誰かからの手紙が引き起こしたもの
リハビリのつもりで、二時間くらいで書いてみた。
うちに一通の封筒が届いた。
宛名はないし、差出人にも心当たりはない。
送り返そうにも住所が書いておらず、そもそも封筒に切手が貼られていなかった。
誰かが直接、うちの郵便受けに入れてった?
そう考えてみたものの、そんなことをする誰かに心当たりもない。
妙な話もあるものだとためすがめつ封筒を調べてみたら、なんと封さえされていなかった。
何故そんなことが分かったのかと言えば、逆さにしたときに中身が出てしまったからだ。
中から出てきたのは手紙だった。
真っ白な便せんに丁寧な文字で書かれていたのは、どことなく時代がかった文章。
本来、誰にあてたとも分からない手紙らしきものを読むというのは褒められた行為ではない、ということは分かっているのだけれど、なんとなく気になってしまい、罪悪感を覚えつつもその手紙らしきものに目を落としてしまう。
書かれていたのは他愛のない、日常の出来事を書き綴った、本当に誰に読んで欲しいと思ったのやら分からない中身であった。
おそらく書いているのは成人の女性であろうと思われたのだが、日々の習い事の話であるとか、おしゃれの話であるとか、働きに出たいと思っているのを親に反対された話だとかがつらつらと、脈絡もなく思いついたまま便せんに書き写したかのように書き込まれている。
今時、働きに出たいという女性に反対する親というのも、随分と時の流れに逆行した話ではあると思うけれども、親御さんからしてみれば何かしら色々と反対したくなるような理由があるのかもしれず、それは手紙からは読み取ることができない。
しかし、と俺は首を傾げる。
どうにもこの手紙、なんとなく違和感を覚えるのだ。
それは書かれている内容が、どうにも俺の知っている情報と合致しないのである。
書いている誰かはおそらく、俺と同じく地元の人間だろうということはたまに手紙の中に出てくる地名から推測できるのだが、俺の知らないところに川があったり、並木道があったり、路面電車が走っていたりしているらしい。
うちの地元で路面電車が走っていたのは、いつの時代の話だったかと考えながら文末に書かれていた一文を見て、自分の目を疑った。
五十年前の日付がそこには書き込まれていた。
それとこの文面を書いたのが女性であるということを証明するように「三葉 洋子」というこの手紙を書いた本人らしき署名がある。
どこかで聞いたような名前だなと思ったが、すぐにどこの誰だったのかは思い出せずにその情報については保留しておく。
というかどうせ何かのいたずらだろうとは思ったのだが、こんないたずらをして誰が得をするものやらまるで分からない。
これは一体どう理解したらいいのやら、分からないままに便せんを眺めていた俺は、便せんの裏の方にまだ続きがあることに気が付いた。
読んでみると、もしこの手紙を読んでくれた誰かが返事を書いてくれる気があるのであれば、封筒を見つけたのと同じ場所に封筒に封をしないままで、返事を入れておいてくれませんか、という実行するのはたやすいものの、本当に実行するのはちょっとためらわれるようなことが書いてある。
これは何かの詐欺で、たとえば家に人がいるかどうかを調べるための方法だったりするのだろうか、と思ってみたりしたものの、こんな回りくどいことをしなくても家に人が住んでいるのかどうかを調べる方法は他にいくらでもあるはずだ。
では翻って、今俺の手の中にある手紙が本当に過去の誰かから送り込まれたもので、その誰かが誰かに届けばいいなと思って書いた手紙がたまたま俺の手に渡ったのかと考えれば、いくらなんでもそれは話がフィクションに過ぎる。
しかし、ではこれがただのいたずらか何かだとして届いたことを知らんぷりし、忘却の彼方へと放り投げてしまうというのも、それはそれでどうなんだろうかと俺は思う。
ファンタジー脳と笑わば笑え。
オトコノコという生き物は、ほぼ確実にこの手の妄想を脳内で繰り広げたことがあるはずなのだ。
当然俺とて、脳内でこんなことがあったらいいなという妄想をしたことがないとは言えず、もしかしたら空から美少女が降ってくるくらいの確率で、俺の身にもその手の出来事が起きる可能背は微粒子レベルで存在しているんじゃないか、って思ってしまっている。
仮にいたずらだとしても、俺が恥ずかしい思いをする程度で済めば、大した問題じゃないだろうと考えた俺は、まず地元の歴史をインターネットで調べてみた。
現在から過去五十年。
あまり大きな出来事は、流石田舎の地元と言うくらいに起きていない。
五十年よりもっと前になると、ちらほらとヤバげな出来事が起きたりしているのだが、手紙の書き手が本当に五十年前の人間であるならば、その手のイベントは潜り抜けて来たのだろう。
近年、かなり危険な天災が起きはしたのだが、これを五十年前の人間に警告して、果たして本気にしてくれるだろうかと思いはしたものの、書かずにおくというのも違う気がしてとりあえず文章の最後の方にちらっと、詳細な日付と時刻と被害状況についての情報を載せておく。
