16 ズルの解禁
マルグの街はカーナよりも大きい、隣国にも近いため行商と国防の2つの意味合いで重要視されている街だ。
風貌は石造りの建物である。東北から南西へ下る川が向こうのゼルフィーニア帝国側にあり、おそらく跳ね橋か何かがあるのではないだろうか。
街の門をくぐったことで、行商隊の皆は気分を高揚させたり安らいだりと、とにかく一安心したようだった。
こちらは後払い分の報酬を受け取って、ひとまず宿探しをレーグスとはじめる。リミィは相変わらず「おさけー!」と飛んで行ってしまった。
カーナより大きいので、はたして合流できるか少し不安だ。
レーグスと宿を決め、荷物を預けていったん冒険者ギルドへと赴いた。この町を出るとゼルフィーニア帝国に進むことになる。
つまり、マゼルス王国側でやっておきたいことがあれば、やっておかなければならない。
「アイリアは記憶がないのだろ、つまり情勢には疎い。せっかく現地にいるうちに得られる情報というのは耳にしておいたほうがいい。
マゼルスにはマゼルス側のいいぶんや考えがあるが、ゼルフィーニア帝国に渡れば街の人たちの意見も全く違うものになる。
そうした変化にさとくなければ、冒険者ランク6を超えるのは難しくなってくる。」
「私はどちらかというと、この世界のありようや、どうしてそうなのか、そういうことを知りたいのであまり関心がないですけど。」
「ならばなおさら冒険者ランクは重要だぞ、行ける場所も広がる。本来は王族や貴族しか立ち入れない場所にも入れる可能性が出てくるからな。
そうしたことは魔法大学の方向からでも行けるかもしれんが、まぁ少し覚えておくといい。」
「はい」
しばらくしてやや立派な冒険者ギルドへとたどり着いた。
「隣国に近いからな、つまりこの装飾などは見栄というやつだ」
「そんなに仲が悪いんですか?」
「あぁ、帝国はどんどんと小国を併合していき、そのわずかばかり残った国の1つがマゼルス王国だからな。」
受付で、冒険者カードを順次提示していく。ひとまず、仮として冒険者ランク4あつかいで仕事ができることになった。
と、そんなやり取りをしていると、よこから威勢のいい肌が赤い大柄な鬼族が文句を言ってきた。
「なんだぁ、こんな子供がランク4なわけがねぇ、どうせそこに突っ立ってるあんちゃんにおんぶにだっ……」
といった瞬間に、彼の頭をつるっぱげにしてあげた。どうだろう、ここでもこのネタは通じるだろうか。
男は何をされたか、わからなかったが、冒険者の相談室や掲示板側にいた連中は彼を見て大笑いし始める。中には彼の頭を指さすものもいた。
何が起こったか、理解した男は「覚えてやがれー!」と三下セリフをはいて逃げて行った。大丈夫、きっとまた、はえてくるから。
「俺は街を散策する、あとは一人で大丈夫そうだな。」
「はい。」
というわけでレーグスと別れると、どっと周囲の冒険者が接近し好奇心で私を見てくる。注目されている、なかなか慣れない感じでちょっと恥ずかしい。
なんというのだろう、歓迎されているようだが、このように大勢に一斉にみられるともじもじしてしまう。
それをかわいいと思ったのか、とっさに女性の半獣人の冒険者が「かわいいー」と抱き着いてきた。
彼女は猫耳、猫尻尾を持ちながらそのほかは人間、獣人より人間に近い存在だ。
「えっと、私はアイリアといいます、この街は初めてなので教えてもらえますか?」
「いいよー、おねぇさんに任せなさい!」
愛嬌のいい、ザ・ムードメーカーという感じのする女性は私を相談室に連れていく。
「私はユミーリア、魔術師やってるけどあなたみたいなのはじめてみた、あれって詠唱してないよね?魔法?」
「はい、魔法ですよ。風の斬撃とあと切ってもいい対象の固定とかをしてます。」
「え、条件とかも付けられるんだ。なるほどねー」
