第19話
眠い……
なんかものすっごい、…眠いです。
秘密を知りたがるのは人の性だと思う。
「か、楓…」
「ああ」
その日、俺が部室に行くと、楓が奥の方で突っ立て何かを見ていた。何をしてるんだ?、そう俺が聞くと楓は一瞬ビクッと肩をふるわし、何も言わずに手招きをしたのだった。
「なんだよ楓、どうしたんだ?」
「静かに。…これをみろ」
楓の近くによった俺に、彼は机の上を指差してそう言った。
「か、楓…」
「ああ」
そこにあったのは茶色い本だった。
本のタイトルのところには筆記体で『diary』と綴られている。
「日記、か?…誰の?」
聞くまでもなくわかる事だが一応尋ねた。
「ここはいつも部長が座っている席だ、つまり…」
「…部長のか…」
窓についた結露がつつっと線を引いて下に流れたのを俺は視界の隅に捕らえた。
「…どうする?」
「どうするって、…他人の日記を見るのはマナー違反だろ。何もしないのが一番、だな」
「そうだよなぁ」
楓のいう通りだ。
人の日記を内緒で見るだなんて最低な行為である。
俺は自らの好奇心を無理矢理内に閉じ込めて、椅子を引いてそこに座った。
「…」
だけど、気になる
「…」
気になるのだ。気になって気になって仕方が無い。
空気までソワソワしている感じだ。
…落ち着け俺、我慢我慢。
「…」
そうだ無言になるから注意が一点に向けられてしまうのだ。三点リーダーの押収に終止符を打つべく楓に別の話題の提供をしよう。
「和水の宝くじどうだったよ?」
「残念ながらハズレだった」
命拾いしたな和水。
俺とは違い突っ立ったままだった楓がそこはかとなく寂しそうに答えてくれた。
「…」
「…楓…」
「…なんだ?」
「気になる」
もう限界だった。
どちらにせよ、無駄な行いだったのだ、見たくて見たくてもう辛抱たまらん。
「耐えろ」
「だってよ、あの部長の日記だぞ!なに書いてんのか気になるだろ!もし最後が『かゆ…うま…』とかで終わってたりとしても、それはそれでありだっ!俺は見る!」
「いやないだろ」
「あー、もういい!俺は我慢限界!りゃッ!」
そう宣言して、立ち上がり日記に手をかける。
楓はそれを見て白々しくも、
「仕方ないな、俺は精一杯止めたのに雨音が勝手に日記を開いてしまった」
なんてほざきやがった。
「まだ開いてねぇし」
「…早く開けろよ」
詰まる話お前も気になってるんだろうが。
俺はドキドキと高鳴る心臓のリズムに乗るように、そっとページに手を掛けた。
最初のページはカレンダーになっていた。
カレンダーの日付は去年のものだ。
「一年前の日記か?」
「そうみたいだね。…少なくとも三日坊主じゃなさそうだけど…」
そんなどうでもいいページを飛ばし目的の、『部長の文章』に辿り着いた。
楓にも見えるように机の上に拡げておいて、視線を落とし文一つ一つを測るように追跡していく。
さぁ、どんな事が書いてあるのか楽しみだ。
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5月14日 くもり
朝からくもりでテンションがた落ちぃ↓
だけど、きょうわついにクラブに入部できた↑↑
これで一気にテンションMAX(笑)(ノ′∀`o)ノ
やったぁ!念願のせんぱいとおなじ部活だ♪
これからせんぱいとLoveが発展するかも(笑)
とにもかくにもこれからが楽しみ!早く明日にならないかなあv
せんぱい愛してまーす
\(≧▽≦)丿
(原文まま)
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「なんだこの腐れ文は…」
読み終わった瞬間に楓がそう呟いていた。
というか筆記で顔文字書くなよ。
「…そう言うなって俺達は勝手に見てるんだからさ…、それよりこの先輩ってのは誰だ?」
「さぁ?卒業生じゃない?」
興味を無さそうに楓は答えた。
一方俺は興味津々だ。
なんてたってあの人の上に立つのが大好きな、タカビーな部長の恋路なのだ。気にならないわけがない。
「恋の行方が気になるな」
俺はページを一枚捲った。
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5月15日 曇り
この間の文章は異常に疲れたので元に戻す事にする。
最近の人はよくああいうのが書けるな、尊敬に値するところである。
今日の出来事
校長のズラが飛んだ。
