第31話
…書きたいことがいっぱいありすぎる。
だけど、前書きにするまででもない。
そういう時、無性にブログがやりたくなってきます。
だけど、たぶん三日坊主。
悲しいけど、自分の性格上そうなるんだもん。
娯楽ラ部の活動中、差し込む西日をバックに部長がポツリと呟いた。
「臭うな……」
部室にいる楓以外の全員が部長に視線を移す。
楓はただ今、机に突っ伏して熟睡中である。
「臭うって…何がですか?」
「おなら」
一言、女の子とは思えない下品な言葉が彼女の唇から放たれた。
「え、ちょっ、え……。な、なんだって?」
「だから、おならだ」
な、何をしれっ、と……。
「別に、そんな事なくない?」
鼻をクンカクンカさせながら芳生が呟いた。
「もっと激しく空気を吸い込んでみろ」
「ふーー」
律儀に言われたとおり目一杯空気を取り込むが、その行為は彼を過呼吸に近い状態にするだけだった。
「や、やっぱり臭わないよ」
「こんなに臭うではないか。腐った生卵のような香りが」
「卵腐らせたことないからわからないや。部長の気のせいじゃないの?」
「卵を腐らせた事ないのは私も同じだが、この臭いはまさしく気のせいではないぞ。まったくこんなに臭っているのになぜ気がつかな…ははぁん、そうか。そうか」
「なにがさ」
一人だけ合点がいったように頷く部長を見て芳生が尋ねた。
「さては芳生が犯人だな!」
「な、なんでさ!」
芳生には悪いが疑われる要素が彼にはビンビンと流れていた。まず、やたら屁の臭いがしないとこを強調するとこ。部長の気のせいにしようとしたとこなんかが滅法怪しい。
「犯人だから誤魔化そうとしてるんだろ。そういえばお前のとこから臭いが流れて来た気がするぞ」
「そ、それこそ気のせいだよ!僕が放屁する時はちゃんとみんなに言ってからするもん!」
なにそのポリシー。
まぁ確かに、芳生はおならする前に「屁こくよぉー」なんて言ってた気がする。それはそれでどうかとおもうが。
……あくまで彼の名誉の為に付け加えておくが、芳生は普段からやたらめったら屁をこくような人種ではないのであしからず。
「ああ、そういえばそうだったな」
「へへーん。コレで僕の無実が証明されたね!」
ブイっとピースをする芳生。
その証明の仕方は正直どうよ?それを流し目で見て部長は続けた。
「それでは誰が屁をこいたのだ?」
そんな下らない事、真顔で追及すんなよ……。
「それより部長さん。ドロフォーです。早く山札引くなりなんなりしてください」
真剣な面持ちの部長に美影軽く息を吐きながら催促した。
クラブ執行中、ゲーム進行中である。今回はポピュラーなカードゲーム、ウノだ。
部長は美影に敵プレイヤーの手札を増やすカードを出されて、それを誤魔化すために無理矢理おならの話を始めたのだ。卑怯である。
そりゃ美影だって呆れて溜め息をつくさ。
「そんな事より、だと?」
ピクピクと眉を器用に動かして部長は言った。
「無理矢理話を流そうとするとは、さては美影、お前が屁をこいた犯人だな!?」
「えっ!?」
声を荒げて部長は叫ぶ。
なんというヒステリックブルー(美影がドロフォーで指定した色)、話を流そうとしただけで容疑者にされてしまうだなんて世知辛い世の中だ。
「だってそうではないか!この話を流して得するのは犯人だけだ!美影だってほんとは空気中に散布された屁の臭いに気がついているのだろう!」
「それはそうですけど…、でもしたのは私じゃありません!」
そこだけは譲れない!そんな風に強い意思を語尾に込めて美影は大きな声で反論していた。
「それならばドロフォーよりも大切なのは犯人探しのほうだろうが!」
「……はあ」
さらに大きな声で部長に言われた美影はただ曖昧に頷くだけだった。
彼女の短所、押しに弱い。
部長の魂胆が丸見えなのにあえて何も言わないなんて、もうちょっと頑張ろうよ美影。
