14 行商隊との旅
街マグルへ向かう同行する行商隊の列は長く、馬車といっていいのか馬や牛のような生物をつかって荷物を引かせている。
それらが延々と続く後方を私、レーグス、リミィは並行して歩いている。
行商隊の積荷は様々で複数のグループが一丸となっている。生存率や、守る冒険者を雇うコストを安く済ませるためだ。
といって私たちは一緒に向かうというだけで、雇われているわけではない。
こと、いろいろあったときに面倒になる点と、お金に不自由していないから、依頼としては受けなかったのだ。
よって、他に3組の冒険者がいる。基本的には行商隊は彼らが守ることになる。
ただ、私はランク4、レーグスはランク7ということもあり、ある程度手伝う、ということで持ちつ持たれつ、というあいまいな形で同行することとなった。
最初は少し気を張っていたが、街カーナが見えなくなるころには気が楽になった。なに、カーナまでの旅と同じ、人が多いだけ、そういうふうに感じたのだ。
そうしていくと、太陽が真上に上ってきたころでいったん休憩となった。お昼ご飯だ。
準備してきた簡単な食事をとると、私は魔法と呪文魔術の訓練や実験を少しばかりする。街ではないのでほどほど魔力は残しておかなければならないので全力とはいかない。
それに、周囲に人がいるということもあって、できることも限られた。こう、爆発とかさせてもいい、いい実験場があったらいいのにと思う。そう、ミルグレンと戦ったあの場所のように。
リミィに手伝ってもらい、魔力を隠している状態の看破の練習。レーグスを標的にしたツタ植物による束縛魔術をあてる練習。周囲に魔力を変化させて伝播しそれを受信して周囲を観測する練習。
リミィはほんとうに魔力の隠匿がうまく、彼女の本気をまだ出させることができていない。レーグスはツタへの対処が的確で、剣を使わずに体だけでさばききってしまう、さっぱり拘束できる気がしない。後者は呪文魔術という限界があるのだろうか。詠唱の完了がレーグスにも聞こえてしまうため、タイミングを外して発動というのがやりにくかった。
そういうことを繰り返しながら、私たちは街道を進んでいった。
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「よぉ、じょうちゃん、頑張っとるのぉ。」
ちょっと小太りの行商人の1人が、夜ごはんが終わっての訓練のときに話しかけてきた。
「はい、まだまだうまくいかないんですよ。」
「そうなのか、ワシにはちっともわかりゃせんが、はたから見てるとあんたらが優秀な冒険者というのはよくわかるよ。
他のパーティーをよく見てみぃ、ずっと余裕がない。長年行商をやっとるとな、なんとなく危なっかしさがわかるんじゃが、あんたらを頼らないといかんかもっしれんのぅ。」
「私たちは護衛を受けたわけではないので、そういう点では気楽になれるからではないのですか?」
「いいかい、確かにそれも一理ある、じゃがどんなときも100%の力を発揮できるなんてことはないじゃろ、商品だって売れる日もあれば売れない日、波がある。
それでもうまくやっていくには売れない日があってもやっていけるように余裕というのが必要じゃと考えている。」
「なるほど、そうだとすると、これまでの馴染みの冒険者さんたちはいらっしゃらなかったんですか?」
「あぁ、最近は北側で戦乱が起きていてね、そっちが稼ぎ時だとかで別れてしまったんだ。厳選したつもりじゃが、なかなか人をさっと選ぶのは難しいものだね。」
困ったようにおじさんは言う、どうやら新しく迎え入れたパーティーに不安があるようだ。
そういえば、私は自分達のことで精いっぱいだった、もう少し、周囲を見渡してもいいのだろうか、それとも、訓練に集中するべきか。
「そうですか、それではちょっとお時間よろしいですか?」
ということで、おじさんからこれまでの行商隊が襲われたときの状況、日時など覚えている範囲で聞き出していく。そうして傾向とある程度の予想を立てられるようにしておいた。
ここからマグルまでの道のり、地図も頭に入れつつ、襲われる可能性を色濃くマッピングしていく。ちょうど、降水量を描いた地図のように。
といっても、一人からの情報だけだとかなり精度が足りなさそうだった。
というわけで、1日ごとに行商人さんのところに行って、いろいろと聞いてみることが日課に加わった。
レーグスのところに、何度か稽古をつけてほしいと頼んでくるパーティの人もいたが、大金を吹っかけて断っていた。1日で金貨1枚だそうだ、ランク7ということを考慮すれば、そんなものなのだろうか?
