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第30話


好きな言葉はセンチメンタルでノスタルジック。

好きなゲームは、ぼくのな○やすみで、好きな映画は三丁目の夕○と耳を○ませば。

こんな私は完全にピーターパン症候群です。

大人になれない僕らの強がりをもう少しだけ聴いてください。



冬の夕方というのは切ないものだ。

他の季節ならば、虫たちがコーラスしているところだというに、季節の死にあたる冬にはそういった音がない。

あるのはただ北風が吹き荒れる虚しさだけである。

曇った窓の向こう側を見ていると、なんだかグッと胸に寂しさがこみ上げてきた。

越冬を試みる草花たちが、春に萌えるために寒さに堪える姿がいじらしくて愛おしい。

道端でロゼット状態になっているタンポポなどをみると物寂しさが体中に溢れそうになる。

七竈の赤い実とか、寒そうに風を切る野鳥とか見ててなぜか涙が出そうなってくる。


なんにもないけど、冬は切ない気持ちになるよな。

結露を拭って外の景色を見やる。指で拭われ溜まった水が、滝のようにつらつらと流れ出す。

暗くなった窓ガラスは鏡のようにもう一人の俺が写しだされるだけだった。


「雨音何してんの?窓の外には特に変わった風景はないと思うけど」


感傷的に気分に浸る俺に、机にグデーとだらけた芳生が訊いてきた。

毎度おなじみ部活動中である。

沈みかかった太陽に生徒達は慌てて帰路につくものだが、俺達には関係がないことだった。

夜の帳がいまかいまかと出番を待つこの時間帯、外はとても寒そうで見ているだけで気が滅入いる。なのでぬくぬくの部室には人の足を止める魔力があった。


「いや、冬ってなんかノスタルジックな気分になるよなぁー、って思ってただけ」


わざわざ横文字に言い換えたのは、そっちの方がかっこいいからである。


「あー、分かる。石焼き芋が食べたくなるよね」


「それは秋のイベントじゃね」


ちなみに今部室には俺と芳生しかいない。

他の人達は雑用でもこなしているのだろう。

美影はなんか用事があるみたいな事いってたけど……、まあ、他人のプライバシーに首を突っ込むのは野暮ってやつだ。


それにただ単に俺が早く来すぎただけというのもある。芳生は俺が来た時点ですでに机にだらけていたが。


「でも、まっ!子供の頃を思い出して胸がこうクイっと締め付けられるような気持ちには時々なるよね」


「おおっ、わかってくれるか芳生!堪らなく切ない気分になるんだよな!」


石焼き芋は論点が違うが、芳生の同意は素直に嬉しい。


「冬はそういう季節だよねー、うんうん」


「子供の頃って言っても今も大概ガキみたいなモンなんだけどさ、思い出に浸ってシットリとした気持ちになるのは夏の終わりと冬の中頃は顕著にそんなかんじになるんだよね」


「あー、わかる。そんでもって大人になったら今この時を思い出して切ない気持ちになったりしちゃうのかな」


笑いながら芳生はそう言った。

そう考えると確かにそうかもしれない。

大人の話を聞いていると、高校時代の思い出というのが、他の時代に比べてカラフルに特色されている気がするからだ。

モノクロやセピアではなく、一番輝かしい思い出として胸に刻まれるのが高校時代なのかもしれない。


「そんな時期に訳のわからん部活の部室に居残って野郎とお茶すすってるだけなんて、悲しく涙が出てくるよ」


「和水とかは女の子じゃん。女の子とお茶してんだったら輝かしくなるんじゃない?」


「和水ぃ?論外だ。んなもん」


「ですよねー」


美影だけですよ。俺のカラフルな部分に成りえるのわ。

だけどゴキブリの話を楽しそうにする彼女との思い出は部長あたりに差し替えておこう。


「人生の黄金時代に娯楽ラ部か…、これこそが青春の浪費ってやつかね」


独りごちで言葉を締めくくるようにした俺は、窓際から離れ席について温くなったお茶をすする。

湯呑みのお茶は良い感じの温度になっていた。猫舌なので、この温度になるまで冷ましていたのだ。


「うーん。そこまで悲観的になるほどの悲惨な状態じゃないと思うけどなぁ。僕は今の状況そこそこ気に入ってるし、実際かなり楽しんでるよ。青春を謳歌とまではいかないけど」


