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その気になれば一週間と言わずすぐに投稿してみせます(本当)。


というわけで、校舎裏にやってきた。閑散とした辺りの様子は、想像していたよりはすっきりとしている。

季節が冬だからというのもあるのだろう、落ち葉が積もってはいるが、煩わしいと思う程ではなかった。


「お待たせ致しましたわ。白馬の王子様」


「……?」


「ワタクシ、水道橋和水。以後お見知りおきを」


「何してんだ、お前?」


「自己紹介の練習。やっぱり礼儀は出来とかないと」


「ああ、そう」


「趣味はお花にピアノを少々、好きな食べ物メロンパンでマック○コーヒーを好んで飲みます。資格は水道橋流真武道裏千家の免許皆伝ですわ。おほほほ…」


誰もいない空間とお喋りをしていた和水を恥ずかしく思いながらも、隣り合って歩いて校舎裏に着いた。

ようやく到着したはいいが、もう昼休みは残り少なくなって来ていた。それでも、滅多に訪れることない校舎裏だ。好奇心は収まることなかった。


二人でキョロキョロと辺りの様子を窺いながら、歩く。


校舎裏と言っても随分広かった。季節が季節のため、葉をすべて落とし丸裸になった痛々しい木々が、それを表すかのように物寂しく風に揺れていた。

時間帯はお昼で朝よりはマシになったが、それでも影になる校舎裏は冷え込んでいる。

歩く場所によってはしゃりしゃりと霜柱が小気味良い音をたてて砕けた。


「あ、誰かいるわ」


見ると確かに男性が一人壁に寄りかかって立っていた。

男、ということは、和水が探し求めていた王子様ということになるのだろうか。

まず、実際に誰かいたということに驚きだ。エンジェル様の正体は言わずもがなだが、テキトーな事でも半分くらいは当たるものである。

何をしているのだろう、校舎裏に用事なんて思いつかないが、


「ほんとだ、誰だ…」


「隠れて!」


返事をするよりも早く、和水は小さく叫びながら物陰に俺を押しこんだ。


「いてっ」


その人物に見られないように、隠れる事を促した和水だが、どこに隠れるかは深く考えていなかったのだろう。

押し込まれた先は、赤錆た焼却炉の裏だった。使われなくなってもう何十年も経っているというのに、少し触れただけで、手が真っ黒になりそうなくらい、煤汚れていた。

こんな汚い場所に押し込むだなんて計画性の無いやつだな。いや、というか隠れる必要はあるのか?会いに来たのではないのか?

それに、しっかりと隠れられているか甚だ疑問だった。


「あの人がマイスウィートラバー…」


文句を言おうとしたけど、和水の目線は完璧に校舎裏の人物にロックオンされており、今話かけても馬耳東風になるだけだと分かっていたのであえて何も言わなかった。

俺も彼女を見習って、焼却炉からそっと頭を出し、校舎裏の人物を見やる。


「あれは…」


遠くてよく分からないが、制服に身を包んだ人物が、ぼんやり空を眺めながら立っていた。

しかし辛うじて分かるのは性別くらいで、この位置からじゃ、丁度影になり、人物の顔をはっきりと捕捉することができない。


「和水、あれ誰かわかるか?」


「んー…、ちょっと遠くて分からないわね…。もっと近づけば分かりそうなんだけど、…これ以上近づけばバレちゃう」


指で円を作って、それを望遠鏡のようにしながら和水は“王子様”を凝視していた。そんなことしても視力が変わることはずないだろうに。


「もうちょっと前に来てくれれば、分かりそうなんだけどなぁー。うーん、身を乗り出したらバレちゃうかな?」


なんども首を揺すって角度を変えながら和水は王子様の正体を確かめようと躍起になっていた。

それにしても、なんで俺まで隠れているんだろうか。


「こっち、向いてよー、王子様ぁ」


「……あのさ、そこ、凄い疑問なんだけど、なんでバレたらマズいんだよ?お前、『校舎裏の王子様』に会いに来たんだろ。隠れる必要ねぇじゃん。だったら早く行けよ」


「わかってないわね、雨音、いや、アマちゃん」


「勝手に変なあだ名つけんな」


人の尊厳を無視したあだ名を撤回する事なく彼女は続けた。


「お付き合いというのは正式な順序立てというのが大切よ。相手の人柄をロクに知りもしないのに王子様だと信じて耄碌すれば痛いめに合うのは目に見えているわ」


「…思ってたよりは冷静なんだな」


和水の意見は至極真っ当である。しかし、だとしたら先ほどの自己紹介の練習はまるっきり無駄なんじゃないだろうか。


「そりゃそうよ。私を誰だと思ってるの?いくらエンジェル様のお告げだろうが見極めるのは私、本人でしかないのよ。そもそも占いなんてモノは偶然を偶然言い当てるだけのものにすぎないわ。当たった一つの占いの影にハズれた100の占いがあったらただの確率論になるだけじゃない。だけど占いはまんざらインチキというわけじゃないわ。悩んでいる人の背中を押す、道を導き出す、という点では必要なものだと思うの。私はそういった見方も考えた上で、王子様を見つけ出そうと決めているのよ」


