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32(2)


あ、前書き書くことないや



用意するもの。

10円玉。

五十音表、鳥居、YES、NO、数字、場合によっては男、女とが書かれた紙。

やり方。

参加者全員が紙に乗せた10円玉に指を合わせ「コックリさんコックリさんお越し下さい」と唱える。

動き出したら成功。

途中で止めてはいけない。指を途中で放したら呪われる。

終わる際はきちんと「お帰り下さい」と丁寧に言う。


後始末。

やり終わったら紙は48片以上に細かく千切って捨て、10円玉は他の小銭と混ぜずに使う。出来なければやはり呪われてしまう。


以上がコックリさんの基本ルールだ。

地方によって10円玉はギザ10でなくてはならないとか北側の窓を開けておくとか、様々なルールがこれ付加するが大まかなところは変わりはない。


「覚えられた?」


「いや、ちょっと待って、意味わかんない。霊が来て質問答えてくれるんでしょ?稲荷の使い、とかが?」


「ええ、狐とか…蛇とか守護霊とかそんな霊が寄って質問に答えてくれるんだって。だからコックリさんは当て字で狐狗狸って書くのよ」


「なんで狐が質問の答え知ってんだよ?」


「そ、そんなの知らないわよ」


やり始める前に軽くルールをレクチャーしてもらう。

こういうのはキチンとしといた方がいいからな。

やってからルールを知って、手遅れ、なんてのは御免だ。

「でもやろうと思えば一人でも出来るんだろ?なんでお前一人でやんないんだよ?」


「怖いからに決まってるじゃない。それに念波は人数が多ければ多いほどいいのよ」


電波の間違いじゃないだろうか。

電波だったら何人か心当たりがあるから紹介してやるよ。

まず、どっかのメガネ女史だろ。あと妖怪マニアな楓の妹。


「まあ確かに、コックリさんは一人でやるより大人数でやった方が降りやすいとは聞くよな」


「でしょ?やっぱり素人だったら最低三人はいなくちゃ」


「いやいや倍の六人は必要だろ。おお、偶然、娯楽ラ部員と同じ人数だ!というわけで放課後まで持ち越ししよう!んじゃ!俺は帰る!」


「六人はキツキツになるでしょ!」


和水が的確な突っ込みをする横で部長が呟いた。


「実際は集団ヒステリーを起こしやすくしるためらしいがな。ようは集団でやると気分がノリやすくなるからだ。そういう状態になった時が一番危ない。自己暗示にかかる一歩手前ということだから」


「……やめにしません?」


「なにを今更」


ああ、なんで俺は今、こんな危険でお馬鹿な橋を渡ろうとしているのだろうか。


「だって実際に幽霊が来ちゃったらどうするんだ!!責任取れるの!?責任とって認知してくれんの!?面倒見切れるのっ!?」


「じゃ、幽霊じゃなきゃいいんでしょ?」


「は?」


「ジャーン」


さっきと全く同じ声音で和水は新たに紙を取り出した。

紙には、『あ』〜『ん』の五十音がハート型に描かれ真ん中にYES、NOと綴られてある。そのすべてショキングピンクのペンで書かれてあり、かなり目に痛い。

うわぁ、どこかで見たことあるぞ、この不吉な第二弾。


「エンジェル様です!」


高らかな紹介に呆れかえる。


「さっきチラリと名前は出たな。んで、コックリさんと何が違うんだよ」


「コックリさんは霊だけど、エンジェル様は天使なの。私達を導いてくれるのよ」


凄い目をキラキラさせて言うのはなんだけど、さほど変わらないよね?たぶん。


「それよく聞くけどそんな事ないと思うぜ」


エンジェル様は天使だから大丈夫。

…ハードボイルド風に言うと、『それ言った奴はみんな死んだよ』ってやつだ。

怖い話で調子こいたこと言うキャラが出てくるけど真っ先に祟られるよねっ!


「大体なんで日本にエンジェルがいんだよ!お釈迦様の間違いだろ!日本人だったら、えっと、地蔵菩薩とかだろうよ!


