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第26話


私は小説の登場人物に自分の心情を喋らせることをよくします。


例えば、私が歯医者にかかっている時に待合室でボォーと考えていた事や、視力について幼少より考えていた事を登場人物の一人に喋らせたりもしました。

そういう下らない妄想を公の場に出せる事が、小説を投稿していて良かったと思える点です。


なお、私がかかった歯医者は良い歯医者で、あのドリル音以外は言うことなしでした。




俺達のクラスには、もっともダルい六時間目のカリキュラムに、体育が設定されている地獄の曜日がある。

女子にとってはわいわいと騒げ、息抜きとなる救いの日らしいが、男子にとってはいかつい体育教師ががっつりと現代っ子を絞る最悪の日にほかならない。

そんな地獄が一週間ぶりに生徒に提供される日が今日だった。

朝起きて一番に思うのは、学校行きたくねぇ、で、学校着いて思うのは、保健室に行きてぇ、という心変わりが激しい1日である。

かく言う俺もその一人だ。

だけど、基本真面目の俺には授業をサボるなんて暴挙できるはずなく、口ではサボりたいと言ってはいるが結局体育には参加するの良い子だった。

6限目の体育はとにかくだるい。

よりにもよって授業内容が疲れるだけのマラソンだったのも保健室登校児が増えた原因の一つだろう(現にクラス男子三割が不参加だった)。そしてこの参加率の低さが体育教師の怒りに拍車をかけて、最近の生徒はたるんどる!とか訳の分からない理不尽な怒りを出席している残りの七割の生徒にぶつけ、400メートルのトラックを先生が合図するまで延々と走らされる拷問を俺達にやらせた。

まさに地獄である。

合図のホイッスルが天使のラッパに感じられ、やっとこさ足を止められた時には、冬の凍てついた空気が肺に入ってきているのにも関わらず、体温は荒げる息とともに上昇を続け、冷たい汗が体育着に張り付くのが気持ちいいと感じてしまう末期症状を迎えていた。


ようやくそんな授業の名を冠した虐待が終わり、待ちに待った帰宅前のホームルームでは、俺の膝は悲鳴をあげていた。

大人しく席に着いているだけなのに膝がやたらガクガクと震えるのだ。体育に参加した男子達全員の膝が笑い声をあがるなか、担任の短すぎるホームルームを終え、鞄をもって立ち上がる。力が入らなくてよろけてしまう。

さて、どうしよう。

今、俺が思っている事は一つである。

毎週のことだけど、やはり体育のあとの部活動は体力的にきついのだ。特に今週は持久走の後ということもあり、運動部ではないけど、足が張っている感覚が、俺の太ももを鉄に変えている。こんな日には部室で時間をつぶすより早々に帰路について自室のベッドの上で体力を回復させる方が万倍も有意義である。

というわけで、今日の脳内会議の議題はこちら!

『娯楽ラブサボって帰宅したいんですけどかまいませんねッ!』

……


よし、可決!

もともと参加する意味なんて余りない部活だ、今日一日でなくても変わらないだろ。

俺の脳はそう判断するやいなや、隣でのそのそと教科書を積めている美影に、

「今日用事あるから先帰るね」

と軽く声をかけるよう舌に命令を出した。


「あ、はい部長さんに伝えときますね」


美影のその言葉を鼓膜がキャッチすると同時に、俺はヒラリと教室を軽やかに抜け出した。


これで大丈夫だろう、美影はキチンと伝言を承ったしるしにコクンと頷いてたし、部長にも伝えといてくれるはずだ。



黒板の横の掛け時計が指していた数字を思い出してにやける、なんだか分からないがいつもより早く帰れるのが嬉しいのだ。

さあて、こんな時間に直帰するのは久しぶりだし、たまには夕方アニメでも見ようかなー。



次の日。

放課後。部室。


昨日はサボって帰ってしまったため微妙に顔をだし辛いが、2日連続サボるわけにもいかないので、今日こそ真面目に部室にいくぜ。

というわけで、ノックもなしに部室のドアをスライドさせて中にはいる。一瞬中にいる人の視線が俺に集まるが、すぐにまたバラけて、各々の目線に戻る。

教室のゴミ捨てを先生に頼まれてしまったため、いつもより遅く部室にはいったからか、もうすでにみんな揃っていた。


「うぃーす」


「うぃーす。んでさぁ…」


俺が挨拶をすると軽く返事が返ってきた。けれどなんだか今日のみんなは異常に盛り上がっている気がする。

芳生なんて息を荒げて、大きなアクションをつけながら話をしている。

和水や美影、楓でさえ目を輝かせている気がする。

一体なんの話をしてんだ?