大体部長も部長だ。そりゃ、いくら溜まりに溜まったドロフォーだからって素直に対処出来ないなら喰らうのが大人のマナーだろうに。老いたわしや、柿沢部長。一番最初にドロツーをだし二周して自分に戻ってくるなんて想像だにしてなかったのだろう。
「そうと決まれば、和水!」
「ええ」
キラリン。
二人の間で軽くアイコンタクトが交わされる。
部長の視線に促された和水は一度小さく頷いてから勢いよく立ち上がると威風堂々と叫んでいた。
「犯人はこの中にいるッ!」
「……」
驚きの表情を浮かべる人などいなかった。また和水のエセ探偵ごっこが始まったのだ。
ああ、なんてバカなアイコンタクト。
「……」
「それは、当たり前、じゃないかな」
チッチッチ、響く時計の針の音を覆い被すように芳生が小さく声を上げる。
いつもならやけに乗る気の芳生が、珍しくさめた様子で呟いた。
「な、なによ。文句でもあるわけ?」
「だっておならじゃん。外部犯なわけないじゃん」
確かにその通りである。
犯人が外部犯なら怖いくらいだ。
でも温泉街を車でドライブしてると車内が素敵に硫黄臭くなるが、ああいうのは一応外部犯とでもいうのだろうか。
「い、言ってみたかっただけよ。気にしないでよ」
「ふーん」
「それでは私の推理を発表するわね」
推理?
なにをとっち狂った事をほざいているんだ彼女は?
一介の高校生が探偵なんてできるはずないのだ。それこそ漫画やドラマでもない限り。かっこよく『推理』とか言って探偵語りたい年齢なのはわかるけどそれに他人を巻き込まないでほしい。
「まず部長、軽く質問に答えて下さい」
「なんだ」
「異臭を感じたのはいつかしら?」
「さっきだ」
それは推理ではなく、情報収集じゃないか。発表とか言ってたくせに、考えてもないじゃんか。
……というか部長の答え酷いな。あれじゃなんのヒントにもなりはせんぞ。
「なるほどね、参考になったわ」
「うむ」
えっ、なったの!?嘘だぁ!
「部長が異臭を感じたのはついさっき、と」
そう言いながら和水はブレザーの内ポケットに入っていた生徒手帳を取り出し、メモ欄になにやら書き付けた。
そっと立ち上がり見てみると手帳には『さっき』とだけ綴られていた。紙とインクの無駄です。
「わかったわ!」
ペンが動きを止めると同時に和水は叫んでいた。
どうやら何かを閃いたらしい。どうせまた、下らない事をぬかすのだろう。
探偵手帳の真似をして、アイデアが浮かぶなら、世の科学者達に教えてあげたいところである。
「異臭を感じた人は手を上げて!」
和水の提案はメモの内容とは全く関係のないものだった。
「なんでですか?」
美影が首をかるくひねりながら和水に質問する。その質問に彼女はただ「いーから」と答えるだけで明確な意味を話さない。
無視をするのもなんなので、俺は静かに右手を挙げた。
その行動に釣られるように次いで美影部長と手を挙げる。
これで部室に挙がっていない手は、探偵の和水、熟睡中の楓を除いて一人だけになった。
残されたのはキョトンとしている芳生である。
「なるほどね。ちなみに私も異臭は感じたわ。まぁ気のせいかと思ってなにも言わなかったんだけど」
それを見て一人納得がいったように和水は頷いた。
その様子に苛立たげに部長が口を開いた。
「…それでこれで何がわかるのだ?」
「鈍いわね部長。この場合、風上にいるのが犯人よ。臭いは風下に流れるものだからね。つまり犯人より向こうの人は臭いを感じないわけ」
「…だから?」
一回息をついてから部長は尋ねた。
不思議なのは全員申し合わせたかのように同じタイミングで息をついたことだった。
「犯人は、ほぅせぇい!」
リングに上がる前に呼ばれる感じに語尾を不自然にのばして和水はほざく。
その理不尽な指摘に当然芳生は躍起になって反論を開始していた。
「なんで僕なのさっ!」
「あんただけ手をあげてないじゃない!」
ズバリと和水は言い切った。
やっぱり彼女は風下とか風上とかなんにも考えになく、ただ一人違う行動をとっているから怪しんでるだけらしい。
