28(2)
アイディアがないのに果敢に前書きに挑もうとするその姿勢はかってください。
そもそもとして、私は何かを『継続』するというのが苦手なのです。
やってないけどブログや日記だってつければ三日坊主になるはずです。
そんな私が誰に強制されるでもなく、続けているのだからソレはもう一種の奇跡ですよっ!
前書き書くのは楽しいんだけどネタがないので、今回もまたグダグダになる…
校内に四時限目終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
挨拶を終えて、先生が廊下に出ると同時に、生徒たちはいっせいに机移動を開始する。
四限目と五限目の合間の長い休み時間に、友達と昼を供にするためだ。
号令終わりいの一番に場所取りのため即刻学食に向かっていった学食派の生徒ではない俺も、斎藤や高山と机をくっつけて、弁当を広げることにした。
無論、母親が作ってくれた昨日の夕飯のあまり弁当で、幼なじみとか早起きして作ってくれたお弁当とかではない。
「いただきます」
きちんと言ってからお弁当に手をつける。
彩りがすくない茶色い弁当。
それでも味は逸品だった。
うちの母さん料理はうまいからな。
もぐもぐ、と咀嚼するたびに口の中にキビナゴの佃煮の甘さが広がってくる。
この茶色い甘味が女子から貰ったチョコとかだったら最高なのに。
「表」
「ん?」
食事を続けていたら、背中ごしに女子が話しかけてきた。
振り返って誰かを確かめてみると、同じクラスの女生徒の中津川が俺の背後に立っていた。
なにかよう…、
…って、これは間違いなくアレですよねぇっ!?
チョコとかチョコとかチョコとか!
このタイミングで話し掛けてきたということは間違いありませんよね!ねっ!?
コンビニで買ったであろう菓子パンを口に挟んだまま落としそうになっている斎藤とお箸を持ったまま硬直している高山に優越感を感じながら、俺は中津川に聞いてみる。
「なにかよう?」
この白々しくも興味なさげに訊くのがプライドを守る最大のコツである。
「廊下で友達がよんでるよ」
「へ?」
美人で優等生で生き物係で美化委員でハンドボール部の出席番号18番、中津川佐江はそれだけ告げるとスタスタと自分の席に戻って、購買で購入したオニギリの封をピリピリと剥がし、食べ始めた。
「……」
「かぁー、一瞬ビビったぁー」
「ビビらせんな、バーカ」
無言で中津川の方を見たまま動きを止めていた俺に高山と斎藤が罵声を浴びせる。
……知るか。
「いやぁ、まさかあのクールビューティーの中津川が雨音にっ!?なんて一瞬思っちまったがそんな事ありませんでしたなぁ」
「ははは、俺たちを差し置いて雨音がそんな目にあうはずないだろー」
「わ、わかんねぇじゃねぇか!もしかしたら廊下で待ってんの女子かもしんねーだろ!?」
まぁ、多分、楓か芳生なんだろうけど。
「はははは、ありえんありえん。お前を女子が呼び出すなんてそんなの…」
「女子だったわよ」
「へ?」
中津川は端的にそういうと、オニギリをパクリとくわえモグモグと咀嚼しはじめた。
どうやらそれ以上なにかを言う気はないらしく、口を噤んだ。というか、正確にはおにぎりによって塞がった。
「き、聞こえてたのかよ…、ん!?って、雨音を呼んだのは女子だとっ!?」
「嘘だろ中津川!嘘だと言ってくれ!」
無言でハイテンションになる俺とは違い半狂乱になって騒ぎ立てる斎藤と高山。
俺は彼らを背中に残して、静かに立ち上がり廊下に向かって歩き出した。
「ほんと」
「うぐぁぁ!」
「なんてこったぁぁぁ!」
二人の阿鼻叫喚をBGMに、俺は仄かな光悦を感じて歩を進める。
大方、和水か部長なんだろうけど、こういう日に限ってこういう呼び出し方をしてくれるなんて有り難い限りだぜ。
感謝しながら扉に手をかけてあけた。
「隊長、遅いですよ!」
「あっ、安藤さん!?」
しかし、そこにいたのは予想外な人物であった。
「もう、押しかけるのは止めてと言われたから呼び出してもらったらこんなに時間がかかるだなんて…。お陰で大事なお昼休みが2分15秒潰れてしまいましたよ」
安藤ちなみ、芳生の好きな人。そこに立つ人の俺の認識だ。
「ごめん、少し出るのに手間取って、で、なに?急に呼び出して」
プリプリとハムスターの頬袋ように頬を膨らませる安藤さんにそのままストレートに尋ねてみる。
聞かなくてもわかるけど、ムフフ。だって今日はバレンタインデー!あ、昨日か。
「そうでした!要件を忘れてしまうところでしたよ!」
芳生には悪いがこれは素直に嬉しい。
だって、他クラスの女子がわざわざチョコを届けるために俺を訪れてくれたんだぜ?
