117話 黒竜族の長②
翼はため息をつくと、腰に差していた双剣を抜いた。
目の前のドレイクを解放した後に襲われたとしても、数秒で絶命させられる絶対の自信があった。
翼を世界一たらしめる理由の一つは異常なまでのステータスの高さ。
形式上S級までしか存在しないが、実力はそれよりも遥かに高い。
その理由の一つとして大きいのは武器の存在である。双剣を扱う翼が愛用しているぶっ壊れ武器。
まず一つは、右手に持つ少し小ぶりな短剣の雷霆ケラノウス。
刀身は翠色の輝きを放ち、常に帯電状態にある。
攻撃力は鬼哭同等で、更に速度にもかなりのバフがつく。それに加え武器固有のサブスキルまで備えており、性能は世界でもトップクラスだろう。
そしてもう片方、こちらがよりぶっ壊れ性能を有している喰魂イペタム。
やや大きめの黒を基調とした短剣。暗い赤色の線が脈をうち、まるで一つの生命体のようにもみえる。
攻撃力はケラノウスを凌駕し、ケラノウス程ではないがこちらも速度補正。
これだけでも十分強力ではあるが、なによりも優れているのは特殊効果だ。
低確率とはいえ、モンスターを倒す事にランダムでステータスが1~5の間で追加されていく。
更にサブスキル吸血により、低確率でダメージ10パーセントを回復する。
これまで倒してきたモンスターの数は何千何万……もっと多いかもしれない。必ずではないがその度にステータスが上がっていくとなると、実質青天井。それは響の限界突破に近い。
武器だけみてもやはり、馬渕翼は世界一なのかもしれない。
そんな圧倒的性能を誇る双剣で鎖をそっと撫でた。
音もなく切断された鎖は地に落ちた時に初めてガチャガチャと音を立てた。
ドレイクは頭を下げ礼を言うと、久方ぶりの自由を謳歌するように大きく息を吸った。
「感謝する強き者よ」
「いいからさっさとかかってこい。こっちは時間がねぇんだ。長々と付き合ってやれるほど暇じゃねぇ」
そう言いつつも、殺さなかったのはこの愚直なドレイクが少し気に入ったからだ。
利己的な考えの元解放しろと言っていたのなら、即座に首を刎ねていた。
しかし死ぬ為に解放しろとは、余程馬鹿正直でないと口にはできない。
ディザスターゲートにより狂暴化しているにもかかわらず理性を保ち、狂信者による精神汚染も耐えたその黄金の精神力。
敵ながら天晴れと言ったところか。
「そうか。それならば我の最強を最期にこの命を散らすとしよう」
空間全体に響く低い声とともにドレイクの身体が徐々に黒に包まれた。
光すら飲み込んでしまうような完全な球体となりピタリと止まる。
重力が何倍かにでもなってしまったかのように、押し潰される程の圧。
やがて球体は肥大化していき、そして霧散した。
「ようやく竜族らしくなったじゃねぇか」
中から姿を現したの一角の黒竜。
強靭な鱗と筋肉の鎧を纏い、開かれた翼はそれだけでも通常のドラゴン程のサイズがある。
圧倒的捕食者の姿、これこそがドレイクの本来の姿なのだろうか。
「強き者よ、加減はせぬ。存分に楽しもうぞ」
──なるほど、言うだけの事はあるな。だが何かおかしい。まさか……全くつくづく運がねぇな俺は
真の姿を見せたドレイクに違和感を覚える。
「いいから全力でこいよ。話はそれからだ。何度も言うが時間がねぇんだ」
しかしそれよりも先ずはドレイクを叩きのめす事にしたのか、ニヤリと笑い双剣を構えた。
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「分かれ道、ですね。それに目印がない……俺達どこかで道を間違えましたかね?」
先程翼が通過した地点にたどり着いた響達は、左右の道を見て目印がない事に気が付いた。
「いや、さっきの道は目印があったからそれはねぇな。ま、世界一にもミスはあるって事じゃないかユー」
気さくに笑うアルフレッドだが、実はその通り。
ただの凡ミスだ。翼は直感に逆らって左の道へ進んだ訳だが、その際に目印をつけ忘れている。
「んふ、じゃああたしは右に一票入れるわぁ♡ 迷ったら右よ」
ここまで特に戦闘のなかった三人は少なからず回復していた。
Aランクのディザスターゲートと言えど、モンスターと出くわさなければ散策と同じだ。
「ヘイ! 俺の勘は左だって言ってるぜ!?」
と、対抗するかのように逆張りをするアルフレッド。
この際どちらでも大して変わらないのだが、流れ的に響の一票で行く末が決まる。
綺麗に分かれた意見に少し戸惑いながらも、響は右の道を提案した。
「俺は右で。特に意味はありませんが、なんとなくそんな気がします」
「やだもう、気が合うわねひびきゅん♡」
「……ソウデスネ」
くねくねとした動きで距離を詰める大道寺。詰まった距離の分後ずさり離れる響。この男との接近は危険だと本能が訴えていた。
多数決で右に進むことに決まった訳だが、アルフレッドは不貞腐れた表情でトボトボ歩き始めた。
そんなこんなでしばらく歩いていくうちに、地下へと続く薄暗い階段が姿を現した。
「階段……ボス部屋でしょうか」
「でしょうね。翼ちゃんのおかげで楽できたけど、そろそろボスに辿り着いてもいい時間よ」
「ディザスターゲートのボスか……油断はなしだぜ……!」
「はい!」
三人は固唾を呑んで、ゆっくりと階段をくだり始めた。