「…そんだけ冷静に考えてんだったら、俺を無理やりコックリさんに参加させる必要はなかったんじゃないか?」


「いやぁね。前々から興味があったからやってみたかっただけよ。だけど、ほらっ!実際に動いて王子様(仮)もいたじゃない。案外バカに出来たものじゃないわね。私ほんとはさほど期待してなかったのに」


「っう、そうだな」


「?その『っう』て何よ?」


「なんでもねぇよ!それよりその『王子様』をどうするか考えろよ!ここでただ待機とかは有り得ないからな、もしそうなったら何がしたいんだか分からない」


動かしたのは俺で、校舎裏に行くように意図してお告げしたわけじゃない、と、楽しそうな彼女に告げることは出来そうになかった。

マジでカミングアウトしたら、殴られそうなくらいなはしゃぎ具合だ。


「そうよねー。そこなのよね。問題は。いきなりあの人の前まで行って、『やっと見つけた私の王子様、付き合って下さい』なんて言ってごらんなさい。ただの痛い子よ、私は」


「自覚症状あったんだ…」


「は?」


「いや、なんでもない」


まあ、確かに会っていきなりそんな事言われたら戸惑うよな。いくら和水が可愛くても頭の中のお花畑を突きつけられたら、拒否するに決まっている。

荷がかちすぎます、一般男子高校生には。


「だからせめてあの人が誰か分かればお近づきのチャンスを作れそうなもんなんだけど…」


「占いを軸にした地盤固めか。なんか危ういな…」


「エンジェル様は嘘つかないー」


俺は嘘をつくけどね。


「あ、誰か来た」


和水が静かに注意を促した。

見ると確かに先ほど俺たちが入ってきたほうから少々駆け足に生徒が歩いてきていた。女生徒が一人。寒そうにローファーをせわしなく動かしながらこっちに向かってきている。

豆粒ほどが、だんだんと大きくなるにつれてなんだかその顔が見覚えがあるということに気がつく。あの女生徒…。


微かな記憶を辿りたいところだが、これ以上見続けいたら、間違いなく目が合ってしまうので、とりあえず頭を低くして、見るのを止めた。


しゃりしゃりと残った霜柱を砕く足音が近づきそして遠ざかっていった。その間、身を固くして、やってきた人物から見られないように、ジッとしていた。

新たに場に現れた人物は、焼却炉の影にいる俺たちに気付くことなく通り過ぎていったらしい。

足音がドップラー効果で遠ざかっていく。


なんとなくここで出歯亀行為をしているという事実に気が引けたのだ。


「随分と賑わうわね。校舎裏」


やれやれ、と言ったようすぐ和水は顔をあげた。

確かに少なくとも今校舎裏には4人いることになる。

俺が思っているより、過疎ってはいないのかもしれない。


「それにしてもあの人、なんでここに来たんだろ」


たった今、通り過ぎていった女生徒に和水は疑問符を浮かべた。

女生徒は誰かを探すようにキョロキョロしている。

残念ながら後ろ姿で、顔は確認出来なかった。

うーむ、なんか引っかかるんだよなぁ。


「何しに来たのか教えてほしいわ」


「さあ。つうか、それはお前の“王子様”にも言えることじゃん。なんであの男子生徒ここにいるの?」


「そ、それは、運命の思し召しとしか…。私と出会うべくしてココに…」


「その発言だけでも十分痛い子だぜ」


「ぐっ」


和水は一度息を飲むだけで反論してこなかった。

認めたらしい。


俺はそんな彼女を放っといて現れた女生徒に視線をズラした。

女生徒は相変わらずキョロキョロと辺りをせわしなく伺っていたが、やがて、最後に彼女は軽く手を上げ、壁に寄りかかってボケーッとしている和水の王子様(仮称)のそばに駆けていった。

王子様もそれに軽く応えると、背中を壁から放してシャキと立った。


「あ、そうかなるほど」


「なにがよ」


「あの二人待ち合わせしてたんだよ」


遠くていまいち分からないけど、あの様子からほぼ間違いなくそうだろう。

逢い引き、というやつだろうか?

どうやらそれで間違いないらしい。

二人は二、三言会話を交わすとやがてゆっくりと歩きだした。

いや、おかしいと思ったんだよな。

あの男も何をするでもなくただボーッと空眺めてるだけなんだもん。そんな行動とるのは普通に考えて待ち合わせしている人だよな。もしかして苛められっこで肩身の狭い思いしてる人かな、なんて思ったりもしたが別にそんなこと無さそうなのである意味ホッとした。


「えー、ちょっと何よそれ!認めないわよ!私の王子様はどうなるのよ!」


「知らねーよ」


一言ズッパシいってやると、和水は「そんなぁ…」と軽くうなだれた。


そんな和水と対照的に、浮かれたカップルがこっちにドンドン近づいてくる。どうやらお帰り入口出口兼用らしい。

慌てて俺と美影は頭を引っ込めた。


くそ、いちゃつきやがって!