「ほんとにすごかったよね!」


「ええ、全く!昨日は21世紀最大のビックイベントだったわ!」


…昨日?

俺がサボって帰宅した昨日の部活が凄まじかったのか?

芳生と和水がわいわいきゃきゃと楽しそうに話をしている。


「まさか部長がミックスジュースで悪魔合体を完成させるなんて思いもしなかったよ」


「それより俺はアレを飲んだ後の和水の異常行動が網膜に焼き付いてるぞ。アルコール入ってたのか?」


「私はやはりオペロロッケーですかね」


ヤバい。

基本硬派な楓と美影でさえ楽しそうな会話をしているというのに全く話が見えない。

何の話をしてるんだ?


「しかし、昨日あの後のバロバロッサ出現には驚いたな」


部長がお茶をすすりながら言った。常にその瞳にはキラリと星が輝いている、どこか満ち足りた妙な表情だ。

一皮むけたというか、まるで10年の修羅場をくぐり抜けてきたギャングのような風格が漂っている。ザ・ニュー部長!……そんな感じ。

一体昨日何があったんだ?

俺が彼女に会わなかった空白の一日で人の雰囲気がここまでかわるのも珍しい。


「三番目はヤバかったけど、一番目は美味しかったわ」


「いや、お前のはどれもひどかった」


「なによ楓、私の奴は、どれもおいし…」


「でも、あれは凄すぎです」


「み、美影まで何を言ってるのよ」


話の波に乗れない俺は空気である。適当に笑いながら相槌を打つことも出来ずぶっちょう面で虚空を眺めることしかできない。

最初はそれで会話の流れが変わるのを待つことにしていたが、いつまでたってもその兆しが見えないので、


「あ、あのさ」


「ん?」


「なんの話してんのさ?」


蚊帳の外な状況が寂しく、会話の波に乗るための第一歩の手段とし、話の概要をつかむための質問をすることにした。


「何って…」


一同は顔を見合わせる。


「昨日の話?」


そして答えた。

って、それはわかってるんだよ、俺が知りたいのは、


「昨日なにがあったのさ?」


それの更に詳しい部分、こっちである。

俺のこの問いかけにみんなはまた顔を見合わせてから、無言になった。


「…お〜い、どうしたのさ?」


俺がそう呼びかけたことで一番手前できょっとんとしていた和水がみんなを代表して返事をしてくれた。


「そっか、雨音昨日いなかったんだっけ」


「ん?ああ、ちょっと用事があってさ」


嘘だけど。

和水は俺の発言に興味なさそうにふーんと頷くと、すぐにパァと顔を明るくさせて俺に詳細を教えてくれる。


「昨日はほんとに凄かったわよ。まさに濃い一日!昨日だけで一週間ぶんの経験値だったわね」


「ほぉう、それは凄いな。んで、何があったの?」


「ミックスジュースよ」


え?


「ミックスジュース?」


思わず聞き返してしまった。

ミックスジュースというと、ミキサーを使ってつくる自作のジュースの事だろうか?


「ええ、部長が昨日調理科からくすねてきたミキサーを使ってみんなで作ったのよ、ミックスジュース」


フルーツとか食えるものを混ぜれば素人でもそれなりに飲めるものを生み出せるが、一歩間違えば舌を殺す恐ろしいものを作り出す魔の兵器、ミキサーを使って出来たもの話をしているのなら間違いなく恐怖だ。

