28(4)
気が付けば毎週月曜日更新になっていた、という法則を打ち破っての投稿。
不規則なリズムで誰にも悟られませんッ!
……
あ〜、眠みぃ……ぐぅ…。
ホームルームも終わり、学業から解放された生徒達は早速放課後の予定を立て始めていた。
教室のあちこちのグループから、「カラオケ行こう」だとか「ゲーセン行こう」だとかの相談が始まっている。
俺はそんな声に混じるように隣の席の美影に「部活行こう」と話しかけるのであった。
「はい、それじゃ行きましょうか」
鞄にきっちりと教科書をつめて彼女は立ち上がった。
美影はそのまま歩き始め、すぐに廊下に出た。俺はおいて行かれないように早足で彼女に続く
廊下は帰ろうとする人で溢れていた。
そんな中をスイスイと縫うように進んでいく。
ようやく人混みをかき分けて美影に追いついた。
「そ、そんなに急いで、ど、どうしたの?」
彼女の背中に語りかける。
不可解だ。結局は部室に行き着くのに急ぐ必要などないように思われたからだ。
「別に…」
呟くような声の細さで美影は足を止めた。
なんて声をかければいいのか逡巡する。先ほどまで機嫌良さそうだったのに一体どうしたのだろう。
まるで俺と二人っきりになるのが嫌みた…
…ッ!?
な、な、なんだと…?うそ、でしょ、そんなバカなっ!?う、うわぁぁぁぁん。
「あ、雨音さん」
「うい?」
心の中で号泣する俺の名が、つかえる感じでよばれる。
急な事なので、フランス語みたいに返事をしてしまった。
俺の名を呼んだ美影は今まで見たこと無いようなオーラを発しながら、ズイっと俺に向かって歩みよった。
いやっ、まさか!
正面切って、あなた嫌いです、とか言われそうな雰囲気だぞっ!?やだやだやだ!なんか怖い!今の美影なんか怖いよっ!?
「これ!!」
バン!
「…え?」
美影が勢いよく鞄から取り出したのは、クッキーだった。多くを語る必要もないほどまんまクッキーだ。プレゼント用だかで綺麗な半透明な袋に入れられている。
鞄の中から鬼気迫る顔で取りだすもんだから、ナイフかと思ってたが、そんな事はなかった。
気が付くと俺は自分が考えていた事が間抜けすぎて吹き出していた。
「ははは…」
「あ、雨音さん?」
「ありがとう!」
それからすぐに脳をお祝い&感謝モードに切り替える。
せーの…
アリガトーーーーーーーーーー!世界の裏美影様に感謝ァァァァ!
ハッピージャムジャムさいこぉーーう!ラッキークッキー美影さまぁぁぁ!あんたが神だぁぁ!
サンキューシェイシェイメルシーポーク!君のためなら死ねる!俺の屍を越えていけ!返事がないタダの表雨音のようだ!マヒャド!メラゾーマ!イオナズン!メドローア!フィンガーフレアボムズ!クビになったギラ系に変わって俺がさけぶ!
アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ、アリーが十!
バキムーチョカラムーチョすっぱムーチョ!
遊び人からの賢者はイヤだから神龍には取りあえず悟りの書(えっちな本)をお願いするぜ!ポカパマズ(父)より先にな!
はっ、いかんいかん、脳内が摩訶不思議アドベンチャーしていたようだ、閑話休題原点回帰。
とにかく俺が伝えたいのは
美影アリガトーーーーウ!
花火を上げて祝うよ!脳内は今隅田川だよ!
「雨音さん、あの…、受け取って、くれませんか?」
「はっ!?」
いかんいかん、現実世界のお礼はそこそこに脳内のお祝いが激しすぎで現実を置いてけぼりにしてしまっていた。
「ごめん、ボーとしてた、とにかく有難う美影、ありがたく頂戴するよ」
僕クッキー大好きクッキーモンスター!
てなわけで、美影の手作り(だと思われる)クッキーを受け取ろうと手を伸ばした時だった。
「たいっちょー!」
ビクっ!
