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32(5)

……まっさらな前書きを見つづけ5分くらい経ちましたが、書くこと何も浮かびませんでした。


昼休みになにか見てはならないものを見てしまった感じが俺の胸を締め付け、そのせいか、午後の授業は集中して受けることが出来なかった。

校舎裏で繰り広げられた告白という名の青春劇は、わりとありがちなパターンではあるが、それをリアルな世界で目の当たりにしたのは初めてだったからだ。

ましてや、役者二人ともが知り合いときた。


一人は部活の友達、五十崎楓。

彼がモテるという噂は何度か耳にしていたが、実際に交際を申し込まれているところなど、見たくてもなかなか見れたものでない。

そして、もう一人。クラスメイトの……、

俺は視線を黒板から、斜め後ろの少女に移した。

彼女は何事もなかったかのように板書をノートに書き写している。

随分と落ち着いたものだ。先ほど校舎裏で男性に想いのたけをぶちまけた人物とは思えない。

中津川佐江はそこにいた。

普段と変わらないようすで、カリカリとせわしくペンを動かしている。

クールビューティーと斎藤が称した通り、彼女は常に落ち着きはらっていて、現に今も、先ほど慌てた様子で“言い逃げ”をした人物と同じだとは思えなかった。


「はい、今日はここまで」


五時間目が終わった。

先生のその言葉を合図に生徒達は一斉に片付けを開始する。カチャカチャとペンを筆箱にしまう音が響く中、少し遅れてチャイムが校舎に轟いた。

先生は黒板の後片付けを日直に頼むと挨拶を終えて足早に教室から去っていった。みんな縮こまっていた体を背伸びなどで伸ばしている。


残すは六時間目の英語。そして部活動だけである。

部活動には彼女の想い人である、楓がいる。

俺はいつもと同じように彼と接することが出来るだろうか、きっと妙にギクシャクしてしまうだろう、といらぬ心配を抱いていた時だった。


「美影、ちょっと」


中津川が目の前に来ていた。

正確に云うと美影を呼びかけに、彼女の席前まで来たのだ。

中津川の手には先ほどの授業の教科書がある。どうやら授業が終わって即刻美影の席まで来たらしい。それも教科書を置いてから来るということさえ頭に回らないほど、慌ててだ。

美影の席は俺の隣にある。呼びかけられたのが自分のような感じで、一瞬ドキリと心臓が跳ねた。


「はい。……どうでした?」


美影はその呼びかけに薄く笑いながら返事する。語尾が不自然に小さくなっているのはおそらく聞き耳をたてられるのを気にしてだろう。


「えっと、」


「その、……結果は?」


それから、少しだけイタズラな目をして、教科書を机の引き出しに入れる手を休めた。

中津川は一瞬だけ、俺の事を見ると、静かに続けた。


「ここじゃ、ちょっと、……廊下でよ」


「はい」


「ほ、ほら早く」


慌てた口調でそう提案すると、美影の手をとって、五時間目と六時間目の境の小休止で賑わう廊下へと連れたって出て行った。

残された俺は引かれっぱなしになっている隣の椅子を見てぼんやりと考える。

どうやら中津川は楓に告白する際、美影に相談していたらしい。相談相手に思慮分別があり、プラス楓と同じ部活である彼女を選ぶあたりはなるほどなかなか良い判断に思える。

美影がどういったアドバイスをしたかはわからないが、中津川の判断が良かったのだけは確かだと思った。



俺は手持ち無沙汰になった視線を誤魔化すため、手元にあった自分の教科書をなんとなく広げてみてみる。

テキトーに開いたページにはふざけて書いた落書きがあり、それがまた若気の至りを浮き彫りにしているようで妙に恥ずかしかった。


ウ○コを棒に差したシャクシャインが、指からビームを放つクラーク博士が、増毛したフランシスコ・ザビエルが、猫耳の萌キャラになった夏目漱石が楽しそうに俺の脳のカオスを具現化していた。

