112話 S級探索者
会場にディザスターゲートが現れてしばらくした頃、ほとんどの観客を避難させたクラッドとミアは、ドーム周辺の広場である人物と相対していた。
「思ったより早い登場っすねオシリス」
オシリスと呼ばれた男は茶色い長髪に爽やかな顔立ちだが、怪しげな黒いローブで身を包んでいる。
「この人……誰」
「コイツは狂信者の幹部っす。分かりやすく言えば悪者っすねぇ」
この男こそが翼やクラッドが警戒していた組織、狂信者の幹部オシリスである。
翼達がこの世界の来るきっかけとなった男でもある。
「くくく、お久しぶりですねぇ。見ない間に随分この世界に馴染んだみたいですね」
「誰かさんのおかげっすよ。でも、あれだけ逃げ隠れしていたのに、まんまとおびき寄せられて哀れな奴っすね」
「やはり、この大会の真意はそれでしたか。わかっていましたよそれくらいは」
そう、彼の言う通り今回の大会は狂信者をおびき寄せるために翼が開催したのだ。
上級の方は都内で、下級の方は大阪にて開催されており、どちらに来てもいいように人員が配置されている。
近々狂信者が動き出すだろうと予測していたがその場所などは不明であったため、分かりやすく場所を指定したようなものだ。
そしてそんな翼達の作戦を看破していながらも、それに乗ったみたいだ。
「ただ、貴方達はこちらの戦力を把握出来ていない。それが今回致命的なミスになる訳ですよ」
パチン、と指を鳴らすと、どこからともなく同じローブを纏った数十人もの信者が現れた。
皆一様に俯くその姿は不気味であり、ゾロゾロと二人を囲い始めた。
「……っ! ふくかいちょー……逃げられ、ない……!」
ミアは杖を構えるが下手に手を出さば全方位からの攻撃を受けるため、こちらからは動けない。
戦うにしては数に差が開きすぎている。
絶対絶命のピンチである。
「ああ、ついでに教えておきますけど……こちらの会場には私を含め幹部が四人来ています。あなた方の頼みの綱である彼はディザスターゲートに対応中。くくく、控えめに言っても絶望的な戦力差ですねぇ」
オシリスの口ぶりから察するに、ディザスターゲートも狂信者の仕業なのだろう。方法は不明だが、敵も敵で緻密に作戦を立てていたのだ。
しかし、そんな状況であるにも関わらずクラッドは余裕たっぷりに笑っていた。
「確かに、それだけ聞くとヤバそうっすねぇ……でも、残念だったすね」
その時だった。
ドーム周辺で爆発音が響き一部では大量の土煙が立ち昇った。
なにか察したのかオシリスは表情を歪め、
「……なんですか。今のは」
「ああ、多分S級の人達とぶつかったんじゃないっすか? 実はこっちも三人呼んでるっすよ」
クラッドはそう言って槍を担ぎ上げ「だから」と続けた。
「お前を倒せば解決って事っすよ。ミアちゃん、俺が道を作るっすから下がってて欲しいっす」
東に位置していたクラッド達から場面は変わり、ドーム西にて。
黒ローブの集団が会場へと迫る中、たった一人の女性がその前に立ちはだかる。
先頭を歩いていた男が馬鹿にしたような口調で言った。
「なんだぁテメェは……?」
ド派手な赤い和服を着こなし、まるで花魁のような格好。腰まで伸ばした美しい黒髪と、切れ長の瞳。
真っ白なセンスで口元を隠してはいるが、絶世の美女である事までは隠しきれていない。
「待ってましたよ。わたくし、探索者組合会長の篠崎カグヤと申します。ああ、そちらの自己紹介は要りませんわ。どうせすぐに死ぬのですから」
ドーム北にて。
巨大な氷塊を前に退屈そうな顔をしている一人の少年がいた。
尖っている耳はエルフ族である証だ。整った顔立ちをしているが、まだまだ幼さが全面に出ている。
サラサラな金髪を気怠げにかきあげポツリと呟いた。
「なんだよ。全然楽しめないじゃんか……これで本当に幹部なの? なっさけないなぁ」
よく見れば後ろの氷塊の中には黒ローブが見えた。
交戦する前に仕留めてしまったみたいだ。
幼い見た目に惑わされることなかれ。名はシン。こう見えてS級探索者である。
南にて。
ほぼ90度まで腰が曲がり、杖で身体を支えている老人が数十人の信者達を呼び止めた。
「おぉーい、お前さん達そっちは危ないぞぉ」
しわくちゃではあるが、柔和な顔立ちで人懐っこい印象を受ける。
そんな老人の呼びかけなど聞こえていないかのように、信者達はドームへと急ぐ。
が、その時だった。
突然、地面から巨大な炎の刀身が現れ信者達を呑み込んだ。そしてその直後、炎は限界まで膨張し大爆発を起こした。
老人はその様子を歪んだ笑みを浮かべながら眺めていた。
「ふぉふぉふぉ……人の親切は素直に受け取っておくもんじゃて」
御歳88。時雨源内、最年長のS級探索者である。
そしてクラッドらのいる東にて。
「ふん、だからどうしたと言うのですか? まさか、貴方程度が私を止められるとお思いで?」
強がってはいるものの、まさか絶大な力を誇るS級探索者が集結しているとは思わなかったのか、オシリスの顔は引きつっていた。
そして彼の言うとおり、他はS級が抑えたとしてもクラッド自体はA級なのだ。ついでに言えばD級のミアもいる。
「大した自信っすねぇ……でも俺が相手するなんて言ってないっすよ? 」
「……どういう意味ですかね」
クラッドの言葉の意味がよく分からない。
まさか隣のミアが戦う訳ではあるまい。オシリスは密かに警戒を強めた。
「もっと相応しい相手がいるじゃないっすか。ね、アルベルト」
まるでそれが合図だったかのように、上空から鬼の形相のアルベルトが現れ、既に拳を引いていた。
「──崩拳」