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第32話(1)


それに気がついたのは一時間目の授業のはじめだった。


「ん?」


机に乱雑に入れられた教科書に混じって、俺の所有物ではない何かがある。

数学の教科書と一緒にそれを取り出して、見てみるとどこで売ってるんだよと思うほど、毒々しい黒い便箋がこれ見よがしにその存在をアピールしていた。

なぜだろう。

教室の蛍光灯の光を爛々と受けた便箋は、なんとなく不吉な予感がした。


先生や隣の美影にバレないようにそっと、便箋を開き中の手紙を見てみる。

中には簡潔な文章で、

『昼休み、部室に来られたし』

と白字で、それだけ綴られていた。

言葉だけをみると、 ラブレターにとれなくもないが、差出人の名前だけでそれは違うと断言できる。

下の方に流れるような筆記体で、

『地獄よりの使者より』

差出人さんは、とんでもない方だった。


俺は小さくため息をついた。こんな下らないことするなんて、どうせ部員の誰かなのだろう。あまりのバカらしさに、その日の数学の授業は計算ミスが連発してしまった。


そんなこんなで、昼休み、部室を訪れたわけだけど、中の様子は昨日とは様変わりしていた。

まず目を見張るのが、窓全体に理科室にかかっているような黒いカーテンがかかってあることだ。それだけでもガラリと雰囲気は変わるのに、暗くなった部室の机の真ん中にはアルコールランプがゆらゆらと淡い炎を揺らしているときた。

そして、その灯りに照らされて、二人の少女たちが腕を組んで俺を出迎えてくれた。


「ようこそ、私は地獄の案内人、ウェルギリウス秤。そして彼女は永遠の淑女、ベアトリーチェ和水」


「こんにちは、ベアトリーチェ和水です」


「…頭いかれたんですか?」


部長と和水が神妙な面持ちで意味不明なことをほざいていた。

入室した途端にコレである。

この怒涛の展開についていけない俺を置いてけぼりにするのは止めてほしい。


「っふ。まあ、座りなさい」


ドアの所で辟易する俺に、ウェ…なんとかさんが、着席を促した。素直に従い椅子に座る。


「お前は考える人、ダンテ雨音な」


「愉快なリングネームありがとうございます。ただ私の場合、以前シーモンキーという二つ名をすでに頂戴しているので、そちらの名前は謹んで辞退させて頂きます」


「遠慮しないでいいぞ。お前が主役だ」


「それしても部屋の模様替えにしては激しすぎませんかね?」


華麗に話を流すため俺は興味を周りに移したふりをした。

このままわけのわからん名前がまた増えるのはゴメンである。

ただでさえ、シーモンキーだピンクエレファントだ、どこから来たのか始祖不明な名が多いのに。


「良いところに気がついたわね!」


鼻息荒く、ベア…えーと…、がんばれベアーズ和水さんが話しかけてきた。


「今から私たちは禁じられた遊びをするのよ。だから黒魔術の様相を呈してみたの」


「禁じられた遊び?なんだ、葬式ごっことか墓を作る不謹慎な遊びでもすんのか?」


「違うわよ、三人でやる禁じられた遊びといったらアレしかないじゃないの」


偉そうに彼女はそう言うが、アレというのが残念ながら浮かばない。強いて言えば、18禁的なピンクな香りを彷彿とさせられる響きだが、部長と和水だったらそんなことあるはずないだろう。

俺だってそんなどっかの安物アダルトビデオみたいな響きより愛のロマンスを奏でたいところだ。


「貧相な頭ね。まったくコレだけ言ってまだ分からないなんて」


「ほっとけ」


「しょうがないからヒントあげるわ。ヒント1狐。ヒント2犬。ヒント3狸!」


「わかった動物ごっこだ!」


「良い歳こいてなにほざいてんのよっ!気持ち悪いわね!」


「んじゃなんだ?シルバ○アファミリー赤い屋根のお家でお人形さん遊びか?」


「呆れたー、もういいから正解発表するわよ。じゃじゃーん、こちらです!」


そういうと和水はテーブルの上にあいうえお表が書かれた白い藁半紙を取り出し広げてみせた。

白い紙には五十音表の他にも『はい』『いいえ』とか神社の鳥居のマークが描かれている。

うわぁ、マンガで見たことあるぞこういうの……。


「こ、コックリさん、とかいう降霊術ってやつ?」


身近な心霊現象に思わず声が震える。

まさに今目の前にあるのはそれに違いがなかった。


「そうだ」


和水に代わって部長が声をあげた。わざとらしく声のトーンを落として怖い話をするような感じになっているのがムカつく。


「漢字で書くと狐狗狸。素人でも出来る手身近な占いとして庶民に広がったテーブルターニングだ。用意するものは10円玉と五十音表。参加者全員が指を硬化に添えて質問をすると紙の上のコインが力を入れてもいないのに勝手に動く、という眉唾な遊びだ」


