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15(12)


というわけで投稿。

これ以外に何を言うことがあるのでしょう。




太陽は完全に西の山に沈み、空はすでに紫を濃くしたような黒色に染められている。

小さなバスは僅かに市街地を逸れて、しばらく走ると目的地である五十崎家に無事到着したのだった。


外から見る楓の家の景観は和水の家とは対称的な感じだった。

決して悪い意味ではないが、素朴な一軒家で今や珍しい木造住宅だ。まぁ、ストレートに言っちゃえば、ボロい。

だが、団地暮らしの俺に言わせれば一軒家がかなり羨ましいところである。まぁ、楓んちは家族が多いいからな。


暖房の聞いたバスを降りればすぐに寒気が俺達に襲いかかってきた。

息をする度に、吐いた二酸化炭素は白に着色され、周りの闇にじんわりととけていく。向きだしの手が早速、冷気の餌食になりそうだったので、直ぐさまポケットに避難させた。


「う〜、さむっ」


バスを降りた順に冬お馴染みの一言を言いながらせわしなく身体を震わせる。

本当に一気に冷え込んだものだ。昼間はお日様のもとポカポカしていたというのに、この地域のアスファルトは昼間の内に熱を溜め込む事が出来なかったというのだろうか。

今年は比較的暖冬とかほざいてる気象庁の連中を素っ裸にして放り出したいところである。


「フゥ」


吸った事のないタバコの煙を吐くようなイメージで白い息を吹き出して遊ぶ。

俺の吐いた息は元気なくすぐに透明に戻っていった。


「それでは」


バスが駐車するスペースが見当たらないそうで、イロハさんは俺達全員を降ろすと、「ご用の際に連絡下さい」と告げて、ドアを閉じいずこかにまたバスを発進させた。

冬の澄んだ空気に排気音を響かせて小さくなってゆくバスに、何処となく感傷的な気分になった。

俺達は荷物を持って楓の家に足を踏み入れる。


それにしても、もうすっかり夜だな。

ポケットから携帯を取り出し、時間を確認するとまだ17時を少し回ったくらいだ。

それなのにすでに空には綺麗な月が浮かんでいた。


「おかえりー、楓にぃ」


眩い光とともに玄関を開けると女の子が目に飛び込んできた。

髪ゴムで髪を束ねた年端の行かぬ少女だ。小学低学年くらいだろうが、すでに将来の美貌が約束されているように端整な顔立ちをしている。

微妙にまだ順応仕切れていない目を瞬いて、気付かれない程度に見る。

おそらく楓の妹だろう。兄の帰りを玄関前でずっと待っていたらしい。

いじらしいね、なんとも。


「ただいま」


そっけなく楓は答えると、靴箱で身体を支えながら、靴を脱いだ。


「遠慮はいらん。上がってくれ」


「いらっしゃいませ、でーす」


横の女の子も朗らかに歓迎してくれた。

その言葉に答えるように「おじゃまします」と皆が言い、玄関で靴を脱ぐ。

外の寒気が幾分と落ち着いた玄関の気温にホッと安堵しながら、俺も自分の靴を脱いで足拭きマットの上に靴下状態の足を乗せた。

冬だからクルブシソックスはそろそろやめようかな。


「あらあら、いらっしゃい。居間に荷物を置いていいわよ」


奥の襖がスッとあいて中から、楓の姉である桜さんが顔を覗かせた。


「さぁ、そんなところに突っ立てないで上がりなさいな」


桜さんとは以前一度だけお会いした事がある。

楓と芳生と一緒に遊んでいた時に買い物をしていた桜さんにあったのだ。あれはたしか、7月くらいだったっけな。


あの時はまだ夏で、夏服を着てらしたが、今も変わらず思うのが、桜さんはやはり美人である、という事だ。

部長が冷たい感じのクールビューティーと称するのならば、桜さんはほんわかした感じのホットビューティー(?)である。

身長は楓よりも少し高く、スラリとモデルみたいな体型だ。


「さ、遠慮しないでくつろいでいいからね」


まったく妹さんも含めて五十崎家は本当に美形一族だな。

俺は心の中で小さく溜め息をついた。

