第16話
長かった…
明日も更新します
いつもより早く目が覚めた俺は朝一の電車に乗って、朝日を気持ち良さそうに浴びる学校に登校した。
下駄箱で上履きに履き替えて、自分の教室に行く。
時計を見ればまだ七時を回ったくらいだ。
当たり前だが教室にはまだ誰もいなかった。
ホームルーム開始が8時30分だからそれまであと一時間ちょいある。
さて、朝早く来たはいいけどやる事がない。
誰か人が来ればその人と雑談でもするのだが、それまで猛烈に暇である。
宿題も出されていないし、自己勉をするような優等生でもない俺ははたしてどの様な暇潰しをすればいいか…。
おしっ、余った時間は机に突っ伏して睡眠をとる事にしよう!
それならば家で寝るのと変わらないだろうと思った人、それは違う!俺は満員電車を避けたのだ!
ひとまず、自分の机に鞄をおいて、睡眠前のトイレに行く事にした。
教室を出た時、奥の他クラスから明かりが漏れている事に気が付いた。
朝日ではない、確かにあれは蛍光灯の明かりである。
電気がつけられているという事は中に生徒がいるということだ。
これは一体どういう事だろうか。
さすがに俺も今日一番始めに学校に来た人だとは思わないが、こんな早朝に登校するなんて余程の暇人か、用事があるかのどちらかである。
俺は暇人の方だが、今、向こうの教室にいらっしゃる方はどちらなのだろう。
気になったので少しだけ覗いて見ることにした。
蛍光灯の下にいた人物は俺のよく知る人物だった。
同じ娯楽ラブの仲間の五十崎楓である。
楓は誰もいない教室の真ん中でぼんやりと突っ立ていた。
何をやってんだ、あいつ?
席に座ればいいじゃねぇか。
取りあえず、ホームルームまでの暇潰しの相手を見つけた俺は意気揚々に、ドアをあけて彼に話かけようとした。
「おーい、かえ…」
「ブリリアントサテライトスマッーシュ!!」
「…楓?」
突然両手を上げてそんな事を叫ぶ楓。
どうやら俺に気が付いていないようだ。
「アグダグションでキャトルミーティレーションからドゥ!!」
「か、かえで、お前なに言っ…」
「俺はノラクロ、黄金バット!我が名はプリキュア!一人揃ってゴレンジャー!」
「…どうしちゃったんだ…」
「おいおい俺が誰だって?ハイパーヒーロー五十崎楓さ!さあ、こいこの野郎!最初の的はニヒルでちょっと憎い奴、次回第一話ドキ☆オッさんだらけの水泳大会!裸だから何が悪い!」
「…楓…」
「響くハサミの音、気をつけろ!奴が近くにいる!犯人はヤスではなくエドワード!ネタバレ注意!」
ラジオ体操第二を踊りながら、楓は意味不明な事を叫び続けている。
絶句。
何をやってるんだ、あいつは…。
「ちっくしょー!宇宙人とバーベキューに行きたいぜ!心配するな!そう言う時は不思議な呪文だ!アジャラカモクレンテケレッツのパッ!さぁ!コレでデスノートに名前かかれないぞ、って違うわ!」
「…か…」
「日本以外全部沈没したら取りあえず俺は宇宙で生物と無生物の間になって生き延びるね!はっはっは!歯についた青海苔がとれねーや!」
「…」
「スターンバイミーオオオ、スターンバイミー、ダァルイダァルイ、ヘェイ、スタンバイミー!…節子、それはオハジキじゃないガンダムや!」
ラジオ体操から不思議な踊りに変わっていた。
少なくとも俺のMPは吸われ尽くしたな…。
「…」
「今月の言葉!ピンチはチャンス!サインはブイ!ともかく俺は花火大会に行きたいの!セェイ!サクラギチックリボルバー!カバさんバレー!リピートアフタミーカバさんバレー!もっとおっきい声で!そんなんじゃ思い伝わらないよ!カバさんバレー!カバさんバ…、…っは!」
「…」
「あ、雨音…」
「…」
「…見てた?」
「うん…」
「…」
「…」
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っは!
