第18話
小説を読み終わった後、私は後書きまできちんと読みます。作者の心情がわかる後書きは読んでいて楽しいものです。ですから、後書きがない小説は異常に悲しくなります。
この作品の後書きを書くのは最終話だけ、と決めているので、それまで『後書き』はお待ち下さい。
――楽しみにしている人なんているのか分からないけど。
学校全体に平和を告げる鐘-授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響いてからしばらくたった。
掃除がなしのラッキー週間の俺は他の人よりも先に行動していた。
「あれ、まだ誰もきてないか」
放課後。
帰宅部の人たちが楽しそうに家路に着く中、娯楽ラ部というわけのわからない部活に所属している俺は今日も元気に部室を訪れたのであった。
まぁ、家に帰ってもやる事がないからいいんだけどさ。
しかし、来たはいいが部室にはまだ誰もいなかった。
はぁ、なんだよ、つまんねぇな。
いつも自分が座っているパイプ椅子に腰をおろす。
欠伸をしながら、机にふせる事にしよう、と心に決めた時だった。
ん?
奇妙な視線を感じた俺はもう一度あたりを見渡した。
やっぱり誰もいない。
気のせいか…。
それにしても一人きりというのは寂しいものである。
美影は掃除で遅れている。
同じ一年の楓、芳生、和水のクラスはどうなってるか知らない。二年生の部長の事なんて論外だ。
はぁ、全く本当にテキトーな部活だな。
明確な活動開始時間が決められてないんだもの。
「あ」
ふと机の上に何かが置いてある事に気が付いた。
「…」
それは、アルミ缶だった。
いやアルミ缶かどうかよくわからないが、わざわざマジックペンで『あるみ』と書いてあるのだからそうなのだろう。
そしてその上には、
蜜柑。
「…」
間違いなくあの橙色の蜜柑である。
えっーと、これは…。
あのお馴染みのギャグの再現か?
俺は無心になってそれをジッと見つめていた。
「机の上を見て何か言う事はない?」
「!」
部室に小さく声が響く。
俺以外誰もいない部室に、だ。声すれども姿は見えないというやつである。
…和水の声だったけど…。
なんだそれ。
机の上を見て、言う事…
「アルミ缶の上にある蜜柑…?」
こう言ってほしいのか。
「ザッツライット!」
がた
俺の向かいの椅子が動いて、そこから和水が取って付けたようにヌッと出てきた。
「いたっ」
出て来る時に頭をガツンと机にぶつけた。
…なんでそんなとこに潜んでだよ…。
「ふふ、信じていたわ。あなたならそう答えてくれる、てね」
後頭部をスリスリとさすりながら、和水は涙目で俺に言った。
何を信じていたというのだ。俺が下らないおやじギャグをいう事を期待していたというのか、この女は。
「なんで机の下に隠れてるんだ?」
「喜んでいいわよ、あなたは私のお目がねにかなったのだからね」
いつもの事なので慣れっこだが和水は俺の質問を無視して話を進める。
この自己中心的人物が。
「雨音、お願いがあるの!」
真剣な顔になって、和水が俺を見据えた。
…こいつが真剣な時はろくなことにならない。
微妙に長い付き合いでえた経験だった。
「私とお笑いをやりましょ!」
「…」
ほら、ろくでもない。
「お笑い?」
「ええ!お笑いコンビよ!芸人よ!漫才コントなんでもござれのオールマイティ!つまりは究極のエンターテインメント!」
「意味がわからないだが…」
脈絡がないのはいつもの事だけど今回のソレは特にひどい。いきなりお笑い芸人になろうなどとこの女は申しているのだ。
急に友人、しかも異性からそんなお願いをされて戸惑わない人はいないであろう。
「ボケとツッコミどっちがいい?私はツッコミね。だってボケになって馬鹿にされるの嫌だもの」
聞いといて勝手に役付けすんなよ。第一俺はまだやるなんて一言も言ってないだろうが。
「…悪いが別の人を当たってくれ。お笑いの世界に俺は興味ないんだ」
「やっぱり私はツッコミ向きだと思うのよ。間違った事には真っ向から対立するし、芳生や美影のギャグに過敏に反応するしね」
人の話を聞け。
そもそも美影は自らボケることはないし、お前がお笑い芸人を目指していたなんて初耳だぞ。
「和水。ちょっと落ち着け。なんで俺がお前とお笑いをやらなくちゃならないんだ?」
「…『運命』って素敵な言葉だと思わない?」
素敵な言い訳だと思う。
「あー、質問を変えよう。それじゃなんでお笑い芸人を目指すんだ?」
和水がいきなり芸人を目指すなんて言い始めるのはおかしな話である。
大体育ちだけはいい和水がそんな厳しい世界に足を踏み入れる事を両親が許可するわけないはずだ。
だからこれはまた和水のいつもの気紛れに過ぎない。
小さい頃から目指していた夢、とかでは断じてないだろう。
「私は常々思っていたの。この私のカリスマ性をいかすにはどうしたらいいかって。そこで思い立ったのがテレビ業界、この世界なら私のカリスマを十二分にいかす事が出来るとね!」
「どんだけナルシストなんだよ…」
「ナルシストってなに?」
「…自分に酔ってる人」
