気なく書き込んで、ページを読み込むと、誰かからの返信がきていた。


「こんな時間に過疎ゲーム一緒にやる人間なんていねぇだろ。働け、クズニート」


そもそも働いていない人間とは、趣味での交流すら拒むというのか。

そういうお前は暇人と同じ時間帯に、過疎ゲームのサイトの警備員気取りか。

怒りよりも先に無力感に苛まれ


(俺が問題のある発言をしたとは思えない。どこで何をしても疎まれるんだな。無職だから……いや、画面越しの人間の職業なんてわかりっこない。〝気に入らない人間は全員無職〟で、罵倒していい対象なんだろうな。こんなのと話すのは時間の無駄だ)


人恋しくないかと言われたら嘘になる。

だがどこを見渡しても、無職は非難される一方だ。

外部との関わりの全てが煩わしく感じ、溜息をついた青年が本棚を見つめた瞬間、隣から叫び声が響く。

―――田之上だ。

何事かと驚いた青年はほとぼりが収まるのを待った。

暫くすると落ち着いたのか、辺りはしんと静まり返る。

もしかすると怪我でもしたのだろうか。


「だ、大丈夫ですか」


呼び掛けると呼吸を荒げた田之上が、玄関の鉄製の扉を開けた。

焦点の合わない瞳から、一筋の雫が流れ頬を伝う。


「何かあったんですか?」

「五月蝿かったよね。たまにどうしようもなく、自暴自棄になるんだ……迷惑をかけないようにしないとね」


謝罪された青年は自らの境遇と、彼を重ねた。

まさか自殺でもするつもりではないのか。

だが彼の心情は理解できた。

誰も好き好んで、無職になったわけではないだろう。

自分には自分の、彼には彼の理由があるのだ。


「……いいんですよ、別に。だって腹も立つし、死にたくもなるでしょ。捨てられたんですよ、俺ら」


涙ぐむ青年が無職になった切っ掛けを思い出すと


「気晴らしに公園でもいこうか、え〜っと」

「太平洋のヨウでヒロシ、です」

「うんうん、そうか。ヒロシくん」


階段を降りると、キャッチボールをして体を動かす人々が目に入る。


「あの〜、混ぜてくれませんか?」


訊ねるも田之上を見るや否や、逃げるようにその場を後にした。


「……私は相当な嫌われ者らしい」

「ついさっき、三ツ星だから関わるなと言われて。人間、勝手なもんですよ。勝手に軽蔑する理由を作って、勝手に階級を作って、勝手に憎悪を燃やして。田之上さん自体なんて、まったく見てもいないじゃないですか?」


洋くんは置き去りにされた硬球と2つのグローブを手に取り、1つを田之上に持たせた。


「せっかくなんで使わせてもらいましょうよ。運動音痴なんで、狙った場所には投げられませんけど」


洋くんが鷲掴みにしたボールを放り投げると、田之上は顔面すれすれに飛ぶ玉を、顔色一つ変えずに捕る。


「上手いですね、田之上さん」

「昔は運動部だったからね。洋くんは何故ここに来たんだい。話しにくいなら詮索はしないけど」

「就職活動中に言われたんですよ。君みたいな人間を入れて何のメリットがあるのか、って。圧迫面接ってものですかね? その時、自分は社会に必要なのかって。そう思ったんですよ」


資本主義に生きる以上、人間の価値を生み出す金で図られるのは避けられない。

価値のあるとされた者は尊ばれ、価値がないと見做された者は罵詈雑言を投げかけられる。


「誰に馬鹿にされようと、自分でいいと思えるようなものが。何となく生きてきた自分には、誇れるものなんてないんですよ。我ながら下らない理由ですね」

「悩みってのは当人にとっては、どんな些細なものでも重要なんだよ。それに洋くんにも良いところの1つや2つ、あると思うよ。学歴や経歴と違って、そういう部分は見えづらいんだな」


言葉のやりとりを交わしつつ、ボールを投げ合う。


「つまらない慰めですか。いいですよ、そういうの。親にも友達にも企業にも政府にもいらないと。そんな人間が集められたのが、瘋癲隔離特区じゃないですか」

「違うよ。今、変わり者の私と普通にキャッチボールしてくれる。これが証拠だよ」


受け取った硬球をまじまじと見つめた青年に、田之上はふっと微笑みかける。


「ここだけの話、実は私、最近は趣味の粘土の工作を動画にしているんだ。少しづつ登録者も増えてきて……ま、それでも200人くらいなんだけどね。精神的に不安定な状態の時はできないけど……ね」


気恥ずかしそうに語る田之上は頭を掻く。

暇人の道楽と蔑まれても、ゆくゆくは金銭に繋がるかもしれない。

そうでなくとも楽しむ人間がいるのなら、無駄と切り捨てられはしないだろう。

三ツ星というだけで排斥されてきた田之上と、普通に接する心。

それを忘れてはいけないと、洋くんは硬球に思いを込めた。


「俺も腐ってないで、田之上さんを見習わないとな。まぁ、お互いぼちぼちやっていきましょうよ!」


災厄が詰まったパンドラの箱。

しかし箱の底には希望が残され、人類の手元に残ったのだという。

絶望の闇の中にも、燦然と輝く希望が生み出されようとしていた。

作品は比較的爽やかに終わりましたが、無職を隔離しても外の世界の殺人、レイプ、暴行等の犯罪は減らず、人種差別もなくならず、匿名で誹謗中傷も書き込まれ、特に社会はいい方には変化していません。

ただ無職がいなくなった後は老人あたりに国が衰退した原因に擦りつけて、国民はガス抜きしているので、老人隔離特区がもうすぐ作られるようです。

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