あぶねー、挙手しないと犯人にされるのかよ…、挙げといてよかった。
「それだけでなんで僕がおならしたことになるのさ!」
「あんたが一番風上だからよ!」
…それは違うぞ、和水。
「変だよ!密閉された室内で風が起こるわけないじゃん!」
「あ」
その通りである。唯一温風を発生させている暖房だって、噴出口は上を向いているので風上風下は発生していないし、冬なので窓は閉め切っている、換気もしていない。
芳生の言うとおり部室は完全に密封されていた。
推理小説っぽくいうと密室。厳密にいえば、鍵はかかっていないので、別にそんなことはない。
「そ、それは…」
いきなり容疑者に論破された自称探偵(16)は震える声で見苦しい言い訳を開始していた。
「あなたは、風使いだから……」
「なにそれ!?僕、能力者だったの!?」
「えぇ。…たぶん」
蚊の鳴くような声で最後和水はつけくわえていた。
すげぇ、新手のスタンド使い土宮芳生。俺だったらその風の能力でおならをかき消すけどな。
「それってどういう事さ?」
「…あなたにはたぶん自分でも知らない力がたぶん秘められているのよ、たぶん。それはたぶん風とかを自在に操る力なのよ、たぶん」
さあ、たぶんって何回いった?
「すげぇ」
自分の能力を説明されて感心する芳生。
つうか、俺も両手に下敷き装備すれば風使いになれるぜ。もしくは擦り合わせて雷使いに。
「で、でも臭いを感じてないのはおかしいじゃない…、それこそ芳生が犯に…、はっ!…わ、罠だ!これは罠だ!芳生が私を犯人に仕立て上げるために仕込んだ罠だ!臭いがするのに気が付かないなんておかしいじゃないか!それこそが、罠だという証拠!」
急に和水のテンションが高くなった。
「鼻がつまっていたからだよ」
思ったより単純な答えに部室は一瞬静かになる。
「……と、まあ。ここまではゲームで言う探偵パートなわけで、次からは法廷パートに入るわけ」
とは言っても一応探偵を名乗るだけはあるらしい。
自分の理論に綻びがあるとわかると和水はすぐに話を変えるのであった。
「え、もうお終いっ!?不思議風使いはどうなったの!?これから偉い仙人に棒を授かって東京の地下に子忍として螺旋丸と風の傷で乗り込もうと思ってたのにっ!」
うん、10週打ち切りだね。
「どうでもいいわっ」
がーん。和水の当たり前の言葉に、まさしくそんな顔をして芳生は無言になった。
まぁ、そんな落胆すんなって、色んな漫画のごちゃ混ぜな設定がよくないだけだから。
「このままじゃ、この事件は迷宮入りしてしまうわ。時効探偵の手には渡さない!私が法廷パートとでキッチリくいとめるっ!その為にはどうしたらいい?そこでこの水道橋和水は考える」
つらつらとわけのわからない文字を羅列させていく和水。
俺の脳が彼女についていけなくてオーバーヒートしてしまいそうだ。
大体探偵パートはもうお終い、とかいってまだこの話を続けようというのか和水は…、法廷パートって法廷で食い止めようとしたってもう手遅れだよ、冤罪なんて滅多にないんだから…、たぶん。
「言い逃れできない証拠をつきつければいいのよ!」
興奮した口調で和水は、美影の横まで移動すると、彼女の肩にポンと手を置いて続けた。
「そうと決まれば美影。スタンダップ!」
一人立っていた和水が仲間を増やそうと美影にそう促す。
いきなり過ぎて、意味がわからん。
突飛な命令に美影は面を食らったように一瞬ピクリとしたが、今の彼女に何を言っても無駄だという事を理解したらしく黙って立ち上がった。
「それでなんですか和水さん?」
「ええ、その状態で、こう」
和水は机に手をついて腰をピンとはった。
俺は興味のないふりを装うため、湯のみを手にとってお茶を口に含む。とは言っても、二人の動向はかなり気にはなっていた。
和水はその格好のまま真剣な目つきで美影の方をむいた。
…なんだ、あの、……ちょっと、せ、セクシーなポーズ……。
「尻を突き出しなさい」
ぶっ!