義理でもコレほどの受け渡しを選んでくれるなんて最高じゃないか。
わははは、人生って楽し…
「質問があって来たんです」
「そうそう、質問ね、…て、質問っ!?」
チョコは!?
質問ってチョコはないの!?
なんで?なんで!?
「はい。友達がしきりにバンアレン帯の話をするので、なんでって訊いたら、隊長に訊きに行くように言われのです。それでなんでですか?隊長」
「バレアレン帯って…」
さてはその友達、安藤さんが俺に惚れてるもんだと思って仲を取り繕っているつもりだろうが、とんだ迷惑だ。
みろよ、この安藤さんの表情。
こいつは恋する乙女の瞳じゃなくてのっぽさんの隣のゴン太くんみたいな感じだぜ。
好奇心いっぱいなだけじゃねぇか!
「いや、安藤さん、多分バレンタインの話をしてるんだと思うよ。昨日バレンタインだったから」
「バレンタイン?……キロキロの実の能力者の事ですか?」
「このタイミングでそのボケを入れるか?」
誰がどう聞いても2月14日のバレンタインデーの話だろうが。
わざとやってるとしか思えんわな。
「もおう、いやだなぁー、隊長、冗談ですよ。私だってバレンタインくらい知ってます。本気にしないで下さいよー」
「ああ、そう」
それが冗談だということくらい俺だってわかったわ。
だけど、そのつぶらな瞳には踏み込ませない何かがあった。
「それでバレンタインって具体的に何をやる日なんですか?」
「は?」
「いや、私バレンタインという行事があることは知ってるんですが、具体的に何をする日なのかは分からないんですよ」
安藤さんはそういってからコテンと首をななめ傾けた。
バレンタインを何する日かしらない?
そんなバカな、彼女だってもう高校生だ、今までいくらでも行事に関わってきたことだろう。それなのに知らないなんて、あるはずがない。
男子ならまだしも彼女は女子だ。バレンタインデーというかっこうのイベントを今までこなしてこなかったというならば、どれだけピュアなんだと驚かざるをえない。
「たいちょー!急に黙ってどうしたんですかぁー」
「な、なんでもないよ。そ、それで何だっけ?」
「もう、ちゃんとして下さいよ〜!バレンタインデーです。これ、どういう意味ですか?地球磁場が捉えた陽子、電子の帯のことじゃないのはわかりましたけど……」
「なんの話をしてるのですか?」
「アポロ計画の真偽はまた今度熱論を交わすとして、今は取りあえずバレンタインデーの話ですよ!どうしたんですか隊長!らしくもない」
うん、良い感じに電波が乗ってきたね安藤さん。
いつものペースに巻き込まれる前に、俺は自分のペースを見つけなくてはならないな。
目の前でコテンコテンと催促するように、首を左右に振る安藤さん。振り子時計みたいで可愛らしいけど、なんだか茶運び絡繰り人形を想起させられるのはなぜだろうか。
「それで結局バレンタインデーってどういう趣旨なんですか?」
キラキラと学ぶことに楽しみを見いだした少女は俺を教師役に見立てて無邪気に質問を浴びせてくる。
ほんとに、なんとまぁ、……いつから俺は彼女の先生兼隊長になってしまったのだろうか。
「たいちょー!また黙りこくってーしっかりしてくださいよぉー」
「あ、ごめんごめん、バレンタインデーの説明をすればいいんでしょ?
「イエスです」
「あれだよ、テレビとかでこの季節になるとよく話題になるからわかるでしょ?」
「うちテレビないんですよ」
「……ごめん」
「?なんで謝るんですか?」
だって、…ねぇ?
