122話 雷鳴
酷い有様だった。それはブレスを受けた響だけではなく、この空間そのものに対してだ。
これ以上ないと言うくらい破壊され尽くした壁。天井は崩れ、大地は抉れ、巨竜が暴れたに相応しい破壊跡だった。
そんなゲオルギアスの一撃をくらった響は全身が焼け、壁に叩きつけられた衝撃で肋骨も何本かは折れている。
複数のバフが発動し、ステータス的には同等になっているはずなのに何故こうなったのか。答えは簡単だ。
響は探索者としての活動期間は決して短くはないし、歴だけみればベテランの類なのは間違いない。
しかし、その大半の期間は目目連やその他強力なスキルを手にする前だ。この期間には戦闘など片手で数えられるくらいだろう。
響がまともに戦闘をするようになったのはここ半年程度であり、戦闘経験が圧倒的に少ないのだ。更に知能の高いモンスターが相手となるとその経験は極わずか。
それらを加味するとこの結果は当然であり、勝率という点ではかなり低くなってしまうだろう。
「ぐ……一撃が重すぎる……!」
呼吸するたびにジンジンと痛む胸部を抑えゲオルギアスを睨みつける。
中々のダメージを負った響とは違い、相手のダメージはほんの僅か。裂傷により持続ダメージもあるが、それを含めたとしても圧倒的に不利な状況には変わりない。
ゲオルギアスはボロボロになった響を見てか、それとも単身残った割にはあっさりと大技をくらい大ダメージを受けた響を見てか、勝利を確信し天に向け咆哮。
自身に向けられたものでないとしても、ビリビリと肌を刺激するほどの爆音。
まるで自分など敵ではないと、そう言われているように感じた。
──勝った気でいるつもりか……?
「この……!調子にのんなッ!」
動かす度に痛みがはしるのを無視して駆け出した。
狙いは首元。鬼哭の振り抜き一閃。
が、巨大な右腕に阻まれ刃は爪にあたり弾かれる。
そのまま弾かれた勢いを利用し旋回。
返す刃からは斬撃が放たれ鱗のない首元の皮膚を斬り裂く。しかしそれまでだ。通常の攻撃では致命傷を与えるには圧倒的に火力が足りない。
──くそ、やっぱり硬い。黎明ノ刻さえ使えれば……
いくつかの新技を編み出したと言えど、やはりゲオルギアス相手には単純に火力が足りていないのは事実。
響の場合、応用力に長けているがやはり決め手に欠ける。黎明ノ刻でそれを補ってはいるが、強敵の連戦形式ではあまり役に立たない。
クールタイムもまだ残っているので戦闘を長引かせない限りは発動さえ不可能な状況だ。かと言って長時間逃げ回れるかと言われればそうでもない。
迫る極太の尾をバク宙で回避し距離をとる。
「くそ、こうなりゃヤケクソだ! 千鳥……!」
響は攻撃をギリギリ回避し逃げ回りながら上空に千鳥を放ち続ける。
爪や尾、そして竜魔法と爆撃のように降り注ぐそれらを局所的に纏を使い回避し、ひたすらに千鳥を繰り返す。
相手は頭上に蓄積されている雷に気付いていない。
そんなことを繰り返し、ゲオルギアスの頭上は雷の礫で覆い尽くされた頃、響のMPも底につきかけていた。
隙を見てMPポーションを飲み、MPを半分程度まで回復させた。
──後は逆鱗に叩き込むだけ……だけど、鳴神の落雷を任意の場所に指定できるのか? これを外せば終わりだ。
「集中しろ……絶対に外せない」
ふと、ゲオルギアスが頭上を見上げた。そして当然、視界を埋め尽くす雷の存在を認知する事になる。
──気づかれた!? くそ、もうどうにでもなれ!
同時に響は纏を脚に付与し、最大限の速度で背後に回る。呼吸するたびに肺が痛むが、そんな事を気にしている場合ではない。
すると確かに首の付け根の辺りに一枚だけ逆向きに生えている鱗があるのを見つけた。
鱗といってもたった一枚で響の顔程のサイズがあり、視認しやすいのでその点は有難い。
振り向いたゲオルギアスは既にブレスの体勢に入っている。
先程よりも溜めが長い気がした。普通に考えればその分威力も増大している。
これを受ける体力はもうない。なんとしても、ここで決着を付けなければならない。
口腔から溢れるほどの黒い波動。
時間はもうない。
響は跳躍し、真正面から鬼哭を振り下ろす。
雷の迸る刃は巨竜の顔面へと狙いを定められ、
「──鳴神ィィィッ!!!!」
それと同時にゲオルギアスは破壊の波動を放つ。
刃が波動に触れた瞬間、数多の礫はゲオルギアスの頭上に集約。一点集中の極太の落雷が巨竜を貫いた。