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第27話


 入道雲がわき、太陽が白く輝く季節となりました。

 うだるような暑さが続く毎日、いかがお過ごしでしょうか?

 私はというと大分遅れてきた五月病に、体がだるさを伴って、毎朝起きるのが面倒くさくなってまいりました。


 ほんとにほんとにダルいです。あぁ〜なんか頭痛もするし、胃の調子も悪いし、ついでに何時も瞼が重たい!


 …日に日に暑さがつのってまいりますが夏風邪などお召しになりませんように気をつけてください。






娯楽ラ部の女子メンバーがまだ来ていなかったので、部室には男子しかいなかった。


俺個人はこういう時間帯を男子タイムと脳内で呼ぶ。


部長や和水は知らないけど美影は教室で友達と話をしていたから遅れていた。

というわけで、普段は気にするわけではないけど女子の目があるとできないことなんかも男子タイムならば気兼ねなくできるのである。そう、多感な高校生男子が三人も集まれば始まる猥談、などだ。しかし、今回それは合宿の時に散々やったので割愛。なお、その時のエロトークの中心にいたのはなぜか山本先生であった。

それでも、腐っても男子、エロに行かないにしても、会話となれば当然意識は異性についての話になるわけだ。


「それでさ、僕は女の子と付き合う為には話がうまくないといけないと思うわけ、その点、口下手の僕はここで脱落なんだよね」


芳生がもう何回も唱えてきた持論をもう一度、話題にあげた。

部室にはまったりとした空気が流れていて、そのなかでのワンシーンである。


「まぁ、なぁ」


口下手な男性はモテない、確かに一理あると思う。


芳生を中心にどうすればモテることが出来るかについて話し合う、独り身の寂しい男三人組は端から見たらきっとえもいわれぬ哀愁が漂っているに違いないんだろうな、と心の中でだけため息をつきながら頷いた。

二人納得している意見に楓は、「うーん」と唸り、


「そんな事ないぞ」


軽い反論を開始し始めた、彼に言わせればソレは違うらしい。

「女はとやかく話したがりの生き物だから大切なのはいかにその話を真摯に聞いてあげるか、だろ。寧ろ話し上手より聞き上手の男の方がモテるんだよ」


と、息を付かず一気に言った後、疲れた喉を潤すようにぬるめのお茶を一口すすった。


「それは楓限定じゃないか?一部はあるかもしれないけど、俺はやっぱり男は話が上手くないと駄目だと思うよ」


さすがに彼女いない歴が中学校で途絶えた人の意見を鵜呑みには出来まい。


「話し上手がモテる、ってのも分からなくはないが…。なるほど。社交性がある人が有利なのは恋愛も同じわけだな」


「俺達日本男子もイタリア人みたいに好色になるべきなんだよ」


「それは違うだろ」


否定されてしまったが十分正しい事を述べていると思う。だって日本人は男も女も堅いもん、そんなんだから少子化が進んじゃうんだよ。

……これはちょっと違うか。


「社交性だね!」


「ん?どうした?」


芳生が閃きがあった時のような声を上げながら、コブシを握っている。

なんだなんだ。


「社交性を身につければ安藤さんと話が出来るんだね!」


安藤さん?急に芳生の口から飛び出た言葉に一瞬思考が停止仕掛けたが、無事にその人物について思い出す事ができた。別に忘れてたワケじゃないし、嫌いなわけじゃないけど、絡みづらいんだもん、あの人。

