人生は
人生はうんこだ。
安形里美は足を捻って、今日おろしたてのワインレッド色のパンプスの靴底にこびりついた犬の糞を見つめながらそう思った。
これから、人生初のデートに向かう道中だった。
なぜそんな大事な日に犬の糞を踏みつけなければならないのか、里美には理解できない。歩きながらスマホを弄っていたことへの罰なのかもしれない。
これから会う相手からスマホに連絡がきて、早く返信を返したい気持ちと早く相手に会いたい気持ちが重なって、画面に夢中になったまま急ぎ足で移動していたことが悪かったのかもしれない。
帰りたい。今すぐ帰りたい。今すぐこの靴を脱ぎたい。
舞い上がっていた気持ちがどんどん沈んでいく。里美はスマホのロックを解除して、すぐにメッセージアプリを開いた。相手と連絡を取り合っていた画面を表示して、ごめん行けなくなったとだけ文字を打ち、このまま送信するか一瞬迷う。
これを送ってしまえば、大事な初デートの日に犬の糞を踏んだことにより気分が落ち込んでデートを断念したことが、自分の人生の1ページに刻まれるんだろうか……。
何それダサい。ダサすぎる。
里美はメッセージを送るのは一旦やめにして、スマホを鞄の中にしまい込む。まずはどこかでこの忌々しい糞を落とさなければならない。
汚れが落とせそうな水場のある公園に向かって里見は歩き出した。