完全にトラウマになっている名称が廊下にこだまし、俺の腕の筋肉はそれにより、パブロフの犬さながら反射的に動きを止めてしまった。
「…隊長ってなんでしょうか?…お友達ですか?」
「えーと、友達というか、知り合いというか…」
恥ずかしい呼称に美影は当然の事ながら疑問を覚え、「たいちょー!たいちょー!」と連呼しながら近づいてくる眼鏡女史に視線を合わせて訊いてきた。
「隊長!さっきぶりです!」
「安藤さん…どうしたの?」
ててて、と良くわからん足音を響かせて廊下の向こう側から安藤さんが小走りでやってきた。
驚きを通り越して逆に冷静になってきた。
というか最近よく会いますね…、警戒レベルをマックスに引き上げとかないと…。いや、無駄か…、なぜだか知らんが教室バレてたし…。
「隊長聞きましたよ!」
「なにが?」
出来ることなら、美影の前では彼女に会いたくなかった、さっき抱きつかれた事に後ろめたさを感じているというのもあるが、一番の理由は安藤さんが常に予想外な行動を起こすからである。例えば、ハイテクとか称してチャネリングしたり、サプライズとかいって部長と共闘したり、往来の激しい廊下でいきなり抱きついて来たりだ。彼女にはミス一寸先は闇、という称号を授けよう!
…そんな行動を美影の前で取られると思うとゾッとするな。
なによりその行動に俺も巻き込まれてしまうかもしれないのだ。ひ〜、おそろしい!
「バレンタインはチョコレート以外の物を上げでもいいんですね?」
「え?」
「私てっきりチョコレートのみのオンリーワンイベントだと思ってましたよ」
予想外と言えば予想外だが、わりかし普通の答えでほっとする。
「そうだね。最近は別にチョコじゃなくても平気みたいな風潮になってきてるね」
「なるほど」
安藤さんは俺の答えに頷いたが、その後すぐに何かを深く考えるように上目づかいになった。
なんでまた俺に確認とるんだろう、誰かから教わったんじゃないのかよ。
「隊長は否定派ですか?」
「否定って…何が?」
上目づかいを終えた安藤さんが眼鏡のツルを指先で撫でながら質問してきた。
「ですから、バレンタインにチョコ以外の物を上げる、という行動に関して、そんなの邪道だと声をあげるタイプの人ですか?」
「えっ、いや、俺は、そんなこと、…ないけど…」
言葉が自然とデクレシェンドになる。
それもそのはずだ。
チラリと隣を見れば俺にくれるはずのクッキーを胸に抱いた美影がいるからである。
わざわざ俺のためにバレンタインにクッキーをくれる彼女の前でそれを否定する事ができるはずない。
美影の存在に安藤さんは気が付いていないようだが、こっちはそうもいかないのだ。
「最後よく聞こえませんでした!もう一回お願いします!」
「だ、だから、俺はバレンタインにチョコ以外のものをあげるは別にいいと思うよ!大体、海外じゃ日本と風潮全然違うらしいし」
先ほど手に入れたにわか知識をここぞとばかりに振るう。
安藤さんはそれになんだか納得してくれたようだった。
「はぁ、よかったです」
ほっと一息、安心したようにつく。
「なにがさ?」
「さっき調理実習だったんです」
「は?」
よかった、という意味については答えてくれない、
「それはよかったね」
ので取りあえず言っといた。
「はい!それでお菓子作りをしたんです!それでこれ…」
ゴソゴソと手に持っていた鞄をほじくり返して、安藤さんは調理実習で作ったと思われるお菓子を取り出した。
「よかったらバレンタインということでどうぞ!」
「へっ?あっ、これ?」
箱に入っているので中身が何かはわからないが香ばしい匂いから察するにアップルパイかなんかだと俺はみた!出来てからまだ時間が経っていないみたいで箱にまで熱が伝わっていてあったかい。
「アップルパイです!1日遅いですが、お納め下さい!」
「あ、ありが…」
「はっ、友達を待たせていたのです。それでは私はコレにて!バサラ!」
そう言うと、安藤さんはさながら雷属性の蒼いお侍さんのように廊下の喧騒に駆けていった。
俺はその背中に言い切れなかった感謝の念のオーラを飛ばす。せーのっ、
世界の安藤…ち、ち、ち〜…ちぐさ?ちなみ?…(下の名前失念!)…さんに感謝ァァァァ!
