第2話 4月3日 立花夏彦
3月31日に引っ越しをし、4月1日にマンションに閉じ込められた。タイミングが悪い。
その日は引っ越し荷物を解きながら、気づいたことを確認することをした。
管理人の所に行ってみた。『田中』という名前の管理人は雇われではなくマンションの持ち主らしい。持っていた土地を業者に売り、借金をしてマンションを建てた。あとは家賃収入で生活しようってことだ。
そして、その1階の101を自分の部屋として作っていた。その部屋だけは他の部屋より一回り大きい。まあ、持ち主だし。
「こっちも困ってるんだよねえ、なんとかしたいんだけど、なんともできないんで」
「このマンションて、全部で何部屋あるんですかね? 」
「全部で16。この部屋入れてね。101からお宅の住んでる404まで。いま、空き室は201だけだね。うちの上だけ。他はお陰様で埋まってるよ」
「あ、ちなみに、このバリア……ぶよぶよのやつに囲まれる前に変なことありました? 」
「特に気になることはなかったかなあ……、あ、差出人不明の荷物が来てたね。さっき開けたけど、非常食が沢山入ってたよ。いやあ、助かるね。ありがたくいただくことにするよ」
「電話とかは? 」
「それは特になかったねえ。着信すらないよ」
「あ、一応管理人さんの携帯番号おしえてもらっていいですか? 」
「あ、はいはい。何か困ったことあったら電話してくださいね。できることは少なそうだけど」
部屋に戻った夏彦は、ロビーであった同窓生の稲森に電話してみた。
「はい。稲森です」
「あ、立花です。どーも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ここ数日間に差出人不明の荷物って来てた? 」
「来てるよ。レトルト食品沢山入ってるやつでしょ。差出人不明で気持ち悪かったんだけど、いま、こうなってみると助かるね。まさか毒ははいってないだろうよ。というか、それを聞いてくるってことは、立花の所にも来てたってことだな」
「まあ、そんなところだ。あ、あと、変な電話とかあったかい?」
「なんだそりゃ。それはないなあ。仕事先とは電話でやり取りしているけど、知らないやつからの電話はないよ」
夏彦のところは、引っ越し荷物に紛れていたので若干方法は異なるが、管理人のところにも稲森のところにも荷物が来ていたということは、他の家にも来ていると考えてまず間違えないだろう。
まるで、こうなることが分かっていたかのような食べ物が。
電話については、結論は先送りだ。携帯電話の設定で『非通知』からかかってきた時の処理がどうなるかは、よくわからなかったからだ。
『非通知』として呼び出すのか、『非通知』からあったことだけ表示して終わりか、最初から一切鳴らないのか。あるいは、最初からかかって来てないのか、の判断はつかない。
しかし、少なくとも自分たちだけが知っている『3ヶ月』という数字は実は『命綱』とも思える情報だと思った。軽々に人に話すべきではないと思った。
それは、ダンボールの中をよく確認すればわかる話だった。1人あたり1ヶ月分の食べ物しかない。
1人あたり1ヶ月分の食べ物しかないのに、3ヶ月生き延びるためには、すなわちそれは『人から奪う』という結論にしかなり得ない。
でも、それは『3ヶ月』という数字を知っていればこそだ。目の前に食べ物が当面の分たくさんあれば、その時点で安心してしまうだろう人が多いのではないか。疑いを持ち、数を確認し管理し、何日分あるのか、とやる人もそれなりに多いだろう。
しかし、「頑張れば1ヶ月半くらいの食べ物はあるな」で思考は止まるのではないか。
そして、まさか『同じような食べ物が全世帯に人数分来ている』ということ等には及ばないだろう。そして、いまから半月、4月の中旬辺りに来てやっと『もしかして食べ物が足りなくなるのではないか』と考えるのだ。
だからこそ、早く気づくべきであり、その食べ物ができるだけ減る前に奪わないといけないのだ。
「なるほど、これは『自発的なデスゲーム』なのか」
思わず言葉が漏れたが、妻の若菜は別の部屋にいたので聞こえていない。
『バトルロワイヤル』を始めとするデスゲームは、ゲームマスターがいて、一定のルールの元に強制的に殺し合いをさせられるが、今回は違う。自分が餓死したくないから『自らの意思で』殺し合いをするのだ。
しかも、居るのはマンションの自室。拉致されて1箇所に押し込まれている同士ではない。
しかし、そこで気づく。
「窓か……」
窓ガラスを割られることのみが唯一侵入を許してしまうことだと思った。ベランダにでて確認する。立花の404は最上階角部屋。他者の侵入はしにくいところだと思った。
ベランダの柵と『バリア』までには隙間があるため、隣のベランダや、下のベランダに行くことは可能に見えた。
しかし、挨拶をした時に見かけた隣の住人は老夫婦だった。「私たち2人で住んでいて……」と言っていたので、あの2人以外の住人がいて、ベランダの外を回り込んで侵入してくるとは思えなかった。
『非常用の仕切り板』を蹴破るのは可能だろうが、音で気づいたあとに対応することはできる。不意打ちがいちばん怖い。
そして、下から上に登るのは、上から降りるよりは難しいと思われた。ベランダの窓は常に気にすることにはしたが、1階の部屋に比べれば真っ先にこの部屋を狙ってくるやつがいることはないだろうと思った。
一応、あとから屋上も確認しにいったが、鍵が閉まっている。管理人以外はあけられないだろう。上からくることもまずなさそうだ。
一般家庭に『チェーンソー』や『ハンマー』を置いている人は少ないだろう。たとえ、ドアを壊されても、壊しきる前に対策すればいいだろうと考えたが、家の中にある武器になりそうなもののピックアップも始めた。
殺す気だから、殺される気がするのだ。奪う気だから奪われると思うのだ。
そんな事をしつつ、周囲に注意することが増えた結果、自分が『透視』できることに気づいた。元々できたのか、今回のことでできるようになったかはわからなかったが、おそらく後者であろうとは思っていた。
目をつぶり集中すると、壁の向こうが見えた。老夫婦の姿が明確ではないが浮かび上がる。動いているのもわかる。
暗視スコープで覗いているかのような感じではあったが、はっきりと人の動きを見ることができた。
妻の若菜を呼び、隣の部屋で言う通りに動いてもらうことにした。同じ家の中なら普通の声の大きさで十分届く。
「右手上げて。左手上げて。おい、右手上げただろ。あ、笑ってるのもわかる」
「あなた急にどうしたの? 」
夏彦のいる部屋に戻ってきた若菜は訝しげだ。
「なんか、急に超能力が使えるようになった……」
「えー、すごいじゃなーい! 私もなんかできないかな? やあ! テレポート! やあ! サイコキネシス! なんもおきない……しくしく」
夏彦は若菜の頭を撫でた。
「お前だけは俺が守るから」
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しかし状況は、立花夏彦が考えているより遥かに早く悪い方に動いていた。
302の浜松夫婦は、よりたくさん食べ物を得ることはただの結果と考えていた。それよりもその生来の性格と育ってきた環境から暴力を振るうことを単純に求めていた。警察が介入してくることはなさそうだと気づくと単純な破壊衝動を抑えきれずにいた。
204の小林穂乃香は夫の両親である403の老夫婦、つまり、立花の隣の家の住人から食べ物を奪い取ろうと既に計画を始めていた。
とりあえず2話まで