部長がいたならほぼ間違いなく暴走していたことだろう、それを思うと、はぁ、まったく昨日の部活は行かなくて良かった。


「安心していいぞ!雨音!」


部長が椅子を引く動作もなしにいきなり立ち上がった。

机に手をついて身を乗り出して俺に語りかける。


いきなり彼女はどうしたのだろう。どうせろくでもないことに違いないだろう、なるたけ考えたくないな。


「お前の分も昨日のうちに作って置いて、家庭科室の冷蔵庫でギンギンに冷やしてあるから。ミックスジュース〜、こいつをグビっと飲み干せば〜」


ほらやっぱりろくでもない上に余計なお世話。

歌い始めた部長にズバリと言う。


「結構です」


丁重にお断りさせていただこう。

絶対マズいからな。

これ以上何も言う必要はないだろう。だってさっきのみんなの会話を聞いてれば作られたミックスジュースがどれほどの代物か容易に想像がつく。オッペロロッケーとか何とかいっていたがソレはきっと作ったモノに名前でもつけたのだろう、そのネーミングセンスの無さが中身まで如実に表しているいる気がする。


「なぜ?」


俺が断る理由も分かっているハズであろう部長がわざわざ聞き返してきた。


「どうせヤバいもん入れまくったんでしょ?」


「さてはマズいと決めつけているんだな。それは違うぞ。おいしいから心配するな」


親指をグッと立てて安心をアピールしているが、彼女が心配するなといってその必要がなかった時など一回もない。


「部長が作ったんでしょ?そのミックスジュース。なら絶対に普通のフルーツとかいれないでしょ」


思い出すのは合宿をしたときに作ってくれたオニギリだ、わざわざ具を罰ゲーム仕様にしてたからな。


「いやいや、ははは…」


乾いた笑い声を出しながら照れたように後頭部をカリカリと引っ掻く。ほめていない。


「そういうと思ってな、作ったのは私ではない、美影だ」


「え?」


俺のミックスジュースを作ったのが美影?

その発言に俺は慌てて彼女の方に視線を向ける。


「なぁ、美影」


「え、えぇ。はい、私が作りましたよ」


部長に呼びかけられて美影は返事をする。

マジかよ。

だったとしたら…素直に嬉しいぜ!


「でも雨音さんの口に合わないのでしたら、別に…」


「あ、いやそう言うわけじゃなくて!…他のみんなは飲んだんでしょ?」


少しだけ寂しそうな表情になった彼女に失礼がないように、周りのみんなに訊いてみた。

みんなはコクンと無表情で頷く。それならば安心だ。危険物では無さそうである。


「だったら飲むよ。せっかく美影が作ってくれたんでしょ?美影ならマズいはずないしね」


「あ、コラ!どういう意味だ!」


あなたならマズイという意味です。


「さ、家庭科室の冷蔵庫でしたっけ?行きましょう」


背後で吠える部長を無視して家庭科室に歩きだす。


「雨音!またんか!私だってやれば料理が出来るんだぞ」


やろうとしなければ無意味だろうが。




家庭科室。

鍵は事前に部長が取っといてくれたのですんなりと中にはいれた。


その教室の中で奥の方にあるどでかい冷蔵庫をあける。

中には調理科が使うであろう材料や制作途中で寝かせてある生地に混じって、ラップがかけられたコップがあった。

コップにはフルーツミックスの特徴的な形容しがたいなんとも言えぬ液体が満ちている。

ラップにご丁寧に「表雨音の」と黒マジックで書かれていた。


「これですか?」


コップを取り、冷蔵庫のドアを閉めて隣の部長に尋ねる。

コップからはヒンヤリとした氷のような冷たさが手に登ってきていた。


「うん」


「おいしそうだね」


部長に確認を取ってから美影にそう言い、ラップを外し、中の液体を外気にさらす。

実際バラエティー番組とかでみる茶色の飲み物のようでないので安心である。


「んじゃ、早速」


グビっと、コップに口をつけた。


「!」


こ、これはっ!?


これは、なんだ?

甘い、甘いが、その後に、…苦いッ!?


「…」


ひとまず唇を外す。




それから震える声で美影に尋ねた。


「これ、何入れたの?」


「えーと、ですね…」


俺の質問に美影は考えるように指を物を数えるように折りながら答えてくれた。


「パイナップル、リンゴ、ミカン…」


比較的安全なセーフラインの果物名前があがる。

だが、説明出来ないぞ、あの半端無い苦さがっ!