他人の顔を羨むわけではないが俺の鼻がもう少し高かったら世界も少し変わるかもしれない、……んな訳ないか。


「楓にぃ、楓にぃ。部活の人達?」


妹さんが先に歩き出していた楓の裾を突っ突いた。


「ん、ああ。前に言っといただろ、天体観測だ」


「しょーかいしてよー」


「居間でする。柚や梓は?」


「柚ねぇも梓ねぇも、もう帰って来てるよ。居間でゴロゴロしてる」


「そう」


桜さんが顔を覗かせていた襖を開けて、楓は俺達を中に招き入れた。

どうやら襖の向こうは中はリビングらしい、決して広いとは言えないスペースだが、くつろぐだけの広さは十分にある。

ただ、居間にはすでに桜さんを含めて三人の女性がいた。この空間に新たに7人、楓の妹を入れて8人、が入るのはかなり無理があるというものだ。

一部屋の人口密度半端ないな。

中にいた女性三人は全員が俺達とさほど変わらない年齢である。桜さんはたしか俺たちより2個上で部長の1個上の人だったと思う。


「あれ、楓、両親は?」


居間にいた桜さん以外の二人は明らかに俺らと同年代か下の女の子なので、確実に楓の両親ではないのは確かである。

だけれども、今この空間に楓の両親とおぼしき人物はいなかった。


「仕事」


「そうか、共働きだっけ」


「ああ、まあ、桜ねぇが母親変わりみたいなもんだから実際は問題はないけどな。ああ、こいつらがクラブのメンバー」


楓はそう言ってから荷物を床に落とすように置いて、俺達の方に手を向けて一人一人を紹介し始めた。

楓を仲介人に挟んで五十崎一家と向かい合うような形だ。さながら野球の試合前。


他人の家に上がる、という行為事態はたまにするが、家族の方とこんな風に向かい合うのは初めての体験である。


というか、普通友達の家に遊びに行ってもこんな風に自己紹介的な事はやらないんじゃないだろうか。

まあ、夕飯のお世話になるわけだし、マナーとしてやるべきだとは思うけど。


俺達、楓の学校の友達側の自己紹介は最後の山本が「彼女募集中!」と場を冷めさせて一通りすんだ。


そしてお次が五十崎一家の自己紹介である。

楓の右手にしがみつくように俺たちの様子を伺っていた妹さんを前にズイと押し出してから楓が彼女の名前を告げた。


「コイツが椿(つばき)。一番下の妹」


「椿です。11歳です。よろしくお願いします」


ペコリとお辞儀をする。

年齢が思っていたよりも上だったが、大人の階段を登り始めたといった感じの初々しさがとても可愛いらしい。

…名誉の為に言っておくが俺はロリコンじゃない。いつぞやの話題を盛り返す気は毛頭ない、ましてやこの場には山本(先生)もおるし。


「んで、コイツが(あずさ)。三女…だっけ」


「うん。どうも」


楓の横にいたショートカットの女の子がお辞儀の意味を含めた頷きしながら言った。


「中学生?」


「中1」


芳生の質問に梓ちゃんは淡泊に返事をするとまた何故かムスと不機嫌そうに口を閉ざした。

人見知りなのだろうか。もし無口なだけなら、彼女が一番楓に似ているという事になる。


「んで、コイツが次女の(ゆず)


「どうぞ、よろしくお願いします」


梓ちゃんとは対称的に丁寧な口調で頭を下げてからニコリと微笑んだ。


「それで長女の桜ねぇ。なにげにこん中で一番の年長者」


「そうなるわね。…あ、どうぞよろしく。まあ、汚いところだけで自分チだと思って自由にしていいわよ」


桜さんはそう言ってから、楓の肩を軽く小突いた。余計な事は言うな、という合図らしい。



「俺は…」


実は一番の年長者の山本(先生)は完全に蚊帳の外だった。

学生の中に一人大人が混じると気まずいわな。




「ねー、和水さん」


「あら、なにかしら」


桜さん達がキッチンで夕飯の準備を開始する一方、今でくつろいでいた俺達男子に混じってゴロゴロしていた和水に一番年下な椿ちゃんが話かけた。

他人の家だというのに、盛大にねっ転がっていた和水のそばに座って、椿ちゃんはいじいじと指を絡ませながら、和水に告げた。


「ずっとファンでした!」


「は?」


は?


