第17話
大変お待たせ致しました(笑)
単話ですが微妙に長い第17話です。
冬休みが明けて三学期第一日目。
長期休暇のだらけきった生活リズムからくる眠気と格闘しながら、無事学校に到着した俺は朝のホームルームまでの時間を持て余していた。
午前中に活動するなんて久しぶりだが、完全にハッピーゴロゴロライフから脱却しきれていない…ので、猛烈に眠い。
「ふぁあ〜」
腹の底の腐った空気を吐き出すように大きなあくびが一つでた。
「きっしし、暇そうだねぇ」
「ああ、斉藤か。おひさー」
机の上でだらける俺の頭をツンツンと、約二週間ぶりに見る顔が、頭上でにやけていた。
いや、二週間ぶりじゃねぇ、年明けてから一回遊んだか…。
「そんなに暇ならちょっと先生に渡すもんがあんだけど、付いて来てくんね?」
「渡すもの…?宿題かなんかは始めの授業ん時に提出だぜ」
「んなこたぁわかってるんだよ。俺が出すのは正月に出しそびれた年賀状。年明けてからだいぶ経ったけどまだ大丈夫っしょ」
斉藤はそうあっけらかんに笑うとハガキでピラピラと団扇みたいに自分の顔を扇いだ。無礼な。
「お前、年賀状だすの好きだよなぁ」
「おう。俺の趣味と言っても過言じゃあるまい。今年はトータル86枚返って来たぜ!」
かく言う俺は年賀状が2通しかこなかった。そもそも住所を公表してないからそれは仕方無いことかもしれない。
だからこそ不思議でしょうがないのがこの男がどこから俺の住所を取得したかという点である。
「しゃぁねー、付き合ってやっか」
このまま睡眠を取るのも選択肢の一つだが、久しぶりにあった友人の誘いに乗らないのは野暮ってやつだ。
俺は重たい自分の身体をなんとか持ち上げて立ち上がった。
「ターンクス。んじゃ行くべな」
2通の内の1通の斉藤と一緒に学校の廊下にでる。
廊下ではやはり級友との再会で盛り上がる人達であふれていた。
寝不足で不機嫌な俺に言わせれば教室に引っ込め!というところである。
「さぁ!レッツ年賀状!」
こいつ、…やけにハイテンションだな。
斉藤はスキップでも始めるのではないかという勢いのまま、廊下から職員室に向ってグングン進んでいく。
元気なのは構わないが、俺の倦怠感も気にしてほしい。
ああ、マジで身体が重たい…。
「ピンクエレファントさん!」
あーもー、ほんとにピンクの象さんが見えるほど、気分が優れない。
こんな事なら、夜更かししてゲームなんてやるんじゃなかったぜ。
「ああん?」
俺の前を行く斉藤が歩みを止めて振り返った。
「どうした、斉藤?」
そのまま首を緩慢な動きで左右に振っている。何かを探しているようだ。
「誰かがどこかで呼んでる声がする」
「パーマン?」
「ちげぇよ!今、確かにピンクなんたらって聞こえただろ?」
「ピンク…?」
言われて耳を澄ましてみる。しかし、俺の耳が捉えるのは廊下の有象無象の喧騒だけであり、特にコレと言って気になるものは無かった。
「どこから来たのかごくろーさんです」
「なにわけのわからない事言ってんだ?まぁ、いい、気のせいだったな。さあ、行くか雨音!先生も俺の年賀を楽しみにしているに違いない」
「そんなわけねぇだろ。むしろ煩わしく思うに一票だな」
「な、何を根拠に…」
「タイ○ボカンを知らない時点で貴様と先生との間には深い溝があるのだ…。柚ちゃん…ジェネレーションギャップはこんな世代間でも発生するようだよ」
「…誰だよ」
五十崎楓の妹その1。
「ピンクエレファント隊長!」
「!?」
何かが…聞こえたッ!?