「……お前、時々クサいこと平気でいうよな」


「そうかなー」


そうだぜ。

照れくさくて、娯楽ラ部が楽しいなんて俺には口に出すことができそうにない。突っ張って斜に構えてるのがかっこいいとかそういう話ではないけれど、ともかくなんか恥ずかしいのだ。俺もまだまだガキだよな。すべてにおいて達観したような見方ができるように早くなりたいぜ。


……まあ、実際、俺も芳生と似たような感想を抱いているんだけど。


「雨音顔赤いよ?風邪?」


「うっ。か、かもな…」


かぁぁー!くせぇ、すげぇ照れくさいっ!心の中で思っただけでコレなんだから、声に出したら絶対死ねるッ!恥ずかしさで悶死するッ!


「とにかく雨音の言いたい事は理解したよ。そうだなぁ、いい手があるよ。ちょっと待ってて」


芳生はそう言うと立ち上がり、ドアに向かって歩きだした。

いい手?待っとけ?なんで?


「俺の言いたい事?俺は芳生が何言いたいのかわからない」


遠くに行こうとする彼の背中に向かって呼びかけた。

俺の言いたい事は、娯楽ラ部が実はたの…ごほんごほん、いや、まあ、退屈はしないという話だ。

それを芳生が理解したというのなら、口止めという名の暗殺も辞さない覚悟である。

これこそホントの照れ隠し。


「だから、雨音が童心に帰りたいって気持ち」


肩越しに俺に答えると芳生は部室から出て行った。

見えなくなった彼の背中に溜め息を一つ与えてあげる。

俺の高校生活は常に溜め息が友のように隣に寄り添っていた、って将来子どもとかに話したら笑われるかな。

……全然違うけど、バレてないなら結果オーライだな。


俺独りになった部室は一気に静寂に支配された。

残されたのは音は、暖房の稼働音とか時計の針の進む音のみで、後は自分の呼吸音とか生きている証くらいである。

こういうのだ。こういうのだよ芳生。

ここから見える外の景色のBGMとしてそれらはもの凄くマッチしていた。

だからこそ、冬という季節は最高に切なくなるのだ。

生きているということが浮き彫りにされる感覚で、自分の中の寂しさのダムが決壊してしまうのだ。


「おまたせぇー」


気分を崩すのはいつも芳生さんである。

数秒でブーメランのように帰ってきた芳生は元気一杯、ドアを開けると俺の前に駆け寄った。


「んで何?」


そして芳生の腕にはなぜか黒板消しが握られていた。


「ラーフル」


「は?なんだって?」


「ラーフルったら黒板消しの事じゃし」


「な、なんで急にナマるんだよ?」


さっきまでバリバリ標準語だったじゃないか。

結局黒板消しなら最初からそう言えよ!


「いやだから童心に帰るにはコレが必要なんだよ。無断借用して参りました」


標準語に戻ったはいいけど偉そうに言えることじゃないぞ。

芳生は楽しげにソレを頭の上に掲げた。パラパラとチョークの粉が雪のように彼の髪の毛に落ちる。白髪に装飾された自らの頭皮に気が付かないまま、芳生は気分良さそうに鼻歌を歌いだした。

そういえば今冬は雪がまだ一度も降っていないな。

芳生にチョークの粉のことを教えてあげるでもなく俺はそう思うだけだった。


「黒板消し使って童心に帰る?どうやって?」


黒板に落書きでもして遊ぶ、なら確かに童心には帰れそうだが、残念ながら部室には黒板は設置されていない。


「うん、こーすんのさ」


テテテ、と元気よく再びドアのところに走りよった芳生は黒板消しをドアの上の部分に挟んだ。

あー、なんか下らんドラマで見たことある。


「……お前それって」


「懐かしのトラップだよ!次ドア開けた人の頭の上にコイツがバフンッ。真っ白けになった被害者をみて盛大に笑ってあげるのさっ」


すでにお前の頭が真っ白けだがな!