芳生は安藤さんに惚れてるんだっけ、だからこんな話になってるのか。


「安藤さんだったらそんなの身につけなくても大丈夫だと思うぜ」


あの人自身社交性があるとはおもえないしな。まぁ、悪い人じゃないけど。


「ん、なんでそんなことが言えるの?雨音にあの娘の何がわかるの?」


キラリと芳生の瞳に真一門に光の筋が走った気がする。

こ、こわやこわや…。まさかとは思うが、疑っているのではあるまいな、俺と安藤さんの関係を。


「…芳生と安藤さん、フィーリングがバッチシじゃん、んなの必要ないくらいに」


「ほんとっ!?」


「うん、ほんとほんと」


ある意味周波数は合致してると思うよ。

芳生の顔はニコニコになった。そうとう嬉しいらしい。その気持ち分かります。

恋する人を見るのはこちらの気分も春みたいに楽しくなってくるな。


「でも社交性はあった方が何かと有利だよねぇ…」


「それはそうだが」


笑い顔がすぐに慎重な顔つきに変わる。

芳生は本気で恋をしているのだ、油断禁物、何事も真剣に取り組む彼らしい態度である。


「やっぱりそうかー」


机にぐでっ、とだらけた。

うん、これが彼の真剣な時の態度。


「社交性ってどうやって身につけるの?」


その状態から器用に顔だけを上げ、悩んでいる事を現すかかのようにシワを眉間に寄せながら、唇を尖らせて訊いてきた。

そう訊かれても困る。

俺は自身を社交性はない内向的な男子だとプロファイリングしているし、実際人前に出ればすぐに赤面してしまう上がり症だからな。


「ねぇ、どうすれば一番効率良く社交性が身に付くかな?」


「うーん」


知りません、そんなのは。

唸って考えているフリをしているが、本当は何も考えていない俺は自分に向けられた悩める青少年の視線をキャッチするふりをして楓にパスとして投げつけてやることしかやることはなかった。

俺経由で届けられた芳生の質問に楓は「うーむ」と俺とは違い真剣に腕を組んで考えていたが、やがて思いついたようにピコンと頭の上の豆電球に光を灯した。


「カラオケ、じゃね?」


語尾を質問系にして、ステータス、カノジョいた事アリの楓は答えた。


「カラオケ、と言いますと?」


俺と芳生は声をダブらせて質問した。

何故だか敬語になってんな。

楓は「うん」と小さく頷いてから答えてくれる。


「だからカラオケって人前で歌うだろ?それって案外精神力がある人じゃないと出来ないと思うわけだ。ヒトカラというのは除外してな」


「精神力ねぇ…確かに、恥ずかしがり屋の上がり症は、人前で歌を歌うことはないだろうし、いくら気の置けない仲間といっても、普段どんな音楽を聴いているか暴露するようなもんだから、気恥ずかしくて出来ないわな…俺にカラオケは」


「そこだ。カラオケには色々な事に関して度胸が必要になってくるわけだ」


嫌いと言うわけではないがカラオケは苦手の部類に入る。


「だけどいきなりなんでカラオケが出てくるんだよ」


「社交的でコミュニケーション能力がある人は必ずといっていいほどカラオケ好きだろ?つまりカラオケをすれば社交性は自ずと身に付くもんなんじゃないか?」


「なるほど〜」


またもや声を一致させて楓の意見に俺と芳生の二人は首肯した。

いわれてみればその通りだと思ったからだ。

中学の時の友達で、社交性抜群なやつは総じてカラオケ好きだったという事を思い出した。

誰でも気兼ねなく「カラオケ行こうぜぇ」誘ってくる良い奴でみんなから信頼されてていた脇田や、校歌を無理矢理20番まで作って熱唱していた中村。あいつら元気かな、カラオケ行こうぜの誘いには一回も乗ってやんなかったけど、毎回誘うタイミングがテスト一週間前ってのがよくなかったぞ、誰も乗るはずないだろうが。


「でも僕カラオケ苦手だからなぁ…」


「俺もあんまり行かないぜ、嗜む程度」


中学校時代の思い出に埋没している俺を芳生の独り言のようなぼやきが、現実時間へと連れ戻してくれたので、過去からの少ない経験値をイカしたナイスな同意をしてあげた。

いけないいけない、思い出はいつも綺麗だけどそれだけじゃお腹がすくのだ。


「そんなんじゃ社交性は身につかないぞ。カラオケが出来る男が話が上手くて尚且つ女の子にモテるというのを思い出せ。そしたら嫌でもカラオケ好きに成りたくなってくるから」


楓のやつ何時になく喋るな。やはりあいつも男ということか、俺たち同様女子にモテたいんだな、ふふん。


「でもさ、僕音楽あんまり聴かないから何歌えばいいのか分からないよー」


語尾を素敵に延ばしながら机の上でだらけたままの芳生は、その状態で左右に激しく揺れ始めた。

あの行動には、チンパンジーが地面たたくという行動とさほど意味に違いはないだろう。

その意味も知らないけど。


「テレビでよく流れる歌を歌えば問題はないじゃないか?」


と、提案が楓の口から飛び出た。

なるほど、CMやドラマでタイアップかなんかされている曲ならば、みんな知っていて馴染み深いだろうし、その歌手が嫌いとか余程の事がない限り、場の雰囲気を崩すことのないベストな選択肢に成りうるだろう。

