第三話 三つ目のプレゼント
なんとなーく内容を覚えておくと後々面白いかも…?
「お願い! このとーりっ!」
時は放課後。七時間の退屈な授業が終わり、さぁ帰るぞと言う時になって、朱音は朝に言い損ねたそれを私に告げたのだった。
「うーん、でも私そんなに興味ないしなぁ……百乃じゃだめなの?」
そう提案すると、朱音は運動部らしいキレのある動きでもげるんじゃないかと言うほど勢いよく首を振る。一年生の下駄箱の前で話し始めてしまったため、何人かの同級生が朱音の動きに驚いてこちらを振り返った。
「だめなんだよぉ! 誕生日の人じゃないとだめなの……!」
周りなど眼中にない朱音は、なおも両手を合わせて頭を下げてくる。
「う~ん……でもなぁ……」
――遡ることほんの数分前。
渡しそびれちゃった誕プレがあると、朱音は帰ろうとする私を引き留めた。
朝のあのサプライズの後、実はお昼にお菓子も奢ってもらい、十分すぎるほど誕生日を祝ってもらったのだが、貪欲にもまだなにか隠していたのかとワクワクして聞いてしまったのが運の尽き。
その誕生日プレゼントとは、
――”朱音行きつけの占い師さんに無料で占いしてもらえる券”
だったのだ。
なんでもその券は誕生日当日しか使えないらしく、その分一緒に行った人の料金も全部タダにしてくれるらしい。
要するに、私の誕プレではあるが、朱音が無料で占いしてもらいたいからついてきてほしいという下心満載のお願いだったのだ。
占いの何がいけないとか信じていないとかそういうことではない。こういう正直なところも朱音らしいし、可愛いお友達のお願いとあってはちょっとデートに行くくらい朝飯前である。
「うぅ~、お願い……! どうしても占ってほしいことがあるんだけど、今お金がなくて……」
問題は、朱音行きつけの占い師さんだというところにある。
高校から知り合った私たちは当然、今年の春からの付き合いだ。
今でこそ二学期も終わりに近づき本音も言い合える仲になっているものの、はじめは結構距離があり、ちょっと気まずいなりたてほやほやのお友達から、クラスの中でよく一緒に行動する三人組に、そして休み時間もそばに行って世間話をする親友へときちんと段階を踏んで仲良くなってきたのだ。
しかし、記憶が正しければ朱音はちょっと気まずかった段階の時はまだこんなに占いにはハマっていなかったはずである。確か数週間か一か月ほど前に突然話題に出始め、それからどんどんのめり込んでいったように私は感じていた。
ちょっと小耳にはさんだところによると、女性の方が一人でやっているらしいのだがその額なんと三万円。しかも三十分でだ。
個別で占ってもらったことはないので相場は知らないが、一万円いかないくらいが普通ではないのだろうか?
そんな風に値段的にも怪しいというのに、営業は不定期で、三万円払ったのに15分ほどで事情があるからと中止になってしまった日もあったと聞いた。
――いやもうそれは詐欺だ。紛れもない詐欺で、どう考えても警察案件である。
朱音は残念そうに
『次はもっと長く占ってもらえるといいんだけど……』
と言っていたが、いや違う。30分が普通で、お金をすでに払っているのに時間前に切られるっていうのはおかしいんだよ、と言いたかった。
それに極めつけは今回のこのサービス。誕生日当日の人がいれば何人でもタダになるとか、怪しいとしか言いようがない。誕生日なんていくらでも偽装できてしまうし、そのことに曲がりなりにも人の心理を見透かすようなお仕事をされている占い師さんが気付かないはずがない。
タダ以上に怖い何かが待っている可能性だってあるのだ。
「お願いっ! 七百円までなら小説一冊買ってあげるから!」
と三万円に比べれば安い本を引き合いに出し始めた朱音。髪の毛とは違って濃い黒色のその瞳を見つめ返し、私は少し考えてから答えを出した。
「……分かった、一緒に行こう」
まだ出会って一年もたっていないが、朱音はあきらめが悪く、このままではらちが明かないことが容易に想像できた私は潔く折れることにした。
「やったー! ほんと天使! 女神様! ありがとう!」
人目があるのにもかかわらずぴょんぴょんと鍛え上げられたふくらはぎで飛び跳ねる朱音。そんな彼女の喜び様は、そこまで間違った選択ではないのかもしれないと私を思わせてしまうほど、なんとも肩の力の抜けるものだった。
まぁもし、これでついて行って変なことをしてきたら警察をよべばいい。朱音もただで占いをしてもらえて、私はそこが健全な場所なのかを確かめられるのだから一石二鳥だ。
……占いをしに行くと決めたのは、断じて小説に釣られたのではない。断じて。
***
校門を出て下校した私たちはそのまま歩いて占い師さんのお店に向かっていた。
なんでも、自宅の一室を使って個室で占いをしているらしく、ぎゅうぎゅうに詰められた住宅街の間を縫うように歩いていく。
学校から歩いて大体三〇分くらいかかるらしいのだが、私たちの住む地域は愛坂市の中でも奥まったところにあり、駅はもちろんなぜかバス停も少ないため、これが最速のアクセス方法だった。
「んーと、青い屋根の家を右に曲がるからー……あ、あったあった」
ずっと風景が変わらず、同じところをぐるぐる回っているのではないかと錯覚し始めたころ。もはや間違い探しのように似通った住宅の中に、ひときわ目立った青い屋根の家が一軒あった。ちょっと異端な雰囲気を持つその家に、ここかな、と思っていたのだがどうやら違うらしい。
「もうちょっとでつくよ」
そう朱音が言い終わるのと同時に右に曲がったとたん、風景ががらりと変わった。
「……え?」
その光景に、思わず自分の目を疑った私をどうか許してほしい。
「やっぱびっくりするよねー、私も最初夢かと思ったもん」
朱音はそう言って、余裕のある笑みを見せた。
――本当に現実……? 朱音の言葉を借りるようで悪いが、自分は随分とリアルな夢を見ているのでは?