その懐かしの呼称に動けなくなっている俺に代わって斉藤が再度振り向いた。
「今、確かに聞こえたな!ピンクエレファントってよ!」
「き、気のせいだろ!は、早く行こうぜ!先生もお前の年賀楽しみにしているはずだぜ!」
「…さっきと言ってる事ちがうじゃん」
「たいちょー!」
響くその声で俺は嫌な予感を確かなものにしたのだった。隊長、と俺を呼ぶ人はこの世で一人しかいない。
「…おい、雨音、眼鏡をかけたポニーテールの女子が走りながらお前にブンブン手を振ってるぞ。知り合い?」
「詳しい情景描写ありがとう。…知り合い、というか知ってる人というか…」
最後に彼女に会ったのはいつだったか…。
そうだ。芳生達と一緒に会った時だけだ。
あの一回で最初で最後だ。
「お前かわいい女子の知り合い多いよな。素で殺して酢豚にするぞコラ」
「いや、意味わかんないし…」
「たいちょー!お久し振りですね!」
声が段々と大きくなってくる。
どうやら声の主は俺に向って歩いて来ているらしい。
全く相変わらずのおなごじゃ。
はたして俺はどの様に行動すべきか。
→攻撃 道具
防御 逃げる
「やぁやぁ、ご機嫌うるわしゅう!ピンクエレファントだかなんだか知らないけど、こんなやつより俺とお近付きにならない?」
斉藤が俺の背後に迫るその人物に話かけたのを幸いと俺は走り出した。
攻撃 道具
防御→逃げる
結論、逃亡。
簡単にいえば、彼女に会いたくない、いや言い方が悪いな、彼女に会えば芳生に会わす顔がなくなるって話だ。
こう、なんっうか、…芳生を差し置いて俺が仲良くなるのは変だろ、っていう道徳的観点から考えた結果ね。
芳生は気にしないだろうが、俺が気にするのだ。
「あっ、おい雨音、何処に行くんだよ!」
「便所!」
走りながら叫ぶ。
「わりぃ、斉藤!一人でソレ先生に届けろ!」
ダッシュで朝の廊下を走り抜ける。
そう、あの声は間違いなく安藤さんだ。
あんな恥ずかしい名前で俺を呼ぶのは彼女しかいない。
立ち話に花を咲かす仲良しグループの間を華麗に躱しながら廊下を走り続ける。
それにしても彼女、なして急に話かけてくるんだ!
会えば話しかけて来るだろうと思っていたから、今までは隠れるようにコソコソしてたから鉢合わせせずにすんでたのに…冬休み明けで警戒するのを忘れてたよ!
別に安藤さんと会話するのは構わないけどなんか芳生に悪い気がすんだもん。
「ふぅ」
なんとか俺は男子便所に辿り着いた。ホッと一息入れる。
さすがに女子の安藤さんはこの中まで追ってこれまい。
男子のオアシスである。
ふぇへへへ
心の中でほくそ笑む。
後ろ手でトイレの入口のドアを閉めた。
男子便所の小便器は残念ながら全てうまっていた。
朝のこの時間はわりかし混むのだ。そんなラッシュ時に流し台の前の鏡では髪型直す奴とかがいて手を洗う時は邪魔くさい。全く迷惑な奴等だ。
いつかの電車での出来事を思い出しながら、俺は便器が空くのを待った。
個室はうまってはいないが、小便器が空くのを待つのはついで俺も小しとくかな、という考えからだ。
…そういえばあの時(※第2話)はこんな考えのやつを殴りたかったなあ。
「隊長!」
「ッ!?」
突然、入口のドアが勢いよく開けられると同時にふざけた名前が内部に響いた。
俺はほとばしる嫌な予感を押さえつつ、そっとトイレの入口の方を振り向く。
汗が目に入りそうになったのはこの時が始めてである。
「…ッ」
そこには女子が-安藤ちなみが立っていた。
…えーと、ここ、…男子便所、だよね。
だってほら、…小便用の便器あるし…。入ってくる時に確かに青い逆三角マークを確認したはずだ。