「ゴーヤ」


「え」


最後にあげられた沖縄の特産物に耳を疑う。

あれ?今、冬だよね?冬でもゴーヤって収穫できるものなの?


「ゴーヤ?」


「はい、ゴーヤ」


イヤサーサー(俺的沖縄イメージ。埴輪みたいなゴーヤマンもよろしく)!

そんな地域のことなんか一介の高校生が知る由もないが、どうせ温室ビニールとかでイカレさせた環境で出来た怪しいお野菜だろ?

味には問題はないだろうけど、スーパーで売ってても俺は買う気は起こらないだろうけどな。て、そんな食の安全はどうでもいいのですよ、今の問題は、なんでそんな苦い怪しいお野菜を甘い美味しいフルーツの中に投入するんですか美影さんっ!…ということ。


「…」


「美味しいですか?」


「うん、まあ」


嘘をついた。だけどまぁ、不味くはないし、…たぶん。まだ飲める味だし、…たぶん。彼女が俺の為に作ってくれたミックスジュースだし、…たぶん。


そんな代物がマズいはずないじゃないか!


グイ!

思いっきりコップを口に傾ける。中身が口内に奔流を巻き起こす。

わははは、あめぇ、にげぇ、あめぇ、にげぇ!

デザートとして、14キロの砂糖水には甘味しか無いけど、なんとこちらには苦味も装備されております。全体的にこっちの勝利ッッッ!


「うわぁ」


ごくごく

きゅ


最後に喉を鳴らして飲み干す。冷たくて飲みにくかったが、一気飲みに近い勢いで無事に飲みきりました。よい子は真似しちゃだめだぜ。


「おいしかったぜ、ごちそうさん!」


良い笑顔で口に付いた残り汁を袖で拭い、美影に言う。

体は冷たい液体とは逆に何故か温まり始めていた。

美影は嬉しそうにほっぺを赤くしているが、周りのみんなは俺にゲテモノでも見るような視線を送っている。恐らく彼らはアレを味わったことがあるのだろう。だからこそ一気した俺が恐ろしく感じているに違いない、わっはっは、愛だよ、愛。


「ブラヴォー」


パチパチ…

拍手が俺に贈られる。

なんだかフワフワする視線を向ければ贈り主の嫌にニヤニヤした顔が飛び込んできた。


「何かいいこと起こった?」


「お陰様で」


部長は拍手を止めると、俺の後ろにある冷蔵庫のドアに手をかけ、


「なら、もっといいこと起こるよ」


といいながら中から、またラップがけされたコップを取り出した。


「ぶ、部長?」


ラップには「表雨音の2」と書いてある。これはつまり、その…。嫌な予感がほとばしる。美影のジュースとは違いソレの色は目を塞ぎたくなるような黒茶色だったから。

バラエティー番組でよくみる罰ゲームの色、それが目の前で展開されている。


「部員はみんな飲んだんだ。……お前以外わね」


ラップをぺりっとはがすとブーンと嫌な臭いが広がった。

何ともいえぬ、臭い。

その、…なにこれクサい。

目の次に鼻を摘みたいんですけど…。

うぐぇぇ

美影の奴の比じゃないくらいの衝撃のインパクトなんだが…


「な、なんなんですか、これ…!?」


目の前の異物を指差しながら部長に訪ねた。


「和水が作ったジュース。『バロバロッサ』だ。カッコイい名前だろ?私がつけたんだ」


名前だけな。見た目は泥みたいだけど…。

というかコレを錬成したのが、常識破れの和水という時点で絶望だ。


「和水!お前何入れたんだよッ!これにッ!?」


怒鳴るように彼女に問い質す。訊かなきゃ何が入ってるかわからない色だったからだ。


「まず、私は…」


和水の声はちょっとこもっていた。


「お前が作ったもんだろ…。だったら責任もって鼻を摘むな!」


なぜなら鼻をつまんでいたから。

確かに臭いけど、我慢しろよ!

俺の指摘に和水はやれやれといったように首をふりながら、手をはなし、言った。


「納豆とお酢を入れたのは覚えるわ」


「…なんてことを…」


納豆を入れるとか絶対悪意からだよね!間違いないよね!?

