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師匠曰く「医者にあるまじき死生観」


 私――サラ=ヴィンターは、木こりの父と刺繍職人の母の間に生まれた。

 父から譲り受けた癖のない茶髪と母から譲り受けたエメラルドグリーンの瞳は我ながら気に入っている。しかし父の活発さや母の器用さは遺伝しなかったようで、幼い私は大人しい上に不器用というなかなか長所を挙げにくい子供だったらしい。


 そんな私が生まれたのは、エヴァイスト王国東部にある小さな村だった。

 コロラト村と名付けられたその土地は、一部界隈ではそこそこ名が知れているらしい。ただしそれは景観がいいからとか、珍しい特産品があるからとか、そういう理由ではない。


 コロラト村の近くには広大な森があり、そこには危険な魔獣が棲息していた。

 幸い森には豊かな生態系がある。だから魔獣たちが頻繁に森の外へ出ることはないが、それでも遭遇することはある。獰猛な魔獣は人間を見ればすぐに襲い掛かるため、コロラト村は古くから魔獣の危機に晒されていた。


 そんなちょっぴり危険な場所として名の知れた村にて、私は両親から存分に愛を受けて育った。

 存分というより過剰な愛を注がれた。ただの村娘だというのに、私は家の中ではお姫様のように蝶よ花よと育てられたのだ。温室でぬくぬくと育つ野菜のように、口を開けているだけで餌が手に入る愛玩動物のように……逞しさとは無縁の似非箱入り娘が生まれてしまった。


 しかし、そんなふうに丁重すぎる教育を受けたせいか。

 私はこの村で度々地獄を見る羽目になる。


「サラ、パパが帰ってきたわよ」


「パパ!! お仕事お疲れ様!!」


 私が五歳になったばかりの夜。夕飯を作る母をリビングでのんびり眺めていると、父が帰宅した。

 木こりの仕事をする父はいつも通り汗と砂に塗れた姿で帰ってきたが、その日は少し異変があった。


 父の右腕には白い包帯が巻かれていた。

 その包帯には、じんわりと赤い液体が滲んでいて――――。


「ありがとうサラ。いやぁ、実は魔獣に襲われて怪我をしてしまってな」


「ぎゃーーーーーーーーーっ!?」


 私は白目を剥いて失神した。

 ありとあらゆる野蛮さから守られて育ってきた私は、刺激的な光景への免疫がなかった。


 早い話――血とか怪我とか、グロテスクなものに耐性がない人間になってしまった。


 両親は床にぶっ倒れる私を見て非常に焦ったらしい。

 村のよぼよぼなお医者さんに容体を診てもらい、私がグロテスクなものを極端に苦手とすることが発覚し、それ以来は両親もできるだけ気を使ってくれるようになった。


 しかしここはコロラト村。魔獣の危険に晒された地。

 歳を取るにつれて私は悟る。

 この村はとにかく怪我人が出やすかった。


「お、サラちゃんじゃないか! 今、ちょっとあっちの方で魔獣に火を吐かれて――」


「ひいぃぃぃぃぃぃ――っ!?」


 六歳の頃。

 母と二人で散歩していると、魔獣を撃退してくれたおじさんの右手にあった火傷の跡を見て私は失神した。


「サラちゃん! 遂に討伐指定種の魔獣を倒したぜ! 指が二本噛み千切られたけど安いもんだな!!」


「いやーーーーーーーーーっ!?」


 七歳の頃。

 父が忘れたお弁当を届けに行ったら、指を失ったばかりの男を目の当たりにして失神した。


 怪我人が多いコロラト村の住民は、そもそも怪我をすることに慣れていた。

 しかし後に知ることだが、私の両親は元々都会育ちだったらしい。晴耕雨読の日々に憧れて引っ越してきたこの村の生活には概ね満足しているが、村人たちの怪我の多さだけは慣れなかったようで、その価値観のもとで育てられたからこそ私は似非箱入り娘のようになってしまった。


 そして更に一年後。

 八歳になった私は悟る。


(このままじゃ……私の気が休まらない!!)