そう考えると、私はとても恵まれていたのだなぁ。
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みんなが寝静まったある深夜。星空はきれいで、行商隊の馬たちはいびきをかいて寝ている。
警戒用に3つの地点、前方、中、後方とに火がたかれ、雇われたパーティが交代しながら、夜の番をしていた。
最初に話しかけてきた小太りの行商人さんの言うことは正しかった、次第に、彼らは疲れて行っていた。
そんな深夜、わたしは意図して起きてまわりを観察する。
周囲に人間がいたら反射するように変化させた魔力をさっと放つ、前方右よりと、中央左に隠れて潜む人間がいる。
その放った魔力にレーグスは気づいたのだろう。
「来るのか?」
「はい、あっちとあっち、たぶん、一つは陽動で時間差でくるんじゃないでしょうか。距離と人数から見て、前方、あっちが近いので陽動の可能性が高いです。」
「うむ、ほのかににおいを感じる程度だが……どうする?」
「なるべく行商隊を守ることを優先したいです。いったん騒がず、陽動側には私が、本体側にリミィちゃんをつれていってもらえますか?」
「なるほど……見つけたなら、先に殲滅してしまうというのも手だが、本来の冒険者の仕事を奪うことにもなるか……いいだろう。」
そういって、こっそりとリミィに事情を告げたレーグスは本体が襲ってくるだろう中央へとゆっくりと進んでいく。
私は、陽動が来るであろう前方へと進む。
街道は炎のメキメキカラカラとした音で静かだ。その静寂を守るように私はゆっくりと魔法も使って音を消しながら進んでいく。
進み切って、馬車に隠れるようにする。こちらからは、火の近くで見張りをしているものが、張り詰めた表情をしているのが見える。
その見張りの男性は槍を垂直に持ってあたりをうかがっている。だが、これまでずっとギリギリの緊張感で護衛をしてきたのだろう、疲れが見える。
他者の魔力感知からして、もう少し距離がある、そう思った時だった。
弓矢でばすっっと見張り押していた男の頭が飛びきらきらと魔力がまった。
それに呼応するように、陽動の盗賊達は雄たけびを上げながら姿を現した。その雄たけびにびっくりして馬が叫び声をあげる。
それに気づいた見張りの仲間が飛び起きつつもすでに反応は遅れていた。敵は3人しかし、見張りの仲間も見張りを失い3人。
そして、これに呼応するように、中と後ろの両方の見張りが浮足立って慌ててこちらに駆け寄りはじめてしまう。
先頭の馬にとびかかった男を私は風の斬撃で首を飛ばす。こういう時は音もなく、早さのある魔法が便利だ。
盗賊が先頭の馬車をねらったのは、逃げにくいように先頭をつっかえさせるためだろう。
そうして騒ぎが前方に集中し、膠着したところを、中ほどから盗賊の本体の突撃がはじまるも、潜んでいたレーグスに機先を制せられる。
リミィは、ふわっと消えては飛び出し驚かし、ときに幻影を見せて人がやってくるように見せ、ときに剣劇の嘘の音を鳴らして敵を錯乱させる。
そうしているうちにレーグスが次々と盗賊の本体を刈り取っていく。
陽動の盗賊は状況が悪いと察してさっと逃走をはじめる。「まちやがれ!」それを追いかけて行ってしまう冒険者が一人いた。頭に血が上っているのだろう。
私は周囲を警戒、人物探知と他者の魔力感知を併用してほかの襲撃がなさそうなのと、魔物も念のため探知しておく。
ひとまず、危機は去ったようだ。
ガヤガヤと周囲では混乱が続いている。さてはて、あとはレーグスに任せようか。
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深夜、いろいろはなしてもう明るくなったころ。
「気づいていたんだったら、報告をしたってよかったはずだ!」
レーグスにつっかかっているのは、仲間を失った冒険者の1人だ。
「気づいたから行商隊を守ることに専念した。お前たちを守ってやる義理はない。お前達は自分の身も守れないのに仕事を受けたのか?」
威圧と冷徹なこえでレーグスは言い放つ。
レーグスに殴りかかろうとするも、仲間がそれを止めた。
彼らも、自分たちの仕事であることは理解しているはずだ。だが、理解と感情は別なのだ。
他のパーティーは少し状況が違う。被害がそれ以上は、特に自分たちに出ていないことが大きい。
安堵感とともに、無念さを感じているようだ。なにせ、本来なすべき自分たちは何もできなかったのだ。いや、それよりもひどい、持ち場を離れ陽動に引っかかってしまっていた。
小太りの行商人さんが私に声をかけてくる。
「あんた達がいなかったら、大損害だっただろう、いや、生きていたかわからないね。」
追いかけて行ってしまった冒険者が返ってくると、レーグスに思いっきり殴られていた。行商隊をほったらかしてどうすると一括だけ、殴られた当人は困惑してよくわかっていないようだ。
ひとまず、レーグスのおかげで場は印象が悪きにしろ良きにしろ収束していく。
行商人からは歓迎されつつも、他の冒険者からは助かったと思われる一方恨みも買う、なんともややこしい旅になりそうだ。