106話 黒い衝動②
「んふ、これがあたしのフルパワーよ。ちょっと、ごつくなっちゃうのがたまにキズかしらね」
決してちょっと所ではない。ただでさえ肥大化している筋肉が更に肥大化している。
最早、人なのか筋肉なのかよく分からなくなってきているが、火力に全振りしているのがよく分かる。
シンプルな肉体強化だが、だからそこその危険性は容易に想像できる。
ボクシングで階級が何個もあるのと同じで、体が大きい、体重があると言うのは似たようなステータス値であればそれだけで大きなアドバンテージになるのだ。
そして右腕に纏われた赤いオーラはただの飾りではない。エネルギーが集約し、可視化出来るほどに昇華したものだ。響の黎明之刻もその点では同じと言える。
もしあれをくらえば、腕輪など簡単に砕け散り、その余りある力は響の肉体を穿つことになるだろう。
「はは……ちょっとヤバいかも」
冷や汗が垂れる。が、逆にこれだけの力を保有する大道寺だからこそ、黎明之刻は使えないのだ。
【黎明之刻Lv3:自身が敵と定めた対象が強ければ強い程、一度に限り攻撃の威力が増大する。使用後全てのステータス値が24秒間半減する。クールタイム144分】
駄目元でスキル内容を確認したが、変わっている訳など勿論ない。
レベルが上がったおかげで、デバフ時間とクールタイムが短縮しているが、今大事なのはそこではない。
このスキルの威力は敵の強さに依存する。大道寺なら一撃で死にはしないだろうが、万が一と言うのがある。
新技があるとは言えやはり少し不安になるのも仕方がないのかもしれない。
『──救護班、救護班、大至急エレナ選手を診てくれい!』
そんな時、ジョンの焦った声が会場に響いた。
そしてその直ぐに、エレナの悲鳴。ただ事ではないのはすぐに分かった。
何事かとAブロックの方を見ると、狂気を感じさせる笑みを浮かべたエレナが剣を抜き、フィオナに切りかかろうとしている所だった。
「大道寺さんごめんなさい!」
「あ、ちょっと〜!」
本能的にあれはやばいと察した響は、試合を放棄し即座にAブロックに駆け出した。
──くそ、間に合わない!
「飛燕ッ!!!」
既に動き始めているエレナに対して、距離は数メートル。普通に止めにかかっては到底間に合わないと判断した響は、一か八か鬼哭を振るい斬撃を飛ばした。
「──ッ!」
間一髪。それに気が付いたエレナはフィオナの首スレスレの所で剣を止め、飛燕を受ける体勢をとった。
キィンと高い音がなり、弾かれた斬撃は会場に浅くない跡を残した。
「エレナさんッ! 一体何を──」
言いかけたその時、まるで大地震でも起こったのかと錯覚する程会場全体が大きく揺れた。
そして、すぐ後ろに尋常ではない気配を感じ振り返ると、
「お、おい……なんだよ、これ」
響の後ろ、つまりはフィールのど真ん中に突然大型のゲートが発生した。
いままさに出現したばかりのゲートだと言うのにも関わらず、色は赤。つまり、
──ディザスターゲートッ!!
「ひひ、ひひひひひ……あひゃひゃひゃ!」
おぞましい笑い声を上げ響に向かって剣を突き出すエレナ。振り返りざまに剣を振るったおかげで、直撃は免れたが、
「な、なんて威力だ……!」
魔法やスキルを使っていないのは見て分かる。
それなのに、剣を受けた響の足は地にめり込むほどだった。
エレナにまとわりつく黒いオーラと、彼女の狂気じみた表情から、正気を失っている事はすぐに分かった。
そしてそれが対戦相手であるフィオナによるものでないことも。
数々の異変にさすがの観客も感づいたのか、悲鳴をあげでパニックを起こしはじめた。
ディザスターゲートが目の前に発生したのだ、パニックにならない方がおかしい。
この場を離れるため我先にと観客達は出口に押し寄せ、それはやがて会場全体に伝染していく。
『お、落ち着い──あ、ちょっと!』
ジョンも危険を感じ取り、観客を落ち着かせようと声を上げたが、その瞬間マイクは何者かに取り上げられてしまった。
『てめぇら落ち着けッ!!!!緊急事態発生だ。悪いが会場にいる探索者は一般人の避難誘導してくれ。見てわかる通り、ここにディザスターゲートが発生した。正式に測定してないが、恐らくAランクゲート。腕に覚えのあるやつは俺についてこい。なんとしてでもあれを止めるぞ』
マイクを奪った翼は、それぞれに役割を与え正確な指示を会場全体に伝えた。
翼の怒号に観客達は動きを止め、ほんの少しだけ冷静を取り戻した。
翼はすぐにゲートの前まで跳躍し、エレナの腹部に脚をめり込ませた。
「邪魔」
腕輪は一瞬で破壊され、それでも殺しきれない衝撃は身体をくの字に曲げ吹き飛ばすのには十分だった。
振り向いた翼は、いつものだるそうな雰囲気は感じられず、真剣な表情だった。
「F……響、あれはお前に任せた。狂信者が何かやったのは間違いねぇ。俺はこれを止めに中に入る。だから、外を頼んだぞ」
一体エレナに何が起こったのか。
ディザスターゲートは何故突如現れたのか。
この騒動の原因はどこにあるのか。
聞きたいことは山ほどあった。
しかし、それらを全て呑み込みしっかりと翼の目を見て響は頷いた。
「はい、必ず!」
「いい返事だ。やっぱお前、見込みあるぜ」
それだけ言い残すと、まるで家に帰るかのようにごく自然な足取りでディザスターゲートの中へと入っていった。