さっき安藤さんのサプライズは勘弁とかいったがありゃ嘘だった!私は一向に構わんっっっ!もう寧ろドント来い!ドント来い上田!
カマンカマンカモンポルポルくぅ〜ん!
抱きつかれたのもホントは実際、正直、かなり嬉しかったし、屋上で二人でグルグルまわったのも今となっちゃいい思い出だ!ダイナマイトヘブン!キタキタキタキタ春がキタ〜!なんだかわからないがスカッとした気分だっ!
解放感、そう!この気分を例えるなら、夏の夕暮れ、夕立で出来た虹!安藤さんというスコールの後に俺は虹を見たんだ!
そして、特筆大書すべきは過去に決別してやったこの俺の新記録!バレンタイン1日過ぎているにも関わらず、部長(カウントする事にした)、和水、安藤さんと立て続けにお菓子を受け取ったのだ!
もし、これがバレンタイン当日に学校があったのだとしたらもっと恐ろしいことになっていたに違いない!
ふふふ…、怖いぜ、俺の内に秘められた『モテ期』という名の獣がな!
「雨音さん、部室にいきましょ」
「はっ」
再びトリップしていた俺の意識は美影の言葉によって引き戻された。
危ない危ない、思考を暴走させる癖治さないとな…。
美影は俺に声をかけた後は、少しも後ろの様子を気にした風もなく、スタスタと廊下を進んで行っている。
おっと、このままじゃ置いてけぼりにされちまう。
慌てて俺は小走りで彼女の後に続いた。
…ん?
まて、何か忘れているような…。…っは!
美影の右手には先ほどまで胸に抱えていたクッキーがあり、歩く度にそれが可愛らしく揺れている。
ああ、そうだった。
それを見て忘れていた事を思い出す事ができた。
現物が目の前にあるのだから当たり前である。
「みっかげ〜」
また一つ記録更新ができると自然声が浮ついたものになってしまう。
それに加えて今度のは俺の中では本命の美影からのクッキーだ。テンション上がらない方がおかしいだろ。
「なんですか?」
手に持ったアップルパイとは逆に冷たい感じで美影は立ち止まってこっちを振り向いた。
…な、なんだ?
不機嫌そうだぞ。
「クッキー…」
そんな彼女に多くは語れそうもなく、俺は震える指で彼女の右手指差した。
「ああ」
指先が示したのがまだ渡して貰っていないクッキーだと気が付いたらしい美影は軽く頷いた。
「そうですね、クッキーです」
「や、そうじゃなくて、いや、そうなんだけど、違くて俺が言いたいのは、え、えーと、そのー」
何故だかわからないが美影は怒っているようだ。物わかりの良いはずの彼女がここまでやっておれの言いたいことがわからないがなんてはずないもの。
「ちょうだい」
「イヤです」
「………………え?」
ストレートに頼んだら世界が一瞬暗転したぞ。
って、イヤァァァァ!?
なななななな
「なんでっ!?」
「だって雨音さん、バレンタインはチョコレート以外認めない人なんでしょ?これクッキーですもの」
「ああうん。俺バレンタインはチョコだけだと…、ってちがぁぁぁぁう!それは俺さっき確かに否定したよね!チョコ以外でもOKです、って!」
「ええ、そうですね」
冷たい氷みたいな言葉で対処される。
い、い、今のは俺のノリつっこみの技術をみていただけだよね、ねっ?
な、なんなんだ!?今日の美影はなんかおかしいぞ!
「だったら、なんで!?大体、このアップルパイだってそうやって答えたから貰ったわけで…」
「…」
「チョコ以外でもいいよ、って言ったから安藤さんもアップルパイを…」
「だったらそれを食べればいいじゃない」
いままで見たことない…もの凄い怖い顔で美影は一言言うとそのまま、また脇目も振らず部室に歩き始めてしまった。
「み、美影ぇ〜、待ってよー!」
不機嫌度マックスゲージの美影に慌てて追いすがる。
マジで今日彼女どうしたんだろ、虫の居所が悪いのかな…。