これじゃ、人を馬鹿に出来ないな。俺の教科書はトゥーンワールドだったのだ。


ああ、なんて馬鹿。馬鹿の教科書だと一発でわかる。

右下では、棒人間が大スペクタルなバトルをパラパラ漫画で展開してるし、アンダーラインはガタガタで色が統一されていない。


来学期からはもう少し真面目になろう。

そう誓った午後の一時だった。



「はい、本文和訳はいります」


教師代わって、授業は英語。

TomやKenが楽しく会話をしたのも昔の話。今じゃ、グローバルな地球温暖化とかチョッイと難しい単元にはいっている。


美影と中津川は、始業開始のチャイムと同時に戻ってきて、今は平然と着席している。


「グッイブニングー」と六時間目についていけないテンションで開始した授業は、独自の展開をジグザグに進み、ついに勉学の佳境を迎えていた(睡眠欲的意味で)。


英文和訳の板書を俺はせわしく書き写す。眠りたい欲求を誤魔化すにはノート取るのが一番だからだ。但し後で見たときミミズが這った暗号文になってないことに注意しながら、ペンを動かさなくてはならない。


カリカリカリ…

教室いっぱいペンが走る音が響き合う。

がり勉クラスみたいだけど、実際、この先生は訳さえ出来ていれば点数とれるのでここだけみんな必死になっているだけだ。

そうそして俺もその一人。

カリカリカリ…


右手が休むことなくペンを走らせる。このままでは腱鞘炎になってしまいそうだ、と脳の片隅で思った。もっともなったことないのでそれがどんなのかわからないのだけど。


とにかく、まあ、焦るのはよくない。どうせすぐに無駄話を開始するだろうからその時、ゆっくりと書き写せばいい。

慌てない慌てない、一休み一休み。

そう妥協というかサボり癖が出たところでデッカい欠伸とともに、ペンの動きを止めて、休憩をとることにした。

頬杖ついては、一息いれる。


「……」


このままの姿勢じゃ眠っちゃいそうだった。慌てて背筋をピンと伸ばす。

楽な姿勢はよくない。

かといって黒板写すのも面倒くさい。


さて、

隣の美影をチラリと見る。

生真面目な彼女は、先生のチョークと共に自らのペンを走らせていた。シャー芯がその身を削り、均整の取れた綺麗な字をノートに印字してゆく。習字でもやっていたのだろうか、美影の文字は女の子の特徴的な丸文字というわけでもなく、キチンと文字のアイデンティティを保った筆記体だった。いつ見ても惚れ惚れする。

彼女に触発されて俺も真面目にノート書くかな、と高い文字レベルの差を見せ付けられては、そんな気になるはずなく、むしろ頑張っている彼女の邪魔をしたくなった。


机の上には、筆記用具と教科書とノート、そして文明の利器である電子辞書が置いてある。

俺は、二つ折りの電子辞書をパカりと開いて、キーを叩いた。


英語の授業は電子辞書を机に出せるからいい。辞書はとてもいい暇つぶし道具になる。


最近の電子辞書は辞書といっても様々な娯楽の機能が搭載されていて、現に俺の辞書にはクロスワードや数独なんかが搭載されていた。

遊びをクリエイトしてどうするんだと突っ込みたいところだが、お世話になっているので、口を酸っぱくすることはないだろう。

そんな娯楽機能は眠気覚ましにはピッタリだが、俺が今求めているのはそんな機能ではない。


真面目な俺は真面目に広辞苑を開き(英語の授業だけど)、検索窓に以下の文を入力した。


『こくはくはうまくいったの』

告白は、うまくいったの?


平仮名14字まで、検索ワードを入力できる。クエスチョンマークはつけられないが、疑問文と受け取ってもらえるだろうか。

もっとも、やってることは授業中に手紙を回しあう女子みたいなものだけど。


そして、入力した文を隣で真面目に授業を受けている美影に見えるようにしてわざとらしく音をたてて置いた。

ん?と気が付いたらしい美影は俺の電子辞書に書かれた文をチラリと読んで、あ、と驚いた顔になり、慌てて自分の辞書を取り出しなにやら入力し始めた。

辞書チャット(今つけた)の開始である。


『なんのはなし』


美影が置いた彼女自身の電子辞書にはその六文字が入力してあった。最後の文字が明滅を繰り返している。

白を切る気らしい。

無駄だ。


『かえでになかつがわが』


一回きる。

すぐにタタンとキーを叩いて目的のワードを入力した。


『こくはくしたはなし』


楓に中津川が、告白した話。

その文字を見た瞬間、美影は見るからに驚いていて、握っていたペンを落としたほどだった。

目を見開いて、俺の辞書を注視している。

コロコロと教科書の上をペンが転がっていく。

俺は一回ふふんと鼻をならして辞書に新たな文を入力した。


『そうだんをうけてたでしょ』

相談を、受けてたでしょ?


