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投稿日8月20日。小中高の学生ではもう夏休み終盤です。物寂しさが募る日々、皆さんは如何お過ごしでしょうか。

私の場合はダラダラとニート生活を送るのが夏のライフスタイルです。宿題うんぬんより大切なものがあるさっ!といいつつ何も達成出来ずに終わるのがいつものパターンですが、今年はどうでしょう。

少なくとも夜更かしして『ゴキブリ』の事を真剣に調べているうちは充実した夏を過ごしているとは言えない気がします。

泣きたい。




とりあえず一段落。

さっきゴキブリが出た事なんて忘れてお茶で一息いれ、机の上に三人同時に湯のみを音をたてておく。

というか、冬なのに出るなよ、と、彼の骸があるゴミ箱に向かって思った。


「どうしたら愛されボディになるか話したけど所詮仮定の話、どんなに頑張ったところで茶色い昆虫が可愛いピンクになるなんてことは有り得ないわ」


その結論に至るまでに費やした文字数がハンパないことになっているんだが……。

というか、この話題まだ続ける気なんですね、和水さん。

「芳生達遅いな」


なので俺が転換点を提供することで、ゴキブリを忘れたいと思います。

でも実際俺ら以外の三人がいつもより遅れているのは確実であり、いつもならとっくに部長がバカみたいな提案をしている時間帯である。


「芳生は図書委員、楓は生徒会、部長は進路ガイダンスでそれぞれ遅れるって昨日言ってたじゃない」


「あれ、言ってたっけ」


昨日の記憶の糸を辿ると、確かにそんな事を言っていた気がす…、って、んっ!?


「生徒会っ!?楓が」


「そうよ。知らなかったの?あいつ無理矢理書記に立候補させられたんだって、んで当選。去年の秋頃、朝礼で嫌そうな顔で抱負喋らされてたじゃない」


「むぅ、寝てたからな…」


「なんで立ったまま眠るかな」


和水は呆れたように嘆息した。


「んで、話は戻るけど○○○○を恐れなくなるにはやっぱり私たちも彼らを愛する必要があると思うのよ」


折角話を変えたのになんで元に戻すんだよっ!


