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第33話(1)


まぁ、前言撤回はよくあること、ですしねぇ。


中休み。

その日、俺はいつものように斎藤に誘われて、学食にポテトを買いに行こうと廊下に出たのだった。実に平和である。いつも通りの日常の1ページだ。そう、この時まで、確かに俺は日常の中の平穏という二文字を噛み締めていたのだ。

だが、俺の望む平和はいつもなんの気なしに破壊されるのが通例なのか、廊下には、懐かしのトラウマが無表情で俺を出迎えてくれた。

しかも、ダブルで。


「……」


「どうもー」


見知らぬ制服に身を包んだ少女たちがそこにいた。俺の目の前には、もう会うことはないだろうと思っていた懐かしの人物が二名立っている。


「な、なんで、ここに?」


「自主学校見学ッ!」


「自主って何ッ!自主ってなんだよっ!」


片方に突っ込みをいれていると、もう片方が呟いた。


「別にあなたに会いに来たわけじゃない」


五十崎家の四姉妹が二名。

下から二番目と三番目、上から二番目と三番目(楓をとばして)が、さも当然のようにドア前に立っていた。

どうもお久しぶり、合宿以来ですねー、なんて気さくに話しかけるような間柄ではない。むしろ俺にしてみれば、入浴を邪魔された苦い思い出しかない彼女たちに会って今更なにをしようというのだろう。第一、俺の人生に彼女たちの再登場の予定はなかったハズだ。明言もした。それなのになぜ、いま渦中の方が目の前にいるのか!?

……まぁ、なんだ、ふとそんな気がしただけなんだけど。


「ど、どちら様?」


その疑問を飛ばしたのは、いきなり現れた謎の中学生ABに俺の横で狼狽する斎藤であった。


「五十崎柚と!」


「五十崎梓」


片やテンション高めに、方や低めに答えてくれた。

名前がうろ覚えだったので再確認できた、のは良かったのだが、なんで中学生のハズの二人が高校の校舎にいるんだろうか。

そんな風に思考を巡らせる俺に、梓ちゃんが冷ややかに話かけてきた。


「久しぶり。変態」


「あ、うん。久しぶり梓ちゃ、って、ちがぁう!違わい!なんで、そんな友人に話しかけるような軽いノリで失礼なこと言うかな!」


「そんなの、」


驚くほど冷たい目つきで彼女は人を見下すように続けた。


「あの時のことを冷静になって考えたから。あの時は謝っちゃたけど、謝罪を変態といい直す」


あの時、あの時ね…、確かに状況は俺が悪いような雰囲気になってたけど……。

彼女がここでいう『あの時』を軽く回想してみる。

それは、去年の冬休み。楓の家に遊びに行き、お風呂を頂いていたら、彼女が乱入。よくわからん勘違いをしていたらしく、そのままバイバイ…、以上、回想終わり。

……彼女に非はない、といい切れるのだろうか、甚だ疑問だ。

「そもそもあなたが女装していたのがいけない」


「いや、それはあるけどさあ。勝手に勘違いしてお風呂に乱入してくる方も方だと……」


「……雨音、何、この女の子たちは?」


突然俺の隣から、声があがった。斎藤がわなわなと震える口で語りかけてきたのだ。二人に気を取られて横にいる彼の事を完全に失念していた。


「友達の、えーと、五十崎楓の妹さん」


「…五十崎。ああ、はいはい。何組か忘れたけど、あのイケメンだろ。そしてなるほど、ふむ。確かに五十崎一族は優良遺伝子らしいや。ぐひぐひ」


それは認めざるを得ない。目の前の二人は確かにそこらのモデルより可愛い。普通に美少女、というやつだ。まだあどけなさが残るクリっとした瞳に俺の胸ほどしかない身長、加えて全体に纏ったなんとも言えぬオーラ。正直、彼女たちを見ていると世の中でロリコンと呼ばれる人種の気持ちがわからないでもない。いやっ、俺は違うよ!違うけど!