「なんで知ってるんですか?」


辞書という媒体を介さず美影はコソコソ聞いてきた。

静寂が支配する教室だ。少しの音でもいやに響く。現に美影の小さな囁きでさえ、前に座る人がピクリと反応したほどだ。

美影が辞書を介することなく、声をメッセージの媒体に使用したがこれに俺も乗って二人楽しくお喋りに花を咲かせてしまえば、たちまちクラスの視線を集めることになるだろう。

それはゴメンだ。

だから俺は無言でまた電子辞書を叩いた。


『きょうこうしゃうらでみた』

今日、校舎裏で見た。

伝えるべき内容はそれで全部だろう。


『そうなんだ』


『こくはくしてたおどろいた』


静かに綴られた文を見て彼女は軽く嘆息するとノートにさらさらと書き付けた。

辞書だけじゃ言いたいことが間に合わないと判断したのだろう。


『確かに私は佐江ちゃんから楓さんについて相談を受けていました』


筆談に移ったのはひとえにその文章量の増加からだ。

驚きなのはその速記のスピード。それでいて文字は崩れていない。やはり彼女は書記に向いているのかもしれない。


『こくはくについての』


告白についての?

それでも俺は辞書に文字を入力し続ける。二人してノート使って筆談してたら先生にバレると思ったからだ。


『はい。佐江ちゃんが楓さんを好きだと言うから、相談に乗っていたんです。誰にも言わないで、って頼まれてたんですけど、これは仕方ないですよね?(笑)』


彼女がノートに書き付けた文を読んで、いらぬ詮索をしていた自分を恥じた。読み終わってから彼女をチラリと見ると、文末に書かれた『(笑)』のように微笑んでいるので怒ってはいないようだけど、首を突っ込むべき問題ではない、と静かに悟った。


デリケートだろう、恋愛は。

それに俺も美影も、当事者ではないのだ。これじゃ影でコソコソと噂するバカな奴らと大差ない。コックリさんの苦労がわかっておいて、詮索するだなんて、俺は本当に迂闊な愚か者だった。


『ごめん』


辞書に、入力すると同時に言葉にも出して謝っていた。


「あっ、わ、私の問題じゃないから……、あ」


俺のいきなりの謝罪に戸惑いながら彼女は答えてくれたが、それがまずかった。

今の時間は厳粛な授業中である。先生は朗らかで優しい人だけど、私語にはそれほど寛容ではない。

案の定、美影はわざわざ振り返った先生に一睨みされた。

彼女は悲しそうに、しゅん、と肩を落とした。


「ごめん」

先生がまた無言で黒板の方に向いてカツカツと訳を書き始めたので、俺は静かにまた彼女に謝った。

さっき妨害とかほざいてはいたが、そんなのは言葉の綾で本気ではない。


「いえ、大丈夫です。それより……」


彼女は声のトーンを限りなく小さくして、俺に答えてくれたが、最後には黙ってまたノートに文字を書き始めた。


『さっき佐江ちゃんに聞いたところによると、告白はしたけど、返事はもらってないそうですよ』


ああ、そういえばそうだった。完全に言い逃げだったな、アレは。


『かえではなんてへんじするだろ』


『さぁ、わからないですね。ただ、願わくば良い返事であって欲しいです』


美影がそう言葉を締めくくった時、先生はようやく手の動きを止めて、本文和訳を終えたようだった。

それを確認した俺は辞書に『じゃ』とだけ入力すると黙ってノートを写し始める。

完全に妨害だったけど、美影と会話することで幾分とスッキリできた気がする。これでやっと楓とてらうことなく会話ができるな、と一人ペンをせわしなく動かしながら思った。





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