「ピ、PTAが余り推奨していない遊びですよね…」


流行したのが一世代前の話だが、当時の子供はその手頃な降霊術に夢中になったと母親がいつか言っていたのを思い出した。流行りすぎて禁止令がでたほどだそうだ。この間の芳生との会話が思い出させられるワードだが、生憎、どこかから来る謎の鳥肌にそんなの気にならなかった。


「テーブルターニングというジャンルの心霊ゲームは古く15世紀ヨーロッパですでに確認される。日本で流行したのはここ最近だが、歴史ある遊びなのだ」


「そ、そのテーブルターニングってなんですか?」


「テーブルターニング、またはテーブルティッピングというのは主にコックリさんエンジェル様キューピットさんなどを総称した盤ゲーの事だ」


「盤ゲーって絶対違うでしょ!」


「はじめは机に手を置いて傾きなどで霊がいるかどうか測る稚拙な占いだったが、段々と遊びも進化し、コックリさんのように複雑化していったと言われる。明治期に日本に入り何度かブームが起こっていて、特に昭和後期のオカルトブームでは、子供の間で凄まじい流行を見せたらしい。ちなみにコックリさんを西洋風に言えばヴィジャボード。世界各地でこういうテーブルターニングは広がっているのだ」


「ああ、知ってます。D・E・A・T・Hの五文字が揃うと死んじゃうんですよね」


「?なんの話かわからないが、ともかく、素人がやるにはだいぶ危険な遊びということは肝に銘じといてくれ。韓国とかじゃ10円玉じゃなくてボールペンを使うらしいが、なぜこういった媒体が動くのか未だに不明なんだ」


「テレビで筋肉痙攣が原因だっていってましたよ」

小さいころテレビのオカルト特集で言っていた知識を思い出した。


「確かにそういった説もある。他にもイタズラや潜在意識下に特定のワードがあり、それを無意識に動かしている、いわゆるオートマティスムが働いてあるなんていう説もある」


「じゃ、やっぱりそうなんじゃないんですか?」


「霊の仕業が1%もないとは断言出来ないが99%はそうだろうな」


部長は少しだけ笑いながらそう言った。


「だったら危険でも何でもないんじゃないすか?結局は気のせい、なわけだし」


「甘いな雨音。このゲームの恐ろしさは自己暗示にかかりやすいところにあるんだ。コックリさんは躁病やうつ病に貶める恐ろしいゲームなんだぞ。所詮児戯と高をくくっていると、取り込まれることになる」


「へ、へぇー」


急に真剣な声色になるのやめてくださいよ。

そういうのが一番怖いわ。


「だから強い気概をもってこういう遊びは臨まなくてはならない。矜持でもなんでもいい、ともかくしっかりとした自己をもって挑戦するんだ。失敗すれば気がふれたいわゆる狐付きという状態になるから注意しろ!」


「はっ、はい」


上官命令のように言われてたまらず返事をしてしまった。

素直に気をつけなくては、と思う。

しっかりとした自己をもつ、言うは易し行うは難しというやつだ。でもこの言葉、生きていく上で指針となる良い言葉じゃないだろうか。

ふむふむ、たまには部長も良いことを言う。


「それでは、10円玉セッート」


「イエッサー」


「って、ちょっと待てやー」


人が心揺さぶられている横で何やら物騒な事を始める女子二人にたまらず声をかけていた。


「何よ?」


「何よ、じゃねーよ!お前らこそ何をおっぱじめる気なんだよ!」


「見てわかんないの。だからコックリさんよ」


見てわかるからこそ、嫌な予感がすんじゃねぇか。


「……ああ、そう。そんじゃ勝手にやって下さい。それじゃ僕はちょっと用事思い出したんでおいとまさせて頂きますね」


「なに言ってんのよー。あんたもやるのよ」


うわぁ!やっぱりメンバーに加えられてやがるぅ!


「嫌だよ!今の部長の説明を受けて参加したがるわけねぇじゃん!俺暗示にかかりやすいタイプだから遠慮させてもらうよ!」


「あら奇遇ね。私もよ」


いや、力いっぱいの拒否に同意させられても…。


「そんな私も参加するんだからあなたもやりなさいよっ!」


「嫌だって言ってんだろぉ!俺なんかより同じ女子の美影とか誘えばいいじゃないか!」


「それが、前女子だけでこの話が上がった時、美影だけは猛反対したのよ。なんでも小学校の友達がコックリさんで精神を患って入院したとかで……」


「…ッ」


ヒク。

俺は確かに自らの口角が引く音を聞いた。


「うわぁぁぁぁ〜〜!そんな話聴いてやりたがるわけねぇだろうが!やだやだ!俺は教室に帰るっ!」


「あ、しまった。なしなし、今のは、そう!ゲームの話よ!美影がそんなテレビゲームをしたんだって」


しまった、とか言ってる時点でマジ話だろっ!失言が恐ろし過ぎる。

怖ぇえー!超怖ぇー!


