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感動もので泣いた事がありません。

映画でもドラマでも小説でも心が震える事があっても涙腺が決壊したという経験はないのです。ここまで来るともう意地です。感動ものじゃ絶対に泣かないぞ!


そんな私が一番最近ボロ泣きしたのは、カレー作れる時に切った玉葱。

あれはヤバかった…。




今は使われなくなった観測所。

なんでも昔は一般の人向けに安い入場料で公開していたらしいが、採算が合わなくなって去年の暮れに潰れてしまったらしい。

楓は利用した事ないと言っていたが、美影にとっては思い入れがあるその場所に俺達6人は足を踏み入れた。


正面玄関の扉は南京錠でガチガチに施錠されていたが、嵌め込み式の窓が取れているか所があり、そこから中に侵入する事に成功した。

立ち入り禁止の看板なんてなんのそのだ。


中は思ったよりも荒れておらず、少し埃臭いところに目をつむれば、なんの問題も無く過ごせそうだった。

風が遮断された分気温も多少は上がったように感じられる。


「ふむふむなかなか綺麗じゃないか」


暗澹たる暗闇に目を凝らして周りを見てみる。

これだけ綺麗ならホームレスや不良の溜まり場になりそうなものだがそれもなさそうだった。町の方から離れ過ぎているというのもあるのだろう。

人の気配がしない無機質なコンクリート打ちっぱなしの壁に蜘蛛がはっているくらいで、他に生き物なんていそうも無い。


「気をつけて!油断してると何が起こるか分からないから!」


芳生の声が響いた。

まだビビっているらしい。

こんなただっ広い空間に幽霊は住み着かないと思うけどなぁ。


「うらめしやー、って奴等は企んでるに違いないんだ!」


「裏、飯屋?美影の家業は飯屋なの」


和水が芳生に尋ねた。

なんだこいつら?


「違うよ和水!うらめしやは恨めしや!決して表は本屋とかそういう話をしてるんじゃないよ!」


「裏が飯屋で表は本屋?なにそれ、商店街の話?それとも美影と雨音の話?」


「いや、だからちがくて、うらめしやー、ってのは幽霊が出て来るときに言うお馴染みのセリフで、だね」


そんな二人の懇談会を尻目に部長は楓に尋ねた。


「それで楓、何処で空を見れるんだ?」


「俺は始めてここに来たんで知らない」


「あ、こっちです」


楓から美影にナビゲータが変更したらしい。

美影がみんなの前に立って、歩き始めた。


「懐かしいなぁ」


美影は何処となく寂しそうに辺りをキョロキョロと見渡しながら先を歩いていく。

彼女の後に続くとすぐに、上に上がる為の階段があらわれた。



ギィ


美影の後に続いてしばらく歩いていくと、どうやら屋上に出る扉に辿り着いたらしい。

不用心にも扉には鍵がかけられておらず、しばらく開けられていなかったからだろう蝶番が擦れ会う嫌な音を立てながら、簡単に重い扉が開けられた。


一気に外から中に空気がなだれ込む。

冬の風にあおられて足下に溜まった埃が舞い上がった。


「うわぁ」


芳生が今度はビビっているのではない、感嘆の声をあげた。

扉の先は満天の星空だったからだ。


「これはすごい…」


さっきいた公園でも星は見えたがこちらはその比ではないくらい凄かった。

向こうは精々真上の星しか見ることが出来ないが、こちらは違う。


360度星の海が拡がっているのだ。


小さい頃行ったプラネタリウムを思い出したが、やはり本物はそれを上回る素晴らしさがあった。

まず密室ではないから空気を身体全体で感じる事ができる。

加えて、やはり位置だ。

丘の上の観測所だからだろう、きちんと周りを見れるようになっているので夜空に包まれている感覚に陥る。夜空を遮る邪魔な建物もない、視界良好。これでは、さほど星に興味がない俺でも感動せざるを得ない。

それくらい、夜空は凄かった。


「凄い、な…」


楓でさえ、そう呟いていた。

確かに星見が丘公園で見た星も素晴らしかったけれど、より夜空に近くなったからだろうか、感慨がかなり違った。


「どれがオリオン座かわかんねぇ…」


俺が唯一わかる星座でさえありすぎる星に紛れ何処かにいってしまったようだ。

辺りが暗いと星はこれ程輝くものなのか…

昔の人は常にコレを見ていたと思うと驚きである。


「オリオンはあれですよ」


横にいる美影が微笑みながら、指を指して位置を教えてくれた。



しばらく寒さを忘れて星を見ていた。

上を見上げるだけなら首が疲れてしまうかもしれないが、正面にもびっしりと輝いているのだ、その心配は無さそうだった。


「それじゃ、そろそろ夜食たべましょー」


「お、昼間作ってたおにぎりか?」


望遠鏡から顔を離して、和水が楽しそうにそう言った。

そういえば小腹が空いた気がするな。

楓んチでカレー食って満腹になったはいいがその後の風呂場の騒動のせいで台無しになった気がしないでもないし。

おにぎりの一個や二個胃のスペースから考えては問題ないだろう。

そうだな、部長が了承のセリフを言いながら肩にかけたままだったリュックを地面に丁寧におき、シートを敷くように指示した。

言われた通りシートを敷くと部長はリュックの中から風呂敷を取り出し、その包みを開いた。

中にはラップに包まれた大量のおにぎりがあった。


「多くない?」


「これくらいでなんだ、今の時間食ったら肥るという事を承知している女子の覚悟を無下に扱うつもりか」


「いや、そう言うわけじゃ、…ないけど」


見たままの感想を述べたら部長に怒られた。

取りあえず俺はヒョイと目の前にあった一個を取って、ラップを外して頬張ってみる。

海苔はまかれていない、白いご飯が星明りのしたキラリと光った。


「うん、…うまい」


うまいんだけど…

なんか物足りないな…。

塩が少し足りないのかもしれない。


でも、ご飯はご飯だ。

おいしく頂くか…な…?