カテキンが口から飛び出しそうになるのをすんでのとこで抑える。口内で起こった爆発をごまかすため顔を伏せていたら部長が訝しげに睨みつけてきたが、今はそんなことどうでもいい。俺の脳内は羞恥心より今の和水の発言についての好奇心のほうがはるかに勝っていた。
な、なんてことを言い始めるんだ、和水っ!
「い、いやですよ!なんで私がそんな、は、はしたない格好しなくちゃいけないんですか!」
その、質問というよりは拒絶、反応にクイクイと相変わらずの格好のまま尻を動かしながら和水は答えた。
や、やめろ、う、動くなそれ以上。は、鼻血がで、でるかもしれん。
「簡単よー。おならをしたのがついさっきというなら、まだ臭いが残留しているはず。だったら直接嗅いで確かめればいいのよ。手始めに美影からというわけ」
……え?
か、彼女の言っている意味がわからないのは、俺の読解力が少ないからだろうか。
「そ、それって、つまり…」
「だから私が犬みたいにお尻を確かめてあげるって言っているのよ。くんくん探偵だなんてほんとはかなり不本意なんだけど、名探偵の名に傷がつくよりはマシだわ」
マシじゃねぇよ!迷宮なしの迷探偵(事件を担当したことないから)!
何が犬みたいに確かめてあげるだっ!肛門に残留する屁の香りを嗅ごうだなんて、その、えっと、絵的にマズいだろうがぁ!
「わかったなら、ほら。はやく私と同じ格好をしなさい。チェックしてあげるから」
「や……」
一回大きく息を吸ってから、
「いやです!!!」
美影は叫んでいた。
そりゃそうだ。
「あら?あらあらあら、なんで拒否するのよ?怪しいわねぇ」
ぐいっとプロのダンサーみたく起き上がった和水はそのまま美影に迫った。
なんで拒否する、って普通の人は他人にケツの穴の臭いなんざ嗅がれたくないだろう。気分的に、ねぇ。
「なんでですか!あんな格好でそんなことされたい人なんているハズがありませんよ!」
「犯人探しなんだから仕方ないじゃない!」
「そこまでする問題ですか!?これがっ!」
「どんな問題にも真剣に取り組む、それがぁぁぁ〜〜…」
両手で仮面ラ○ダーの変身みたく円を描き、カッコつけてから、
「名探偵ナゴミ!」
叫んだ。
バカだ。こいつ本物のバカだ。
なにそのエセジョジョ立ち。帰れよ、マジで。ほんとお前にはいつもマイナスの方向に驚かされるよ。
「そういうわけだから、美影。オラオラオラ!」
「どういうわけですか!?さ、さわらないでください!ちょっ、和水さんっ、やめっ」
嫌なかけ声を轟かせながら和水は美影を無理やり所定のポーズをとらせようと押し付ける。
や、やめてあげて下さい!嫁入り前の大事な時期なんですよっ!
「オラァッ!」
「きゃわ!」
「ふっへへ、ケツの臭いを嗅がせてもらうわよ!」
「いやっ…!」
和水はがっしり美影の臀部を掴んで離さない。そのまま顔を青くした美影のお尻に少しだけ頬を赤らめた和水は怪しげな笑いを浮かべながら顔を近づけた。なぜ照れている、あいつは…。
って、ていうかさりげに美影がピンチ!あーあーあー、誰か止めてあげて、美影の貞操の危機!