「というか会話文にゴキブリが出る度に伏せ字にしてるからもう訳わかんなくなってんじゃないか!」


前回チラッと思った事を声を大にして叫ぶ。

円で埋め尽くされてぱっと見何の話してんのかサッパリである。


「何よ。うるさいわね。女の子があんなおぞましい生物の名なんて呼べるはずないじゃない」


「むぅ、まぁ、確かにな……」


「全く話の腰を折られるとはこの事だわ。それで再度話を戻すけどやっぱり私達人間もゴキブリを愛する必要があると思うのよ」


「……」


やっぱり気にしてたんじゃん伏せ字。


「だけど和水さん。私は彼らを愛でるなんてこと出来ませんよ。不可能です」


「そうよね。あの脂ぎった表面とかわざと嫌われるようにしてるとしか思えないもの」


美影の意見に和水は首を大きくふって肯定したあと、さらに言葉を続けた。


「まず名前がよくないわ。ゴキブリ!字画数から不吉の匂いがプンプンするもの。だから伏せ字にしたくなるのよ」


「わかります!もう名前からしてB級モンスターみたいですもんね」


和水のエセ姓名判断なんてあてにならないが、美影が頷いている以上、俺の口からは何もいうことはない。

ゴキブリという文字が嫌われる要因ではなく、彼ら本体の方のイメージで文字があたかも悪いように思われがちなのでは、と思ったけど何も言いません。

もう私は疲れたのです。


「名前がよくない。これが彼らが嫌われる一つの要因よね」


そう結論づけをすると和水は部長の椅子の後ろの棚からB5サイズのルーズリーフを取り出し、机においた。

鬼の居ぬ間になんとやらだな、もし部長が居たなら『部の備品を使っていいのは私だけなの!』とお冠のとこだろう。


「そこで私達が彼らの新しい名称を考えましょう!」


和水は朗らかに笑ってそう提案すると学生鞄から、ヌッと筆箱取り出しマジックペンを美影に渡した。


「え」


「書記美影ね」


自分が部長代理だと言わんばかりの勢いで美影にそう命じる。ああ、こいつ、部長の真似したかったんだな、と生暖かい目で俺は彼女を見守ることにした。


「な、なにを書くんですか?」


美影は戸惑いながらも律儀にペンをうけとる。


「だからさっき言ったじゃない」


和水はたった今美影に渡したばかりのペンと紙を引ったくるように奪い取ると、紙の上部に流れるような筆記体でデッカく『ゴキブリ研究所』と書き、キラリンとまた朗らか笑った。


「けけ研究…って、なな、何を…ごごゴキブリを?」


ペンを奪われ事によりぶらぶらと空中に投げ出された手を振るわせて、激しくどもりながら動揺を声音にあらわした。


「ええ、研究よ!題するなら傾向と対策。どうすれば彼らと共存できるか!第1回のテーマはこれよ!」


部室に誰かさんのような宣言が響き渡った。

あいつ後釜狙ってんのかな…。

わぁ、下らないや。


「いやですよ!なんで好き好んで彼らの事を考えなくちゃいけないんですかっ!」


あ、美影もそう思うんだ。

でもさっき散々和水と語り合ってたよね。


「喝ッッッ!」


「ヒッ!」


「甘い甘いわね!ストロベリーショートケーキを遥かに凌ぐ甘さだわっ!」


美影の当然の拒否反応に一喝を食らわせる和水。

意味が分からない理論にさすがに俺も辟易する。


「もう炭酸が抜けて砂糖水みたいになったコーラみたいな考えは止めなさい!」


「だってぇ」


「だってじゃないわ!美影だって恐怖を克服したくないの?」


「そ、それは…」


「今は冬だからまだマシだけど夏になったら凄いわよ。何日も放置した動物の森みたいになっちゃうんだからね」


「それは嫌です!」


「でしょうー。誰だってゴキブリのたてるカサカサの音に悩まされて眠れぬ夜なんて過ごしたくないもの。だ、か、ら」


可愛らしく言葉を区切っているつもりだろうが、殺意しか沸いてこないぞ、俺は。


「さしあたっては恐怖を乗り越える必要があるのよ。その第一の手段として新たな名が彼らには必要なの。考えても見てよ『ゴキブリ』よ。濁音2つ。漢字で書くと誤奇侮離。誤りで生まれた奇妙な虫、神は造り出した存在に悔やみ、人は彼らから離れて行く……。やれやれ、嫌な漢字が並んだものね」


「当て字じゃねぇか!」


紙に書かれた頭がいかれた暴走族のチーム名に向かって叫ぶ。

ヤンキーだってもっと教養がある漢字を選ぶよ。


「あら心外ね。当て字だってだれが決めたのよ」


「そんな変な漢字なわけあるか!選ぶならもう少しマシなの選べ!」


「私が選んだんじゃないわよ。古来よりコレって決まってるの」


唇を尖らせて爪先でトントンとたった今書かれたばかりの奇妙な漢字の集まりを指差した。

随時最近の古来だなオイ。


「文句があるんだったら雨音が主張する正式な漢字とやらを見せなさいよ」


「ぐぅ、ぅ……」


ゴキブリの漢字表記だと…!?

そんなの分かるわけないだろうが!

それがわかるような漢字レベルなら漢検1級だって取得してるよ。


「沈黙はわからない、と判断するわ。決まりね」


和水は偉そうに鼻をならして、俺を見下すように腕を組んだ。


くそ、さり気なく悔しいぞ。


俺が疎ましい瞳で和水を睨みつけている視界のやや下で美影が紙になにかを書いているのが見えた。

なにやってんだ


「美影なに書いてるの?」


「あ、いえ」


急に話かけられてびっくりしたようだが、すぐにいつものような落ち着いた雰囲気に戻り、紙をこちらに見えるよう立てた。

美影がさっきまでペンを走らせていた位置には『御器齧り』と書かれている。

なんて読むんだろ、おきかじり?