犬が校庭に入ってきた。
小田原君が吐いた。
以上。
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「良かった、地の文があの文体だったらこれから部長と普通に接せなくなるとこだったぜ」
つうか、イベント盛り沢山の日じゃねぇか、もっと特筆すべき事があるだろ。
楓は俺の言葉に曖昧に返事をすると、それから小さく、
「それよりも早くページを捲れ、いつ部長が来るかわからんからな」
と呟いた。
「そ、そうだな」
ページを捲る。
日付が6月になっていた。
「一気にとんだな」
どうやら次の日付などをみる限り、毎日つけているようでなく不定期に何かあった日だけ日記をつけているようだった。
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6月5日 晴れ
先輩の為にお弁当を作ってあげた。
朝6時に起きて一生懸命作ったのに先輩の前で『余りもののだけなんだからねっ!べ、別にあんたの為に作ったんじゃないんだから!い、いい気にならないでよね!』と心にもない事を言ってしまった。
はぁ、なんで素直になれないんだろ…
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「コレ書いてる人同じ部長のはずなのに文体がコロコロ変わるな…」
「完璧に日記遊んでるな」
確かにそんな感じの文体である。
なんだかその先輩という人も本当にいるのか怪しくなって来たぞ。
もしかしたらコレは日記風私小説というやつかもしれない。
非常に怪しい…。
「なにこの恋する乙女日記みたいなノリは…」
だとしたら、わざわざ秘密を綴ったプライバシーの体言である日記が机の上にある時点で、部長の仕掛けた一種の『罠』なのかもしれない、と俺は一抹の不安を抱いた。
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6月19日 雨
今日は夕方から雨がふった。シトシトと振る雨が私を困らせる。
どうしよう
傘を忘れてしまったのだ。
そんな風に下駄箱で立ち往生していたら先輩がやってきて、傘を私に差し出してくれた。
かけて行こうとする先輩を呼び止めて、相合い傘して帰えった。非常にドキドキした。
傾ける傘で、先輩の向こう側の肩が濡れていたのが少し嬉しかった。
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「なんか、切ないなぁ」
甘酸っぱい部長の思い出というやつだろうか。
さっきまでの勘ぐりをすっかり忘れて、少しばかり俺も感傷的な気分になった。
「…部長がこんな恋する乙女だとわな…」
楓は静かにそう呟いた。
どこと無く寂しそうである。俺は知らない頃の部長が見れるのは楽しいが楓はなんだか落ち込んでいるようである。
「どうした?雨音、早く捲れよ」
…気のせいか。
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7月1日 晴れ
今日から七月!
心機一転がんばるぞ!
クラブも天文部から娯楽ラブに変わったし、私も心新たに新しい事にチャレンジしていこう!
まずは部室の掃除からだ!
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そういえば娯楽ラブの前身は天文部だって前に言ってたな。
ていう事は部長が惚れている人は部長の前の元・天文部部長という事になるのか。
そういえばずっと前に斉藤から聞いた気がする。俺達の前の三年生が部を立ち上げた、みたいな話。元三年という事はもう卒業したのだろう。
「ちょっと会ってみたい気がしないでもないな」
「ああ」
楓は俺の独り言のその部分だけで俺が何を言いたいのか理解したらしかった。
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7月19日 晴れ
明日から夏休み、先輩に一か月も会えないとなると苦痛だ。
最近の先輩はみぃちゃんの相手ばっかりでクラブにも来てくれないし、寂しいものである。
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「誰だよっ!」
登場人物ふやしてんじゃねぇよ!
なんでいきなり三角関係になってんだよっ!