大体ミキサーに危険物を入れるなよ!こらっ!


「あとゴーヤ」


「またかよ」


沖縄の人には申し訳ないけど、ゴーヤが嫌いになりそうです。



「それで部長はコレで何がしたいんですか?」


「ん?」


部長が握りしめたまま差し出した、『バロバロッサ』を指差して訊いてみる。

俺に差し出しているということは受け取れと威圧しているのだろうが、受け取り拒否だ。そんな危険物。


「飲みなよ」


部長は黒茶色の液体をワインの色をみるように軽く揺すると更に俺に突き出した。


「嫌です」


拒否します。

飲めるわけありません!


「なんで?」


当たり前の反応を前にして部長は知らぬ顔でわざわざ質問をしてきた。

どんな年代の人だって飲むわけないぞこんなの。


「見れば分かるでしょ」


「確かにな」


俺の指摘に以外にも部長は素直に頷いた。

あれ?

ここで反論してくると思ったのに、…なんだか拍子抜けだ。


「こんなの飲めたもんじゃない」


そう呟くと部長はまたコップを軽く回した。


「失礼ねッ!」


「ならお前はもう一度飲めるのか?」


「……」


「ほらみろ」


手作りジュースを貶されて和水が部長に突っかかったが彼女の至極真っ当な返しにぐぅの音も出せずに和水は引き下がった。


「もう一度?」


ふと部長が言ったそのワードが脳に引っかかる。


「ああ、だからさっき言っただろ。お前以外は全員一度は飲んでいるんだバロバロッサを」


「えっ!?」


う、嘘だろ!?


「これを飲んだの!?マジで」


「ああ」


部長はコクンと頷いた。

こんな警告色を前面に訴えている危険物をッ!?

う、嘘だっ、どんな毒物よりも毒っぽいのにこれ!


「美影も!?」


「ええ、まぁ」


目を合わさずに明後日の方向に視線をやりながら美影が答えてくれた。まるで思い出したく無い現実から目を逸らすような感じである。

もしかして、トラウマにふれてしまったのか…、俺は…。


「みんな飲んだのかよ!?」


「うん飲んだ。飲んだ」


「……ほんとかよ」


楓の何ともわざとらしい言い方が怪しいが、美影も飲んだというなら仕方ない……。


「おお、さすが雨音」


部長から嫌々コップを受け取る。


「うっ」


コップに顔を近づけた瞬間臭いに噎せた。

酷い臭いだ。

たまったもんじゃない。

罰ゲームだろ。気付け以外になんの役割があんだよ、この液体に。

知らず知らずのうちに俺は顔を離して、コップを遠ざけていた。条件反射だ。

そんな躊躇う俺の様子を見て、部長は偉そうに言い放った。


「それ飲めなかったら娯楽ら部員として認めん」


「望むところです」


これ飲まなかったら退部か…、それもありだな。一つの結末としては。


「望むなぁー!良いから飲めぇ!」


と、俺の甘い考えは彼女に通じそうもない。


「安心しろって、和水曰く、バロバロッサの99%は悪意で出来ていて…」


「…救えねぇな」


「そして、残り1%は、そう、優しさ…」


「黙ってて下さい」


部長との下らない会話中で俺は決心を固めた。

またコップに口をつける。


「……」



逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ…

大丈夫、生きて帰る!

私が死んだら、代わりはいないもの(たぶん)。

そして、俺は目をつむって一気にバロバロッサを口内に流し込んだ。


「おおっ!」


俺の勇姿に歓声があがったらしい。

だが、その声は段々と遠ざかっていき、どこか違う次元の音に変化していくからよくわからない。

あ・・・やば。

意識が朦朧と…ううっ、何が気付け薬だ全く逆の効果が発動してんじゃないか…、空になったコップを落としそうになる。視界がチカチカしてきた。


あぁ、小五の時に旅立ったおばあちゃんが花畑で手を振ってる…気がする、これが、かの有名な臨死体験…というやつか…。


「うわぁ、本当に飲んだよ…」


と、俺の意識がフェードアウトするのを防いだのは芳生のその発言だった。

本当に、飲んだ…?

