10 ミルグレンの実力
私は買った本を宿に起きに戻ったところ、レーグスは出かけたようだった。宿屋さんの言伝だ。リミィは別で出かけたらしい。
レーグスはよほど昨夜のことがショックだったのだろうか。しばらくそっとしておくべきなのだろうか。
わりと判断が難しい。この辺はそれぞれどう対応したほうが良いかは変わってくるように思う。これは、元の世界を基準にしての考えではあるが、こちらでの傾向もしらないので、無難な選択肢をとるしかない。
とはいえ、少し先手を打っておこうと、冒険者ギルドに向かう。
向かうと都合の良いことにミルグレンがいた。
「ミルグレンさーん!」
と、ちょっと子供ぶって抱き着いてみようとしてみた。
すると、手前で手で受け止められ、そっと地面に降ろされる。
「まったく、そういう態度をとっても、周囲の君を見る目はもう変わらないのだ、普通に接してくれ。」
「はーい。」
ということで、私からお願いしたことは隠しておいてもらって、ミルグレンにレーグスが落ち込んでいるのをどうにかしてもらえないかと頼んでみた。
「なるほど、上手くいくかは保証できんが助力しよう。だが、こちらからも君にお願いしたいことがある、どうかな?」
「その内容はなんですか?」
ちなみに、これらの話はコソコソ話だ。
「うん、誰もいない場所で君と手合わせしてみたいんだ、ダメかな?」
ふむ、みんな腕試しというかそういうのが好きなのだなぁと感じた。
どうしようか。受けてしまってもいいのだろうか。
そもそも、ミルグレンという人物、正義男だと思っていたが、なんとなく底知れないところもある。
簡単に信用して一人ほいほいついていって良いのだろうか。
そこも含めて確かめるために勝負を受けてもいいのだろうか。
私はレーグスとしか稽古をしたことがない。好奇心が勝った。
「わかりました、全力でお応えします。」
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そうしてミルグレンとともに街はずれの城跡へと向かった。
ここで何か起こっていても街からはわからない、そういう距離だ。それは危険でもあったが、もしも良い試合となった場合の後処理が簡単になる。
隠れる場所、崩れた階段、少し残った二階など、立体的な構造は試合をするには面白い場所である。
ミルグレンと私は20mほどはなれて構えはじめる。魔術師も含めて考慮された実践的な試合の作法にのっとって行うようだ。戦士にとっても魔術師にとっても有利不利のバランスが良いとされている。
「では、はじめさせていただくっ!」
さっと、片手剣を一振り構えたミルグレンは、ジグザグに一気に距離を詰めてくる。対魔術師を考慮して、相手に狙いを定めさせないようにしつつ接近する常套手段だ。
こちらは、手慣れた魔法での身体強化をさっと終わらせ、続けて、彼の3歩目のジグザグ移動から、予測した場所の有力候補2つへ風の刃の斬撃を飛ばし、さらに2つはそれを避けたときに向かう可能性の高い2か所にこちらは少しゆっくりめで斬撃を飛ばす。
それに対して彼は急ブレーキをかけ体勢を崩しながらも土の足場を作って無理やり軌道を変えて前進してくる。魔法、いや筆記魔術だ。彼の右腕の腕輪が光っている。
こちらは横なぎに万全の態勢でもって彼の剣を受けると、彼は圧倒され体勢を崩し片膝をつく。このまま連撃で押し込もうと思ったら違和感でとっさに後ろへ私は跳んだ。
飛びのいた地面から大きな岩の槍、円錐が飛び出してきた。それによって姿を隠すようにする。他者の魔力を感じ取れていなければ当たっていただろう。
岩の右側から駆けて回り込むかのようにタタタタと足音の魔法を流しつつ、私は左側からゆっくりと警戒して向かう、いない。
とっさに周囲を霧で覆い、足音の魔法をそこかしこで発生させながら場所を変える。
地形は覚えていた。頭の中に立体的に記録できているので、霧はこちらに影響がない。とはいえ、相手が見えなくてはどうしようもない。
そこで、少し時間をかけて周囲の生物を探知する、人間大の魔力が1つ見つかる。悩まずとっさにその周囲の霧を氷へと変質させたが残念ながら、かわされたらしい。ドッという音とともに壁にぶつかったような音が聞こえた。
無理にぶつかる覚悟で離れたのだろう。
「降参だ。ここでやめよう。俺の負けでいい。」
「ブラフとかじゃないですよね。」
「とうぜんだ、見えないうえに投射じゃなくて、直接場所が狙えるんじゃどうしようもないな。剣も重かった。」
霧は晴れ、私と両手を挙げたミルグレンが対峙した。ミルグレンは壁にぶつかったのか、怪我をしている、ほのかにキラキラが舞っていた。
「あの稽古もずいぶん加減していたんだね、恐れ入ったよ。」
そうは言うもののミルグレンは楽しそうだ。
「とはいえ、勝負してくれたからね、約束は守る。」
「よろしくお願いします。」
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「いやぁ、それにしてもひさしぶりに死を感じたよ、次は仲間として仕事をしたいもんだね。」
「そうですね、あと、慣れてるレーグスさん相手と違ってどこまでやっていいかわかりにくかったです。」
「まったく、こちらが上手く加減しようと思っていたのだが、全然ダメだったなぁ、剣は誰に習ったんだい?」
「レーグスさんですよ。」
「ふむふむ、魔法は?」
「賢者ゾルダンさんです、3日程度ですけど。」
「え、あの賢者の弟子だったのか?」
「いえ、短期間にちょっと基礎を習いました。」
「それだけ見込まれてたってことか。」
そうして、いろいろとミルグレンとお話しながら街へと戻った。他の誰も知らない、戦いに、ひとまずの決着がついた。
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リミィはいろいろと街で買い食いをしたり、情報を集めて楽しんでいた。
そこでふとこんな話を聞いた。
最近街にやってきたアイリアという少女は、ケンカを売った冒険者二人の四肢を切断してさらしあげ、別の1人は頭の髪を永久脱毛されたというのだ。
リミィは、ふと自身の髪をさわる。
アイリアなら、お仕置きで私の髪の毛を一本一本抜いていく拷問、それも、永久脱毛にする事が可能なら、それもあわせてやりかねないかもしれない。
頭つるつるの妖精なんて、もうそうなってしまったら、私は生きていけない。
そう思うと、アイリアにイタズラするのはやめようと心に誓ったのだった。