と、俺は喉からでかかった言葉を留めて、時代錯誤も甚だしいソレを侮蔑をこめたもの言いで馬鹿にする。


「俺が小学生の時でもそんなイタズラしなかったぜ?」


「えー、嘘ぉ?僕の学校はかなり流行ったんだけどな。流行り過ぎて禁止令が出たほどだよ」


はあ、やれやれいつの時代の小学生だよ。


「古いぜ。俺の小学校で禁止令が出たのはバト鉛とスーパーカー消しゴムくらいだぞ」


「そっちこそ人の事言えないよっ!」


それは否定できないけど。


「それでお前、もう一つのソレは何だよ?」


「もう一つ?」


「だからそれ」


上に黒板消しを挟むために背伸びをしていた芳生は、ゆっくりと元自分が座っていた位置に戻ると、いつの間にか握っていたソレをわかりやすい掲げて言った。


「これ?バナナの皮」


「それは見たらわかるけど…」


芳生の手にはいつの間にか真っ黄色のバナナの皮が握られていた。中身はない、純粋に皮だけだ。

黒板消しと一緒に何処からか持ってきたらしいのだが、黒板消しに気をとられて気づくのが遅れてしまったようである。


「ふっふっふ、甘いねぇ、雨音。中身を味わいつくしたこれに他の用途があるとか言うのかね?」


「お前まさか」


「そのまさかだよ、えい」


可愛らしい声を上げると芳生はバナナの皮をドア側に向かって投げつけていた。

ベチン、小気味良い音を発てて万有引力に従った皮が床に落ちる。


「懐かしのイタズラその2ッ!」


「くっだらねぇーー」


誰がそんなのに引っかかるっていうんだよ!