「新テーブルターニング、お地蔵さん!あらやだ、ありそう…」


「勝手に加えんなやっ!」


「うもうっ、グダグダうるさいわね!いいからやるわよ!はい、セッート!」


「うわ!いきなりだな」


和水は急かすように人差し指を10円玉の上に乗せた。

先ほどまでの馬鹿話か嘘のように口を真一文に結んで、ムスッと指先を睨みつけている。


「今回だけだからな…」


逃げ道はとうに潰されている。

仕方がないので俺は指を差し出すように彼女に合わせた。ドキリとする場面かも知れないけれど、状況が状況だけに俺の心臓が高鳴ることはなかった。


部長も指を10円玉に乗せ、三人で異星人と交流しているみたいになる。

和水は、準備が整ったと判断するや、少しだけ震える声で、


「いくわよ。それじゃ力を抜いて」


と視線を軽く俺達にやりながら、言った。


「ラジャ」


「よし、和水。頼んだぞ」


和水は二人から許可がおりた事に一安心したのか薄く笑みを浮かべると気合いを入れるように大きく深呼吸した。


「エンジェル様エンジェル様、いらっしゃいましたら『YES』にお進み下さい」


ゴクリと唾を飲む音が響く。この音が自分がたてたものだと気付くのに数秒かかった。

みんなの視線は10円玉に集まるが特に変化はなく、動く気配もしなかった。

それでも、心臓は早鐘のように激しく脈打っている。血流がよくなったみたいだ。


「エンジェル様エンジェル様…」


和水がまた同じフレーズを抑揚のない声で唱えた。

名前こそ『エンジェル』だが、なんだか悪魔召還の呪文を唱えているようだと、密かに思った。

手の平は汗でびっしょりになっている。


「エンジェル様エンジェル様…」


壊れたラジカセのように部室にはそのフレーズが繰り返し響いている。

それでも10円玉に変化の兆しは現れなかった。

さすがにこの状態を続けるのが面倒くさくなったのか部長がイライラしたように声をあげた。


「なんにも起こらないぞ」


「そ、そうね。あ、でも微かだけど10円玉が震えてるわ!」


「そりゃ、腕を投げ出してるからね。疲れてプルプルしてくるわ」


「い、いやぁね、部長。それこそがエンジェル様が降臨される予兆よ!ほら、信じて!エンジェル様は信心深い人の元にしか来ないのだから」


「そうか。それならばもっと強く思ってみよう。一日千秋のこの思い、天高くエンジェル様とやらに届け」


なんとも棒読みに部長は台本でも読むかのように、ぼやいた。鰯の頭も信心から、とは言うけれど、飽きが来ているのだ。

正直それは俺も同じだった。

何故なら物事に変化がないからだ。

止まっている風車を見ても面白くも可笑しくもない。それと同じように、埒があかないこの状況に終止符が打ちたくて堪らなくなってきた。

いつまでこんな事をしていれば気がすむのだろう。

欠伸をかみ殺すのも大変だし、腕もつってきた。


「エンジェル様エンジェル様…」


和水はまた例の呪文を詠唱しだした。

和水の今の熱心さなら、ファイヤーボールくらいは出せそうなものである。


「部長も雨音もいっしょに唱えて。ほら、エンジェル様エンジェル様…」


ふぅ。部長と一瞬見合わせてから、仕方有るまいといった感じで召還呪文を唱えだす。


三人がいっしょになって、「エンジェル様エンジェル様…」と呟いている様は新興宗教のようで不気味だ。だが和水の気がすむまで付き合うしかない。


「「エンジェル様エンジェル様…」」


棒読みの呪文がまた部室に響く。

いくら唱えても銅の硬貨が動き出すなんてことはなかった。

はじめに和水が呪文を唱えてから5分はたっただろうか。

もうこの頃になると、恐怖心や好奇心よりも、疲労と飽きの方が勝ってくる。

さっさと終わらせて机に突っ伏して休みたい、思うようになってきていた。


「なぁ和水」


「…何よ」


呪文が途切れた合間を狙って話しかけた。


「いつまでやるつもりだよ?」


「エンジェル様が降りてくるまでよ」


「…さいですか」


どうやら和水に飽きが来るのは期待できそうにない。ここまで来ると単なる耐久レースである。

いつまでたってもこのままというわけにはいかないだろう。貴重な昼休みを彼女の為に浪費していると考えると無性に悲しくなってきた。

だとしたら、どうしたらいいか?

スピリチュアルな事はわりかし信じるほうだけど、ここまで待って何も起こらないと流石に、コックリさん(エンジェル様)はいないという自己解決の道にたどり着こうとしていた。

不思議体験はしたことないし、心霊現象は話に聞くだけだから、その手の恐怖心に俺は無頓着であった。


コックリさんをおもしろ半分でやると呪われる。

と、いう話は何度が耳にするが、面白さ以外を求めて、真剣にコックリさんを行う人などいるのだろうか?