「は?」


…上から順に和水、俺、横にいる楓の声である。


ファン?

椿ちゃんと和水が面識があったとは思えないし、多分今日が初対面であろう。

それなのにずっとファンだったとはどういう意味だ。


「えーと、椿…ちゃん?あなたが私のファンって、…どういうこと?」


普段傲慢な和水でさえ、戸惑っている。

それはそうだろう、いきなり見知らぬ女子からファンでした、なんて言われて戸惑わないやつなんていない。


「はい!楓にぃから聞きました!」


聞きました?

椿ちゃんは元気一杯に立ち上がると、ててて、と持って来た椅子を踏み台しながら、上にあった神棚に手を伸ばした。


「ああ、椿、アレの話をしているのか」


「アレって?」


楓はどうやら椿ちゃんに告げたという内容を思いだしたらしかった。


「雨音は文化祭の時の事を覚えているか?」


楽しそうに目を細めながら俺に聞いてきた。


「…すっげー鮮明に覚えてます」


思えばあの時から俺の女装歴はスタートしたんだもん。

くそぅ、トランプで勝っていれば楓とか芳生が俺の格好をしていたというのに…。


ちきしょう…、ちきしょう…(岩に剣を叩き付けながら)。俺達はまだ戦える!


「そうか。それで和水がさ…」


一人悔しさを脳内で表現していた俺を楓が現実に引き戻した。

…逆に考えるんだ、今回は化粧だけだからいいさ、と考えるんだ。


「ジャーン!」


神棚から何かを取り出した椿ちゃんがピョンと椅子から飛び下りた。取り出したものは長方形の紙のようだ。それを和水に見せびらかすように広げている。

楓は言いかけた言葉を止めてそんな椿ちゃんを微笑ましく眺めていた。


「なんだアレ?」


ここからの位置じゃ何かよく見えないので楓に聞いてみた。

カラフルに絵が書かれた紙が椿ちゃんの手の中でピラピラと波打つ。

その紙を見せられて和水はどことなく焦ったように顔を青くしているように見えるのだが…。


「アレは宝くじだ」


「ふーん。だから当たるように神棚に飾ってあったのか」


「まあな」


ん?

だとしたら椿ちゃんはなんでそれを和水に見せるのだろう。


「和水さんの太っ腹なところに私、感ドーしたんです!」


椿ちゃんは本当に嬉しそうに和水にそれを見せている。

ただ不思議なのはそれを見る和水は言葉が出せずに、口をパクパクさせているところだ。


「椿もあんなに喜んでるし、和水に感謝だ」


柄にも無くニコニコ顔の楓。

んー…

和水に感謝…

文化祭、宝くじ…



「あー、思い出した」


「アレは今や家の家宝みたいなものだからな」


楓がズシリと和水には重たい一言を言い放った。



思い起こせば文化祭。

和水は楓に宝くじをあげたのだ。楓は嬉しそうに和水にお礼を言っていたが、その宝くじはすでに効力を失った去年のものだったのだ。楓には秘密ね、とか和水のやつはほざいていたが、椿ちゃんの喜びようを見ては罪悪感に苛まれているようである。


まあ、ドンマイだな。


俺はここから見守る事しか出来ないが頑張ってくれと心の中で応援させてもらうよ。


「あ、あまり期待しないほうがい、いいんじゃないかしら…」


「いえいえ、一枚だけでも確率は0じゃありませんから」


0である。


「私達家族の夢みたいなものなんです!それで発表っていつなんですかね?家、新聞取って無いんでわからないんですが…」


年末のやつだからもうそろそろ発表してるのではないだろうか、もしかしたらもうしてるかもしれない。


どちらにせよ和水の嘘がバレる日はもうすぐそこである。

番号がすべて外れればいいのだが、なまじ当たってしまったら、和水は椿ちゃんのヒーロー一転、悪役に早変わりである。


ま、自分でまいた種だし…。





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