「…雨音、落ち着け。これは日記だ。俺達の伺い知れないものがあるのは仕方無い…」
一人切れる俺を楓がたしなめる。
だっていきなり登場人物が増えるだもん。第三者の登場はもうちょっとゆっくりやってくべきだって普通。
まあ、日記だから仕方無いんだろうけど。
「あ、ああ…そうだな。俺が馬鹿だったぜ。つ、次のページ捲るぜ」
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7月25日 晴れ
こうなったら直接会って決着をつけてやる。ここがあの女のハウスね!って乱入してやるのだ。
暇だし。
先輩の話ではこの辺に住んでいる話なのだけど、…
一時間近く探したけど見つからなかった。
しょうがないから帰る事にした、いい暇潰しにはなった。
帰りに買ったうまい棒が美味しかった。
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「もっと粘れよ!」
「…雨音…」
暇潰しで恋敵に会おうとすること自体で根本的に違うよ。そんな俺の怒りに楓は静かに俺の名を呼ぶだけだった。
「あ、ああ。そうだよね、他人の日記にとやかく文句つけるのはおかしいよな。分かってる分かってるさ、だけどなんだよこいつ(部長)、折角話が進展するかと思ったらなんも進まねぇじゃねぇか」
しかも、一時間で諦めてる当たりが根性なさすぎである。
「この日記は小説じゃないんだから仕方無いだろ」
「…うん」
うん、その事をすっかり忘れていたよ。
…本当に日記なのだろうか。優柔不断なところ、我が道を行く部長らしくないのだが…。
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8月01日 晴れ
おかあさんがりんげつをむかえたので今日からおじさんの家にあずけられることになった。
これから一か月どんななつやすみになるか楽しみだな。
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「先輩はどうすんだよっ!」
いきなり小学生の夏休みの宿題みたいになった日記にたまらずまた俺は文句を言っていた。
今度はそれに楓が優しく答える。
「まぁまぁ、きっと彼女が経験した一か月は素晴らしいものになるに違いないさ」
…楓のやつやけに部長を擁護するな、夏休みになにか思い入れでもあんのか?
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9月7日 曇り
夏休みあけて今日から部活スタート!
今日から先輩とラブラブするぞ!
dd(^∇^ )イエー!
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「夏休みも絵日記を書け!」
読み終わった瞬間、俺ではなく楓が切れていた。
「か、楓、どうしたんだ!?さっきはあんなり穏やかだったのに…」
「あ、いや、すまない。取り乱した。そうだよな。日記の書く書かないはその人の自由だよな、うん」
つか一瞬絵日記って言ったけどなんの話してんだろ。
…あー、楓もしかしてぼくなつ好き?
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9月18日 曇り
作者都合により休載します。
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俺は無言で次のページを捲った。
そんな事をいちいち書く事じたいが怪しい。
本当にコレは日記かいなか、疑念は増すばかりである。
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10月11日 晴れ
金谷が理科の実験中、ドデカイ火柱をあげた。
火災探知器が反応し、避難訓練みたいな状態に。
結局大事にはならなかったが、金谷は校長と面談する羽目になっていた。
私はそのスキにマグネシウムリボンをくすねた。
ありがとう、金谷。
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金谷先輩、…何やってんすか…。
「マグネシウムリボンって…」
「火をつけるとボッとなるやつだな」
楓が非常に曖昧な解答をしてくれた。
そんな事言われてもいまいちピンとこない。
聞いた事はあるのだが、…まぁ、いいや、俺は文系だし。
そんな典型的ダメ人間の思考をシフトさせて、俺は日記のページをスライドさせた。
…平たく言えばページを捲った。
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10月31日 曇り
今日から文化祭だった。
そして、そしてなんと明日の文化祭二日目は先輩と一緒に回る事になった!
やったぁ!
今から非常に楽しみである!わくわく。
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「おっ!おっおっ」
話がようやく進展を見せた。
文化祭デートなんてすべての生徒の憧れではないか。
それをいきなりやってのけるあたりが、さすが部長!
俺に出来なかった事を平然とやってぬける!
そこにシビれちゃうし、あこがれちゃうぜ!