バナナの皮が滑るのは漫画とかアニメの中の話だけだぜ。


「何がイタズラだよ。バナナの皮で誰かが滑るのを期待してるんだったらバカとしか言いようがねぇぞ」


「むう、バカとは失礼なっ!黒板消しで真っ白けになった後、バナナトラップに引っかかって、すってんころりんにするという僕のイタズラのどこが不満だい!?」


「何もかもだよ!そんなにうまくいくわけないだろ!大体ドアが半開きの時点で怪しむだろうし、バナナの皮は思ったよりも滑らない!」


「そんな事ないよ!ドジっ娘だったら全部華麗に引っかかってくれるだろうし、バナナの皮だってマリ○カートじゃ主力アイテムじゃないか!」


フィクションを現実に持ち出すなや。

俺は小学生の給食にでたバナナの皮をふざけて滑るかどうか試してみたことがあるんだぞ。

もちろん友達との悪ふざけの一貫だが、結果、主クソやれば滑るけど、そんなに言うほどツルリとはいかない、というのに落ち着いたのだ。

……あ、そう考えるとちょっとノスタルジック。


「それに雨音しらないの?どっかの国じゃバナナの皮を道端に捨てるのは犯罪になるんだよ」


「へー、そりゃ知らなんだ。んでどこの国?」


「それは、えっと、忘れた」


ほら頼りにならない。


「でも実際に滑って転んで頭打つと危ないから、転んでしまうだろう位置にバケツと雑巾を置いておこう」


「そんな心配する必要ないだろうよ。…つうか何でバケツと雑巾?」


「ヘルメットとクッション代わり〜」


なんとチンケな防御力。

芳生は俺の問いに答えると掃除用具入れからバケツと雑巾を取り出しそれをドアの横に置いた。

奇しくも俺が上履きを乾かした位置と同じ場所である。


「童心に帰りたいのは俺じゃなくてお前だろ…」


嬉々として行動する彼を見ているとそう思えてならない。

俺の指摘が図星だったようだ。芳生は慌てて立ち上がるとたどたどしく否定を開始した。


「なっなにを言うんだねっ!雨音君!僕はそんなガキみたいな事を思ったりなんかしないよ!」


大人だからこそ童心に帰りたくなるのであって、ガキみたいな事とは全く矛盾するのではないか。


「焦るとこが怪しいな」


「ふっはは、そ、そんなのは気のせいだよ」


乾いた笑いが痛々しい彼に俺は軽めの調子で続けた。


「俺もどうすれば童心に帰れるかな、って考えたんだけどそんなの簡単だろ」


「へぇーなにさ」


俺の発言を挑戦状と受け取ったかは定かでないが芳生は興味なさげな声で対応してくる。


「じゃーんけーん」


「え、え?」


急に始まったじゃんけんコールにつられた芳生が慌てて拳を振るう。


「ぽい!」


「…雨音なにそれ」


チョキの形の芳生が不服そうに訊いてきた。

俺の指の形は丁度フレミングの法則と似たような感じで親指人差し指中指だけを立てた状態である。

そう、コレが俗に言う……

「グーチョキパー総てを網羅した指の形だ。つまりどんな相手にも勝てる必勝の手」


「はぁぁ?ズルいよ」


「はっはっは、卑怯が我が物顔で闊歩するのが少年時代というものよ!」


腰に手を当てて大げさに笑う。

小学生の時に友達にやられて密かに頭にきていたのだ。『じゃんけん、グーチョキパー』とか言っちゃってさ。はん、まったくガキだね、なんて言ってたのが当時の話。実は、何て画期的な方法なんだろうと驚愕してたのがホントの話。

今、それを再現できて俺は本当に幸せです。


「あれ?でもおかしくない?仮に総ての手を網羅してても、一勝一敗一引き分け、だから結果的には五分と五分じゃん」


「ぐっ」


しまった!盲点をつかれた。

つまり、芳生がチョキのこの場合、一手で総ての手をだしたことになる俺の手は総当たり的に考え、

チョキ=チョキ

チョキ<グー

チョキ>パー

で一勝一敗一引き分けになるのだ。それはつまり引き分けが二回分に相当するわけである。


「つうか相子になるだけじゃん」


「ふ、ふふ」


「そこんとこどうなのさ雨音」


「ふははは、よく気が付いた、流石は芳生。そうだアイコだ。つまり仕切り直しとなるわけだよ。良かろう、今一度かかってくるがいい!」


こういう負けそうな時はともかく偉そうにすればいいって部長が言ってた!

弱い立場になった時こそ気分は大魔王なのさっ!


「ふーん理不尽な感じがするけど何でもアリという事は理解したよ。ふふん、もう一度やれば僕は絶対勝てるねっ」


至って冷静な口調で芳生は言った。


「口ではなんとでも言えるものよ。いくぞ!じゃーんけん…」


だけど大丈夫!

仕切り直しても絶対勝てる手段を思いだしたから!

くらえッ!これが俺の新たな必勝の手ッ!


「ピストル!」


ビシッ!

俺の一手は完璧に決まった!…かに見えたのだが…


「ブラックホールッ!」


え、は?

ブラ、ブラックホール!?


俺は、人差し指と親指を立てたいわゆるピストルの手だが、芳生は頭の上で手を組んで大きな円を描く形である。ピ、ピストルは凄いんだぞ、グーチョキパーには絶対勝てるんだから。

しかし芳生の手、ブラックホールは予想外にもほどがあった。


にやり、芳生はそんな効果音がでるほど嫌みな笑いを浮かべると言った。


「ブラックホールは全ジャンケンの手の中で最強にランク付けされている手だよ」


「手って…そんなん聞いたことねぇよ!でっかく丸描いてるだけじゃないかよ!しかもそんなん勝てっこないじゃん!卑怯だぞ!」


「雨音の『ピストル』だって人のこといえたもんじゃないよ。それに『ブラックホール』には『ホワイトホール』という弱点がある分まだマシじゃないか」


そんなローカルルール知らねーよッ!