そういう観点から見たチョイスか。芳生は楓の意見になるほどど顔をわざわざ上げてから頷いた。


「そっか!あっ、それなら一曲ある!」


「そうか、そいつは良かった」


「えへへー」


嬉しそうに持ち歌があることを教えくれる芳生。

逆に一曲しか知らないことに驚きだが、自称口下手の彼にしてみれば上々の滑り出しと言えるであろう。


「あれならみんな知ってるだろうし、かなり有名だかなー」


「なんの曲?」


ふふん、と鼻を鳴らしてから彼は続けた。


「アアアぁ〜〜アッ!アアア〜〜アア(甲高い声)!」


「……」


絶叫しだした芳生に唖然とする。

なに、なんなの突然!?


「…え?」


「ハァハァ…ど、どうかな?」


息を切らせ歌いきった感を出しながら芳生は俺に訊いてきた。どうやら今のはサビの部分らしい。


「…なにそれ?」


確かに良く聞く歌だけどさ。


「レッドツェッペリンの移民の歌だよ。プロレスラーの入場曲として有名だよね」


「いや、それはわかってるんだけど、俺が言いたいのは何故その曲を選んだ?」


「え?だって、良く聞くし、有名だし…」


人の顔を伺いみるようにビクビクと必死に言葉を紡ごうとしているが、語尾を曇らせていることから、俺が言わんとする意味をがわかってくれたらしい。

そう、選択肢を間違ってるのさ。

なんでよりにもよって洋楽を選ぶのかが理解できないし、リズムやなんかも取りづらいだろう、あの曲は。


「別の曲にしろよ」


なにも言わなくなった芳生に軽く呼びかけるように言った。


「えー、なんでさぁ」


言わなくてもわかってほしいが、カラオケ初心者の彼に多くを求めてはいけない。


「洋楽は無理だって、邦楽にしろよ」


「ん…」


いやいやながら頷いた、何が気にくわないのか分からないけど、喉に物が詰まったときのようにこもった声で返答してくれた。


「…でもさぁ」


詰まったものを飲み込めたのだろう、芳生は先ほどの続きを始める。


「なんだよ」


「僕は邦楽全然聴かないんだよねー、洋楽しか」


「なに無駄にカッコいいこと言ってんだよ…」


洋楽しかきかないからカラオケ行かない、っていうのは音痴の逃げ道だぜ、せこいせこい、と洋楽しか聴かない事にしている俺が言ってみる。

芳生は俺の発言に気を良くしたのか更に上機嫌に続きを言い出した。


「そもそもさ、本来の目的は歌う姿を見られる事によって羞恥心を鍛えようって事じゃなくて、社交性を身につけよう、って話だから、歌う曲はなんでもいいんじゃないかな?」


「ああ、確かにそうか」


すっかり忘れていたが、そうだった、羞恥心じゃなくて社交性だった。

社交性を鍛えるためには積極的に人と会話をすればいい、その糸口としてカラオケが選ばれただけであり、歌う曲なんかを深く考える必要はないのだ。

そのことをすっかり失念していたぜ。


「でしょ?だからいいじゃん、アアア〜アっ!アアア〜アア(甲高い声)!」


「でもなんか違う気がする…」


「フフンフフンフン…」


「そっからは鼻歌になんのかよ!」


「まぁ、お茶でものんで落ち着こうや」


急須を湯呑みに傾けてトクトクと、楓は俺たち二人にお茶を入れてくれた。

いきなりの挿入に多少面食らうが、礼をいってから、しっかりと受け取った。

猫舌なんで直には飲めないけど。


「俺はな、」


食べた後で残った茶菓子のゴミをひとまとめにしてから楓は呟くように続けた。


「羞恥心は社交性に通じる物があると思っている」


「?」


急な楓の発言に頭の上にはてなマークが浮かんだ。

何を言い始めたのやら。

芳生も俺と同じようによくわかっていないに違いないのに間抜けな声を上げながら楓の話を聞いている。


「はぁ…」


「社交性があるやつは羞恥心なんてもってないだろ」


…そうかな。

やっぱり最低限のマナーは守ってる気がするけど。


「羞恥心に捕らわれている人が社会性的に閉じた人物になり、捕らわれなかった人が開かれた人になってると俺は思う」


「なるほど」