「隊長。なぜ逃げるのですか!」
察してほしい。
「あれからお探ししたんですよ!はぁ、やっと会えた」
彼女は息を切らしながら、そう呟くと、前のめりになって呼吸を整え始めた。
「へ、あ、そ、そうなの、へー」
俺と安藤さんが向かい合う横で、小便器に向かい用を足している人達全員が無言で一歩前に進んだ。
…そりゃ、そうだよね。
彼らの背中からは『なんで女子を男便に連れてきてんだ、このカス!』という責めのオーラが漂っている気がした。
「あ、あ、あ、安藤さん、こ、ここ男子便所…」
「?知ってますよ」
知っているから問題があるのだ。というか最近このパターン多いな…。
やっと息を整え終わったらしい彼女はとことこと俺に向って歩き始めた。
それに伴って俺は端っこに追いやられる。
おい、…ちょっとやり過ぎじゃねぇの…。
ドンと背中が壁についた。
俺一人きりの風呂と公衆トイレは勝手が違うぜ…。なんせ他人がいるからな…。
どうしよう、追い詰められた。逃げられない…。
もういっその事、俺の名前を公衆トイレということにして、彼女を追い出す事にしようか…。
「隊長!」
「な、何?」
近距離だというのに遠くにいる人に話かけるように彼女は叫んだ。
その瞳は獲物を捕らえた肉食獣のように輝いている。
「付き合って下さい!」
沈黙。
「「ブッ!」」
用を足している人全員が吹き出した。
「…は?」
突然、男子便所で友達の思い人に告白された表雨音(16)!
はたして彼はこの微妙なピンチを乗り切る事ができるのかッ!
次回に続く!
…
……
………なんて、
次回打ち切りのクソ漫画みたいなナレーションいれたって事態が好転する事はないのだ。
あるのは流転だけで。
「相談があるんですピンクエレファント隊長!ちょっと付き合って下さい!」
「は、はあ」
あのあとすぐに彼女がそう言い直してくれたから、俺は男子便所で告白という勘違いをしないですんだのだった。
用をたしていた人達も同様である。ただ彼らは『早く帰れ!』というオーラをビンビンに発していたとこは変わらないけど…。
そんなオーラを感じたのなら俺だって当然、場所移動は賛成だった。
会話をしようにもコレ以上最悪なところはないもの。
…と、その時は思っていた。
「さ、みぃぃぃぃぃ!」
彼女に付き合って、学校の屋上に到着した。
冬の朝の屋上。
男子便所で女子と会話するよりも、最悪な場所である。
問題はこの寒さ。
春、夏は心地よい風も、この時期では凶器だ。
凍て付く風が俺を凍えさせる。
「隊長。付き合って下さってありがとうございます」
「ああ、はいはい…」
全身くまなく襲いかかる寒気から体温を逃がさないように肩に手を当ててブルブルと震える。
屋上に到着した瞬間お礼を言われたけど、教室の暖房前に行きたいという感情の方が先立ってぶっきらぼうな返事になってしまった。
「そ、それでこんなとこになんの用事?」
屋上に用事がある人なんていないだろ。
俺だって利用したのは入部試験の時だけだ。
「はい。パソコンを自由自在に扱うほどハイテクノロジーをお持ちの隊長にしか相談出来ないのです」
「ハイテクねぇ…」
あれはアンタらがバカな事やってるから思わず口が出たようなもんだ。
歯をガチガチいわせながらなんとか答えた。
それにしても彼女は少しも寒そうじゃない、絶対に屋上の気温は一桁だというのに寒さを感じないのだろうか。
「告白したいんです!」
「…」
え?
凍り付いた脳味噌は揮発性の液体をいれたように活動を再開しはじめた。
告白、と彼女は言った。
誰に、思いを伝えようというのだ、…まさか、俺…?