「食器をかじる、と言う意味合いをこめてこれでゴキブリと読ませることがあるそうです」


「え?」


そ、そ〜なんだ。

バシバシと一文字づつ叩きながら丁寧に教えてくれた。


「他にも虫に非ざるとかいて「蜚」と表記する場合もあるそうです。まぁ私は前者の『御器齧り』の方がストレートで好きなんですけどね」


得意気に美影は説明を終えた。凄いな。彼女の博学に心底驚かされる。まあ、寧ろ雑学の色合いの方が濃い気がするけど。


「そ、それじゃ、ごきかじり、じゃないの!み、認めないわ!そんなおしりかじり虫!」


俺は「へぇ」という感嘆の声しかあがらないが隣の和水は違うようだった、悔しそうに叫んだ。


「ああ、それでしたら…」


美影は慌てるでもなくゆったりと緩慢な動作で紙にまたなにやら書いて、たてた。

『御器被』

新たにそう書かれている。


「こういう表記の仕方もあるそうです。意味合いは変わりませんけどね」


「そ、それでも『ごきかぶり』じゃないの」


「なんでも明治時代に平仮名表記にする時に『か』がぬけ落ちてそれ以来『ごきぶり』になった説があるそうですよ。誤植が広がるなんて面白い話ですよね」


またしても「へぇ」。彼女の雑学にはもう舌を巻くしかない。


「……」


ここまで気丈に振る舞ってきた和水も論破された証拠にぐうの音も出さずに無言になった。

お前はなかなかよくやったよ、俺は心の中で彼女の健闘を称えてやる、それから数秒後に突然和水は叫びだした。


「騙されたぁぁぁ〜!」


「は?」


「イロハにああ書くって教わったのにぃ!うぅ、主人の顔に泥を塗るなんてメイド失格じゃないッ!あいつ!」


騙される方も騙される方だと思うけどな。

和水が書いたのは一発で当て字だと気が付いていいもんだし。

彼女は憤慨を露わに、叫び続けた。


「帰ったら再教育してやるわ!今日という今日はガツンと言ってやる!」


「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ和水さん」


「な、何言ってるの、私は至って冷静よ!」


イライラと落ち着きがない和水を美影が宥める。『まぁまぁ』よりも『どぅどぅ』の方が場面的には適当だと思ったのは内緒だ。


「それよりゴキブリの新しい名称を考えるんでしょ?」


さっきまで振り回されていた美影がだが今の一件ですっかり場の主導権を得ている。影の首領みたいなかんじだ。裏番長。意外と似合うかもしれない。


「そ、そうだった。それでどういうのがいいかしら」


「やっぱり恐怖を軽減させるネーミングがいいですよね」


「そして彼らの特徴を表すような名前がいいわ」


「難しい問題です。うーん」


二人で唸りながら考え始めた。冬の部室、校舎に居残って『ゴキブリ』の新しい名前を考える女子高生二人……。それってどうだ?

俺は、今日の晩飯のメニューはなんなんだろう、とかどうでもいい事を考えて、『ゴキブリ』問題について頭を悩ませているというカモフラージュする。

そんなこと真剣に考えてられるか、下らない。


「思いつきました!」


カレーだな、という思考を分断したのは我らが美影さんの楽しそうな声だった。さっきまで拒否反応していたのが嘘のようなテンションの上がり具合である。


「ど、どんなの?」


わくわくと興味という光を瞳に宿らせた和水が身を乗り出して、美影に尋ねた。

その食いつきのよい反応に満足そうに美影はニヤリと不敵に笑うと人差し指をどこかのお偉い学者のようにたててから言った。


「チョコレート、なんてどうですか」


……えーと。なにが?

