1(4)
これで1話は一応終わりです。
それより昨日今日で急激に冷え込み始めましたね。
冬という季節は好きだけど寒いのは苦手なんで微妙な心境です。
もといた部室前の廊下についた。
「誰もいませんね」
「うーん、予想がハズレたか」
そこには朱色に染まる長く伸びる廊下と可憐なる美少女、それから間の抜けた顔の高校生男子がいるだけだった。
しかし、こうなると時間が本格的にヤバい、芳生のとこで時間を食い過ぎたんだ。
「とにかく戻ろう、早くしないとタイムオーバーになっちゃうよ」
「はい」
引き返す為また階段に足をかけた時だ、がらら、っと何処かのドアが開けられる音がしたかと思うと、二人の男の声が廊下に響き渡った。
その声は俺たち二人の耳にも入るわけだ。
つか、聞き覚えあるぞ、この声。
夜明けのカラスの鳴き声みたいなのと、トイレに行く友人に送る細やかな声みたいなの。
「茶を飲もうとおもったら追い出させられるとはな」
「当たり前でしょ。全く、早く雨音たちに会わないとね」
楓と芳生の声だ。
「ラッキー、これで探す手間が省けたね」
「え、あ、楓さんなんですか?」
そうです、彼が楓さんです。
「おーい楓、とあと、芳生か、捜したぜ」
廊下まで引き返して大きな声で呼び掛けた。
「捜したのはこっちのほうだ。全く、面倒くさい事ばかり押しつけやがって」
楓はいつもの仏頂面でだらだらと文句を言いながらこっちに向かって歩いてくる。
嘘つけ、茶を飲もうとしてたらしいじゃないか。
「早く裏さんに鉢巻きを渡せよ」
「あぁ、では…」
「え?いいんですか?」
裏さんは事も無げに鉢巻きを渡される事に多少の疑問を抱いたようだが、和水の時も盗んだようなもんで、なにもしなかった事を思い出して欲しい欲しい所だ。
楓もこういう事をやるのは、かったりー、という思考のキングオブ現代人だからな、こっちには都合がいいもんだ。しかし、そうはいかない負け犬がこの場に一人いた事を我々は忘れていたのだ、そう土宮芳生その人である。
「よくなーい!」
「なんだよ、芳生、どんな文句があるってんだ?15字以上20文字以内で答えろ」
「そういう裏取引は良くないよ!裏だけにね!」
「…」
芳生の発言に数秒、沈黙の天使が訪れる。
裏さんも楓も俺も、言った当人でさえ口を開けずにいる。あぁー、要約するときちんとテストしろと…。その天使を倒したのは低血圧、楓だった。
「ヒャダルコはそこまでにしてくれ」
「?僕は女子高生のスカート捲るためのバギしか使えないよ」
誰かあいつにライデインを落としてあげて下さい。
一方、そういう会話に乗る事が出来ずにいる裏さんにはクエスチョンマークが頭上に出ている。
かく言う俺も大して知らないけどな。
「とにかく何かやらないと僕ないしは部長は彼女の入部を認めません」
「だってさ、面倒だけど、何かするか」
楓もどちらかといえば芳生派の意見らしい。
俺はここまで付き合ったからには無事彼女には入部してほしいとは思うが鉢巻きの所有者が言うからにはその意見に従うしかないだろう。
裏さんもやる気満々で意気込んでるしね。。
「負けませんよ!」
「んじゃ、なにすっか」
決めてから決心しろよ。
と、心の中で突っ込んだが、それも一瞬、楓は拳を作るとそれを掲げて
「じゃ、ジャンケンにしよっか」
と面倒くさそうにゲーム内容を宣言した。
芳生と違って早かったな。
「ジャンケンですか」
「そ。いいっしょ?パパッとすむしさ」
裏さんこれが五十崎楓の正体ですよ。
こいつは初対面では誰にでも優しく対応するが本当の姿はこんな物臭太郎なのだ。
あと2、3年たったらひまむし入道(怠け者がなる妖怪)になってるやもしれぬ。いや、力持ち太郎を作りだしちゃいそうだぜ、…さすがにそれはないか。
「はい、私はそれでいいです」
「オッケー、それでは…」
珍しく楓が声を廊下に響くくらい大きくあげて、
「最初はグー!」
始めの一歩よろしく、
「ジャン…ケン…」
彼女の、いや、俺の青春を作用する(目の保養という点で)拳が振り降ろされたッ!