「…誰に?」
自然と口からその質問が飛び出ていた。
「同じ委員会の…方なんですが…」
残念ながら、…俺ではないらしい。彼女と俺は別の委員会だ。
「図書委員…だっけ?」
そういえば彼女は芳生と同じ図書委員だったはずだ。
俺がそう尋ねると彼女は首を縦にふった。
告白をしたい、同じ図書委員…。まさか…
「つ、土宮芳生君かな?」
「へ?」
もしかしたらひょっとするかもよッ!
完全に俺の脳内は暴走しきっていた。
先読みをし過ぎかもしれないが、確率は高いはずだ!あれから二人の関係が発展した可能性はゼロではないだろうし、芳生もうまくいっている、みたいな事をこの間言っていたような気がする。
ああ、わくわくが止まらないぜ!
「そ、そうですけど…」
おずおずと彼女は答えた。
ドンピシャリ!
「な…なぜ…!?っは!さすがピンクエレファント隊長の読心術、ハイテクノロジーは伊達じゃないですね!」
お、おめでとうございます芳生!
俺のテクノロジーは微塵も関係ないが心の底から祝わせてもらうぜ!
「さすがです!隊長!」
彼女が興奮したように俺を囃立てる。
いやぁ、いつか楓が
「お前が二人のキューピッド」みたいなセリフを俺に言ってたけど考えみればまさにその通りの結果になったよなぁ。
しみじみ…。
「ん、まてよ…」
褒められて調子に乗っていた俺を冬の風が正気に戻す。落ち着いて考えみれば、一つだけ疑問が残った。
なんで芳生に告白する事をわざわざ俺に報告するんだ?
しかも寒さ厳しい屋上で…
「あー、俺に二人の仲を取り持ってほしいのかい?」
残された可能性はそれくらいである。
「取り持つ…?私と土宮さんの関係をピンクエレファント隊長がですか?どうしてです?」
「いや、そりゃぁ、芳生と俺がとも…」
ん、まてよ。
よくよく考えてみれば、彼女は俺と芳生が知り合いだという事を知らないじゃないか。
だとしたら仲介人を俺に頼むのはおかしな話である。
「…じゃなくて。…それじゃあ、どうして俺を屋上に呼んだの?」
アレコレ推察するよりも聞いてしまうほうが早い事に気が付いた。
「あっ、まだ言ってませんでしたね!そうです、お願いがあるのですよ、はいっ!」
「ふーん、何?」
身体がほんとに凍り付く前に頼む。
手短に、ショートに、スタッカート(?)に。
「勇気をもらいに来たのです…」
「はい?」
なんだって…?勇気?
この人…無駄にかっこいい事ぬかしてるよ…。夢追い人かよ。
そんなRPGのよくある展開は、カビが生えて腐ってますって。
「よくわからないけど、告白には勇気が必要だと友達が言ってました!だから私はピンクエレファント隊長に勇気の受信の仕方を教わろうと思ったのです!」
「じゅ、受信?」
電波の間違いではないだろうか?
「はい!友達はまたこうもいいました!『勇気は宇宙人から受け取るものだ』…と。そこで私は宇宙人と交信しようと試みたのです」
ぶっちゃけて言おう。
ただ今、俺はかなり引いている。
いくらなんでもその友達にからかわれた事くらい気付けよ、と無償に叱りたくなってきていた。
「だけど私は機械に疎いのです、それでハイテクノロジーのピンクエレファント隊長なら交信のやり方もご存じだろうと思い頭を下げてる次第であります」
「…なるほどね」
しかし俺も人間だ。
彼女の友達同様人をからかうのは大好きなのだ。
「確かに交信の仕方は知っている…」
嘘つきました。
だって人間なんだもん。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、ただ…素人には厳しいぞ。ついてこれるか?」
「は、はい!一生懸命頑張ります!」
俄かコーチの質問に俄か生徒は元気一杯の返事をした。
うぷぷぷぷ
腹の底から怒る笑いを必死に押さえる。
こ、このこ、マジで信じてるぞ!じゅ、純粋過ぎるだろ!さすが安藤ちなみ、素質はダイヤモンド以上だ!