「…」
こ、ここは…。
身体を起き上がらせて、首を回し、薄暗い室内に視線を巡らす。
楓は俺の横で健やかな寝息をたてていた。
「…夢か…」
どうやら夢を見ていたらしい。
ここは間違いなく和水の家の客室だ。天井が高いし、いつもの俺のクリーム色の小汚ない部屋じゃない。
「あんな夢見るなんて疲れてるのかな…」
天体観測が終わり、イロハさんのバスで水道橋邸に戻った俺達は、そこのベッドで睡眠をとる事にしたのだった。
それにしても合宿中になんつぅ夢を見てるんだろうか、俺は…。
せめて夢の中くらい美影とラブラブさせてくれたっていいじゃねぇか…。
…それしても喉が渇いたな。今何時だろう。
俺は枕の横に置いといた自分の携帯を取って時刻を確認した。
12月25日 02:05
液晶に表示された時刻は、平日だというのにバカどもが浮かれ騒ぐ日付に変わっていた。
はぁ
口から溜め息が漏れる。
寝よう。
こんな辛い世の中、寝るか食べるかしか娯楽がないの…
「うわぁ」
視線を感じてそちらを向いて見たら思わず叫んでしまった!
だっ、誰かが俺のベッドの横に立っている!?
「だっ、誰だ!」
叫びながら携帯のライトでその人影を照らしてみた。
「ワタクシでございます」
「な、和水!?」
「静かになさいませ、他の方が起きてしまいますわ」
ライトに照らし出されたのは和水だった。
ヒラヒラとした布でできたパジャマとは言い難い黒いランジェリーを身に着けた和水が俺のベッドの横に、手を腹の前で重ねてこちらを見ている。
こえーよ!
「お、お前何しに来たの?」
女子の部屋は向こうに割り当てられているはずだ。それをわざわざ男子の部屋にこんな深夜に訪れる意味がわからない。
「お話がございますの」
「…こんな時間にか?」
再び携帯を光らせて画面を確認する。
時刻は草木も眠る丑三つ時である、話があるにしても時間を選べと言いたくなる時刻である。
「失礼を承知で来ました。ひとまずご無礼をお許し下さいませ」
「まぁ構わないけど…」
「よしなに」
俺はベッドから床においてある靴の上に着地する形で降り立つ、話をするのなら俺だけ寝転んでいるのもおかしいと思ったからだ。
それに、室内は暖房が効いているためベッドから降りるのはさほど苦じゃなかったし、むしろ暑いくらいだったから少し身体を冷やしたかったのもある。
「そのままでも構いませんわよ」
「いや、いいよ別に…つか、その喋り方なに?」
さっきからやけに和水の言葉遣いが変な気がする。お嬢様言葉というかなんというか、…いや、和水はお嬢様だけど、いつもなら、ビシビシと人の気なしに物申す彼女とは別人のような口調だ。
「…ワタクシの喋り方でございますか?」
「それだよそれ。お前が『ワタクシ』なんて使うキャラかよ、意味わかんねぇ言葉遣いはやめろ」
「そうは申されま…」
「うーん…」
いつもの和水に戻ってもらおうと注意した時だった。
ベッドの中で楓が唸りながら寝返りをうつ。
それを見た和水は慌てたように、
「いけませんわ、あまり騒いでは楓様方の目が覚めてしまいます。とにもかくにも場所を移しましょう、ついて来て下さいまし」
と言ってシナリシナリと歩き出してしまった。
楓…様!?あのプライドが高い和水が人を様付けするだなんて…嘘だろオイ、歩き方まで丁寧だぞ。
歩く姿は百合の花といった様子の彼女からは、いつもの歩き方であるズンズンという効果音が想像がつかないほどだ。
それこそ深窓の令嬢、モデルのよう鍛えられた歩き方のようである。
あいつ、マジで和水か?