俺も和水じゃないけど、胸糞悪い気分になってきた。神聖なる学び舎でイチャイチャすんじゃねぇ、と声を荒げて飛び出したい気分である。


…ああ、羨ましい…、俺もいつか美影と…←本音。


「それで用事ってなんだ?」


歩きながらこちらに近づいてくる二人の会話が聞こえてきた。

盗聴しているみたいになっているが、ワザとではないので許してほしい。


「ええ、そのことなんだけど、」


女が応える。

ん?

この声…


「あ!」


「ちょっバカ」


思わず声を上げてしまった。

和水に小さな声で注意されて気がつく。

そうだった、今、隠れていたんだった。


「にゃ、にゃーぉ。にゃー」


和水は必死に誤魔化そうと猫の鳴き真似を披露しているが、どうやら俺の声は二人に届いていなかったらしく、それは全くの徒労であった。

つうかむしろソレでバレそうである。怖いから止めろ。


「ふぅなんとか大丈夫みたいね」


バレなかったのは私の手柄、みたいな言い方だが、状況を厳しくしていた感は否めない。

歩く二人に聞こえないようにボソボソと和水は訊いてきた。


「それで雨音、どうしたのよ?」


「いや、この声に聞き覚えがあってさ。たった今思い出したんだよ」


「へぇー。誰?」


さして興味なさそうに和水は訊いてきた。

彼女の場合、王子がすでに王子でないと分かった時点で興味をなくしているのかもしれない。


「同じクラスの女子。中津川佐江ってんだけど知らない?」


「誰それ。知らない」


「バレー部で生き物係りで美化委員の主席番号18番の女子なんだけど…」


「気持ち悪ッ!なんでそこまで詳しく知ってるのよ!?」


「なんか脳に残ってるんだよねぇ…」


おそらく、斎藤がクラスの女子のリサーチ結果を俺の耳元で延々唱えていたからだろう。

正直笑えない。


「どうした?早くしないと昼休み終わるぞ」


中津川はさっきから黙ったままである。

それにイライラしたのか

男の声が中津川に続きを促している。

ん…?あれ、…なんか?

この男の声も聴いた事あるぞ…。

なんだ、んー…。


「雨音、私、この男子の声にさ、聞き覚えあるんだけど、」


隣の和水が小さな声で俺に話かけてきた。


「お前もか」


「ということは、雨音も?」


「おう、このやる気のない声音」


「ええ、すっごく分かるわ。なんとも言えない声のトーン…」

「もしかして、だけどさ、これって、か…」


「私っ!」


和水と俺とで結論に至ろうとした寸前だった。

女生徒-中津川の方が声をあげ、男子生徒に向かって叫んでいた。


「私、五十崎の事が好き!」


「え?」


「は?」


「おぇ?」


男子生徒は軽く驚いた声を上げたが、それと同じように俺たちもまた間抜けにも声を上げていた。


「「……」」


俺と和水、二人で顔を見合わせる。


「えぇえぇえ~~!」


それから二人一辺に小さな悲鳴を上げていた。


「いか、いか、五十崎って、か、か、楓の名字ッッ!?」


「や、やりやがったあの野郎!我がクラスのクールビューティー中津川佐江にこ、告白されてやがるッ!」


五十崎楓。

娯楽ラ部員。

同級生。

男子。

友達。

戦友。



モテるモテる、と言われてはいるし、顔も実際良い楓だが、彼女は今はいないらしい。

そんな楓がたった今、お、俺と和水のま、真ん前でっ!


パニックになって正常な思考が追いつかない俺の脳みそが、ようやく楓についてのデータをまとめあげたとき、シンと静まり返った校舎裏に霜柱を踏み散らして駆けていく音が響いたのは殆ど同時だった。


「あ、ちょっ…」


どうやら中津川が“言い逃げ”をしたらしい。

ザッザッザッと駆けていく音だけが虚しく響いている。

楓は呼び止めようとしたみたいだけど、すでに遅く、暫く、立ち竦んでいたみたいだけど、やがてゆっくりと校舎に向かって歩きだしていった。


小さくなった彼の後ろ姿がいなくなったのを確認した俺と和水は、それでもコソコソと焼却炉の影から出ると、二人とも無表情で見つめ合った。

それから何も言わずに静かに、ドロドロになった地面を歩き出した。


短いようで長かった昼休みの終わりを告げる鐘が今ようやく校舎に響きわたった。



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