三種の神器の一つに数えられるテレビがないってのは、……家計の問題が出てきそうで簡単には踏み込めないでしょう。
「うーん、じゃもうストレートに説明するよ」
「初めからお願いして候ー」
「…なにその口調?」
「昔の敬語でそうろー。ふふん、最近時代劇にハマってるんですよね、これ八兵衛!この桜吹雪が目に入らないかぁっー?」
八兵衛が桜吹雪?
「…それ違くない?」
「へ?なにがですか?あってますよ、明治剣客浪漫譚、暴れん坊仕事人。面白いんですよぉー」
「ある意味興味は出てきたよ」
本当はそんな番組ねぇだろ。
ってか、テレビないのになんで見れるんだよっ!
「隊長ー」
…あえて突っ込まない方向で。
「ああ、はいはい。また話がそれてたね。バレンタインデーは簡単に言えば女性が好意をよせている男性にチョコを上げる行事のことだよ」
引っ張ったわりにはまんま説明する。
何を隠すか必要があるか。
「チョコ?」
「うん」
「なんですかその行事?」
「だからバレンタインデーだってば」
「はぁ…。不思議な行事ですねぇ」
感嘆ともとれる息を吐いて彼女は腕を組んだ。
そしてまた首をカクンカクンと左右に揺らし始める。
「でもバレンタインデーって名前からして外国の行事ですよね?なんで日本人が祝うんですか?」
「さあ?」
チョコレート会社の陰謀じゃないか?
つうか、そんなこといったらクリスマスとか輸入イベントたくさんあるじゃない。
「だったら外国風に祝うのがあるべきバレンタインデーの姿なんじゃないですかね?」
「外国風に祝うってなにさ?」
「ふふふ、隊長。甘いですね、私はバレンタインがなんたるかを完全に理解しましたよ!」
「へぇ、まじでぇ」
多分ないな、と思いつつも驚いたフリをしてあげた。師弟愛というやつだ。もっとも俺は彼女の隊長になった覚えなど微塵もないのだが。
「えぇ、つまりこういうことです、コホン」
咳払いを一回。
「オオウ、タイッチョー」
「…オー、アンドゥサン」
日本来たての外国人っぽく片言で話し始めた安藤さんにのってあげることにした。
なんとなく彼女が何を言いたいか理解できたからだ。
どうせ外国のイベントだから外国人みたいにやろうとか考えているんだろう、この人。
「オーケー、オーケー、オーケー」
「オウ!」
「YA-Ya-ya-!」
「ウワオウー、イッツアペン!」
特徴として過剰に演技することだ。
安藤さんの場合、語尾がひたすらあがっている。
ボケーッと彼女の相手をする。すると安藤さんはしきりに「オウオウオウ」と餌をねだるセイウチのような声を連発しはじめた。
「ゥワイ?ミスアンドゥ?」
「オーウ」
「!?」
抱きつかれた。
正面から。
「ワッツ!?っっっ!?あ、あああ、安藤さんっ!?」
外人ゴッコも忘れて、素になって叫ぶ。
それはそうだ、もし逆の立場なら俺はセクハラしているようなもんだから!
「イエ、グッバァイ!ヤー」
あ、
「ヤー」
彼女多分外人っていたらすぐ抱きつく人達って認識してんのかな?
だから男の俺に抵抗なくだきついて…
あ、あ、あ
顔はアングル的にみ、見えないけど、安藤さん普通に可愛いし、それに、か、髪が、サラサラの彼女の髪があ、顎にあたって、いい匂いも…う、うぉ、女性にこんな抱きつかれたの、は、初めてかも、しれ…柔らか…
キーンコーンカーンコーン
昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
っは!?
それによりパニックになっていた頭が明瞭になる。
お、俺らは往来が激しい廊下でなにやってんだっぁー!
急いでそう言って彼女を突き放そうと、
「ピッタシですね」
する前に、そう言うと安藤さんから離してくれた。
「外国人っぽい別れ方です。それじゃ隊長!シーユーアゲイン!バァイ」
言い残すと颯爽と廊下を駆けていった。
「バァイ!」
俺は彼女の背中に元気よく手を振る。
チョコレートは貰えなかったけど、こういう役得もたまにはアリ…
…っは!いかんいかん!
何を言ってるんだ!俺には美影がいるじゃないか!
わぁぁぁ!ばかっ、俺のバカぁぁ!あほぉう!