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108話 揺蕩う霧の中で


狂化してるとはいえエレナはエレナだ。

大会の決勝でと交わした約束が、形を変えて果たされるとは思わなかった。


しかしこんな状況でわざわざ一人で彼女を食い止める意味はない。

幸いな事にこの会場には、優秀な探索者が多く集まっている。いかに狂化状態のエレナが強いといえど、それら全てを相手取るような力はない。

ただそれは、ディザスターゲートがなければの話だ。


観客の避難や、ディザスターゲートの対処に割かれる人員は決して少なくないのだ。

そしてこの戦いについてこれる力のある探索者となると、その数は更に限定される。


ディザスターゲートも翼一人で対処出来るかと言われればそれも違う。

ボスを倒すだけなら可能かもしれないが、そこかしこから現れるモンスターを一人で全滅させるのはいくら彼だとしても手間だ。


数体、あるいはもっと多いかもしれないが、モンスターがゲートをくぐってくる覚悟は必要だろう。

響はそれもわかっており、出来ることならそれまでにこの戦いを終わらせたい所だ。


そしてそれらとは別に、大地が微かに揺れているのが気になっていた。

最初は気の所為だと思っていた響だが、ここではないそう遠くない場所でも戦闘が起きている。そう感じとっていた。


──この揺れ……ドームの外か? なんにせよ、早くこの騒動を沈めなくちゃ!


「出来れば傷付けたくないけど、そんな事言ってる余裕もないな。エレナさん、すみません。ある程度覚悟してください」


エレナの喉元に切っ先をあわせ鬼哭を構える。

バチバチと響の両足に雷が迸ると、次の瞬間にはエレナの背後を取っていた。


纏の応用であり、極短時間の纏は攻撃力にも影響するが、この方法は速度以外に影響はないものの、ある程度の時間超速戦闘を可能としている。


しかし纏の状態でもエレナには速度でのアドバンテージを取ることはできない。素の速度が高すぎる彼女とまともにやり合うステージに立ったと言うだけの事。


エレナは振り向きざまに剣を振るい、刃は響の首を斬り裂く軌道。

両者の刃はぶつかり合い、そこから激しい打ち合いが始まる。


エレナの狙いは容赦なく、一撃性の高い急所。

選択をミスすればそこで終わりだ。


激戦を繰り広げていながら響は至って冷戦だった。

狂化しえげつない威力の剣戟が飛び交う中、ほんの僅かな隙を探るため神経を尖らせていた。


「ひゃひゃひゃ! 死ね死ね死ね死ねぇェ」


エレナは大きく後ろに引いた剣を力任せに叩き込む。

細かい剣戟に比べゼロコンマ数秒の僅かなタイムラグが発生する。それを見逃す響ではない。


「──雷咬(らいこう)ッ!」


鬼哭を上段から振り下ろし、それと同時に下から上に向けて雷撃が放たれる。

どちらかを防げばどちらかが命中する、初見では非常に対処が難しい技だ。


鉄同士がぶつかり合うと同時に、それを中心に衝撃波が放たれ会場を破壊する。

雷撃は腹部を捉え、感電したエレナだが、


「痛い痛い痛い……ひひ、気持ちいい」


愉悦に歪んだ笑みを浮かべ怯むことすらしなかった。


白霧ノ刃(プラチナミスト)


ぼそりとエレナが呟くと、どこからともなく現れた白い霧が二人を包み込んでいく。直感的にその場を離れようとする響だが、霧はどんどんその範囲を広げていく。


──なんだかわかんないけど、これはヤバイ……!


その時だった。

頬に微かな熱を感じた。特別痛くもなければ、無視しても問題ないような、些細な熱。

そっと頬を指でなぞると、ベッタリと血液が付着していた。


「なんだ……? 血……?」

「ひひひ」


不気味な笑い声が響くと同時に、それは起こった。

視界をさえぎり、空間を揺蕩う(たゆたう)霧に特別変わった所はない。

だと言うのに、脚を腕を顔を、全身を切り刻まれていく。

この何の変哲もなさそうに見える霧そのものが、極小の刃となっているのだ。


「ぐッ……な、なんだこれ! 早くここから離れないと」


傷自体は深くはない。が、そんな浅い傷も何十となれば話は別だ。避けようにも逃げようにもどこまでも霧は広がっていく。


エレナはこちらの位置を把握しているのか、ときおり斬りかかって来るが、僅かな空気の乱れを感じとり、なんとか襲い来る刃を弾き返していた。


そんな事が幾度となく続き、気がつけば全身が血塗れになり、呼吸も荒くなっていた。思わず膝を突く響だが、エレナにとってそれは絶好の的でしかなかった。


「黒風白雨。風神剣」


白の視界で前方から彼女の声が聞こえた。


ああ、なんだ前に居たのか。そう思った時には既にエレナの刃は肉斬り、臓物を裂き、腹部を貫通していた。


「──げほっ」


鉄の味がした。

腹が焼けるように熱い。


ああ、刺されたのか。響はぼんやりとそんな事を思っていた。




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