第百九十二話 地方都市奪還作戦、潜入工作班、悲壮な掃除
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「うむ、今連絡が入った。全班無事に配置についたようでござる」
「と言う事は……」
「合図があったら即掃除開始でござる」
潜入工作班は、影丸の言葉に奮い立つ。
作業現場に立つビルの屋上、見ていて幻想的とも不安を煽られるとも思える光景を目の前にしてようやく出番である。
陽動班の疲労も考えるともたもたしていられない中待たされるのはずいぶんやきもきしたが、これでようやく終わりである。
「うむ……作戦開始でござる!」
影丸の一声を受けて、全員一気にビルから飛び降りる。普通なら飛び降り自殺であるはずのこのビルの高さも、探索者にとってはちょっとした段差を飛び降りるのと変わらない。
飛び降りている間に茜は神秘の水差しを取り出し、その場に聖水を巻き始める。そして着地と同時にウォーターウェーブを使い、撒いた聖水を波状に拡散させ、魔物の汚物を洗い流していく。
他のメンバーはそれぞれ白骨死体の回収である。これは茜の床掃除の様に乱暴にはいかない。
もはや置物のような扱いを受けているそれらは紛れもなく本物の死体なのだ。
家族がいただろう、友がいただろう、仲間がいただろう、そんな人間なのだ。そしてここにいる人々の帰りを待っている人々もいるはずなのだ。
しかしだからと言って丁寧に扱いすぎてあまりもたもたしていられない。これは魔物がこちらにやってくる前に片付けねばならないことである。時間との勝負だ。
丁寧に、しかし素早く行わないといけない。
雨宮達ギルドマスター達に渡された回収用のマジックバッグに、素早く丁寧に白骨死体を入れ込んでいく。
「……なんか寒くない?」
「ああ、それ俺も思った。なんかすっげー冷える」
寒さに体をぶるっと震わせる。
不思議なことにここは嫌に寒い。もう八月に入ったと言うのにである。探索者の服はどこかしらに着ている人の体温調節を行う機能を付けているので、寒さによって何がどうなるという訳ではない。
だが、それがますます奇妙な違和感を膨らませていく。
『……助けて』
ふいに真崎は声を掛けられたような気がして後ろを振り向く。しかしそこには誰もいない。例の虹色の光球が漂っているだけだ。
「あ? 今なんか言った?」
「え? 何もいってないですよ」
近くにいた平塚に尋ねるもやはり知らないと言う。真崎は首を傾げつつも作業を進めていく。
『痛い痛い、痛いよぉ……』
『誰か、誰か助けて……』
『魔物が……魔物がこっちに……ぎゃあああ!』
新たに聞こえてきた声。今度は聞き間違いではない。全員声の方を向いている。恐らく全員聞こえたのだろう。
そこにはいくつもの例の虹色の光球が合わさり、大きくなった光球があった。その光球の光に照らされると、その場にはいつの間にか大量の人影があった。
その場の光景も炎が上がり、まるであの忌まわしい魔物が初めてこの日本に現れた日本魔物大氾濫を思い出させるような光景になっている。
しかしその光景は全体的に白っぽく、造形こそまるで魔物の氾濫の現場に居合わせたかのように完璧なのにどこか現実感がない。
まるでAR(拡張現実)をカメラなどのデバイスを通さずに肉眼で見ているかの様だ。
「こ、これは……」
その中にあって白い人影と化している人々の苦しみ様、嘆き様はまるで自分達の魂に訴えかけているかのように悲痛だった。
そしてその光景をまじまじと見てしまったことで、あるいは自らの闇属性の魔法が共鳴したのか、真崎を始めとした残りのメンバー全員が虹色の光球や、今見ている物の正体に気付いた。
虹色の光球、これらはすべて人々の魂だ。
魔物に殺され、喰われた後も死体をごみのように捨てられ、環境結界が形成されてしまったことで人々の魂があの世に行くことも出来ず、無理やりこの闇に閉ざされた都市に縛り付けられてしまったのだ。
そして、この人たちは今も尚魔物の氾濫が起きた状況の都市をさまよっているのだろう。今まさに殺される直前の状態で、何度も何度も繰り返し。
この人達、今ではこの魂たちと言うべき人たちが死んでなお苦しめられていた。恐怖と悲しみ、絶望がその場にとどまり光の玉となって彷徨っていたのだ。
この世にあらわれた地獄。まさにそれだった。地獄は罪人が苦しめられるところであることを考えると、罪のない人々が理不尽に殺され、死んでなお魂を苦しめられているこの状況は地獄よりもひどいかもしれない。
これはあまりにもひどすぎる。とんでもない場所だ。
それを頭でも心でも理解してしまった潜入工作班。あまりの凄惨な状態に胃から喉にせり上がる物を感じてしまう。
思わずへこたれるのも仕方ない事だろう。
真崎は思わずその場で吐き戻してしまったし、平塚は泣きだしてしまう。東雲は頭を抱えてうずくまってしまう。茜でさえ膝から崩れ落ちてしまった。
「各々方、手を止めてはならぬ! 我々の動きが遅れれば、今陽動をしている探索者達が持ちこたえられぬかもしれぬ。今は心を無にして結界の解除をするでござる!」
影丸から出た、感情を押し殺したような大声。影丸だけは唯一この中で今の光景を見ても手を止めずにひたすら片付けの為に動き続けていた。
確かにそれはわかる。今この場で自分達がもたつけば、他の潜入工作班にも迷惑になるし、もしかしたら敵がこの場にやってきて片付けどころじゃなくなるかもしれない。
何より長引けが長引くほど陽動班の被害は広がる一方だ。こんなところで挫けている場合じゃない。
それはわかっている。わかってはいても、それぞれが立ち上がるのにやはり時間がかかってしまった。正直この冷たいともいえる反応に食って掛かってやりたい気もしたが、今ここで仲間割れ起こしてもしょうがない。影丸の言っていることは正しいのだから、それに食って掛かる道理もないだろう。
そこからの潜入工作班は大声を上げ、涙を流しながらの作業だった。もう潜入工作である事なんて忘れたかのような騒ぎようで片づけと掃除を行っていた。
こんな悲しい掃除がある物なのかと言う思いでいっぱいだった。
これらの人々はもっと早く探索者が育っていれば助かったのではないだろうか、そもそもその土地の人々がもうちょっと踏ん張れていればこんなことにはならなかったのではないか。
そんな、今考えてもしょうがない、とっくの昔に過ぎてしまって、こうなってしまった事だと言うのに、そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡る。
………………………………
最終的に、この掃除は十分程度で完了する。結界で出来た闇が薄まり、どんどんと見通しがきくようになってきていた。
それと同時に体にまとわりつくような嫌な空気もなくなってきていた。そして……
「ああ……魂が……」
「空に……」
虹色の光球、人々の魂は死後の世界に旅立とうと空を目指して昇っていく。魔力の霧散したこの都市に、もう魂を縛り付ける力はなくなっていた。
その光はあまりに美しく、そしてあまりにも悲しかった。この人々の魂がせめて迷いなく成仏できることを、今はただ願うしかない。
思わず手を合わせて頭を下げて拝む真崎。目を開けると、何か白く光る玉を見つけた。
これはさっきまで浮かんでいた魂に似ているが、魂とは違って物体の様だ。ちゃんと触ることが出来る。
「……なんだこれ?」
「自然物ではないと思うけど……それよりも今はまたこっちのターンだ! 魔物絶対に許さねぇ!」
東雲の憤慨しきった様子に触発されるように潜入工作班も声を上げる。
人々の仇を取るべく、まず元のチームの仲間と合流するべく移動を開始した!
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