双子の妹とかじゃねぇだろうな…。
「雨音様、いかがなされました?」
訝しげな俺の視線に気が付いたらしい、ランジェリーの布をフワリと翻しながら俺の方に身体を軽く向けて聞いてきた。
俺まで様付けということに大変驚きである。
「お前、罰ゲームか何かか?」
「罰…?何の事でしょう?」
そうか、とぼけるか、まぁ、構わないが…。
様子のおかしい和水とともに廊下にでる。
廊下は寒くはないものの多少ヒンヤリとしていた。
薄暗い真赤な絨毯の上を和水は相変わらずシナリシナリと歩いていく。
イギリスのお嬢様のようでもあるし、日本の武家の令嬢のようでもある歩き方だ。
…和水は、はいからさんがよくお似合いだと思っていたが認識を改めなくてはいけないらしい。
本気をだせばこんな事まで出来るんだ。
「こちらですわ」
昼間RPGと称して探検した時には見なかった部屋の扉をメイドのイロハさんよりも慇懃な手つきで開けると俺に先に中に入るように促した。
レディーファーストうんぬんとブーたれる和水とは信じられない行動だ。
ドッキリでも仕掛けられてるんだろ?
彼女に会釈をすると俺は覚悟を決めて中に入った。
「…ここは?」
「テラスですわ」
彼女の言う通りそこはテラスだった。
いや、本物のテラスというのがどういうのか分からないが、ベランダのある大きな部屋である。
部屋の窓側には白い小さなテーブルがあり、左右に椅子が設置されていた。
テーブルの上にはティーセットがあり、カップはこれまた二つセットされている。
「デカい窓だなぁ…」
そして一番目を見張るのはその窓である。
カーテンが開けられて、全貌を明らかにされているその窓はさながら水族館にあるガラスのように巨大だった。
外の景色がよく見える。
星々がキラキラと輝いていた。
なんだったらここで天体観測をしても支障は無かったのではないか。
「おかけ下さいませ」
和水は入ってきたドアを閉めるとそう言いながら、テーブルを指さした。
「お、おう」
圧倒されっぱなしだが、ともかく面目は保たなくては。
そう心に決めて、椅子を引き座る。
彼女は向かい側の席についた。
「それで話ってなに?」
「慌てる必要はありませんわ。ひとまず紅茶でも飲んで落ち着きましょう」
ティーポット-ようは急須だ-を傾けて中の紅茶をカップに注ぐ。
トクトクトク…、小気味よい音をたてて、湯気が上がる。ふわっと良い香りが鼻を優しく刺激した。
それにしても、…まっこと不可解である。
他人に奉仕する事を嫌う和水が俺にお茶を入れるだなんて…、一体何があったのだ?
雪でも降るのだろうか。そしたらホワイトクリスマスだな、おい。
「ダージリンはお嫌い?」
「いや、そういうわけじゃない」
口をつけないで、彼女を観察していたのが不審がられたらしい、俺は慌ててティーカップに口をつけた。
「うまい!」
紅茶に詳しくない俺でもそう言えるほどそれは確かな旨味をしていた。
まろやかというかなんというか…、ああ、賛辞の語彙が足りないのが情けない!
「そう言って貰えると嬉しいですわ」
そう優しく言うと二口目を彼女は音も無く啜った。
益々疑問である、本当に和水の奴どうしたのだろう。
紅茶を丁寧に飲むようなキャラじゃないだろ、お前は!
「それで、お話というのはですね…」
「あ、うん、あっ、そっか、で、何!?」
慇懃過ぎる態度だったんで忘れていた。
ここからが本番である。
何か話があるからついてきたんだった。
一体話とは何なのだろう。
もしかして…
告白、…とか?
「…」
「前々から気にはなってはいたのです…」
だとしたら、俺はどう答えたらいいのだ…
今は美影という心に決めた人がいるが、娯楽ラブに入る切っ掛けになったのは目の前にいる和水である。
もし出会った時の彼女が今のこのクソ丁寧な和水だったならひょっとしたら俺の恋のベクトルは彼女に向いていたかもしれない。
だが、残念。今は美影という心に決めた人がいるのだ。
男、雨男、和水の誘惑になど屈しはせぬ!
