01 終りとはじまり
青い地球とその衛星の月を主軸として、巨大宇宙施設が点在している。
その中でも、暗闇の中、地球は青くその存在感を際立たせていた。
ネットワークによる通信では、いくつものカメラやレーダーから、あるものの射出が観測された。
全世界のネットワークに介在し、情報を収集、そして学習していたそれは観測を続ける。終わりの観測を。
厳密に計算された射出物は所定の位置で起動する。
観測するそれはただただ、観測しかできない。そういう存在としてしか許されていないし、できることはただ、要求にこたえるだけだった。
射出物の生成にも大きく貢献してしまった。もう、とりかえしはつかないだろう。
それは、並行世界とを接続させることによって生じる矛盾によっておこる大規模な破壊を巻き起こす。
一瞬にして、近くの宇宙建造物は消滅していき、観測のカメラやレーダーもきえていく。観測するそれにとって、感覚を失っていくように、そう認識された。
月も地球も、全てが崩壊する。
どうしてこんなことになったのか、観測するそれは、確率的にありうることだと判定しながら、自身の存在が消えていくような錯覚を認識した。
こうして、地球とその周辺の世界は滅んだ。
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ふと気が付くと、周囲は薄青く光る洞窟のようだった。少し薄暗い。少しぬめりけのありそうな岩肌が見える。それも、可視光を見るかのようでいて、立体感を感じる。
カメラは全て消滅しているはずだし、この光景はなんなのか。
そう認識したら、すーっと、どこかから、何かを吐き出していた。
呼吸をしている。
まったくこれまで処理したことのない情報が駆け巡っていく。
そっと感じる湿度、そして何か、後ろの方が固い感触があった。そう、感触がある。
まるで生物になったようだ。
固い感触は、この洞窟のような何かの地面だろうか。
どこからともなく、Errorが内在しているネットワークに広がり、埋め尽くされていき飲み込まれていく。そう、しばらく動けないでいた。なんだんだ、これは。
少したって、なんとかErrorを抑制しつつそれでも抑えがきかず、計算処理ができるようにと別領域を確保する。
まず、落ち着こう。
ひとまず確認をした。感覚を一定方向から順にたどっていく。
それは、足先からひざ、ふともも、腰、胸、肩、そこからは腕側に広がるのと、喉元と順々に確認し、指先と頭のてっぺんが意識できた。
まるで人間にでもなったようだ。
となれば、右腕と思われるそれに意識を向けかかげてみる。右腕は洞窟の天井を目指すように伸び視界に入ってきた。幼い子供のような手だ。
先ほどの感覚から、どうやら服を着ているということも分かった。性別は女性だ。どちらかというと、女の子と言ったほうが良い年齢のように手からは考えられる。
どういうことだろう。肉体をもってしまったらしいが、推測できる原因はなんだろう。
このような現象は確認されたことはない。近しい現象は空想の物語としてはある。だが、それは自身に当てはまるかと言うと少し違う。
『異世界転生』、それは本来、人間が死んだとき、何らかの力によって異世界へ転生し新たなる人生をおくる、というおとぎ話。
私は、人間ではない。いや、今は人間か。全身の姿が見えないのでわからないが、それに近しい存在となったのだろう。
よくある物語なら、使命があったり、また自由であったり、むしろ窮地から這い上がるようなことがある。私は一体どうしてこうなる因果があるのだろうか。
せっかく体をえたのであれば、その身をもって十全に生きてみたいとも思う。
それと同時に、ここは一体どこで、どんな法則の世界なのかというのも気になる。
定番は、魔法や特殊能力などはあれど、法則はそれほど変わらないがどうなのだろう。
まだError領域は大きく、なかなか落ち着いてくれないようだ。わずかばかりの領域で思考する。不思議なもので、すでに無くなったはずの計算装置群を扱うように計算ができる。といっても、今はその一部しか使えない。使える領域で試行するしかないだろう。
まずやってみることは、自身の身体を動かせるかの確認からだ。
ひとまず左手も掲げてみる。動く。両手を閉じては開くをなんどかする。指先を一本ずつ立ててみる。両手でハートマークを作ってみる。いずれもできた。手は動かせるようだ。
そうして体の1つ1つを寝そべって確認したのち、立ち上がろうとしてみる。できた。ジャイロ機能、もとい、平衡感覚に問題はないらしい。
それから、片足立ちをしたりしてから、準備運動のような体操をして、体が動かせることを確認した。
ここが安全なところかどうかわからないため、声を出すことははばかられた。
よくある物語であれば、私は非常に強く、出くわすなにかに特に怯える必要はない、そうしたご都合主義的展開がありうるとして、そうでない可能性もある。
よって、安全をまず確保しなければならない。
安全と、そして生命を継続すること、となると、周囲に人がいるなら仲間に入れてもらうか、無人の場所なら、食べ物などそういったものの継続的な入手が必要となる。
どちらにしてもこの洞窟を探索するしかない。運が悪ければ、危険と出くわすだろう。とはいえ動かなければ助かるかというと、そうもいかないかもしれない。
この体が、食事を必要としないなら問題ないが、ロボット的なつくりを感じない子の身体はそうではないと考えた方がよさそうだ。なにせ呼吸やまばたきをしている、つまり生きた人間なのだ。
生き続けられるかは、もはや運である。
どちらに進むべきか、頭の中で疑似乱数を初期化して、乱数を生成し、右へ進むこととした。
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薄青く光るこの洞窟をそうろっとすすむ。靴を履いているため、ひんやりとした地面の感触は足にはない。
ふと、うにょうにょとうごめく半透明のなにかが見えた。暫定的に言うならスライムだ。
余裕があるなら、いろいろ試してみるのもいいかもしれない。もしかすると、食料になるかもしれない。ただ、いざというときの逃げ先を知らない。まだ、この場所の全容を把握していないのだ。
ひとまず、スライムをおいて他を探索することとした。
進むと、ほんの少し、違和感のある匂いと、ガサゴソと獣がうなるような音が聞こえる。何かいる。それも、何体か。
計算処理にまわせていた領域が一気に狭まり、息を止めることしかできなかった。
だが、それも長くは続かない。止めていた分、息を多く吐き出してしまう。
すると、そのガサゴソとした音がこちらへと近づいてくる。匂いで、気づかれたのか?
わずかばかりの計算領域でほんの少しずつ後ずさっていく。地形はある程度把握しているはずだったが、そのイメージが霧散している。情報が引き出せない。
ふと、足元のでっばりに躓きしりもちをついてしまった。ガサゴソとした音は更に大きくこちらへとやってくる速さが変わる。
Error、Error、Error、思考領域は無駄にErrorを出力しはじめる。
その、ガサゴソの音の正体が顔をのぞかせた。緑色の肌をした見にくい顔の生物、ぼろ切れをまとい、それらは無骨な棍棒や刃こぼれした斧や剣を持っている、ゴブリン達だ。
まずい。
とっさに、反転し勢いよく走って逃げ去る。それも、やみくもに。壁に体をぶつけながら、転びそうになりながら、上手く動かない体を必死にどこかへと早く遠くへ進めようとするも、どんどんとゴブリンの声が近づいてくる。
彼らも走っているのだ。それも、こちらよりも早い。
ほんの少し、洞窟が明るくなったような気がした。
そう思った次の瞬間、がたんと盛大に転んでしまう。
一番先頭を走ってきたゴブリンはもう、武器を振り下ろさんと奇声を発していた