「ぐひぐひ、仲良くしようぜー」


「いいけど、その笑い方なに?」


斎藤の下品な笑い声に、柚ちゃんは首をひねっているが、その一方、梓ちゃんは嬉しそうに無言で照れ笑いを浮かべている。おそらくだが、彼女も自分が褒められたことよりも『楓がイケメン』という言葉の方に喜んでいるのだろう。ブラコンだから梓ちゃんは。


「そんじゃ握手だ」


「握手?なんで?」


「まぁまぁ、人間気にせず手を取り合うことが大切なことなんだと、ぼくぁ思うわけですよ」


差し出された右手をなんの疑いなく握る柚ちゃん。手をとり合う際の、斎藤の目を見ていたらきっと一生もんのトラウマになったことだろう。

無事握手を終えた斎藤は、大事そうに右手を見つめながら、


「よーし、それじゃ俺の事はお兄ちゃんと呼んでくれ」


とか気持ちわるい事をいい始めた。あー、気持ちわるっ!そんなこという人種は滅びればいいのに!


「お兄ちゃん?私のお兄ちゃんは楓にぃしかいないよ」


「う、うんそうだね。だけど、ここで義理の兄貴が一人登場するわけだよ」


そういうのは山本先生で間に合ってます。あなたのやっているネタはすでに山本が5ヶ月前に経過した道です。発言の不毛さを理解したなら黙って自重しなさい。

どうせ言っても伝わらないんだろうなぁ……。


「もうこれ以上兄弟が増えたら、うちの家族は離散しちゃうよ!」


「あ、そうなの……」


切羽詰まった状況なのだろう。声を荒げて柚ちゃんは斎藤にそう告げた。いきなりのそのテンションに斎藤は困惑気味におどおどと言葉を濁す。

そんな彼をほっといて俺は二人に尋ねた。


「それで学校見学ってどういうこと?たしか今日は見学会開かれてないハズだけど……、あ、もしかして楓に会いに来たの?楓だったらこっちのクラスじゃなくてあっちの……」


「楓にぃは関係ないよ。ただの自主学校見学気にしないで」


「自主ってどういう意味さ?許可もらったの?」


「むぅ、失礼な。きちんと事務員さんの了承済みですよ!ほら、見学者バッチ」


そう言うと柚ちゃんはポッケから『見学者』と書かれた黄色いワッペンを取り出し、誇らしげにそれを掲げた。留められるようになってんだからきちんと見えるとこにつけろよ。

確かにウチの学校の校章も入っているし、本物に間違いなかった、ただ……


「つうか、見学期間外に学校来ても入れさせてもらえるもんなんだな」


俺はそう呟きながら隣の斎藤に視線をやった。

斎藤はどうやら俺の質問の意を汲んでくれたみたいだ。


「うむ、確かウチの学校は年がら年中オープンキャンパスみたいな感じだったハズだぞ。高校だけど。中学生だったら受験生じゃなくても、許可さえ取れば簡単に校内に入れたハズだ。甘々なセキュリティーだよな。ところで…」


「なんだよ」


「先ほどの女装をしてたらお風呂に乱入という言ってたけど、どういう…」


「うぉし、柚ちゃん梓ちゃん!この表雨音が羽路高の一から十まできっちり見学させてあげるからついてきなっ!」


斎藤が触れてはならない領域に足を踏み入れようとしたので俺は慌てて二人肩を押しながら彼から離れた。


「え、ちょっ、急に押さないでよ!」


「触るな」


口が悪い来賓者たちを押しながら、俺はその場を後にする。

斎藤とのポテトとの約束はあるが、後ろの方で斎藤は、未だに右手を見つめ「ふにふにしてて柔らかかったな。女の子の手ってあんなに柔らかいもんなんだ」と気持ちわることをブツブツ呟いて幸せそうなんで放っといて大丈夫だろう。

うーむ、約束を反故しといてなんだけど、友達考えなおそうかな……。

それよりも問題はこの女子中学生二名だ。


廊下の隅に彼女たち二人を追いやると、一旦足を止めた。はぁはぁ、と息を切らしているが、決して変態ではないと弁解しておこう。


「そ、それで、なんのよう?たしか梓ちゃんは今中一で受験はまだ関係なかったよね」


自己紹介の時にお似合いの短髪を揺らしながらそんなことを言っていた気がする。

俺のその記憶は正しかったようだ。梓ちゃんは一度だけコクリと頷いた。


「と、なると柚ちゃんが受験で見学にでも来てるのかな?」


「まだ先の話だけどね。そろそろ受験の事考えなきゃだし……というわけで今日、ウチの中学は創立記念日で休みだから梓誘って楓にぃの学校に見学しに来たの」


言ってから柚ちゃんは「へっへー」と嬉しそうにはにかむと、ワッペンをピラピラとゆらした。ふーむ、なるほど。合点がいったぞ。どうりで二人が揃って羽路高に乗り込んでくるわけか。