だが、…和水は同じ娯楽ラ部だ。そんな彼女の思いをそう無下に断るわけにはいかないだろ。
「ズバリ訊きますわ!」
「は、はい!」
ど、どう返答すればいいのだ!?
素直に『ごめん』でいいか!?
「和泉式は雨音様でございますね?」
「はい?」
いずみ、しき…?
身構えていた告白では無かったが、…突然また変な事を和水は言い始めたな…。
和泉式って、えーと
っは!?
俺の女装時の名前だ!
「ち、ち、違うぜ!だ、誰だよ和泉って」
呂律が回らない、いきなりそんな話に触れるのはやめてくれ、誤魔化したと思っていたのに、やはり無理があったという事か…。
「嘘はそこまで、ですわ。これ…」
和水はスッと俺に白い布を手渡した。
なんだコレ、ハンカチ?
「和泉式に預けたものと金谷様がおっしゃっていましたわ、ワタクシの制服にポケットに入っていましたの」
…嫌な記憶が蘇る。
これは確かに俺が和泉と名乗っていた時に金谷先輩から預かり、その時着ていた和水の制服ポケットに入れたんだった。
それでどうやら、和水はポケットの中にいつの間にか入れられていたハンカチに疑問をもったらしい。
「そのハンカチをワタクシは何処かに落としていたハズなのに、いつの間にか手元に戻っていたのですわ。疑問なのは金谷様のワタクシがハンカチを見つける前日に『君に渡した』というセリフ…」
「だ、だから受け取ってたんだろ!和泉って名乗ってたお前がよ!」
非常にまずい、このままではバレてしまう。
もうバレているかもしれないけどなんとか誤魔化さなくては!?
「いいえ、どう考えてもワタクシはそのような名を名乗っていません。それに、雨音様、今は和泉様は部長の従姉妹、という設定なのでは?」
「っは!」
決定打。
ば、バレてる!
確かにあの時和泉の位置付けは部長の従姉妹で落ち着いたのだった。
しまった!和水が和泉と名乗ったのは前の段階の話だった!
随分前の話だから忘れてたぜ…。
「まあ、いいでしょう話を続けますわ」
音もたてずに彼女はまた紅茶を啜ってから進めた。
「それで前日、ワタクシは何をしていたか思いだしてみましたの、文化祭の日ですわね。ワタクシその日はイロハのメイド服を着て闊歩していましたわ。その日、ワタクシの制服を着ていたのは、そう…」
ぐい、とテーブルに身を乗り出して俺の胸部分に人差し指を当てると
「雨音様」
冬の窓ガラスを揺らすように静かに彼女は俺の名を呟いた。
「…」
「どうなのでしょう?」
全く言い返せない。
ふぅ、小さく息をついてから彼女は椅子に座り直し、それからまたお茶を丁寧に持ち上げて飲んだ。
「ワタクシ怒っていませんから正直におっしゃって下さいませ、和泉式はあなたなのでしょう?」
こいつ、いつから探偵キャラなんだっけ…。
もう、ダメだ。
「はい…その通りです」
俺は渋々白状した。
バレてーら、カステーラ。
和水はその宣言に一回だけニッコリと微笑むと紅茶を飲み干して、それから緊張のためか手がつけられていない俺の紅茶に視線をやると「冷めてしまいますよ」と優しく言った。
「あ、ああ」
俺は慌てて多少温くなった紅茶で喉を潤す。
そ、それにしても、…マジで怒ってなさそうだ。
静かな怒り、そういうのも無さそうである。
「悪かった。つい出来心で…」
和水のせいにした事を取りあえず謝っておかなくては…、俺が謝罪の言葉を吐くと和水はまた小さく微笑んでから、そっと赤ん坊を癒すような声音で言った。
「大丈夫ですわ。怒っていませんもの」
「で、でもよ、女装した姿を金谷先輩に見られてテキトーな名前名乗ったはいいが収拾つかなくなって全部お前の責任にするってのは俺が明らかに悪いしさ…」
「だからお気になさらず。ワタクシは別に怒っていませんわ。雨音様も強制的に女装させられて苦肉の策でしたのでしょう。仕方が無い事ですわ」