たしか俺は参加してないけど今ゴキブリの新しい名称の話をしてるハズだよね。

それがなんで糖分が多量に含まれており、栄養分も豊富な甘いお菓子の名前があがるのかな。それを欲しかったの何日か前の話で今は別に甘い物を食べたい気分じゃないだけど。


「チョコレートならゴキブリの恐ろしい容姿もカバーできますし、何より彼らの茶色いボディを如実に表すのにピッタリの言葉じゃありませんか?」


「確かにその通りね。ただ…」


マジで美影がゴキブリにチョコレートなどとふざけた名前をつけようとしているのなら、全国のチョコレート工場が彼女を訴えることだろう。


「茶色いゴキブリだけじゃなく黒いのとかもいるわよ」


「そういう時はビターを頭につけるんです」


そういう問題じゃないだろ。


「うーん。良い考えだとは思うわ。ただゴキブリのイメージは良くなるけどチョコのイメージが悪くなってしまうから受け入れられないわよ。そんなの」


今回初めて和水と意見があったな。


「あ」


「それってネガティブキャンペーンってやつになるんじゃない」


多分違うよ、和水。


「商品名、特に食品の名前をつけるのはよくないわよ。あくまでオリジナルにしないと」


和水がまともなこと言ってるっ!


「別のにしなくちゃ」


「ええ、そうですね。う〜ん、だとしたらどんな名前がいいでしょう」


二人で頭を悩ませる横で俺は気分を落ち着ける為のお茶をすすった。

二人のふざけたネーミングセンスがこれ以上発揮されなければいいけど……。


「閃いたわ!」


「来ましたか和水さん!どんなのですか?」


来てしまったか。

今度は和水のセンスがキラリと光るらしい。湯呑みで隠した口元で俺は溜め息をついた。


「ゴモラ、なんてどう?」

和水はもったい付けるでもなかそのままハッキリとゴキブリの新しい名を言った。

ゴモラ、ねぇ…、ま、いいんじゃないの?


「ゴモラですか」


「えぇ、まず第一に彼らは古来より生き長らえてきた昆虫でしょ?」


正確には進化してこなかった虫だよ、それじゃ不老不死の無敵の昆虫みたいになってるじゃん、確かに彼らには近いものがあるかもしれないけどさ。


「そこからウルト○マンの古代怪獣ゴモラからとって、新名称。どうかしら?色も茶色でピッタシじゃない?」


「うん、とりあえずお前は円谷プロに謝っとこうか」


何もせずに収束するのを待っていたら1日が終わってしまいそうだったので、思わず口を出してしまった。


「む。なによ、私の甘美なるネーミングに文句でもあるの?」


「文句もあるし不満もある。パクリじゃん」


「パクリじゃないわ!インスパイアよ!」


それって似たようないみじゃん。


「なるほど『ゴモラ』ですか……」


ふと美影が考えるように顎に手を当ててブツブツと呟いているのに気がついた。


「旧約聖書に出てくるソドムとゴモラからの引用。滅んでしまった商業都市はその絶対的破壊力をあらわす……。なるほど確かに彼らにピッタリのネーミングです!」


え、えーと、何が?


「気に入りましたよ!和水さん!いいじゃないですか!これで行きましょう!」


あ、そうなんだ。気に入ったんだね。


「そ、そうかしら?やっぱり美影ならわかってくれると思ってたのよ」


「ええ、決定ですね!ゴキブリ改めましてゴモラ。三文字に隠された破壊力が凄まじいです!」


「私もそれが言いたかったのよ、おほほほ」


「あははは」


「……嘘つくなよ…」


俺のかすれるような独り言は彼女たちの楽しそうな笑い声にかき消されてしまった。


ああ、願わくばこれ以上ゴキブリの話題を引っ張ることなく終わりたいものだ。怪獣殿下に失礼だけど、もうゴモラでもなんでもいいからこの話はこれで終わりにしてほしい。

はぁ……




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