第二話 温かな誕生日
「ハッピーバースデー! つづちゃん!」
「綴! 十六歳のお誕生日おめでとう!」
十一月十日の朝、とても清々しい快晴の中マフラーを巻いていつも通り登校した私は、二人の大切な友達と二つのプレゼントに豪華なお出迎えをされていた。
突然のことに、えぇ! と声を上げるが、もちろん誕生日に友達からのサプライズを期待していなかったわけではない。”いつも通り”という前言を撤回してもいいと思うくらいには、私はいつも以上にそわそわしていた。
知り合ってすぐに誕生日を教えあいっこしたのだから、これは期待するなと言うほうが無茶である。
「二人ともありがとう! え、これ今見てもいい?」
なにかしてくれると分かっていても、やっぱり直接祝ってもらえるのは嬉しくて、私は自然と笑顔になっていた。
「どうぞどうぞ~」
耳の下で、二つにまとめたふわふわな栗毛を揺らす百乃は、大好物のいちごミルクを片手にのほほんと笑う。
「好きなほうから開けてみて!」
水泳で色素が薄くなった短い茶髪をかきあげた朱音は、白い歯を見せて笑いながら楽しそうにそう言った。
それなら遠慮なく、と私は一番近くにあった赤色の袋を手に取る。
見た目は少し厚めだったが持った感じは軽く、大きさも小さめで、文房具かハンカチなどの日用品かな、と予想した。が、
「あ、それ私の選んだやつだ~」
と、百乃が言った瞬間、私は中身を即座に悟った。
――これいちごのなんかだ。
袋の口を留めていたマスキングテープを静かにはがして袋を開けば、案の定三つ連なった小ぶりないちごが顔を出した。
「んふふ、かわいいでしょ~? この間ショッピングモールで一目ぼれしちゃったんだぁ」
えへへ、と笑う百乃に悪気など少しもない。というより、彼女の頭の中は今いちごへの愛だけが存在していて、他のものが入る余地がない、と言ったほうが多分正しい。
「百乃……あんたまた自分が欲しかったやつプレゼントしたのね……」
好奇心から袋の中を覗いた朱音が呆れたような声を出した。
「うん? つづちゃんだっていちご貰って嬉しいよね?」
それにコテンと首を傾げこちらを向く百乃。
もう一度言おう。彼女には決して悪気はない。ただ本当に心の底からいちごを愛し、この世の誰もが自分の惚れたいちごちゃんたちを好むと信じているのだ。
ちなみに朱音がまた、と言っているのは夏の初めにあった朱音の誕生日の時にも百乃はいちごのぬいぐるみを渡したからである。
この百乃という少女にとって、誰かへのプレゼントとはその人を基準に考えて送るものではなく、自分が可愛い! 欲しい! と思った物――百パーセントいちごの何か――をプレゼントするものなのだ。
私に渡された三つ子のいちごちゃんはキーホルダーだった。
彼女のプレゼントの選び方は少し特殊なものの、いちごちゃんたちは確かに可愛らしかったため、百乃に軽く返事をして私はさっそく鞄につけることにした。
「百乃みたいに可愛いプレゼントをありがとう」
私が笑いかけると、百乃は元々赤らんだ頬をさらに色づかせて風船のように膨らませる。
「もうっ、つづちゃんったら口が達者なんだから!」
私たちがいちごの付いた鞄を挟んで笑いあっていると、蚊帳の外にされたように感じたのか、朱音がずんっと私の前にプレゼントを差し出してきた。風を切って現れた物体に、反射的に両手を添えてしまう。
「百乃のターンはそこまで! 私のプレゼントもちゃんともらってよね? 綴」
「わっ、あ、ありがとう……!」
驚きながらも受け取った朱音のプレゼントは、サバサバとした性格に見られやすい彼女の本質のように優しい、パステルカラーのブックカバーだった。どうやら私と百乃が笑いあっている間に、当初入っていた紙袋から取り出してしまったらしい。
開ける前のワクワク感を味わえないのは残念だったが、そんなちょっと短気なところも、朝自習中にしか読んでいないのに私が小説好きだと気付ける観察力も朱音らしく、私はつい苦笑してしまった。
「……! あー! 今笑ったね!? こっちは気に入らなかったらどうしようって真剣に心配してたのにー!」
「ごめんって、だってなんか朱音らしくて」
ぽかぽかと手加減して肩をたたく朱音にそう言えば、まんざらでもないのか一応叩く手を止めてくれる。そしてやっぱり確認しておきたいのかそっぽを向きながらも私に問いかけてきた。
「……で? どうなの? 気に入った……?」
「私が友達からのプレゼントにいちゃもんをつけるような薄情な人間に見える?」
私がにやっと笑うと、そんなに変な顔だったのか吹き出す朱音。
「ぶふっ……いや、思わないけどさ……ふふっ、もういいや、おめでとう」
「……ありがとう、朱音」
私は肩を揺らす朱音に笑い返し、そのブックカバーをそっと鞄の中に折れないようにしまった。
「あ、それとさあ、綴――」
朱音が何かを言いかけたその時、ちょうど朱音の背後――教卓から担任の声が私たちめがけて一直線に飛んできた。
「佐久間朱音―、明日方百乃―、日比谷綴―。仲がいいのは良いことだが、時間は気にしてくれよー?」
私たちはその瞬間ようやく、もうすでにチャイムが鳴り終わり、朝のホームルームが始まる時間になっていたことを知り、三人していちごのように真っ赤になりながら慌てて席に着くことになった。
――この時朱音が言おうとしていた、そして放課後にもらうことになったもう一つの誕生日プレゼントによって、私の生活が大きく変わることなど、この時の誰も知る由がなかった。
お読みくださりありがとうございます。
順調にいけば、次の次くらいには出番が来るかな…?