「……ま、まぁ、これで童心には帰れただろう」


できるだけ大人っぽく落ち着いた口調で告げる。

熱くなってはいけない、シビアに物事を見る目を養わなくてはならないのだ。

そう、そもそもこのジャンケン(?)は卑怯を売り物として理不尽な子ども時代を思い出す為に俺が企画したものだ。よって主催者たるもの常に落ち着き払って、動向を…


「ほんっとは悔しいくせにー」


わざとらしく責めるように芳生は語尾をのばした。

う、ぐぅ。実際否定は出来ないが、それでも口からは悔しさを紛らわす為の言葉が飛び出ていた。

漱石枕流。負けず嫌いなのは今も昔も俺の短所だ。


「しっ、失敬なっ!俺は全部全くこれっポッチも悔しくなんかないんだからな!」


「うぷぷ。負け犬が何か言っておるわ〜」


ムッカー!


「負け犬だと!ぬかしたな芳生!俺が負け犬なわけ無いじゃないかッ」


「現に今負け犬じゃん。その状態を負け犬と言わずしてなんと言うのさ」


知るかっ!負け犬じゃないなら、えっーと、敗者弱者雑魚…、…う、


「うるさい!じゃんけんに訳の分からない禁じ手を取り入れるからいけないんだっ!正攻法で堂々と勝ってから勝ち名乗りをあげろ!」


「あー、それ雨音が言うぅ?一番最初に禁じ手取り入れたのは雨音じゃーん」


あ、うんまぁ、そ、それは、そうだけど。


「う、ぅう…」


ヤバい、言い返せない。

言葉が詰まるって、まさしく今の状態の事をいうのだろう。広辞苑の『言葉が詰まる』の項、図1に今の俺の写真を載せても差し支えないほどだ。


「卑怯で汚いやり方をして嬉しそうにしてたのも間違いなく雨音だよね?」


「……」


う、う。


「それなのに大人ぶって恥ずかしくないの?まったく高校生にもなってみっともな…」


「ぬわぁーー!」


吠えた。

腹いっぱいに吠えた。

ピクリと芳生が俺の声に驚いて身体を震わせる。


「てぇぇぇい!」


それから彼の頭に向かって垂直に馬場チョップを喰らわせる。意味なんてない!ムシャクシャしてやっただけだ!

「いてっ」芳生は軽く悲鳴をあげてから、打撃をくらった頭部をおさえて俺に文句を言った。


「なにすんのさっ!」


身体の中の酸素を出し尽くす勢いで声を上げていたので、しばらくは息切れで会話ができない。なんとか肩の震えが止まった時、俺は芳生に指を差して言い放った。


「はい!お前死亡ー!」


「はぁ?」


突然の俺の声に素っ頓狂な声をだす芳生。

それはそうだろう。やってる俺も行き当たりばったりの誤魔化しを行っているのだから。


「死亡って物騒な…。い、言ってる意味がわからない」


意味がわかんないのは俺も同じだ。

ただ悔しいから口の代わりに手が出ていた、それだけ。

そんでもってそれも誤魔化すため今、必死で言い訳してるわけだ。


「だから俺の攻撃くらったからお前は死亡したの!そういう秘孔をついたの!」


「秘孔って、ただのチョップじゃん!全然普通の攻撃じゃん!」


「常人の目にはそうとしか見えないんだよっ!」


「なにワケわからない事言ってんのさっ!」


激しい言葉のラリーはまだまだ続きそうだけど、無理やり打ち切らなければ俺の状況はさらに悪くなる。


「あーあー聞こえなーい。死人の声は聞こえなーい」


そう判断するやいなや、俺は素早く耳を塞いでそっぽをむいた。

非難中傷にはシカトが一番だ。100%こっちに非があってもそれは変わりない。


「さっきバリバリ会話してたじゃん」


「あれ風の音が聞こえるよ!」


「うむぅ」


唸り声をあげていた芳生はやがて声を大にして叫んでいた。


「し、死んでないよっ!バリア張ってたから!」


「はぁ?なんだよそれ?」


「ぼ、僕の回りには薄い水のヴェールが張られているから、ど、どんな攻撃も効かないのさ!そ、それと同じで雨音の攻撃も当たったようにみえてバリアの容量で弾き返していたのだ!」


芳生はどもりながらなんとかいい切った。そのどもりが彼が焦って考えながら発言しているという事を証明している。俺と同じように設定を考えながら会話する、そういう大変さを彼も今味わっているわけだ。


「俺の攻撃はバリア返し機能が付いてるんで無駄ですー」


だからといって手を抜くわけにはいかない、真剣に対等に彼を言い負かすことがこの勝負(?)に勝利をもたらすのだ。


「ぼ、僕のはバリア返し返しを兼ねていますぅ」


うぬぅ?なんと申すか!


