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捨て犬連鎖~一度あることは三度ある~   作者: 浅葱色にこ
一匹目 紳士的な捨て犬との出会い
2/4

第一話 独りぼっちの前夜祭



「うん、分かってるよ……大丈夫。二人ともお仕事頑張ってね」



 いつだったか、笑顔で電話をすると明るい気持ちが伝わると誰かが言っていた気がしたので、私は口角を意識して引っ張りながら別れを告げ、ガチャ、と努めて優しく受話器を置いた。


「はぁ……大丈夫、いつものことじゃない……」


 そう自分に言い聞かせた声は思っていたよりもか細くて、大丈夫と言うにはあまりにも頼りなかった。




 ――今年も独りが確定してしまった。



 そう思えば思うほど、出るはずのない涙が顔の上に置いた手のひらを撫でていくように感じてしまう。





 昨年度の冬、中学の卒業式も私は独りだった。


 正確には北海道に住む母方の祖父母が来てくれていたが、大した親戚付き合いもできていなかった私にとっては、少し仲のいい友達のお母さんと一緒にいるような気まずさだけが胸を騒がせて落ち着かなかった。



 一度仕事の依頼が入ると、両親は数か月その場所を離れられない。そのため、当然その約一か月後にあった高校の入学式も日本には来られず、優しい祖父母はまた付き添いを提案してくれたが、二度目だからという口実で断り、私は一人で入学式に参加した。


 もちろん、それゆえの収穫もあった。共感してくれる人がいるかは分からないが、私は知っている人がいないと猫をかぶりやすい性質(たち)なのだ。

 普段の私を知る人のいない独りぼっちの状況だったからこそ、気軽に席の近かった新入生に声をかけ、友達になることができたのである。



 安心してほしいのは、両親が育児放棄をしているわけではなく、私が度々一人になるのはあくまで二人のお仕事が忙しいからであるということだ。


 両親は日比谷という出版社を経営していて、ローマ字表記でHibiyaという雑誌を編集し出版している。非常に安直でもう何となく悟っている人もいるかもしれないが、日比谷というのは母方の苗字だ。

 少々珍しいが、うちは色々あって父方ではなく、母方の姓を名乗ると婚約前から決めていたらしい。


 出版社を経営していて、娘の名前は綴なのだから、本当に記者らしい両親である。



 目頭がこれ以上熱くなってしまわないように、私は固定電話の前から離れ、階段を上って自室に入った。そして何気なく飾られている写真を手に取る。


 そこには今と大して変わらない顔で、しかし両親に挟まれているからかいつもより心なしか子どもらしい笑顔の私が写っていた。



「懐かしいなぁ……最後に会ったの、中三の夏休みだっけ」


 両親は私が小学生のころからアメリカで仕事をしている。最後に日本に帰国したのは確か、小学四年か、五年くらいではないだろうか。


 この写真の時は二人が一日おきに休みを取ることができ、日本に行く時間はないが私がアメリカに行けば会えるということで、ビクビクしながらも初めて一人で外国に渡ったのである。


 テンパって道を間違えたり何度か転びそうになった私を見かねて、搭乗するまで一人のスタッフさんが付いてくれていた記憶がある。金髪のお姉さん、今も働いていらっしゃるのだろうか……あの時は大変お世話になりました。


 写真を撮った場所は両親の会社の中で、どこか観光地に行ったわけではなかったけれど、一番楽しい旅行だった。



 ――でも多分、この時にたくさん時間をもらったせいで二人が来たがっていた卒業式も入学式も来られなくなってしまったのだろう。


 旅行中、何度か仕事の電話がかかってきたことがあったが、両親は大丈夫だと言って電話を無視してくれていた。

 知らぬが仏、とかいうことわざもあるが、当時の私は二人の笑顔の裏に隠された問題を知らなかったからこそ、いや裏を返せばその時の目先の報酬を知っていたからこそ、後々自分の心を苦しめることになってしまったのだろう。



 写真を立て直し、ふかふかのベッドに大の字で横になる。


「今年の冬は会えると思ってたんだけどなぁ……」


 苦笑した私の声は、静かな部屋に吸収されていった。


 しばらくそうしてごろごろしていたが、寝るにはまだ早い時間だったこともあり眠気は訪れず、仕方なく起き上がる。

 机の上に置いていたペンケースの中からおもむろにマッキーを取り出し、カレンダーの前に立った。


 可愛い犬の写真付きのそのカレンダーには八日まで斜線が引いてあり、明日、十一月十日には丸が、その一週間後には赤い花丸が付いている。



――その二つに、私は八つ当たりのようにバツを付けた。



「明日で十六か……あ、私結婚できるようになるのか」


 まるで他人事のようにぼやきながら、ついでに今日にも斜線をつけておく。

 結婚なんて、幼稚園のお遊び以来付き合ったことのない自分には程遠いなんてどころの話じゃないけれど。


「明日は……体育なかったよね。じゃあ特に準備も必要ないか」


 マッキーをその辺に投げ捨て、カレンダーの隣にある本棚からお気に入りの本を数冊手に取った。ファンタジーのを二冊と、学園ものを一冊抱え、ソファーにダイブする。



 お行儀が悪いかもしれないけれど、今の私には関係なかった。


 両親が買い与えてくれたその、三人で住むには手狭だが学生が一人で暮らすには広すぎる一軒家には、私を見つめる人はいないのだから。




お読みくださりありがとうございます。

捨て犬たちはまだもう少し楽屋待機です…

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