「「ポイッ!」」
楓 グー
裏 グー
あいこだ。
「今ので君のデータが俺の中に流れこんできた」
「は、はぁ」
何を得意気になってるんだ楓は…。
仕切り直しということで二人はもう一度拳を握ると
「あいこでしょ」の掛け声とともにまた拳を開く。
楓 パー
裏 チョキ
やった、裏さんの勝ちだ!
「…やっ、やっ」
「あっちむいてぇ…」
「え!?」
突如楓はルールを改変する荒行にでた!
ジャンケン→あっちむいてほい、って、ルールブレイカーにもほどがあるだろ!
あいつ何気に負けず嫌いだからな…
そんな楓にしょうがなさそうに裏さんは乗ってあげて、
「ほいっ!」
裏さんの指の方向、上
楓の向いた方向、上
おぉ、今度こそ裏さんの勝利だ!
凄い直感力だな。
目をつぶって指を指していた裏さんはそれをあけて、次の瞬間、嬉しそうに、「やった」と言いながらピョンピョンと飛び跳ねた。
…可愛いなぁ〜、
「私の勝ちですね!」
「3ポイント先取だ」
「え?」
「いい加減にしとけ」
さすがにそれには口だしさせてもらうぜ。
すったもんだの末、準備は-三つの鉢巻きが揃ったので-整った。
ちなみに太陽は西の方にズーンと沈み、校舎は紅に染まっている、といっても、カメラのレンズを通してみたテレビのコントローラーの出力口みたく弱弱しい光にすぎないのだが。それに光は紫の度合いのが大きく、夜の帳がおりるのは時間の問題だろう。
一週間くらい前は七時くらいまで明るかったと思うけど、秋の日は釣瓶落としとはよくいったもんだ…、ってそれはさっき言ったか。
時計を見ればタイムリミット10分前、ギリギリセーフ。
裏さんと並んで部室のドアの前に立つ。
緊張の瞬間だ。
隣りで彼女の唾を飲む音がした気がする。
俺は自身の右手で、knocking on heavens door。
「どうぞ」
部屋内から部長のこもった声が聞こえた。
なんか英検の面接を思い出すなぁ、面接受ける前にMay I come in?、だっけ?って聞きながらノックして入るんだよな。
3級の面接で間違ってMay I help you?って言っちまったんだよ…、結果?…っは、聞くなよ。
「さ、裏さん」
「はい」
裏さんに入るように促す、彼女は緊張の面持ちで俺の開けた扉に吸い込まれるように入っていった、俺もそれに続く。
ちなみに言っとくがいつもこんな緊迫してるわけじゃないぞ、今日だけ特別だ。
「む美影さんか、どうした?」
部長は十年来の友人に話かける様な軽い調子で裏さんを下の名前で呼んだ。
「どうした、じゃ、ないですよ。ほら」
なんか俺は頭に来たが怒りを前に出さずに裏さんをフォローする。
俺の声ではっとした反応をした裏さんは手に抱き締める様に握っていた鉢巻きを部長の方に広げる様に差し出した。
それを目を見開いて一瞥した後、部長は自分の机の下にある手元に視線を落とした。
俺もつられて部長の手元を見てみるとあろうことか部長は携帯ゲーム機をいじっていた。
しかもだいぶ懐かしのゲームボーイだ。
そんな俺の視線に気が付いたのかはわからないが部長は一言、
「すまない、今、ボス戦なんだ。少し待ってくれ」
と、告げた。
「あ、大丈夫ですよ」
裏さんはそれは日本海溝よりも深い慈悲を込めた笑顔で応対した。
これは部長の持論だが、携帯やゲームをいじりながら人と会話をするのは失礼な行為に該当するらしく、どうしてもやりたければ区切りのいい所まで行って一息ついてから会話しろとの事だ、そんなんうんぬんよりさっさとやめろよ、と思ったがそんな事にこだわっていると度量の小さい男に見られるので言わないけどな。
