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どう考えても普通ではない


 どうも両親は、私が師匠のもとで回復魔法を学んだことで、グロいのが苦手という体質が概ね治ったと勘違いしているような気がする。


 私にとって戦場は地獄よりも恐ろしい場所だ。騎士だか何だか知らないが、今頃は血とか内臓とかでビシャビシャになっているに違いない。……うぅ、考えるだけでも吐き気がしてきた。


「ライオネル様!」


 アイクさんが仲間の名前と思しきものを叫んだ。

 嫌なものが視界に入る前に、私は目を閉じようとする。

 だが――その直前、私は見た。


「………………わ」


 そこに広がっていたのは、幻想的な舞いだった。

 舞台に上がっているのは甲冑を身に纏った一人の騎士と、獅子の如き魔獣。その魔獣は見るからに獰猛で鋭利な爪と牙を振り回していたが、目の前の騎士はそれを軽妙な動きで躱していた。


 銀色の髪を揺らしながら、騎士は紙一重で魔獣の爪を避ける。

 カチャリと甲冑の擦れ合う音がした。騎士の頬から滴る汗が、宙に放り出されて木漏れ日を反射する。


(……綺麗)


 思わずそんな感想を抱いた。

 私は人と魔獣の戦いをこの目で見たことがなかった。それでも、あの騎士の戦い方が普通ではないと――異常なまでに美しいことくらい分かる。


 くるくると身体を翻しながら剣を構える騎士の動きに澱みはなく、熟練の踊り子を彷彿とさせた。しかし何より心を引き付けたのは、騎士の端整な見た目。絹のようにサラサラとした銀色の髪に、品位を感じさせるアイスブルーの瞳。歴史的な彫刻家が丹精込めて作った彫像の如く均整の取れた手足に、染み一つない色白の肌。彼は騎士ではなく役者になるべきだと思った。


 まるで上等な演劇を眺めているような気分に陥る。

 父と母も同じ気分なのか、惚けた表情で騎士の戦いを見守っていた。


「アイク! 手を貸してくれッ!!」


 魔獣の相手をしながら騎士が叫ぶ。

 その瞬間、私は我に返った。彼は決して余裕があったわけではない。応援が来るまでの時間を稼ぐために、ひたすら避けることに集中していたのだ。頬から垂れる尋常ではない量の汗が彼の苦痛を物語っている。


 騎士が叫んだと同時に、魔獣は鋭く大地を蹴った。

 その大きな爪が、騎士の頬に傷をつける。


「く……っ!?」


「ひえっ」


 傷から血が滲む寸前、私は悲鳴と共に両手を前に突き出した。


「――《スペリオ・ヒール》ッ!!」


 基本的な回復魔法である《ヒール》の上位互換となる魔法を発動する。

 私は目を閉じながら、回復魔法を連発した。


「《ヒール》! 《ヒール》! 《ヒール》ぅぅぅぅぅ!!」


 上手く治ってくれたかどうかは分からない。

 しかし数分後。魔獣の荒々しい息遣いや、騎士たちの焦った声が聞こえなくなる。


「サラ、終わったわよ」


 母を信じて、私は恐る恐る目を開いた。

 すると――目と鼻の先に、美を凝縮したような顔があった。 


「ありがとうございます、貴女のおかげで助かりました」


「ふぁ……」


 魔獣と戦っていた騎士が、礼儀正しく頭を下げる。

 近すぎてびっくりした……。


「神託騎士のライオネルと申します。本来なら腰を落ち着けて感謝したいところですが、一先ず移動しましょう。この森は魔獣が多すぎる」


 ライオネルさんの指示に従い、私たちは森の外へ移動した。 

 数分ほど歩いた後。道中に停めていた馬車が視界に入ったところで、全員が肩の力を抜いた。


「あの魔獣、ゴルギウス・ファングですよね。討伐指定種とは聞いていましたが、まさかS級の魔物とは……」


「ご迷惑をお掛けしました。あの魔獣だけなら私一人で問題なく対処できたのですが、戦っている最中に他の魔獣から奇襲を受けまして……おかげで手こずりました」


 父の発言にライオネルさんは苦々しい顔で答える。

 よく分からないが、とても危険な魔獣と戦っていたらしい。そんな魔獣をたった一人で対処できると宣うこの騎士は、ひょっとしたら物凄く優秀なのではないだろうか。


「失礼、お名前をお伺いしても?」


 ライオネルさんが私の顔を覗き見ながら訊いた。


「……サラ=ヴィンター、です」


「サラさん、改めてお礼申し上げます。貴女のおかげで命拾いしました」


「いえ、私はそんな……」


「回復魔法は独学ですか? あれほどの洗練された腕前は初めて見ました」


「……独学もありますけど、村のお医者さんに五年ほど弟子入りしていました」


 思ったよりもべた褒めされて恐縮する。しかも多分、上辺だけでなく本心からの言葉だった。


 ライオネルさんは顔と実力だけでなく女性を褒めることまで一流らしい。

 年頃の娘として、本来ならときめくべきタイミングかもしれないが……残念ながら私は戦いを生業にしている人とはとても付き合えそうにない。騎士とか狩人とか傭兵とか兵士とかは、私とあまり相性がよくなかった。


 まあ、どうせ私みたいな一般村娘には勝算のない優良物件である。

 見たところライオネルさんは二十歳前後。向こうからすれば私は子供もいいところだろう。


 そんなことより、私は先程からあることに困っていた。

 それは……息をする度に感じてしまう臭いである。


(ライオネルさん、血生臭い……)


 ライオネルさんの剣から血の臭いがぷんぷん漂っていた。

 剣のお手入れの仕方なんて私は知らないが、魔獣の血の臭いはそう簡単に落ちないものなのだろうか? 気分が悪くなりそうだったので、さり気なくライオネルさんから距離を取る。


「……あの? サラさん?」


「えっと、すみません。お気になさらず……」


 距離を取ったのがバレてしまった。

 正直に「臭い」と言うわけにもいくまい。


「ぷっ」


「……アイク。何故、私を見て笑ったんだい」


「い、いえ、その、ライオネル様が女性に避けられる光景を、初めて見ましたので」


 口調から察するに、アイクさんはライオネルさんの部下に該当するのだろう。上司を軽く弄れる程度には、神託騎士とやらはアットホームな組織らしい。


 若干の気まずい空気が流れる中、神託騎士の二人は小声で何かを話し始めた。 


「アイク。もしかすると、彼女が神託の子かもしれない」


「神託の子って……ま、まさか、聖女様のことですか!? 確かに近々現れるとのお告げではありましたが、こんな小さい子が……!?」


「さっきの回復魔法を見ただろう、どう考えても普通ではない。……可能性はあると思う」


 なんか私の魔法について色々考察されている……。

 そういえば師匠も言っていたな、私の魔法はおかしいって。具体的にどうおかしいか尋ねると物凄く難しい話をされたので、結局何のことだかよく分かっていないが。


 かつての日々に思いを馳せていると、ライオネルさんが神妙な面持ちで私を見た。


「サラさん」


「は、はい」


「よろしければ、私たちと共に王都へ来てもらえませんか?」


 王都――。

 その単語は、私にとって憧れの象徴だった。



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