こ、こんな時、神様は、ど、どないせーちゅうねん、われに!
「和水、知ってるか?」
「何、部長」
和水の暴走を話かけることで止めたのは事の発端である部長に他ならなかった。
ひょい、と顔をあげた和水に部長はスラリと語りかけはじめた。
「臭いというのは空気中にその物質の分子が散布されておこるのだそうだ。つまりエビフライの匂いを嗅ぐとき、我々は空気中のエビフライの分子を、鼻から取り込んで、その香りを感じているわけだな。つまり、おならの場合は【【自主規制】】の臭いを鼻で直接取り込んで、始めて臭いを感じるわけだ。お前は今、【【自主規制】】の空気を鼻からいっぱい吸おうしているのだよ」
【【自主規制】】はいうまでもなく、『う』からはじまる生理現象が入ります。
なお現実には、部長は【規制】を、別段気にする風もなくズケズケと宣っている。放送禁止用語です。心労になりそうなんでやめてください、一応花も恥じろう女子高生でしょう。
だけど部長の説得(?)は和水の心に響いたらしい。
美影より一層青ざめた顔で大きく一歩下がると白々しくほざいた。
「あ、あらそうなの。はははは、それは意外性抜群な雑学だねぇ。はははは」
笑いながらそっともといた席につくと、いまだに動けずにいる美影から視線を逸らすように後ろを振り向く。
美影はしばらく机にだらけた様子だったが、やがてプルプル震えながら、
「わ、わたしは、不潔じゃありません…」
とだけいうと、元気なく椅子に腰掛けた。
「まったく名探偵が聞いて呆れるな…」
部長が溜め息深く呟いた。その点では非常に同意である。
「ちょっとどういう意味よっ!」
バッと部長の方を勢いよく振り向いた和水は肩書きが貶されて随分とご立腹のご様子。
否定は出来ないだろ、と思いつつも何も言わずに、彼女の様子を窺う。
「どうもこうも言葉通りの意味だが。名探偵のくせに犯人を未だに当てられずにいるではないか。これはもう名を外してただの探偵にクラスダウンすべきだな」
「ぐっう。な、なによ!私だってやるだけのことはやったわよ!」
「ふん。依頼した時はあんなに瞳を輝かせていたのに、もうダメだよ。お前には頼まない」
依頼したタイミングというのはおそらくあの時のアイコンタクトの事をいうのだろう。
あれが依頼成立のサインなら、人の口に『喋る』という機能はいらなくなるな。
「な、なんでっ!私はまだやれるわ!」
「いや、ダメだ」
「どうして!」
しつこく食い下がる和水に部長はそっと囁いた。
「お前、もう死んだ魚の目してる」
「!?」
どんな目やねん。
「ふっふふ…」
部長のイジメに耐えがたくなったらしく和水の自我はいとも簡単に破滅の道を選んだらしい。ゆっくりと壊れた笑いを浮かべ和水は力無くうなだれた。
「私は、あの頃の情熱を失ってしまったかのかもしれないわね…」
あの時の情熱がついさっきを示しているから馬鹿らしい。
鼻で笑いたくなる茶番だ。
「ああ、あとは私に任せてお前はゆっくり休むといい」
部長は赤ん坊をあやすように優しい口調でそういうとゆっくりと立ち上がり、
「今から私が名推理を発表する、みんな立てッ」
響く大きな声で命令した。
「……」
だけど誰一人腰をあげようとしない。
「む、どうした?部長命令だぞ、立たなきゃ罰を与えるぞ」
「そうは言ってもさ、部長…」
俺はただ単に立ち上がるのが面倒くさいだけだが、芳生は違うらしい。
ただ一人偉そうに仁王立ちする部長に芳生は勇猛果敢にも言った。
「そういう部長が犯人ではない可能性はゼロじゃないわけじゃん」
「む?」
「つまり犯人が他人に罪をなすりつけようとしているかもしれないじゃない。そう考えると、迂闊に命令には従えないよ」
え。そんなに深い問題に発展してたのこの問題。
誰が屁をこいた、ってだけの話だよね!?