「それで隊長!どうするんですか!?」
「え、どうするって…」
寒さを吹き飛ばすように明るい笑顔で彼女は俺に聞いてきた。
…そんなの俺が知るわけない。
「やっぱり輪になるんですかね?」
「…あ〜、そう、だねぇ」
適当な相槌を打ったけど、考えてみればそれはマジモンのチャネリングじゃね?
あー、ミスった、今の発言なしなし。
と、俺がそう撤回するより先に安藤さんは俺の両手と彼女自身の両手をつなぎ合わせていた。
「ッ!?」
「それで、次どうするんです?…隊長?」
あまりの突然さにびっくりする。
いきなり可愛い女の子が俺の手を取ったのだ、驚かないほうがおかしい。
というか、これじゃ、…いつかの部長のクソゲーみたいじゃないか!
「隊長ー、次どうするんです?」
安藤さんが俺に続きを促している。その小さな手の平から互いの体温が行き来している。
勘弁してくれ。
俺はからかう為に嘘をついたんだ。ドキドキするためについたんじゃない!?
たっ、助けて、美影様!
「っは!分かりました!頼るな、という事ですね!つまり出来る限り自分で頑張ってみろと、そういうことなのですね!隊長!」
無言になる俺に勝手な解釈を加えた安藤さんは凄くハキハキとして楽しそうだ。
あー、くそ。こんな事なら素直にお説教タイムにしときゃ良かったぜ…。
「ようし、分かりました隊長!次はこうです!てぇい」
「えっ」
気合いをいれた声をあげると安藤さんはそのまま俺の手を掴んだまま回り始めた。
な、なんばしよっとですか!?
こ、これではまるで花畑で戯れるカップルじゃないかっ!?…そんな人たち見た事ないけど。
パニックなる思考のまま、回転は二人の体重が外側に向けられ、グルングルンと遠心力が激しくなっていく。
「あ、わわわわわ」
「ちょっ、まっ、うぐぇ」
勢いつき過ぎで安藤さんは止まらなくなっているらしい、口から怪電波を発している。
「す、すと、ストップ!!」
なんとかそう叫んで回転を止らせた。
「な、なにしてんのさ…」
「はぁ、はぁ、か、回転の力で私達の念波は2倍になるかと…」
ならないよっ!
「ま、まぁ、いいや。ともかく違うから、根本的に間違ってるから…」
「そうなのですか…」
しょんぼりとうなだれる安藤さん。ずれた眼鏡を直す事も忘れるほどショックを受けているようだ。
「はっ!?」
うなだれていた安藤さんは声を出してから顔を上げてキョロキョロと首ごと視線を動かし始めた。本当に何もかもが突然である。
俺は少しその奇怪な動きにあきれながら安藤さんに尋ねてみた。
「…なにしてるの?」
「た、隊長!感じませんか?宇宙人の視線をっ!」
「…」
うわぁ
「隊長?どうですか?視線を感じません?」
「…感じない」
ついていけなくなる前に、俺は正直に彼女に告げた。
これ以上いったらちょっと安藤さんは常人の域を越えちゃうからね。
今も結構越えてるような気がしないでもないけど。
「そ、そうですか…」
「さっきの方法は違うからね」
「気のせい、ですか…」
しょんぼりと視線をまた彼女は下げた。
しょうがないのだリアルを教えてあげるのが人の仕事だから。
「うん、まず手をつなぐ、ここから違う」
「は、はい!失礼しました!」
俺が指摘すると彼女は慌てて両手を開放してくれた。
はぁ、やっと助かった…。
これでやっと美影と芳生に顔向け出来るよ。
「そ、それでは、ど、どうするのですか?」
「へ?」
たどたどしく怯える子羊のように安藤さんは尋ねた。
し、しまった。
何にも考えて無かった…。
「あ、えっーと、だねぇー…」
彼女はキラキラと瞳を煌めかせ続きを待ちわびている。
っう、ど、どうしよう…。
「隊長?」
「り、両手を空にあげる!」
咄嗟にテキトーぶっこいた。もうどうとでもなれだ。
野でも山でもどうでもよいわっ!
