127話 教祖レドルジ①
「……いっぱい食わされたなこりゃ」
魔核がほんのりと熱を発し、嫌な気配が広がる。
狂信者の狙い通りとなってしまった訳だが、まだこの時点では二人がそのことを知る術はない。
だと言うのにも関わらず、翼は何かを感じ取っていた。
「どういう事ですか……?」
ドームを見渡しながら響が聞いた。
今現在、周辺で派手な戦闘はない。それは四方で繰り広げられていた幹部とS級の戦いも含めてだ。
「そのまんまだ。恐らくだが俺がゲートに入った時点で、向こうの策は完成した。響、これから面倒になるぞ」
「面倒って……うわっ!?」
「二人とも、しっかり我に捕まっておくのだ!」
言いかけたその時、まるで真夜中のように、太陽の光が消えた。
辺りは一瞬にして闇に包まれた。
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ゲートからドラゴンが出てきただけでも驚きだが、それに気を取られている訳にはいかなかった。
「何が起きてやがる」
「わからないっすけど、よくないのは間違いないっすね」
困惑する二人をよそに、目の前のオシリスは不穏な笑みを浮かべていた。
「くくく、ははははは! やっとだ……やっとここまで来ましたよレドルジ様! 我々の悲願があと少しで……!」
誰に言う訳でもなく、オシリスは天に向けてそういった。
喜びを隠しきれず思わず口にしてしまったような、そんな感じだ。
──レドルジ? 確か狂信者の親玉の名前だったはずだが……
アルベルトはこのレドルジという名前に聞き覚えがあった。
本人に会ったことはないが、以前にもオシリスはこの名前を出した事がある。
あれは確か、異界からこちらの世界に繋がるゲートをくぐる時、オシリスが最後に残した言葉だ。
どんな容姿なのか、どんな能力を持つのか、何も分からない相手だ。
しかし、狂信者の教祖がこのタイミングで出てくるとなると事が大きく動く可能性が高い。
「クラッド、よくわからねぇけど……コイツはこの場で殺しておいた方がいい」
出来ればその前に敵戦力は少しでも減らしておきたい所だ。
目の前で半分死にかけているオシリスは幹部であり、それなりの力を持っている。
ここで逃してしまえば、次いつこんなチャンスが訪れるかわからない。
「確かに、時間もあまりなさそうっす。一気に決め……アルベルト、ちょっと遅かったかもしれないっすね……」
槍を構え動こうとしたその時だった。
ガラスが割れるような音を響かせ、ドームの真上の空に巨大な亀裂が入った。
「空にヒビ……?」
見たことも聞いた事もない現象だが、この闇が関係しているのは明白だった。
「ッ! 何か、出てくるっすよ。とんでもないヤツが!」
まるで地球の重力が何倍にもなったかのように感じた。攻撃を受けた訳じゃない。勿論、実際にそうなった訳でもない。
圧倒的強者を前にした弱者の感覚。それが最も近いかもしれない。
「ああ、レドルジ様……遂に顕現するのですね……」
オシリスはその場で跪き、天に向け頭を垂れる。
尋常ではない圧がその場を支配する。
そして数秒の後、より一層大きな音を立て空が割れた。
割れた先の空間は完全な闇であり、光すら飲み込んでしまいそうな程だった。
やがてそこから幾つもの巨大な手が伸び、更に空を破壊していく。
「なんだ、あれは」
バリバリと広がる無の空間から、ポツンと黒装束の男が姿を現した。
が、その男も普通ではない。
「ふぅ」
ため息だったのかもしれない。それともほんの少しだけ多く息を吸ったのか。とにかく、どちらにせよ男がしたのはただそれだけ。
「え──?」
アルベルトとクラッドは複数の剣に身体を貫かれた。脚を腕を腹を、頭部を。
容赦のない刃は深々と身体を貫いていく。
「ッ! はぁ、はぁ……幻覚…… そんな馬鹿な」
「アルベルトも感じたっすか……? はは、とんでもない化け物か出てきたっすねぇ……」
そう、幻覚だ。実際には二人の身体を貫く刃なんてものは存在しない。
しかし本能が訴えたのだ。あの男から発せられる圧に、異質な力に逆らうなと。
全身から嫌な汗が吹き出ている。
額から伝った汗が目に入り、思わず目を瞑った。
「え?」
再びクラッドが目を開けた時には男はもうそこにはいなかった。
「オシリス、長い間ご苦労だった。ようやくスルトの身体を手に入れることが出来た」
どこに行ったのか、探す必要はない。
何故ならばすぐ目の前にいるのだから。
「レドルジ様、この時を心待ちしておりました……!」
オシリスは頭を上げることなくそういった。
今目の前にいるこの男こそが、狂信者の教祖レドルジなのだ。
肩まで伸びた長い銀髪。額には聖痕のようなものがあった。切れ長で感情のない無機質な眼。
細身でスラッとした体躯だが、そこにはひ弱な印象など欠片もない。
「ところでオシリス。この羽虫共はなんだ?」
チラと横目でクラッドとアルベルトを見たレドルジが呟いた。
敵の大将を目の前にして、二人は未だ動くことが出来なかった。それどころか、声を上げることも。
ほんの少しでも動けば、確実に死ぬと分かっていたからだ。
「申し訳ありません。直ぐに──」
「いい。まだこの身体にもなれていない。試すには丁度よさそうだ」
レドルジは人差し指をアルベルトに向けると、次の瞬間には一筋の光が放たれていた。
「やば──」