「ふーん、俺もたしか高校受験は悩ましかったなぁ。結局ここにしたんだけど。つうか二人とも同じ中学通ってんだね」


「ええ、私たちは西中学校。校歌が40番まであることで地元でも有名な学校なんですよ。今年でなんと創立100周年!伝統校ですっ」


「そいつは凄い。歴史ある学校で中学校生活を送ってるわけか。羨ましいぜ。俺の通った中学はできてまだ10年くらいだったから、あんまり楽しくなかったもんな。やっぱり中学校というと恋とかスポーツとかに燃えないと」


「そこら辺は学校という環境よりも本人の努力でしょ。私だってぜぇんぜん。やっぱりスポーツできる男子にはときめくけど、中学校生活で誰も懸垂しながら告白なんてしてくれませんでした」


それは意外だ。なんでスポーツ=懸垂に結びつくかはさておくが。


「西中でそんなに深い歴史があるとしたら、東、南、北とかも結構歴史あるのかな?」


西中があるんだから、北中や南中、東中もあるだろうという単調な憶測。実際あるかどうかも知らないけど、芳生と美影がそんな話をしていた気がする。


「いえいえ、西中だけダントツで古いだけで、他はわりと新しいんですよ。やっぱり西が一番なんです」


「なに?その西ひいき。一番の古株らしいけど、そんなに偉ぶることか?」


「男子なら、北の蓮っ葉、東のドジっ娘、南のおチビや誰よりも西が一番なはず。この話題がわからないなんて、はぁ、ジェネレーションギャプってやつですか」


年下の、しかも女の子にそこまで言われるなんて思っても見なかった。が、


「ふは、ふはは…」


「な、なんですか急に笑い出して不気味な…っ、はっ、まさか妖怪変化が正体をあらわすというのっ!?」


「ふははは、…んなわけあるか!俺が言いたいのは男子だから公にいうのは恥ずかしいが俺も一読者だということ。そんな私は東派です」


ジャ○プでなに読んでる?と訊かれてもお色気系は読んでないぜっ!と突っ張ったのも今は昔だ。高校生になった今なら胸を張って、堂々と一読者だと名乗れる。

…と思う、気分的に。


「うーん、正規ヒロインを出してきますか。いいチョイスですが、西の献身さには適いません」


ふんぬ、と鼻息あらく彼女は言い切った。


「なんでそんな西を押すかな、…というか柚ちゃん、女子なのにそういうの読むんだね」


「女子だからこそ読むんですよ。ああいう複雑な恋愛関係は少女漫画の特徴じゃないですか。ドロドロした昼ドラ的要素に女子は大概惹かれるものです」


「ええー?そんなにドロドロはしてなかったでしょー。確かに主人公が優柔不断でムカつく時もあったけどさ」


「さっきから何の話してんの?」


そんな少年誌独特のお色気漫画について、熱く柚ちゃんとトークをしていると、完璧空気になっていた梓ちゃんが呆れたように話にはいってきた。

あ、しまった。

少々オーバーヒートしすぎたみたいだ。


「ごめんごめん、そ、それで、話を戻そうか。えーと、…西が凄いのは置いといて。二人は今日見学に来たんだよね?」


「そうだけど」


「だったら引率というか案内人の先生はいないの?」


俺は二人にそう尋ねた。

素直に疑問だったのだ。普通個人の学校見学となると、好き勝手されないように先生や事務員さんがつくものだが、二人にはそういった人が見られなかったからだ。


「あ、えっーと…」


俺の質問に二人は目配せしあうとやがて柚ちゃんが気まずそうに言った。


「いたんだけど…」


「けど?」


「いつの間にかはぐれてた」


「は?」


な、なんだそれ。

つまり今二人は迷子というわけか。


「ふぅ。しょうがないから職員室つれてってあげるよ。…ちなみに引率の先生は誰だったの?」


「…山本先生」


「うわぁ」


まさかの山本に、二人を会わせるのがどっと不安になってきた。

というか、この時点で既に疲労MAXだ。


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