「はい!」
いい返事をして彼女は元気よく両手を天に掲げた。さすが真っ直ぐ人を疑う事を知らない純粋無垢な子だ。
だけど彼女一人じゃ可哀相なので俺も一緒に手をあげてあげた。
…うう、嫌な連帯感…。
「そして叫ぶんだ!『ブリリアントサテライトスマッーシュ!!』」
「ぶ、ぶりっ!?」
「ブリリアントサテライトスマッーシュ!!」
「ブリリアントサテライトスマッーシュ!!」
「「ブリリアントサテライトスマッーシュ!!」」
さぁ!皆さんご一緒に!
「「ブリリアントサテライトスマッーシュ!!」」
…もうなんでもいいや。
夢の中で見た不思議な呪文でも唱えとけ。
「次!『アグダグ…」なんだっけ」
続きが思い出せない…なんだっけ?
「アグダグなんだっけ!」
安藤さん、そこ繰り返すとこじゃないから。
「あっそうだ!アグダグションでキャトルミーティレーションからドゥ!!」
「アグダグションでキャトルミーティレーションからドゥ!!」
「「アグダグションでキャトルミーティレーションからドゥ!!」」
あ、もう夢の中の呪文忘れたわ。夢の中の楓の奇行が印象に残っていたのはコレくらいだった。
でもま、なんでもいいだろ、即興でも。
「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ!」
「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ!」
やはり彼女は違和感なくリピートアフタミーしてくれる。あー、なんか調子のってきた!
「テルネ イドマ マルチビ ダーパン ウシコ ハムトラ ボンチャンリー!」
「テルネ イドマ マルチビ ダーパン ウシコ ハムトラ ボンチャンリー!」
テストで100点取れちゃう200%の呪文だぜ!このヤロー。
それからしばらく不思議な呪文合戦を続けて、ホームルーム10分前を告げる鐘でようやく終わりを見せたのだった。
「はあ、はあ、こ、これだけやれば勇気ももらったはずでしょ…」
不思議と暑くなって汗をかいた。
少しだけ身体を冷やしながらしゃがみこんで彼女にそう尋ねる。
安藤さんははつらつとした笑顔で、ニッコリと笑いながら答えてくれた。
「はいっ!なんだか勇気をもらった気がします!」
「そ、それはよかった。んじゃ、帰ろっか…」
呟いて立ち上がり、屋上のドアを開けるためドアノブに手をかけた。
はぁ、なんか疲れた。
もう安藤さんに付き合うといつもこれだ。
出来ればもうお会いしたくないな…。
「これで土宮さんに告白できます!」
でも、まっ、二人の愛の掛け橋になれたのは悪い気はしないな。
むしろ心の底から祝福させてもらうぜ。
うふふふ
ほこほこと俺は自然と笑顔になっていた。
「いつもブレザーの後ろ襟だけが立ってますよ、って」
…は。
「…なにそれ?」
「え、はい。土宮さん委員会に来るといつも後ろ襟だけ立ってるんです。不格好だから注意したかったんですがもしかしたらファションでやってるのかなと思いまして。そこのところを言う勇気を、今回のコレで与えてもらったのです」
説明してもらってるはずなのに意味が分からないのは俺が低能だからだろうか…。
「…つまり告白というのは?」
「はいっ!土宮さんに襟の事を告白する、という事です!」
「な、」
なんだよ、それぇー!
俺は安藤さんの目を気にせずドアノブに脱力しきった身体をあずけた。
もぉう、ほんと疲れた…。
に、二度と彼女と関わり合いになるのはやめよう。
そう心に誓った冬の屋上だった。