芳生は納得がいったように頷いた。

言ってる意味は良くわからないけど、つまり、恥ずかしいと思っている内は社交性なんて身に付かない、と彼は言いたいのだろう。


「つまり、精神力がつく歌を唄えばいいわけだね!」


「え?」


しかし一人だけ納得が理解を飛び越えてしまったらしい、芳生は一人飛躍した考えを持っていた。


「あ、ああ、まぁな」


楓は自分の言いたいことに特に変化は起こっていないと判断したのか、言葉を濁しながら頷いた。


「それで精神力を鍛える歌ってなにかな…」


えー?そこで悩むの?

俺に言わせればなにを今更って感じなんだけど。


「さっきから言ってる歌でいいじゃん」


十分精神力鍛えるに値するとおもうぜ、アレはさ。


「ああー、でもなぁ」


「何か問題でもあるのかよ?」


「僕、アアア〜アッ!アアア〜アア(甲高い声)!の部分しか歌えないんだもん」


「…なら始めから議題にだすなよ」


そんなんでよくもまぁ、洋楽しか聴かないとか言えたな。

鼻歌だけで乗り切ろうとしてたのかよ。


「う、うるさいなぁ。いいからどういうジャンルの歌が精神力を鍛えるにはいいか答えてよ」


「何を偉そうに…」


なんかまたズレて来た気がする。

でもジャンル分けだったらうまい具合に精神力を鍛えるに値するタイプがあることに俺は気が付いた。

演歌とかラップとかヒップホップとかより、好きだけど人前で歌うのがはばかれるジャンル、そう!


「アニソン、とか?」


最後に疑問符をつけて、意見してみる。


「アニソン?どんな曲?」


「いや、曲じゃなくてジャンルだよ。アニメソング、アニメのオープニングとかの曲のこと。歌ってるとこ見られると恥ずかしいじゃん」


中学卒業の打ち上げでオタクでもない普通の人の中、平然とアニソン(映像アリ、その当時深夜にやっていた前衛的相撲萌えアニメ、ちゃん子のなんとかとかいうののオープニング)を熱唱した中村を思い出す。

周りの空気がシンとなったのもお構いなしだったな、あいつは。


「アニメソング…、空気読めない人とかが途中で入れちゃってどういう対応していいか分からなくなっちゃうパターンだね!」


「おう、つまり俺がいいたいのはああいうジャンルを歌う人は全てにおいて超越した観念をもっていると思うんだ」


「ふむふむ、わかった!」


芳生は頷いてから立ち上がり、腰に手を当てながら、目の前にあった湯呑みに口に付け、一気に中身を飲み干した。

重力から解放され、芳生の手に包まれた湯呑みが彼の口に到着するまでに描かれた軌跡には、白い湯気が申し訳程度に残っている。

まだ俺の舌にあう温度になっていないため、俺の目の前にある湯呑みには手を出せないで、芳生の豪快な飲みっぷり対抗することは出来なかった。


「ぷっは〜」


飲みきったあとで気持ちよい音をたてて、空になった湯呑みを机の上に戻す。よくあの温度で一気飲みができるな、どっかの人のいつぞやのミックスジュースとは別のベクトルで一気飲みは厄介な筈なのに。


「ところで、」


それから、芳生は特に火傷などをした様子もなくゆっくり言葉を続けた。


「なんのアニソンを歌えばいいの?」


「またかよ」


さっきからそういう質問ばっかりだな芳生は。

正直、知るかそんなもん自分で考えろバカ、ちゃん子でも歌っとけ、と言ってやりたいところだが、人間関係を円滑にするためには極力相手を怒らせない事が大切なので、こういう過激な発言は心の内だけで留めておこう。


「アニメは小学校で卒業したんだもん」


「俺だって似たようなもんだよ、大体羞恥心を鍛えるためなんだから知ってるアニメでいいんだよ、小学校の時のやつでも」


「えー、でも一番までしか歌えないよー」


「別にいいじゃないか?うまさを競ってるわけでもなし、一番知ってたら合わせて二番もなんとか歌えるもんだろ、それに今からでもレンタル屋に行きゃCDあるだろうし。……ああ、ただヤッパリマイナー過ぎるやつは自重した方がいいだろ、音源が見つからない上に歌ったときの周りの空気的にさ」