「ねぇ、お願い。黙って参加してよ。メンバーが集まらなくて困ってるのよ。慣れれば一人でもコックリさん出来るようになるらしいんだけど私じゃまだそこまでのレベルに達していないからさ」


「うるせぇー!」


今、俺は心の底から叫んでいるッ!


「だったら俺じゃなくて芳生か楓を誘え!表雨音は只今受け付けしておりませんっ!」


「実は芳生を前に誘ったんだけど、力いっぱい拒否られてさ。楓は用事があるとかで来ないし、もう頼める人はあなたしかいないの」


頼れる人は俺一人。

男心がぐらりと揺れる一言だが、残念ながら事が事だけに快諾はできない。

つうか、俺も芳生と同じように力いっぱい拒否してるのが分からないかなっ!?


「だが断るだが断るだが断るっぅぅぅ〜〜!許可しないィ〜!俺自身の参加は許可しないィ〜!」


「そ、そんなこと言わずにサービスするからさぁ」


お前のサービスなんてろくなもんじゃねぇよっ!


「知ってるか?雨音」


「は?」


出口に駆け出そうとする俺を部長が冷ややかに呼び止めた。


「コックリさんは途中で止めると呪われるんだぞ」


「だ、だからなんです!まだ参加してないから関係ないです!」


「バカやろう!この部室に入った時点で遊びはスタートしてるんだ!誰がなんと言おうとお前はもうコックリさんの参加者だっ!」


「なんすか!そのとってつけたような自分ルール!」


「遠足は家に帰るまでが遠足のように家を出た時点で遠足なのだ。つまりはそれと同じこと」


「知るかぁ!」


叫んで部室を退室しようとする俺の腰を和水が抑えつける。

えぇい邪魔だどけぃ!


「そうかわかった」


「な、なんか急に物分かりがよくなりましたね」


部長が突然塩らしい言ってきたので驚いてしまった。


「サヨナラ雨音。またいつか、いや、いつか……会えるといいな。アーメン」


「や、止めろ!俺に向かって十字を切るなんて真似はやめろ!呪われるべきは私以外の誰かだっ!」


「残念だけど、これってコックリさんなのよね……」


「うう…」


折れた、今なんか折れた。

俺の中の決定的何かが……。



部長と和水の二人に促されまた席につく。俺の逃走劇は逃げ出す前に終了した。

いまはただ静かにこの黒魔術を始めるだけだ。


「さぁ、人数が集まったところでやるかっ!」


「ええ!やっとできるねっ!」


「……」


ハイテンション状態になったこの人達には、何を言っても無駄だというのは長い付き合いで理解したよ。

もう何も言えない。

口を閉ざして、指を差し出し、考えるのを止めるしかない。

アーメン。


「部長暗くて文字がよく読めないわ。電気つけていい?」


「いいぞ」


何を今更と、流し目で見ると和水は目頭を抑えていた。そりゃ暗幕があるからな、目も疲れるだろうよ。

つうかバカじゃないのか?


「カーテン開けろ。なんか息苦しい」


「はーい」


「そうなるとアルコールランプもいらないな。はい鎮火」


部長はパタンと蓋を閉じ、炎を消すと、和水の方を向いて言った。


「和水、後で暗幕とアルコールランプ、理科室に戻しに行くぞ」


「はーい」


良い返事だな。

だけど、これだけの為に理科室からこれらを持ってきたなんてただのバカだろ。

「おしっ、それじゃやるかっ!レッツコックリッ!」


「よーし」


「……」


ああ、もういやだ!

バカだろ!バカでしょ!

念の為言っとくけど、よい子は真似すんなよっ!危険ですので軽い気持ちでコックリさんをやってはいけませんっ!

どうなっても責任とれんぞッ!


と、PTA対策に言っておこう。

南無阿弥陀仏。




ちょっとした不具合から携帯を修理に出すはめにあい、中にあったストックがすべてパーです。まぁ、重大な故障じゃないので戻ってくれば普段通り投稿は出来ると思いますけどね。

そんなこんなで一週間以内に更新という誓いを守る為、2日という猶予の中、即興で書いてはみたものの、結局時間内にはアップできませんでした。残念。色々と忙しかったんです。許して下さい。

頑張りますから見捨てないで下さい!


ちなみに代用機として与えられたコイツ、めっちゃボタン押しやすい。もう通常の三倍の速度ですよ。



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