「…和水…」


二口目でおにぎりの中心部に辿り着いた俺に襲いかかったのは衝撃の事実だった。

ほぼ間違いないその衝撃の演出者の名をあげる。


「なに?」


和水は美味しそうに海苔のまかれたおにぎりをパクパクと食べていた。

ムカ、としたが、落ち着いておにぎりをもった右手を差し出す。


「なに、じゃねぇよ。このおにぎり作ったのお前だろ?」


「ん…?…そんなのわかるわけないじゃない」


「いんやお前だね、お前以外にいないぜ」


「なんで断言できるのよ?」


はぁ、と呆れからくる溜め息をつきながら、彼女にも見えるようにおにぎりを斜めにずらして中心部を見せる。


「楓がお前に塩結びでいいって言ってただろ?」


「そうね、もぐもぐ、言ってたわね」


人と話してる時は一旦食うのやめろ。


「お前、これじゃ」


「なによ?」


「具が塩になってんじゃねぇか!」


「…だから?」


俺が手に取ったおにぎりは塩結びではなく、中心部にギッシリと塩を詰められたおにぎりになっていた。これが満遍なく全体に行き渡っているのならともかく、一部に溜まっているとかなりしょっぱいのだ。

和水は俺が言っている事がまだ理解できていないらしい。


「塩結びってのは塩を具にすることじゃなくて…」


なんとか和水に説明してあげる。

和水もどうやら俺の言った事を理解してくれたらしい。

その様子を部長がニヤニヤとニヤけながら見ていた。


「…二人ともなんで止めないんですか?」


俺は和水と一緒におむすびを握った美影と部長に訊いてみた。


「私は、その、止めようとしたんですが、部長さんが…」


「それじゃどういう事ですか部長?」


勿体ないのでなんとか具が塩おむすびを食べ切った俺は2個目の普通のおにぎりを食べながら、状況を完璧に把握しているであろう部長に尋ねた。


「ふふふ、そちらの方が面白いからだ」


「…被害者の身になってくだ…」


「んぐっ」


俺が部長を諭そうとした時だった。

楓が毒物を接種したように喉を詰まらせながらシートの上でのたうち回っている。


「なにやってんの?」


大丈夫だろうか。

呼吸が出来ないというわけでは無さそうだが…。

楓は水筒のお茶を一気飲みした後で息も絶え絶えに答えた。


「こ、このおにぎり、具が唐辛子だ…」


は?

唐辛子?キムチとかじゃなくて?

俺は楓の手にあるおにぎりを見てみた。

そこには確かに唐辛子が入っているおにぎりがある。


「…どういう事ですか、部長?」


ほぼ間違いなくこの女の差し金であろう。


「良かろう説明してやる」


なんとも偉そうに部長が説明を開始した。


「そこにあるおにぎりの中には天然の水道橋和水の握ったおにぎりが幾つか含まれている」


そりゃ、…そうだろう、男子をキッチンから追い出して女子だけで夜食を作り出したのは和水の提案だからな。


「そして和水の握ったおにぎりの具は例外にもれずすべて面白いぞ!こうご期待!」


「…ちょっとまて」


和水が天然かどうかはさておき、部長が言いたいのはおにぎりロシアンルーレットということなのだろう。

だが、疑問が一つある。


「唐辛子とか明らかに悪意の塊じゃないですか…?」


「…。和水が入れたそうにしてたから手伝ってあげただけだ…」


「アンタが作ってんじゃねぇか!!食べ物で遊ぶな!」


何が天然の和水が、だよ!


「はっはっは、確かに食べ物で遊んではいけないな、だから出たものはきちんと食べるんだぞ、楓」


「いや…、無理だろ…」


可哀相な楓はこの後半分残った唐辛子握りを食べさせられる事になるのだった。


「和水、お前具に後何をいれた?」


「うーん、覚えてないけど、ツナマヨでしょ、おかか、それから、えっーとチョコレート!」


「…」


地獄はまだまだ続きそうだった。




狂宴が終わり、シートや望遠鏡をしまって天体観測の片付けにはいる。

アレからハズレおにぎりを俺が引く事は無かったが、部長がチョコレート入りのそれを食べる羽目になっていた。

バチが当たったらしい。

ざまぁみろ。


「最後に写真取りましょ」


美影がデジカメを鞄から取り出して、提案した。


「写真ねぇ…」


寒いから早く帰りたい。

だけど美影はノリノリだから言いづらかった。


「そっちの手摺をバックにして、それじゃ取りますね」


とんとん拍子に俺達を手摺の前一列に並ばせた美影がシャッターに指をかける。

俺達の背後には一面の星空が拡がっている。確かに良い写真にはなりそうだった。

…カメラで星って撮れるかどうかはさておき。


「…それタイマーがついてるでしょ」


「え?」


芳生が美影にいった。

ああ、そうだ、このままじゃ撮る人の美影がカメラに収まらないではないか。


「ついてるん、ですかね?」


「貸してー、ほらコレだよ」


美影からデジカメを奪うように受け取った芳生がすぐに持ち主が知らない機能を呼び出して、望遠鏡の脚立の上にソレをおいた。


「美影、フラッシュも忘れてたでしょ」


「あ!そ、そうですね」


持ち主よりも華麗にデジカメを扱う芳生。

美影は顔を赤くして照れたようにフレームに収まった。



美影って案外機械音痴なんだね。





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