「っは、つまり私が犯人かもしれないと疑っているわけだな」
「まぁ、ぶっちゃけ」
「ならば証明してみせよう。私が犯人ではないと」
ズイ、一気に芳生の近くに走り寄る部長。
それから素早く先ほどまで和水が取っていたポーズを取り、お尻を芳生の顔に向けて叫んだ。
「嗅げ!」
「えっ!?」
「嗅げばはっきりするだろう!白黒はっきりつけてやる、嗅げっ!」
「あ、いや」
「どうした芳生。嗅がないのならば不戦勝で私は無罪ということになるが構わんのだな?」
「…うん。OK、す」
そりゃ健全な高校男子がいきなり女子のお尻を人前で嗅げるわけない。世の中には、そんなこと気にせずやっちゃう人(斉藤とか山本とか)もいるかもしれないが、少なくとも芳生は違う。
そこらへんの性格も見越して部長は今の行動を取ったのだろう。なんという策士。というかバカ。
お尻を引いて元の立ち位置に戻った部長は親指をたてて芳生に言った。
「よくぞ耐えた芳生。もしほんとにやってたら軽蔑するとこだったが、お前には感動させてもらったよ!お株急上昇だ」
「そ、それはどうも…」
「それでは推理を発表させてもらおう」
クルっと、むき直した部長は推理とやらを言い出した。
「これだけ探って犯人が出てこないのだ。これは一種不思議な世界。そこで私は考えついた」
神妙な顔持ちで謎解きを語る部長。
迷い無く軽快な口調である。
推理とやらにえらく自信があるらしい。
「犯人はおならした事に気がついていないのではないだろうか」
え?
そ、それはつまり…。
「無自覚のうちに屁をこいた、というわけか」
「そうだ雨音その通りだ。そしていくら鈍感なやつでも自分の体の生理現象だ。おならした事に気がつかないハズがない。そうなると犯人は一人しか浮かばないのだよ」
なるほど。
筋が通っているように思える、だっていくらスカシっぺでもだした本人が気がつかないなんてことないだろう。
そうなると…、おれは部長の宣言よりも先にその人物に視線を移した。
「五十崎楓。いまも深い眠りつくヤツくらいしか考えられないのよ」
楓は相変わらず、俗世なんて関係ないね、といったように机に伏せて平和に熟睡しているだけである。
部室の全員が彼の眠りを見守りながら、それぞれ呟いた。
「なるほどね。まさか楓が犯人とは、そりゃ検討つかないわけね」
「意外性は抜群ですね」
「コレが噂の寝っぺってやつかな」
その反応に満足そうに頷いた部長は静かに事件を収束させたかのように呟いた。
「いくら楓でも寝ている間におならをしたなんて知ったらショックに違いない。いいか、このことはあくまでも部員間の秘密だからな。楓には絶対言うなよ」
「ぶ、部長!そうよね!感動したわ!私絶対楓に寝っぺのことは秘密にしとく」
「わかればいいのだよ和水。はっはっは。これにて一件落着ぅ」
死人に口無し、とまではいかないが寝ている人に口無しといった風である。寝ている楓には弁明の余地はあたえられない。可哀想に、ただ寝ていただけで犯人にしたてあげられるとは。
……でも、ま、楓には悪いが俺も美影の手前知られたく無かったのだ、残念だが濡れ衣を着ててもらおう。無駄口を叩かないことが犯人にならなくてすむ有効な手段なのだ。俺も今回は無口だったが楓の場合は反論もできないのだから仕方あるまい。
んー。やっぱり朝にヨーグルト食べるのは止めよう。腹の調子が崩れていかんばい。