きっとこの光景を初めて見た人の十人中十人が私と同じ反応をすると思う。いや、もしもその中にヨーロッパの貴族の方がいらっしゃったとしたら、どこに驚く要素があるのかと言われてしまうか。
――つまり何が言いたいのかと言うと、そこにはヨーロッパのお貴族様が住むようなお屋敷が佇んでいたのだ。
日本の住宅なんて馬小屋かのように思えてきそうなほどお屋敷自体が巨大で、漫画で見るような広大な敷地がそれを取り囲んでいる。切りそろえられた緑があふれ、花々が咲き誇り、いかにもな外車がその美しい外装を自慢げに黒光りさせていた。
どうやらここだけ土地が低く作られているらしく、そのため、他の住宅にとんがった屋根のてっぺんまでうまく隠され、先ほどの角を右に曲がるまで気づけなかったのだ。
「こんな西洋風のお屋敷……日本にあったんだ」
「本当にね。リサさんが占いをしてくれる別館も凄く綺麗なんだよー」
朱音は何度か通って見慣れたのか、そそくさとリサさんのいる別館へと歩き出す。まるで自分の家かのように自慢げに話す彼女の指の先には、明るい色合いのこれまた西洋風の建物が立っていた。
学校くらい大きいのではと思うほど立派な本館があるというだけでも信じられないのに、アパートくらいの大きさを誇る別館まであるとは、もう今年一番の驚きと言っても過言ではない。あと約二か月でさすがにこれ以上驚くようなことも起こらないだろう。
……フラグではないことを祈る。
「ん?」
「……? どうかした?」
つい別館に気を取られてしまったが、なんか聞いたことのない単語が混ざってはいなかったか。
「ねぇ、朱音」
「なに?」
「リサさんって誰……?」
「ここで占ってくれる占い師さんの名前だけど」
「え? 初耳なんだけど……?」
「言ってないからね」
――なんでよ。
飄々とした朱音に心の中で悪態をつくが、でもそりゃそうだ。占い師さんの名前が占い師さんなわけがないじゃないか。リサ、というのも本名ではないのだろうけど。
「こっちこっち。あんまり正面のほうにいると怒られちゃうらしいから」
眉をぴくつかせる私に気づいているのかいないのか、小走りで別館のドアに駆ける朱音に私もついていく。
「怒られるって……占い師さ――リサさんはここの家の人じゃないの?」
「さぁ……リサさんの親族の方のお家ではあるらしいんだけど、なんか占いをやることに反対してた、みたいな?」
話しながら歩く私たちは、ドアまであと数十メートルのところまで近づいた。
「してた?」
「そう。私も詳しくはわからないんだけど、なんかたまたま調べたらここのお家についての噂があって」
朱音はついに眼前に迫ったインターホンに手を伸ばしながら、少し声を潜めて言う。
「殺されたんだって、ここの前当主様」
――え? とあと何度言えば今日は終わるのだろうか。
「あくまでネットの噂だけどね。そもそもここに住んでいる人の情報は何一つ出てこないのに、その噂だけが浮き彫りになっているっていうのも変な話だしね」
朱音は特に信じてもいないのか軽く肩をすくめてインターホンを押した。
――ピンポーン……
「はーい。あら、朱音ちゃん?」
無機質な機械から大人びた声が響く。
お客さんの名前を覚えてしまえるほど記憶力がいいのか、はたまた名前を憶えてしまうほど朱音が強烈なのか。その柔らかな声を聞いただけで、理由はその両方であると思った。
「はい! こんにちは。今大丈夫ですか?」
今更ながら予約はしなくて大丈夫かと心配になってしまったが、ここで聞くのでいいらしい。
――ガチャンッとドアが開き、詐欺師かもしれない可能性を思い出して自然と体がこわばる。
しかし、ゆっくりと開いたドアから顔をのぞかせたのは、私の予想を大いに上回る、
「大丈夫よ、どうぞ入って。あら? あなたが誕生日のお友達かしら? ふふ、可愛らしいお方ね。はじめまして、どうぞゆっくりしていってね」
実にグラマラスで、妖艶な美女だった。
ともすれば悪女さえもこなせそうな彼女は、しかし淑女らしく頬に手を当てて微笑んでいる。
「あ……はい、はじめまして……」
その容姿は確実に並外れたものではあったものの、柔らかな身のこなしと言葉遣い、上品な立ち居振る舞いは、あまりにも詐欺師なんて野蛮な言葉とはかけ離れていて、私は即座に、少しでも疑ってしまった自分を恥じ、頭の中からそんな考えをボール投げよろしく投げ捨てた。
ついでに信ぴょう性のない噂も大して記憶に残らなかったらしく、朱音も私もそんな不穏な話をしたことも忘れ、リサさんのお宅へとお邪魔していたのだった。
お読みくださりありがとうございます。
昨日投稿できなかった分二話投稿しようかなと思ったのですが無理でした…ごめんなさい…
追記:名前のミスを修正しました。