09 きっとまた、生えてくるさ
私は宿に戻ると、ひとまず子供向けの本を解析した。ぱさぱさぱさっとページをめくっていく。
もともと、音声での会話ができるのと、文字と音声が比較的対応している言語であったために非常に簡単に子供向けの本は理解できた。
そこに書かれていたのは、英雄の物語だ。日本でなら桃太郎とでもいうべきものに近い。
竜の卵から生まれた人間が、成長し、仲間を集めて悪魔を退治する、そんな話だ。
そういえば、私はこの世界の地理や情勢には詳しくなかった、本は微妙に高価だし、どういう風に情報を探っていくのがいいだろうか。
レーグスばかりに頼るのも気が引ける、レーグス以外にも頼れる存在を、コネクションを持っていくべきかもしれない。
ひとまず、次の本に進む。料理の本もぱさぱさぱさっとページをめくって解析しきる。
子供用はわかりやすい表現が多いものの、文字自体は変わらない。日本や中国のように、特殊な文字があるわけでもないのだ。
そして、料理の事前知識もあったことで、これらは簡単に読み進めることができた。
そうすると、次はこれまで知っているが文字としてはしらない単語の予想だ。
ざっと頭の中で類推を重ねていく。Error領域は結局あるていどから減らなくなったが、今の状態でも十分類推が可能だった。
あとは、類推の単語と、確定の単語により分けておいて、日常で確認していけばいいだろう。
文字についてはいったんここまでとしておこう。
さて、せっかくなので探知魔法が上手くできないか、訓練してみる。
部屋に飾られている植物、それを感じ取れたらいいなぁと目を閉じてみる。
そうしてふと気づく、生物には魔力がある。つまり他者の魔力を感じることの応用で感じ取れるのではないかと思い、実践してみると、何かは分からないが魔力を感じることができた。
ここにほんの少し、自身の魔力をそれに伸ばして探るようにしてみる。だが、なかなかうまくいかない、訓練がいるようだ。
魔力を感じたそれが何であるのか、それをどう判断するのか、蛇の熱感知はどうしていたのだろう。
魔力のありかたにも生物的特徴があるのだろうか。そこまではまだ感じ取る力はない。
そうしてしばらく探知魔法を模索していった。
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夜遅く、レーグスはリミィを連れて宿に帰ってきた。
どうやら酒場で出会い、酒を飲み交わしていたらしい。なぜか、レーグスはぐすんぐすんと泣いている、リミィによるとどうやら泣き上戸だという。レーグスの意外な一面だった。
「いぃかぁ、俺はなぁ、おまぁえにであってなぁ……本当に幸せなんだぁ……」
ダメダメなおじさんになってしまった。そういえば、村では一度もお酒を飲んでいなかった。
「いやぁ、ここまでとはリミィちゃん思ってなかったー、はめ外しすぎちゃったねー」
リミィは酔ってるのかどうかわからない。いつも通りのような気がする。
レーグスを介抱して水を十分飲ませてベットで寝かせる。この世界でも、お酒を飲むときは水分をとったほうが良いとかあるのかは疑問だが、やれることはやっておこう。
ちょっと変な感じだ。いつも威厳たっぷりに剣をわきに抱えて寝ているレーグスが、酒に酔ってだらしなく寝ている。
そう、誰しもそんな一面があってもいいと思う。
完璧な人、モノなど存在しないのだ。
もし、あるとすれば、それは幻想の先だ。はるか昔、私の元の世界では言葉に真理を求めイデアと名付けた。だが、言葉は時代とともに移り変わっていった。
リミィもいつのまにかレーグスと一緒のベットで寝ていた。距離が縮まっているように感じる。何があったのかは分からないが、酒の場だからこそ、というのもあるのだろう。
そうして私も寝ることにした。ひとまず、リミィと合流できてよかった。
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翌日の朝、本屋さんに私は向かった、なにやらレーグスが『やっちまったー』みたいにしょげていたのを放置して外に出てきた。
酒の失敗をして大人になっていくのはどこの世界も一緒なのだろうか、と子供?ながらに考える。
さて、本屋さんに向かったのは簡単な理由だ。買った二冊は読んでしまったので買い取ってもらえるかの確認と、しばらくの路銀は問題がなさそうなので魔法の本を買おうと思ったのだ。
本屋さんでは、もう読んだのかい?と不思議がられたので、料理の方は思っていた本と違ったとごまかしておく。
そこそこ安値になってしまったが買い取ってもらうことはできた、無いよりはいい。
そうして、目当ての魔法の本を購入する。探知魔法について書いてあると嬉しい。
立ち読みできるので、私の計算力でざっと読んでしまうこともできることに気が付いたが、あまり良くないことのように思えたのでちゃんと買うことにした。
図書館とか、そういうところだったら、いいかなぁ。
本を買って帰る途中、人通りが増えてきたころから、ちらほらと注目を浴びていることに気が付く。
それも恐ろしいものを見るように話している人たちがいるのだ。
噂を流した成果だと思うが、それにしては早すぎないだろうか。ミルグレンのそういう人脈に計り知れないものがあるのかもしれない。
そうか、たしか彼はここでは名が通っていて、いろいろと話しを通せるのかもしれない。
と、ちょっと気まづいなぁと感じながら歩いていると、ふと一人の男が前に出てきて宣言した。
「少女よ、君が噂のアイリアか!」
「えっとそのぅ、アイリアとは言いますが、どんなうわさでしょう?」
とぼけるように答えてみるが、全く効果はなさそうだ。
「幼い人間でありながらたいそう腕が立つそうじゃないか、勝負を所望する。さぁ、剣を抜かれよ!」
今にもとびかかってきそうな勢いだった。
剣の構えや、魔力の流れから推察するにそこまで強くなさそうだ。レーグスはもとよりミルグレンとも比べるまでもなく弱い。
周囲の目線が痛い。
さて、高速で思考し候補をまとめあげる。
1. 勝負を受け、全力で相手をしてあげる
2. 勝負を受け、手加減をして勝つ
3. 勝負を受け、いい感じの勝負をしておちゃお濁すようにもっていく
4. 問答無用でぶっとばす
5. とりあえず魔法で脅しをいれる
1はこの場所ではやれない。周囲に被害が出てしまう。
2は、正直言って面倒くさい。手加減してあげる義理がない。
3も同様だ。
4か5かな。風魔法でドーンとぶっ飛んでもらったらどうだろう。だが、周囲に被害が出るかもしれない。
5か。
その判断とその実行は男が剣を抜くよりも早かった。
風魔法で相手の頭の髪の毛をきれいにそぎ落としてやった。
一瞬、男は何が起こったのか、何をされたのか分からなかった。
だが、周囲は一瞬にしてその光景に爆笑した。男の頭がいきなり丸坊主になったのだ。
戦慄するものもいたが、場の空気は笑いが勝っていた。
男ははらはらと落ちていく毛に気づいて頭を触った。つるつるなのだ。
戦慄した男は悲鳴を上げて去っていった。
彼は若いしそういう体質でもなさそうだから、きっとまた、生えてくるさ。