「と言うと、メジャーなアニメの曲という事になるね。有名なアニメ、……なにかあるかな…、うーん、小さい頃はテレビっこでアニメっこだったんだけど最近ご無沙汰だったからなぁ」


メジャーなアニメでみんなが知ってて尚且つ引かれないのねー、…なにかあるかな…。

と、軽く数秒、脳内の引き出しをいじっただけでお目当てのものを思いついた。

これならきっと歌ったらネタだと思われて引かれない曲になるはずだ。


「あれは。ほら、燃え上がれ、燃え上がれ、燃え上がれー♪」


「ああ、わかった!あのロボットのやつだ!」


ポンと納得したように両手を合わせる芳生、正解だけどその答えかたはいかがなもんだろうか。

まぁ、的を得た答えだし特に何かを言うような事はしないけど、と思い、素直に芳生に正解と告げようとした時だった。

俺よりも先に楓が芳生に叫んでいた。


「違う!」


「え?」


興奮したように楓は叫んでいる。

なんだ、どうした?

熱くなっているようだけど、…まさに燃え上ってるねー、と彼を見て思っていたが、


「ロボットじゃない、モビルスーツだっ!」


「……」


「それに、アニメじゃない、と歌っているんだからアニソンに分類するの…はっ」


その発言で一瞬思考が分断された。

な…、何を急に言いだしたとですか?この男…。

楓は少しだけ固まった部室の空気に気が付いたらしく、慌ててもみほぐしにかかった。


「じょ、冗談だ、気にせずに続けてくれ…」


楓はいつの間にか落ち着きを取りもどしたらしく、いつものようなクールフェイスに戻っていた。


「……」


俺と芳生の二人は無言でコンマ数秒だけ見つめ合い、


「他にはどんなアニメがあるかなぁ…」


「そうだな、出来ることならみんなが知ってるやつがいいよな」


なかった事にして話を進めることにした。


「そうだよねー、みんなが知ってるアニソン…、うーん、全く思いつかないや、童謡みたいな感じになるのかな?」


「童謡か、それはそれは羞恥心を鍛えるにはアリだとは思うけど、出来ることなら盛り上がる曲がいいよなー」


「あっ、あったよ!話戻るけどみんな知ってるアニソン!見てない僕も知ってるんだから有名でしょ!ほら少年は神話になる〜♪ってやつ」


「ええーそこ切り出すのぉ?始めの方から切り出せよー、いや、でもまぁ、たしかに有名どころをついてきたと思うぜ、それならみんな知ってるし、多分引かれることもないだろうよ」


「でしょ。あのロボットアニメ今かなり人気だも…」


「違う!」


「……」


突然叫ぶ楓。

またもや俺達は無言になる。

今日のあいつどうしたのだろう、風邪でもあるのかな…。


「ロボットじゃない人造人間だ!あの造型をみてよくもロボットなどと言えたものだな!ロボットは吠えないし、敵を食らわないぞ!まったく、これだからにわかファンはこま…っは!」


「……」


「あ、えっーと、」


静けさを再び取り戻した楓は言葉を濁す。


「気にせずに続けてくれ」


「無理です」


差別するわけじゃないけど、これから何事もなかったかのように話を進められるのは楓本人しかいないぜ。


「ぎ、議題を戻そう。あれだ、引かれないアニソン、えーと、歌っててもネタにしか聞こえない曲、…い、一曲だけ思い当たる節がある」


そして、その本人は俺達の視線をもろともせず、自分の失態を忘却の彼方へと押しやるためにかある曲をあげた。



「――とか、どうだ?」


「ああ、まぁ、ありちゃありだな」


「うん!みんな知ってるし盛り上がると思うよ!」


芳生もOKをだしたし、社交性を鍛える曲リストに一曲目が無事追加された。

随分と長かったな、こんな調子で考えてたら日が暮れるぞ、……もう太陽は茜色だけど。


「それじゃ練習しよっか」


「は?」


「ん、どしたの?」


「どうしたって、お前…、練習って何言ってんだよ…」


芳生の発言で一カ所理解不能なところがあったので聞いてみる。それじゃ練習しようか、…って、なんだよその軽音部みたいなノリ…。

練習…って、普通に考えたら歌を練習するってことだよな?