「っなに!岩の次は水だとッ!?どんだけ製作者は火タイプを冷遇するんだァ!?手持ちは火と石と鼠と蝙蝠しかいないんだぞ!…なぬ…、みずでっぽ…、うぉ、一撃だとッ!?目の前が真っ白に…」
あ、トカゲ選んだッスね。
部長は一通り嘆き終わった後、ゲーム機の電源を苛立たそうに切りこちらの方を向くと
「ヒトデに負けた…」とどうでもいい報告をした。
「部長、そんな事より…」
「あ、あぁ、待たせたな。にしても驚いたぞ。本当にお題をクリアするとはな」
「いえ、私なんか…、表さんのお陰ですよ」
「俺はなんもしてないよ。全部裏さんの実力だって」
「表裏だかの話はもうどうでもいいんだ、ともかく揃えたのは感嘆にあたいするぞ」
どうでもいいって…
こっちはこれから二年間は冷やかされるやもしれないというのに。
「本当はこれ以上部員を増やすつもりは無かったんだがな、見事にクリアしたのだからそうはいくまい、さて、美影さんにもう一度聞くが入部する意思はあるんだな?こんな下らない部に」
「下らない部…?そんな事ありませんよ。とても楽しそうな部活です。そんな部活だから私は入部したいんです」
「ふ、よく言ったな。同意したなら少し入部を考えいた所だ。カス部だと思っているような奴にこっちも入って欲しくないからな。さて、裏美影君、君に合格を言い渡そう。素晴らしいぞ、まさに部員の鏡だ。どっかの誰かさんみたく合格したのに『嫌だぁ』なんてごねられたらこっちも困ったもんだからな」
「どっかの誰かって…」
裏さんはそう呟くとキョロキョロと辺りを見渡し最後に俺の所でとまった。
古い話を持ち出さないで欲しいところだ。
窓から漏れる西日に俺は目を細める。
「さ、では部員5ヵ条を教えよう」
あの下らない奴ですね。
俺は下を向いて鼻白んだ。なんだか彼女に申し訳ない気がしてきたぞ。
部長は一回軽く息を吐くとそれを発表し始めた。
「では、言うぞ
1、部長には絶対服従
2、部長は偉いので敬語を
3、破ったものには罰を
4、どんな遊びにも真剣に
5、部員同士は名前で呼び合う事
、このうち1〜3は部長の権限でもある。分かったか?」
部長は一気に5ヵ条を発表すると、喉が乾いたのだろうか、お茶を啜るように飲んだ。なお、この5か条は部長のその時の気分によって増えたり減ったりするのであまり当てにならない。
「はい、わかりました。…えっと、…部長」
彼女は照れ臭そうに頬を赤らめ微笑みながら言った。
か、かわいい…、
胸に何か突き刺さる感じがしたよ、そういや昔『キュン』っていう缶ジュースあったよね、好きだったのにいつの間にか無くなってたけど、ともかくクピトが俺の心臓にドーン!
だが、落ち着け。高まるな心臓、それは一時の気の迷いだ!
俺は彼女を好きになってはいけないのだ、お笑いグループになってしまうからな!
さぁ、落ち着いてきたぞ…
「これからよろしくね。あ、あ、雨音…くん…」
勘違い、万歳ッ!!!
裏さんが照れながら俺の名を呼ぶ。
い、いや裏じゃない…み…
「こちらこそ、み、美影…」
調子に乗って下の名前しかも呼び捨てしちゃったぜ!
お互いの名を呼び合った後、俺達は見つめ合って、どっちが先か分からないけど吹き出した。
部員が一人増えた。
活動目的がいまいちはっきりしない娯楽ラブにだ。
今いるメンバーは俺と美影と孫を見守るお祖母さんの様な目で見る部長、それから部室のドアの隙間から隠れて様子を見るオス2匹、あと誰かいた気がするが今の俺には思いだす事が出来そうにない。
「それじゃ、今日は解散」
「ラジャ!」
部長の一言で締めくくられた。
年甲斐にもなく明日から始まる生活に少し俺の心臓は鼓動した。