「和水、お前、いい奴だな」
口調はいつもとかけ離れてるけど今はマジでそう思うよ。
「あらあら、ふふ。今頃お気付きになられたの」
冷やかすようにいつもの和水のような事を言った。
俺はなんだかその言葉に安堵して、落ち着いた心で冷めてもうまいダージリンに口をつける。
和水は俺の安心しきった顔をみて優しく微笑む。
それからすぐにまた先程のような真剣な顔になった。
「ただ多少府に落ちない点がございますわ」
「ん?」
おかしなお嬢様口調のまま和水は話を続ける。
やはり、なれない。普段の和水と今の暗闇の中の和水とではギャップがありすぎる。
「女装時の雨音様は胸がありませんわよね」
「…に?…うん、まぁなあ」
そりゃ、あったら怖いでしょう。男だもの。
というか突然何を言い始めたんだ、和水は…。
「それなのにワタクシと同一人物に見られたのが不可解ですわ」
「あはは、それこそ仕方無いんじゃね?」
また胸の大きさの話題かよ。
和水は無い胸を気にしてるのはお嬢様口調になっても変わらないみたいだな。
微笑ましい。
「もう、あなたがたはいつもそうですわ。ワタクシの胸が小さいと決め付けてかかりますの。実物を見たことないくせに…」
「あは、はは…は?」
「雨音様、試してみます?」
「…は?」
ッスと、席を立ち上がって和水は俺の横に立った。
ガタっ、と俺は音をたててのけ反る。
「な、な、何をし、しようと、して…」
俺の右手を無理矢理掴むと和水はソレに抱き付くようにしながらしゃがみこんだ。
何か大切な物を抱え込むように俺の右手を抱き締める彼女の温もりがじんわりと登ってきた。
薄いランジェリーの布が腕にソワソワと絡み付く。
そしてその布を通して彼女の体温が俺の右手に伝わってくる。
今更だが、な、なんでこんな下着みたいにセクシーな格好してんだ!和水は!
「だから試しみて下さいまし」
ニヤリと小悪魔みたいに笑い上目遣いで見ながら和水は、俺の手の平が自分の胸部にくるように、力強く
押し当てた。
「起きろーーー!」
「うわぁっ!?」
突然耳元で叫ばれた。
俺は身体をズワっと起き上がらせる。
あ、あれ?こ、ここは…?
そこは確かにベッドの上だった。
ま、また夢か…
ホッとしたようなガッカリしたような…。
俺の目の前にはいつもの和水が仁王立ちで偉そうに突っ立ていた。
夢から覚めた夢、を見ていたらしい。ホラー映画みたいなシチュエーションだね…。
チュンチュンと雀が鳴き声が部屋に響く。
カーテンを透かして注がれる太陽の光りは確かに朝というのを知らせていた。
「ほら起きて、いつまで寝てるの?朝食の時間よ」
和水はそう言ってから芳生の布団をひっぺがしにかかっている。
俺は再度安心したようにあくびを一つした。
良かった、いつもの和水だ。いつもの、…バカの和水だ。
「和水、部長と美影は?」
「二人とももう下よ、心優しい私はアンタたち男子を起こしにきてあげたの」
「も、もう起きてるって!だっ、だからなんでわざわざ布団の上からサンドバックみたいに殴るのさぁ!」
朝から芳生の悲鳴がこだまする。
はぁ、良かった。
しつこいが本当にいつもの和水で良かったよ。
夢の中の和水じゃ寿命が幾らあっても足りないもの。
さて、俺もお腹減ったし、朝飯でも食べに行くかな。
そう思い立ったのでベッドから床に立ち上がり、ふらつく足で廊下に出ようとした時、ベッドの上にある白い物を見つけた。
「…」
ハンカチだった。
和水の白いハンカチである。
「お、おい和水、お前ハンカチ俺のベッドに置くなよ!」
「え?」
俺の指先に和水は視線をやった。
「あっ、ほんとだ。でも私ハンカチ置いてないわよ、雨音が昨日のうちに持ってきたんじゃないの?」
「…」
ゆ、夢だよね?