だとしたら、…意味分からん。そんなん家で勝手にやれ。


「この場合の練習っていったら歌を歌うってことだよ。それ以外に何があるのさ?」


「そうだけどさ…。意味不明だぜ、カラオケの練習だったら一人でやれよ…」


「バカだなぁ、雨音」


別段バカにした風の口調ではないが、どことなく憐れみを含んだような言い方で芳生は続けた。やめろ、見下すな。


「本番に備えて、部室で練習するんじゃないか」


「ああ、そうだな」


何がいいたいかは相変わらず不明だが、ようやく俺の頭で理解できる言い方をしてくれた。

そうか、なるほど、カラオケでいきなり一人熱唱している姿を見られるにはまだ羞恥心が疼くから今は部室でそのリハーサルを行おうというわけだな。

そう、


「一人で」


「え、なに言ってんの?」


カラオケで歌うことによって羞恥心を鍛えようという話だっただろう、だったら歌うのは一人というのが前提条件なはずだと思って、わざわざ口に出してやったんだが、…やっぱり芳生のやつ…


「みんなで歌おうよ」


巻き込もうとしてやがる。


「なんでだよ」


俺は別にこれから先カラオケちく予定無いから遠慮したいところだ。


「社交性を身につけて、女の子にモテたいのはみんな同じ!」


「うっ!」


あ、確かにその通りだ。

もちろん、美影からも格好良く見られたいというのが一番だが、俺も男であり、出来れば女の子からキャーキャー言われたい。黄色い悲鳴を浴びてみたい。勿論イイ意味の。


「だったらここでみんなで歌うのは必要なことなのだよ!」


「えー、嘘だぁ」


「ははは、雨音、いいじゃないか。たまにはみんなで歌を歌うのも」


「…楓」


楓がニコニコ顔でいつもとは違う積極的な意見をのたまった。

こいつさっきの恥辱をどうにかして忘れさせようとしてやがんな、そうはいくか、脳細胞に刻みつけておいてやる。


「ほら、雨音、楓も言ってるしさ!」


「うー、あー、わかったよ!」


というわけで。娯楽ラブ(男子のみ)第一回カラオケ大会開催ィィ〜〜ッ!




「ととるとるとるととととぉぅ」←イントロ


「この頃はやりの」


「女の子〜♪」


「お尻の小さな」


「女の子〜♪」


「こっちを向いてよ」


「ハニィィィ〜〜」


〜中略〜


「見つめちゃいやぁ♪」


「ハニーフラッシュッッッ!」


「かわるわよ(三人そろってセクシーな声)」


ガラッ


「!」


気分良く歌っていたら突然部室の扉が前触れもなく開き、部長が中に入ってきた。彼女はそのまま爬虫類のようなジト目で男子の顔を見渡し、


「ぶ、部長!」


「は」


軽く息をはいた。


「な、と、突然、で、ですね…」


いきなり出てくるのやめてくださいよ心臓に悪…、…!

舌が驚きでうまく回らない。

だってなんだか、だってだってなんだもんっ!?


「ふふ」


「ぷ」


部長の後ろには美影と和水がっ!

な、な、な、なんで!?


二人は頬を膨らませて中に空気をため込んでいるようだ、そう笑いという名の二酸化炭素を。


「こ、これは…」


楓は顔を真っ赤にして、何か言おうとしているが、俺同様何を言って良いか分からなくなっているようだ。

兎に角弁明しなくては!

と、脳にフルスロットルをかけるけど、上手く回転してくれない、機械の焼き付けのように熱くなった頭で俺も楓みたいに顔が赤くなってるのかな、とどうでもいいことを考えた。


「私は…」


粘り着くような視線のままで、それこそ本物の爬虫類のようにジッと無言を貫いていた部長がようやく口を開いた。


「お前たち(男子)をチェンジしたい」


「……はは、は」


もう笑うしかなかった。

思い人から笑われて、部長から蔑みが与えられる。

女子に好かれるという第一目標から遠ざかったな。

聞いた話によると、人は一生の内でモテ期は三回あるそうだけど、胎児だった時に終わってんじゃないかな、…俺の場合。





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