「それじゃあ、私は違うわ。少なくとも私は自分で自分の力量くらいわきまえているつもりだもの」
その力量の見積もりがオーバー過ぎると言っているのだ。
「それだけじゃないわ」
人差し指を偉そうにピッとたてて俺の目の前に持ってきた和水はそのまま教師のように自らの志望動機の続きをいい始めた。
「昨今のお笑いブーム、チャンネルを回せばその度に新しい顔が現われる。その半数を占めるのがお笑い芸人ね、いわばテレビに写るのに今お笑い芸人が一番アツいわけ!」
…お前、将来怪しいセミナーとかに引っ掻かんなよ。
大体和水は顔はマシなんだからモデルとかでテレビに写るのを目指せばいいのに、わざわざ芸人を選ぶあたりが、本人曰くわきまえている点なのだろう。
芸人さんに失礼だが。
「それに今のテレビに出てる若手お笑い芸人なんてダメね!アレなら私の方が面白いのを作れる!今のお笑い界は私がぶっつぶすわ!」
芸人さんに失礼である。
ダイヤモンド☆ナゴミが。
「はいはい、お前がお笑い芸人を目指す理由はわかったよ。ただまだ理解出来ないのは俺を相方に選んだとこだな」
一緒にお笑い芸人を目指そう!と部長とかにいったら乗ってくれそうだけどな、あの人そういうの好きそうだし。
「あなたは見事に機転を利かし私の試験に合格したのよ」
「試験?」
部室に入ってからの自分の行動を思い出してみる。
…ろくな事していなかった。
「アルミ缶の上にある蜜柑、素晴らしいギャグセンスだわ!その時ピピピッと稲妻が私の身体を駆け巡ったの!そう、この人しかいない、ってね!」
「…」
なんのプロポーズやねん。
「…言っとけどソレ俺のオリジナルギャグじゃないからな」
分かってると思っているが一応言っておいた。
和水は俺の言葉に考える事なく即答する。
「著作権は?」
「は?」
「著作権はあるのかしら?そのギャグに」
また、こいつは何を言い出したんだ。アルミ缶の上にある蜜柑、という使い古されたギャグに著作権があるのかどうか聞いてきたのか?
…知るわけがない。
著作権自体漠然と『これは自分の物』と指定しているようなやつとしか認識していない俺にそんな高度な質問答えられるわけないだろう。
「多分ない、と思う」
自信薄だけど、俺はそう答えた。
「そうでしょ。つまりそういう事よ。誰が作ったかわからないものに著作権なんてつけられっこないじゃない。あなたはそういうのも計算してアノギャグを引き合いにだしたのよね、さすがよ!」
「いや、違うからね」
「ああいうパニックに陥りやすい状況でも物事を冷静に処理し、有名なギャグを引き合いに出す根性、また引用する事により場を盛り上げる風刺力、いわばパロディ!お笑い芸人の星の下に生まれて来たようなものね!」
お前絶対パロディの意味知らないだろ。
「いやいやいやいや、ちょっとまてよ!あの状況だったらほとんどの人がああ言うだろ!大体、漫才師が男と女だったら夫婦漫才になっちまうじゃないか!恥ずかしくて俺には出来ない!」
「安心していいわ!」
和水を説得する言葉が思い浮かばなかったのでテキトーな言い訳をする。
しかし、彼女はそのテキトーな言い訳でさえ丸め込むのだった。
「ネタはコント中心で、漫才はあまりやらないから」
「そういう問題じゃない!」
「じゃぁ、どういう問題よ?…ハッ!?あなたもまさかツッコミ志願?だっ、ダメよ!私がツッコミなんだもん!」
「どちらにせよやんねーよ!俺は堅実に生きるって決めてんの、だからテレビ業界みたいに博打性が高いところに行く気なんてさらさらないつぅの!」
ここまでいったらいくら和水でも分かってくれるだろう。目の前の彼女は俺の言葉に少しだけがっくりと肩を落としながら、呟くようにいった。
「…ツッコミは譲るから…」
「やらねぇよ!」
やっぱり理解してなかったよ!
「じゃあ、何?なにが不満なの?」
今さっき全部説明しただろうが。
「わかったコンビ名ね!」
わかってなぇよ…。
「私の第一希望としては『和水サンダース』がいいと思うんだけどどうかしら?」
どうもこうも、…弱小少年野球チームの名前みたいです。
「ちぃーす!楓はなんか先生に用事があるからちょっと遅れるって」
ガラッ、部室のドアが開いて外から芳生が入ってきた。
俺はそれを天の助けとばかりに、和水から視線を外す。
はぁ、やっと二人きりでお笑い芸人になるよう説得される運命から脱出できたよ。
「あれ、まだ雨音と和水だけ?」
「そうだな」
芳生はてくてくとこっちに歩いて来ると俺の隣りの椅子を引いて座った。
「あ、なにこれ?アルミ缶の上にある蜜柑〜、みたいな、はは」
あ
「ほ、芳生っ!」
机の上のソレを見て俺同様に下らないギャグを口走った芳生に和水が声を荒げていった。
あー、勘弁しろよ。
「私と一緒にお笑い芸人目指さない!?」
「え?」
芳生は目を丸くして和水を見つめた。
…俺は知るよしもなかった。これが後に『両方ボケ』というジャンルで日本中を席巻する伝説のお笑いコンビ『和水サンダース』の誕生だということに……!
「いいよ!じゃあ僕がリーダーね!」
「そ、それだけは譲れないわ!」
…とか、だったら凄いよね…。