「俺のはバリア返し返し返しですー!」


あ、なんか小学生の時こんな会話した覚えがある。


「僕のはそれのさらに上のバリア返し返し返し返しを備えていたんで大丈夫なんですー!」


「な、なにをぉ!お、俺のだってバリア返し返し返し…」


以下、不毛な争いの無限ループ。

と、そんな風になるわけでなく、俺達のバトルは第三者の登場により呆気なく幕を降ろすことになる。



「お前ら、なにやってんだ?廊下にまで響いて…――」


ドアをチャと開けて娯楽ラ部最後の男子部員、楓が部室に足を踏み入れようとした、時だった。


バフン。


「……」


そんな気持ち良い音をたてて楓が真っ白けになる。

芳生の仕掛けた黒板消しのブービートラップが発動したのだ。

しばらく良い感じに呆然としていた楓の頭に乗っていた黒板消しは彼が頭を横に降ることによって、カランと床にスポンジ部分を上に音をたてて落ちた。


「…なんだコレは?」


しばらく静寂が訪れていた部室で、ようやく声が響いた。


「あー、うん」


床に落ちた黒板消しから視線を外さず静かな怒りのオーラを飛ばす楓はいつになく怖い。

髪の毛がチョークの粉で白い人がだす雰囲気ではない。そこは可愛いイタズラだと笑って許してほしいところだ。


「それさ、」


俺が芳生が仕掛けた罠だと口を開く前に楓は憎たらしげに呟きながら歩き出していた。


「いやいい。みなまで言うな。どうせまた、雨音がバカみたいな事を言って芳生がバカみたいな事を実行したんだろ」


うん、ズバリドンピシャリです。流石楓さん、半端ないっす。

楓は浅い溜め息をつくと一歩一歩前に進んで歩き出した。


「まったく下ら…――」


「あ」


足元。

そう注意を促す前に彼は盛大にそれを踏んづけ、そして――


「ぶべらッッ!」


盛大にずっこけていた。

そう芳生が仕掛けたブービートラップ第二段、バナナの皮である。


「う、おぉぉおおおお!?おわぁぁぁぁあ!しょあぁあああ」


楓らしからぬ悲鳴が部室に響く。

ズルッと後ろに転けた楓はこれまた芳生の思惑通り後ろに置いてあったバケツに頭を突っ込んだのだ。

そしてヘルメット代わりと称されたそれを頭に被ったまま横たわる楓はまたも悲鳴を上げる。だけど先ほどとは違い悲鳴は部室に響くことなく、バケツの中にこもっているようだ。


「うわぁ!なんなんだ!一体どうなってる?なんだよコレ!突然なにがおこったってんだ!ま、真っ暗だ!意味がわからん!雨音、芳生どこにいるんだ!」


取り乱したように叫ぶ楓。突然世界が暗転したのだから当然だろう。

ヒュゥゥ、パスン。

楓がバケツを被った勢いで宙を舞っていた雑巾が重量に従って楓のバケツに落下した。


「うお!な、なんだいまの音は!一体何が起こったんだ!誰か教えてくれっ!」


普段冷静沈着な楓があれだけパニック状態になるというのは珍しい。

不謹慎だが、この光景を兄を慕う楓の妹たちに見せてやりたい、と思った。


「ぼ、僕さぁ…」


俺のとなり芳生が恐る恐るといったように呟いた。

だけど楓には聞こえた様子はない、自身の叫び声が大きいからだ。


「こういうのって、楓じゃなくて和水とかの仕事だと思ってたよ…」


うん、俺もそう思う。


「なんなんだ!だれか詳細を俺に教えてくれ、頼むからッ!」


それにしても、……楓はドジっ娘だったのか、意外だ。

と、死にかけのセミのように仰向けでジタバタしている楓を無視してそんなどうでもいい事を思った。





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