あの人の好きな人を知りたい、結婚する歳が知りたい、私の事を嫌ってる人が知りたい……、コックリさん寄せられる質問なんてたかが知れてる。もし俺がコックリさんだったら、そのお役目に疑問を感じることだろう。

色恋の話が楽しいのは身内の恋慕だからであって、赤の他人が、やれ誰が好きだ、誰が嫌いだなんてのを話したって微塵も面白くない。超常現象たるコックリさんを人目線で考えるのも可笑しな話しだけど、俺がコックリさんなら子供の遊びに真面目に取り合うことはしないだろう。


「ふぅ」


そう考えると、そんな遊びに興じる今の自分、かつ過去の怯えていた自分が馬鹿らしく思えてならない。

隣で熱心にエンジェル様とやらを呼び出そうとしている和水が堪らなく下らなく見えてきた。

さっき彼女はエンジェル様が来るまでやり続ける、と言っていたけどその熱がいつまで持つか、考えるのも億劫だ。

もう終わらせたい。やめたい。

その思いがドンドン強くなってくる。


「エンジェル様エンジェル様…」


「……」


気がつけば俺は無言になって10円玉を見つめていた。


「エンジェル様エンジェル様…」


和水の声が頭で回る。

ああ、うるさい。

さっさと、エンジェル様も降りてくりゃいいだろ、もったいつけてんなや。


「エンジェル様エンジェル様…」


そんな風に荒っぽい事を考えていたら、いつの間にか指先を動かしていた。


「!」


「……」


俺の指に伴って10円玉はすすすっと滑るように『YES』に向かう。

ルール違反。自分で動かす。

というやつだが、飽きが来た風車に新しい風を呼び込むためだ、エンジェル様がどこかで見てるなら許してほしい。

もし納得がいかないならチョコボールをお供えする所存であります。


「動いた!動いたわっ!」


「私は動かしてないぞ!ほんとにエンジェル様が来たのか!?」


「す、すごいな」


声の調子を二人に合わせる。

二人はいまコインを動かしているのを俺だとしらない。

そのままやんややんやと10円玉を『YES』の表記の上まで運び、動きを止めた。

おそらくだが、世の中のコックリさんの正体の8割がイタズラなんだろう。


「な、和水。ほらっ、質問!」


「あ、ええ!」


部長が和水をけしかけた。

慌てたように和水は敬語になりエンジェル様(俺)に質問をする。

そう、今、明らかになるのだ。

俺を無理やら禁じられた遊びに誘った理由が。


「私の白馬の王子様は何処にいらっしゃるのでしょうか?」


「……は?」


質問に思わず素っ頓狂な声をだしてしまった。


「なんだよ、それ?」


きっと本物のコックリさんも呼び出されるたびにこんな質問を受けるのだろう。


「いやぁ、そろそろ私も色を知る歳かなぁ、って」


照れたように頬を赤らめて和水は言った。普段ならドキンと来てもおかしくない表情だが散々待たされた挙げ句がこれではイライラとしたムカつきしかわいてこない。


その鬱憤をはらすためエンジェル様(俺)は行動に移すことにした。


「おお、また動き出したぞ!」


とは言っても、どうすれば良い復讐になるだろうか。

流石に『殺す』とかやって恐怖心植え付けるのも夢見が悪いし、何より可哀想だ。

もう少しディテールを落とした可愛げのあるイタズラがいいな。

と、すると、王子様の名前に知り合いを上げるのが楽しそうだ。

楓とか芳生とか、…いや、でもこれもタチ悪いよな。

やっぱり一発で冗談とわかるものがいい。

だとしたら……




「十円玉が…!」


まず十円玉を『う』の文字の上で待機させる


「エ、エンジェル様は一体何を示そうと言うのかしら……」


俺がイタズラで思いついた人物。

それは『裏美影』である。

同じ女生徒の彼女であれば、一目でエンジェル様の冗談だと和水は思ってくれるだろう。

いくらなんでも彼女がアブノーマルな性癖の持ち主なんてことはないだろうし、美影もまた違うと言い切れる(たぶん)。


「あ、『う』の次の移動を開始したわっ!」


そうすると次は『ら』である。

いつ和水が美影を示してると気づいて驚くか、見物だ。


俺はほくそ笑みながら、和水と一緒になって驚いているフリを続けた。


「……」


だが、調子に乗る俺はこの時気がついていなかったのだ。