 どいつもこいつも平然と怪我をしてくるので、私は彼らを治療する術を探した。血が見たくないなら血を止めてやればいいのだ。そんな単純な発想である。


 怪我人の多いコロラト村には、怪我を治療するためのノウハウが沢山あった。

 その中でも私が目をつけたのは――回復魔法。薬などの道具を用いず、魔法によって怪我を治療する方法だ。


 私が回復魔法に注目した理由は単純。目を閉じていても治療できるからである。

 あとは師を探すのみ。これが一番難航するかと思われたが、実は村にいるよぼよぼなお医者さんが国内でも指折りの回復魔法の使い手だったらしく、私は頭を下げて弟子にしてもらった。


 ただし、師匠に回復魔法を教えてもらうには条件があった。それは師匠のもとで実際に患者の治療を手伝うことである。私にとっては死地へ赴くに等しい条件だったが背に腹はかえられない。どのみち普通に歩いているだけでも怪我人と遭遇するのだから、この条件には目を瞑ると決めた。


 こうして私は師匠のもとで回復魔法を勉強した。

 皆の怪我を癒やすために? 

 否――私の心の平穏を守るためである。


「サラちゃん! すまねぇ、ちょっと足を擦り剥いちまったみたいで……」


「いやーーーーーーっ!? 《ヒール》ッ!!」


 弟子入りして一年経った頃。

 私は基本的な外傷くらいなら瞬時に癒やせるようになっていた。


「毒キノコを食べちまったみたいで、内臓が……ごふっ!!」


「血を吐くなぁあぁぁぁあぁッ!! 《スペリオ・ヒール》ッ!!」


 二年が経った頃。

 私は目に見えない傷も治療できるようになった。


「すまん、片手を切断されたんだが……」


「生えろッ!! 《エクストラ・ヒール》ッ!!」


 三年が経った頃。

 腕をにゅるりと生やすことができるようになった。


「兄貴が死んじまって……髪の毛しか持って帰ることができなくて……」


「生き返れッ!! 《リザレクション》ッ!!」


 四年が経った頃。

 髪の毛から人間の肉体を再生できるようになった。


 私は毎回、患者よりも苦しそうな顔で治療していった。

 それはまさしく生きるか死ぬかの戦いでもあった。私を殺そうとしてくる患者と、患者を必死に治療する私……常にどちらに転んでもおかしくなかった。


 五年が経った頃。

 私は師匠に呼び出される。


「サラよ……もうお主に教えることは何もない」


「そんなことはありません! もっと凄い回復魔法を教えてください!! 私の心の平穏が懸かっているんですっ!!」


「いやもう本当に教えるものはないから、勘弁してくれ……儂の人生をたった五年で追い越しおって……これ以上儂のプライドを傷つけないで……」


 師匠は小声で「つらい」と言った。まさか師匠……私に隠れて怪我をしているのだろうか? 試しに回復魔法をかけると、師匠は何故か泣きそうな顔で私を見つめた。


「サラ、最後くらいよく聞け。……お主は神に愛されおる。儂が神域で五十年修行して手に入れた感覚を、お主は生まれつき備えておるんじゃ。ある種の特異体質とも言えるじゃろう。……儂は、お主が実は神の子だったと言われても驚かんぞ」


「師匠……ついにボケが始まって……」


「ボケとらん!!」


 師匠は額に青筋を立てて叫んだ。


「あと、そろそろ目隠しをして治療するのは卒業せんか?」


「それは私に死ねと言ってるんですか?」


「医者にあるまじき死生観じゃ……」


 そんなの知ったこっちゃない。

 両目の上に巻いていた布を外して一息つく。


 とにかく師匠はこれ以上、私に回復魔法を教えてくれないらしい。

 となればここから先は独学だ。厳しいけれどグロい光景を見るよりはマシなので仕方ない。


 師匠のもとで回復魔法を学んで五年。その後、更に独学で魔法を学んで二年。

 十五歳になった私へ、両親はニコニコと上機嫌な様子で声を掛けた。


「サラ。今日はパパもママもお仕事がお休みだから、ピクニックに行かないか?」


「行くーーー!!」


 魔法の勉強ばかりで疲れていた私は、息抜きに餓えていた。

 しかしこの時の私は知る由もなかった。


 数時間後に訪れる、とある騎士との出会い……それこそが終わりの始まりだということに。



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