ちょっとまて

俺は意識を慌てて召集させて、よろけそうになった体を支え直す。

つぅか、今聞き捨てならない言葉が耳を揺らしたぞ。


「ほ、芳生…」


「な、なに?」


俺は辛うじて半死のような状態で彼に迫る。今の発言の真意をつかむためだ。


「正直に答えてくれ」


肩をグッとつかんで離さないように肉薄する。


「お前コレ飲んだ?」


「……」


彼に沈黙が訪れる。


「おい、こら、質問に答えろ」


怒気と肩を掴んだ手にさらに力をこめて迫る。

口を閉ざした芳生の口を割らす為には脅しも必要だ。

彼はしぶしぶといった様子で答えてくれた。


「誰も飲んでないよ…」


「はあああああ!?言ってることが、ちがああああう!」


「うわ」


芳生の肩からピョンと飛び移るように部長の肩に手だけジャンプ。ゾンビのように肩をつかみ直す。

部長は俺の動きに小さく「ひっ」と悲鳴をあげた。

そしてグググと指に力を加えていく、俺の怒りが彼女の顔見てると増幅されるようだ。


「どういうことですかっ!」


「わ、ど、怒鳴るなよ…」


「あんたさっき部員は全員飲んだって言いましたよね!」


「…うん」


「ありゃなんですか!?」


「……嘘」


ブチン

あ、なんかコメカミのとこで血管がきれた。


「部長ぉぅ!いい加減にぃッ、しろぉぉぉ」


気が付いたら家庭科室が震える大きさで怒鳴っていた。


「うわあ!す、すまない!まさか、飲むとは…」


「あの状況じゃ飲まざるを得ないでしょうがっ!!美影も楓も飲んだっていってんだからよぉ!!」


チラリと部長から視線を二人にずらす。

二人とも俺の視線から逃げるように顔を逸らした。

ああ、彼らも嘘ついたのね。

ここで彼らを責めても埒があかないので元凶をとっちめることにしよう。

また正面をむき直す。


「ふざけないでください!軽く死にかけましたよ!大体、飲めないもんつくんじゃねぇよ!」


これは部長と制作者の和水に対しての発言だ。


「い、いざとなったら園芸部に渡して畑の肥料にする予定だったからモーマンタイよ」


今思いついたに違いない解決策を妙案のような口調で発表する和水に一瞥をくれてから部長に迫る。俺の殺気立った目つきに彼女はそれ以上何かを言うことはなかった。

ここまでキレたのは久しぶりである。温厚な俺を怒らせるほど、今回のコレは悪質なのだ。

マジでまずかったからな。


「うう、だからゴメンって」


「誠意が感じられません!」


部長が謝る=俺のほうが立場が上、という状況を今のうちに堪能しておこう。


「でも、さ、ほら。喉元過ぎれば熱さも忘れるって…」


「……」


「ま、マズいのも、もう、大丈夫なんじゃないかなぁ…、なんて、…ほら文字通り溜飲さげて、…ははっ」


「猛省しろやぁぁ!」


ちっとも反省してないよこの女。


と言っても、俺の剣幕に押されてた部長は多少は反省をしているのだろう、殊勝な面もちで彼女は頬に垂れてきた汗を拭ってからゆっくりと制服の襟を正し胸ポケットに手を突っ込んでから何かを俺に差し出した。


「?」


「ん」


「なんですこれ?」


「お、お詫びのしるしというか何というか…」


白いなにかを手渡された。なんだこれ。

カードみたいな感じで中には錠剤型の白いものがいくつかはいっている。お菓子みたいだ。

くるり、と裏返してみてみると、パッケージには「ブレスケア」と書かれていた。


「部長…」


「いや、その、ほら、な!なんていうか、ほら!うん、バロバロッサの構成成分が悪意ばっかりだったからさ!!あの、ほら、ちょっと臭いものとかも入っててさ、つまり、その、それを飲んだ人の口臭も、ね、わかる?」


「あんたのせいだろうが!」




腹の底から叫んだら、幾分かバロバロッサ成分が…抜けた気がする。


多分気のせいだけど、

…はぁ


今日は美影と会話するのを少なめにしよう、うう、部活唯一の楽しみが。


…それから、歯磨きを念入りに行う事にしよう。



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