「文化祭って、…部長が前に言ってた話か…」
意味深な一言を楓が呟いた。部長がこの文化祭デートについて楓にはなにかをいっていたらしい。
「どんな話さ」
「覚えてないか?」
尋ねたら尋ね返された。
覚えてる?
部長がこの『先輩』とやらの文化祭デートについて、か?
「わからない」
全く聞いた覚えが無かったが、楓はその答えに「そうか」と答えるとそれからすぐに説明してくれた。
「俺達の文化祭の前、部長が話してくれただろ、それによると、この文化祭デート失敗する」
「え?」
失敗する。
やけにその言葉が脳内に響いた。
これだけ楽しみにしているのにそれではあんまりである。
「まあ、次の日をみればわかることだ」
戸惑いからページを移せずにいた俺の横から腕を伸して、楓はページを一枚ペラリと捲った。
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11月1日 雨
死にたい
先輩の前であの羞恥。ああ、もう
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「…一体なにがあったんだ?」
楓のいう通り、どうやらドンマイな結果になったらしい。思い出したくもないからか、部長の日記には詳細は書かれていないが、その三行だけで部長の心のダメージは伝わってくる。
「なんか出し物の一つで最悪な結果になった…、みたいな事は言ってたが…」
楓が残念そうに呟いた。
謎は謎のままである。
何があったのか非常に興味がそそられるが、まさか部長に詳細を尋ねるわけにもいかないから、迷宮入りだろう。
…本当に気になる。
それからもコソコソと日記を見続けた。
俺達の知らない頃の部長の心情を伺い見るのは楽しく、新鮮なものだった。
部長は相変わらず平和な日常をペンにのせ、文字にしていた。
その文字からわかるのは、部長が『先輩』とやらにゾッコンだということ。
意外だった。
あの高飛車の柿沢秤部長にもそんな時代があるのかと思うと、これからの部長との付き合い方も良好なものになりそうな気がする。
なんだか似ている気がしたのだ。
部長の恋と俺の恋。
なんとも言えないもどかしさやら進展がないとこやらが、なんとなく。親近感がわいた。
決着をつけるべく、告白をする。
そういう大それた事を言うでもなく、平和な日常は年を跨いで、三学期にはいる。
去年の…、俺達が入学するちょっと前の事だ。
そして新一年の最初のイベントの前に三年生最後のイベント、卒業式がまじかになった、そんな日付の日に綴ってあった部長の日記には、
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明日先輩に告白する
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そういう表記があった。
だがしかし、日記はここで途切れ…結果は書いていなかった。
コレ以降日記が綴られる事はない。
「終わり、みたいだな」
最後にパタンと背表紙を閉じて机の上に日記を戻す。
少し切ない気分になった。
結果は、…まぁわからないけど、おそらく良いものでは無かったのだろう。
だから部長は日記をつけるのをここでやめたのかもしれない。
「…座ろう、部長が戻ってくる」
楓もそんな気持ちなのだろう。そう静かに呟いた。
部長のプライバシーを覗いた罪悪感が肩にずっしりとのしかかる。今更だけどなんか悪い事をした気がしてきた。
「はぁ」
テンションががた落ち↓
した。
「さて、君達は何をしていたのかな?」
「ぎゃあ!?」
ぶ、部長!?
いつの間にか椅子に座って足を組んでいる部長がいた。
そ、そんな馬鹿な、気配がなさ過ぎだ!
「い、いつの間にっ!?」
ゆっくりと立ち上がって部長は
「他人のプライバシーを覗き見るとは最低だな」
微笑んでそう言った。
その微笑みが今は怖い。
笑いながら怒る、器用なオーラを部長は飛ばしている。
「な、なんの話ですか?」
「見てたよ」
「…」
とぼける、事が出来そうにない。
「「ごめんなさい」」
楓と一緒に素直に謝った。
「なんで楓と雨音は顔に『ぼけ』『かす』って書いてあるのかしら?」
「かす、だからです。気にしないで下さい」
「…どうしちゃったのよ?それマジック?消すの大変そうね」
「仕方が無い事なのです」
「…本当にどうしたの雨音。楓も」
「気にしないでくれ…」
「テンション低いわねー」
和水が朗らかに笑った。