では本編には何を書くか。
相手が自分の近況を書いているのだ、こちらも同じようなことを書いてやるのがいいのではと考えはしたものの、それでは面白くない。
書き始めに手紙を受け取って驚いたことや、いたずらでなければいいなと思っていることを書き込んだら、次は働きたいと思っているのに親から反対されて働きに出て行けないことについて同情しているという旨のことを書き込む。
そして、親の反対を押し切って社会に出ても、金銭的な余裕がたっぷりとあればどうにでもなるのではなにか、というようなことを書き込んでからそこからはネット上で調べられる限りの公営競技についての結果をがしがし書き込んだ。
つまるところ、相手が本当に過去の人間だと仮定した場合。
俺が手紙に書き込んだ情報は、完全にチートの類だ。
何せ競馬やら宝くじやらの当たり情報が数十年分、ぎっしりと書き込まれているのである。
この情報の通りに馬券などを買えば、相手が俺の知らない世界の誰かでない限りは確実に大金持ちになってしまうのだ。
もしこれが誰かのいたずらだったとしても、発想としては面白そうだろと言い訳すればネタとしてはそれなりに笑えるものになるかもしれない。
そんな風に思いつつ、何枚もの便せんに情報を書き連ね、最後にあなたの幸運を祈っておりますというお祈りと本日の日付、それに俺の名前を書いてから分厚くなってしまった便せんを封筒に入れ、封をしないで俺が不思議な封筒を見つけた場所。
つまりうちの郵便受けの中へ放り込んでおく。
なんとなく満足したものの、これで封筒が誰の手にも渡らずにずっとうちの郵便受けの中にあったりしたら……知り合いに笑い話としてしゃべるのも悪くないか。
そんなことを思っていた俺は翌日、郵便受けの中から俺の書いた手紙がなくなっているのを発見して、これはどう理解したらいいのやらと首を捻ることになった。
そんな出来事があってから数日が過ぎた。
俺はすっかり自分が出した手紙のことを忘れてしまって、平凡な日々を送っている。
俺が手紙のことを思い出した、というよりは思い出せられたのはとある日の午後。
昼飯を食い終わり、ちょっとひと眠りしようかと行儀悪く部屋の床にごろりと横になった時であった。
いきなり蹴破られるうちの家の扉。
何が起きたと体を起こす暇もなく、ぽっかりと口を開けた入り口から雪崩れ込んでくるいかつい黒ずくめのお兄さん達。
俺は一体何をやらかした、と思う間に黒ずくめのお兄さん達は俺を取り囲み、そしてそのお兄さん達の間からひょっこりと顔を出す人物がいた。
「これに見覚えは?」
長い黒髪に少々吊り気味の大きな目。
顔立ちは整っており、どこぞのモデルだと言えば誰もが信じるであろう容貌。
周囲の黒ずくめ達から完全に浮いた感じのするどこぞの学校の制服に見えるブレザー姿の少女が一人。
物理、精神両面からの黒ずくめ達が発する威圧に動くことのできない俺の目の前にぴらりと広げられたのは、随分と古ぼけて茶色がかった便せんであった。
俺を驚かせたのはその便せんの古さではなく、どう見ても何十年か経っているであろうと思われるその便せんに書かれていた文字が、つい先日俺がどこから来たとも分からない手紙の返事として出してやったあの文章だったからだ。
「見覚えがあるみたいですね。あなたの身柄を保護します」
「な……」
何故そんなことを聞きかけて、俺は彼女の言葉を頭の中で反芻する。
連行やら逮捕ではなく彼女は俺を保護すると言った。
保護というのは何かから俺の身を護るということを意味しているはずなのだが、何から俺を護るというのかはさっぱり分からない。
というか、俺の身に一体何が差し迫っているというのだろうか。
「少々手荒な方法をとってしまっていることにお詫びを。本来ならば大恩あるあなたをもっと穏便で丁寧にお連れするはずだったのですが……少々トラブルが発生しておりまして」
俺のこれまでの人生に、モデル級の少女に恩をかけたことなど一度もない。
それは確実に言い切れるので、もしかして誰かと勘違いしているのではないか、と思いかけた俺に彼女はかなり衝撃的な言葉をかけてきた。
「私は三葉 澪。あなたがご存じであろう三葉 洋子の孫にあたります」
「三葉 洋子って……」
「ご存じありませんか? つまようじからMBTまで手広く商う三葉財閥の現当主」
どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、という衝撃から抜けきれない俺に澪と名乗った少女はさらに訳の分からないことを告げてくる。
「現時刻からあなたを時流渡航者と認定し、その身柄を保護します。この件に関しましては超法規的に色々なことが無視されていますので……簡単に言いますと大人しく私に誘拐されてください」
にっこり笑ってとんでもないことを言う少女。
一体、俺が出した手紙は何を引き起こし、俺は何に巻き込まれたというのだろうかと思いはするものの、当然それに答えをくれそうな誰かはこの場には存在しないのであった。
反省はしない。