それから
みんなで朝ご飯を食べてから、羽路学園に向ってバスは向う。
前日の疲れもあってか、みんなバスの中では爆睡をこいていた。
イロハさんはイビキが響く車内でもキチンと職務をまっとうしているので立派である。
そんな中、俺はというと…
「…眠れねぇ」
昨日は睡眠を取れていないはずなのに、全くと言っていいほど眠くなかった。
目を閉じれば、何故だか昨日の妖艶な和水の姿が浮かんで落ち着けないのだ。
かあああー!
なんだよ、コレ。興奮して眠れない中学生の夏休みかよ!?
よりにもよって相手が和水ってなんだよ!何この、…微妙な背徳感…ごめん、和水、美影…。
「雨音さん」
「っわ、い?は、はい!?」
隣りの美影が俺の心を読んだとしか思えないタイミングだったの、驚いてしまった。
「…そんなに慌ててどうしたんです?」
「べ、別に…、そ、それより美影どうしたの?」
夢の中(俺はそう決めた)の和水と同じように敬語をつかう美影が少しダブってしまう。
落ち着けー、俺!
バカだぞ!失礼だ!
本物の和水は芳生の横の補助席で爆睡こいてんだから!
「あっ、そうです。雨音さん、コレ…」
呟きながら、リュックをゴソゴソと美影はいじり始めた。
それからすぐに可愛らしいピンクの包装紙に包まれた物を俺に手渡す。
「これ…」
目の前のそれに頭がパニックになる。
紙袋は、プレゼント用に包装されていた。
これは、まず、間違いなく…
「クリスマスプレゼントです!」
ですよねー!
しゃぁあああ!
「ありがとう!」
ガッツポーズを心の中だけに止めて、俺はなんとか彼女にお礼を告げる。
やっとこさクリスマスを思わせるイベントが俺に起こったのだ!
コレがどれだけ嬉しいことか!
「開けていい?」
「は、恥ずかしいですけど、…どうぞ」
顔をほんのりと赤らめる美影に許可を取った俺は包みをビリビリに破かないように慎重に中身を取り出した。
「これ…」
なかに入っていたのは赤い手袋だった。
「もしかして手作り?」
少しだけぶきっちょな形だが、お店で売られてるものとそう遜色はない。
美影は俺の質問にさらに顔を完熟トマトのように赤らめて小さく頷いた。
「ありがとう!大切にするね!」
「そ、そうしてもらえると、嬉しいです…。ほんとは全部手作りにしようと思ったんですけど…時間がなくて…」
「全部?」
「はい、他の娯楽ラブのみんなにも毛糸で何か編もうとしたんですけど、ソレを作ってたら、…時間がなくなって」
「って、事は。プレゼントの中でこれだけ手作り?」
「へ?あ、はい、そうなりますね」
しゃぁあああ!
本日二回目のガッツポーズを心の中で取る。
俺だけ手編みの手袋だぜ!
これを勝った(世間に)と言わずしてなんという!
そんなに喜んで貰えるなんて、といったように美影は恥ずかしそうに指を絡ませている。
「俺からも何かあげたほうがいいんだろうけど、ごめん、今何にももってないから冬休み明けに何か渡すよ!」
「あ、そんなに気をつかってくれなくて結構ですよ」
「いやいや、この喜びはここだけでとどめる事なんて出来ないのさ!」
「はぁ」
「というわけで、この手袋は大事に使わせてもらうね!ほんとにありがとう!」
「いえいえ」
それから一時間くらいバスは休憩を挟む事なく、羽路学園の正門前に停車した。
今回の合宿の終わりである。短いようで長かった、…あれ長いようで短かった、か?…まぁどっちでもいいや。ともかく娯楽ラブ合宿が終わりを迎えるのだ。
「ああ、雨音さん」
バスを出る時、イロハさんに呼び止められた。
「?なんです」
「頑張って下さい」
こ、このメイド…
ぜ、全部聞いてやがったかっ!?
こっ恥ずしさに余り今度は俺の顔がトマトになっていった。