「はい、そうそう、この街には本屋さんや図書館などはありますか?」
「あれだけできるのにまだ魔法を勉強するつもり?」
「えぇ、好奇心です。マルシャード魔法大学に行くまでにできることはしておきたいんですよ?」
「マルシャード大学って、あぁ隣国のね。でもよっぽどじゃないと入れないわよ。」
「コネはあるんです。」
「へぇ、ますます気になるなぁ、本屋は3件ほどある、2件は近いけど1件はみょうにはなれたところがあってね、えーっと……」
とやり取りをしているところ、幻影で街の地図を表示してみる。
「どのへんでしょうか?」
「あんたこんなこともできるの?」
「はい、だいたいの地形を把握できたのであとは幻影の魔法が使えれば似たようなことは魔法使いならできるかと思いますよ。」
「いやぁ呪文魔術もイメージの投影はあるけど……うん、そもそもこの際限ができるのは画家とかじゃないとできないんじゃないかしら。
まぁ、場所は、ここと、そこと、こっちね。」
「ありがとうございます。」
「いいのいいの、その代わり、気が向いたらパーティ組ませてよ。」
「はい、喜んで。」
というわけで、本屋の場所が分かったので向かう。
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なんだか、正攻法で行くのはめんどくさいなと感じてきた今日この頃である。
立ち読みが許可されているのだ。ふと、めくって読んでみることは問題ない。そもそも、この世界に、立ち読みをして全部覚えてはいけない、そんな規則もない。
いい子ちゃんぶって、あとでケガをしたり、手間をかけるのはもうやめようと思った。
ということで、1件目の本屋さんに到着すると、空間上にある本の表紙から重要そうなものと系統をわりだしていく。
家事や宗教、歴史書、子供向けの本、魔法の本、剣術や槍術の武術などの本、冒険や旅について、算術の本などだ。
とりあえず、そんなに数はないのでパラパラパラーっと一通り見て回る。本屋の店員さんは少し怪訝そうにしていたが、まさかこれで中身を全部記録されただなんて想像もしていないだろう。
まぁ、郷に入っては郷に従え、使えるものは使っていこう。
というわけで、1件目の本屋さんの本を全部頭の中に叩き込み並行して情報の解析、分類をしながら次の本屋に向かう。
マゼルス王国はもとはもう少し広かったらしい、ゼルフィーニア帝国にじりじりと領土が奪われており、決定的だったのは5年前のアンザーナ領土での決戦だ。
それによって、マゼルス王国は大きな損耗をうけ、特に鉱山地区を奪われたのが大きな痛手となった。
次々と、次の本屋も記録をしながら分析を進めていく。
途中で話しかけられたが、「本好きの知り合いへのお見上げを探している」などと言ってお茶を濁しておく。
マゼルス王国は由緒ある悪魔を討伐した勇者の子孫が王を行うという王政の国家であった。
対して、ゼルフィーニア帝国は、神聖レザード教を崇拝する気高き国として勃興し、勢力を伸ばしている。
マゼルス王国は権威を大きく振りかざす一方、ゼルフィーニアは宗教がら力と叡智、そして発展を貴ぶ。そうした違いから、ゼルフィーニアではいろいろな発展がなされているらしい。
魔法大学もその一つだ。また、魔法だけではなく、哲学などの大学も別の場所であるらしい。どこまでのことが研究されているのか、かなり気になった。
3件目の本屋に向かうころには日が暮れ始めたのであきらめて戻ることとした、ついつい没頭してしまった。
隔離された結界王国ムシャドニアの情報は少なく、マゼルス王国からすると辺境の国、という扱いをしているようだ。
料理についても一通り本で覚えたので、ゆっくりと実践してみよう。
ということで、さっそく、本にあった料理を実践すべく買い物をして戻ることにした。いろいろとできることが広がっていくのは楽しい。