プロローグ
「聖女様、万歳!!」
バルコニーから見える景色は壮観の一言に尽きた。
眼下の広場では、千人を超える人々が肩の触れ合う距離で密集している。王都の住民たちがこれほど一箇所に集まる光景なんて滅多に見られるものではない。恐らく当代国王陛下の戴冠式の時以来だろう。
「聖女様、万歳!!」
歓声が響く。その度に私の心はひび割れそうになった。
きっと今の私は青褪めた顔をしているのだろう。真っ白な外套で顔を隠していてよかった。この何の変哲もない田舎娘そのものである顔は、彼らが思い浮かべる理想の聖女像とは大きくかけ離れているに違いない。
「皆の者、聖女の誕生を盛大に祝え!! 今宵は無礼講である!!」
この国――エヴァイスト王国の国王陛下が、大きな声で民に告げる。
聖女誕生を祝う式典が今、始まった。
集まった人々は立ち並ぶ露店に向かい、普段は財布の紐を締めている人も今日は盛大にお金を浪費している。
と、その時――興奮した国民たちの人集りが崩れ、小さな悲鳴と喧騒が聞こえた。
人が集まりすぎて誰かが転倒したようだ。その転倒が皮切りになって、大勢の人が身動きを取れないまま踏まれたり押し倒されたりしている。
「む、これはいかん!!」
陛下が人々の異変に気づき、焦る。
その瞬間、私は反射的に掌を突き出した。
「――《ラウンド・ヒール》」
眼下にある広場一帯に回復魔法を発動する。
ここからでは何処の誰が怪我を負ったのかよく見えない。だったら、この場にいる全員を治療してやればいいだけだ。
すると、
「聖女様、怪我を治してくれてありがとうございます!!」
「敵を退けてくれてありがとうございます!!」
「聖女様、万歳!!」
「聖女様――」
民が目をキラキラと輝かせて私を見ていた。
隣にいる陛下ですら、似たように純粋な眼をこちらに向けている。
皆、聖女――私に対する期待でいっぱいのようだった。
「聖女殿。流石の腕前……感謝する」
「いえ……このくらい、お安いご用ですので……」
「謙遜する必要はない。民が苦しみを訴えた矢先、負担を顧みずこれほど大規模な魔法を行使してくれるとは。……聖女殿は伝承通り、慈愛の象徴と言えよう」
胃がキリキリと痛む。
ごめんなさい。違うんです。別に怪我人を治したいとか、そういう優しさで魔法を発動したんじゃないんです。
私はただ、苦手なものを見たくなかっただけで……。
(ああ……また、余計なことをしてしまった……)
本当に、こんなことなら王都に来るんじゃなかった。
故郷に帰りたい。長閑な雰囲気に包まれた田舎が、強風に吹かれただけで壁が軋んでしまうような木造の家が、今となっては恋しい。
数え切れない人々に崇められたって、とんでもないイケメンの騎士たちに囲まれたって、同い年の少女たちに恭しく身の回りの世話をされたって、ちっっっっっっっっっとも居心地が良いとは感じない。
だって……。
だって――――っ!!
(私、聖女じゃないのに……っ!!)
私はただ平穏な日々を求めているだけだ。しかし王都にやって来たのが運のつき。気づけば私は平穏とは程遠い世界にいた。しかも外堀は既に埋まっている。
何故、私は聖女と勘違いされてしまったのか。
フードの下で泣きながら、これまでの日々をゆっくり思い出した。
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