部長が無言で訝しんでいることに。


「雨音」


「はいぃッ!」


ポンと余った左手を肩に乗せられてびびって情けない声を上げていた。

部長が無表情で俺を見ていた。

タラタラと脂汗が流れる。


「そんなに畏まってどうした?堅くならないでいいよ。そういえば知ってるか?」


すすすっ、紙の上を滑る十円玉から目が放せないふりをして、部長を見ないようにする。


「何を、ですか?」


「男子でコックリさんをやると硬貨はなかなか動かないんだそうだ。男の子はこういうの基本シビアだから暗示にかかりにくいからなんだと。それでも、動く場合もある。まぁ、殆どがチャラけたバカのイタズラなんだがな」


「へ、へぇー。そ、それでなぜこのタイミングでその話を…?」


「別に」


そう言って終わらせると部長は何も言わずに肩から手をどけてくれた。

無言の威圧が突き刺さる。


「……」


バレてら。


「あ!『ら』!『ら』の上で止まったわ!『う・ら』!一体エンジェル様は何を言おうとしてるのかしら!」


ただ一人、この場でエンジェル様の正体が俺だと知らない和水はテンション高く声を荒げている。

ははは、可愛い奴め。部長もこれくらいの可愛げをもっていてくれてたらよかったのに。


「な、なんで10円玉が動くんだろぉー?不思議だなぁ」


「ほんとだな」


「……」


潮時。そんな言葉が浮かんだ。

何を言っても誤魔化しようがない気がした。

部長は今も疑いの目を俺にやっている。


「また動き出したわっ!『ら』の次はどこにいくのかしら」


「……」


10円玉を元あった中心まで滑らせると動かすのを止めて、もう何もしない、と心に決めた。


「…あ、れ?急に動きが止まった」


「疲れたんじゃないかなぁ」


「そんなバカな!エンジェル様エンジェル様!どうしたんですか?もしかして『うら』がメッセージなのですか?」


んー、まぁ、美影の名字だけでも伝えられたからオッケーなんじゃないかな。


「まさか、もう終わりなんですかっ!?エンジェル様っ?」


急に動きを止めたエンジェル様に和水は戸惑いの声を上げている。

さすがにこのままというわけにもいかない、俺は10円玉を和水の質問に答えるというカタチで『YES』に動かした。


「あ、終わりなんだ…」


「そうらしいな。エンジェル様も多忙な方なんだろう。いつまでもすがってちゃ迷惑だろうし、そろそろ終わらせようぜ」


「それもそうね。エンジェル様、お疲れ様でした、どうぞお帰り下さい」


終わりの宣言と同時に解放されたように指が軽くなった気がした。

口から切れた緊張を表すかのように安堵の息が飛び出ていた。


「……終わりよ」


「ああ」


「なんだか疲れたな」


「そうですね」


「……」


だが、終わりの宣言が出されたのに、誰一人として指を放そうとはしない。

なんだか『途中で放したら呪われる』という話を思い出して指を放しづらいのだ。


「ほら雨音、終わったぞ。早く指を放したらどうだ?」


「ぶ、部長こそ、何を躊躇うことがあるんですか。お先にどうぞ。レディーファーストですよ」


譲り合う。日本人の美しい遠慮の精神でもなんでもない。ただ単に先陣を切るのが嫌なだけである。


「よーし、わかった。せーので三人同時に指を放そう」


「そ、それで行きましょう」


「それじゃ、いくぞ、せーの……!」


部長の掛け声と共に指を上げた。


「って、なんで二人とも指を放してないんだっ!」


部長の提案通りにしたのは俺だけで、部長も和水も未だ指をつけたままだった。

騙された。


「なにも変調はないみたいだな」


「ええ、部長、どうやらもう安全みたいだわ」


二人はボソボソと呟きながら、ようやく指を10円玉から放した。


「人を実験台にすんなっ!」


と、言っても既にルールを犯してはいる不敬者には変わりないので今更そんなの怖くないのだが。

でも、平気、だよね?

勝手にコイン動かしちゃったけど、これくらいでエンジェル様も怒ったりしないよね?

天使だから心も広いはず、だよね?


いまはそう信じて祈るだけである。



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