15(5)
最近睡眠が思うように取れません。
いつも決まって目覚まし時計の20分前に目が覚めるようになってしまいました。
これが噂の睡眠障害でしょうか…。
13:00
マイクロバスはマイクロとは言えないドデカイお屋敷に無事に辿り着いていた。
うどん屋で盛林さんは情報を収集し、ルートを確立したのだそうだ。
「はぁー、やっと帰って来れたわ、懐かしの我が家よー」
和水がこれまたドデカイ扉を開けて、屋敷内部に入るなりそう声をあげだ。
にしても、ほんとに広いな。
いろは坂並の山道を登り、ゾルディク家並の高さの門をくぐりねけ(重さはどうか知らないが)、庭を抜けてこの屋敷の扉を叩くまでかなり時間を要した。
途中までバスで庭園を走ったというのに、これだけ時間がかかったのだから徒歩ならもっとかかるんじゃないだろうか…。
「あれ靴脱がなくていいのか?」
「ああ、大丈夫よ。うちは洋式だから」
普通にスタスタと歩く和水に続いて俺たちは玄関を抜けた先の広間に到着した。
洋式とかそういう問題じゃないと思うのだが、…スゲー、水道橋家!靴脱がないで進むなんてマジで高級官僚みたいだ!…よく分からないけど。
広間は文字通り広く、夜は社交場としてダンス会場になりますと言われても不思議じゃないくらい壮観としてた。
俺の身長の10倍くらいの高さがある天井には、ちょっと値が張るホテルでしか見たことがないシャンデリアがぶら下がっていて、一つの電球が切れただけでタウ○ページで業者を呼ぶような勢いの豪華さだ。
奥の廊下続く細い通路の手前の壁には美術室に飾られるような感じの美女の肖像画がかけられていた。
きっと俺には伺いしれない高名な絵描きが描かれた物だろう。神々しいオーラを放つ美少女の絵の下には『和水お嬢様』というタイトルがかけられていた。
「…」
いや、うん、ちょっと美化し過ぎだと思うよ。
そんな絵画から目を逸らして、奥を見れば緩い傾斜の階段があり、それの手摺は金金ピカピカだ。
二階に上がることさえも一つの儀式みたいな錯覚の凄味を感じるほどである。
「ん」
床に敷かれた真っ赤な絨毯の真ん中に黒の燕尾服を着た男性が立っているのに今更気が付いた。
周りの豪華絢爛に圧倒されて気が付くのか遅れたよ。
「いらっしゃいませ」
男性が恭しく和水に、それから俺たちに頭を下げた。
ん、燕尾服なんて初めてみたぞ…、え、ていう事は彼は…
「羊?」
「執事でございます」
リアルメイドの次にリアル執事だぜ。英語でバトラー。
芳生がお約束なボケを飛ばしたが、それを普通に男性は返した。
おおっ、さすが!
ひと味違う!
「ワタクシは『盛林誉』と申します。以後お見知りおきを」
「えっ、盛林…」
慇懃な態度で自己紹介をしてくれた執事さんが名乗った名字は先ほどまで俺達をバスで運んでくれた盛林イロハさんと同じてはないか、…ということは…。
「はい、お察しの通り私はイロハの兄に当たります」
ニコリと笑いながら、イケメン執事はそう言った。
てか和水家の使用人になるにはルックスも重視されているのだろうか。採用基準をちょっと知りたいところだ。
「そいつは私の弟です」
ぬっ、と入口のドアを開けて中に入って来てから盛林イロハ(以下だるいのでイロハさんと呼ぶ)さんが出て来て無表情でそう言った。
どうやらバスの車庫入れが終わったらしい。
…コイツ(水道橋)の家はマイクロバスをも所有しているのだ。
凄いな。手配ではなくて所有物だもん、一般家庭からは想像つかないよ。
「妹よ、勘違いを植え付けるのはやめないか」
先ほどとは打って変わって誉さんはやけに崩した言葉をイロハさんにかけた、兄弟だから当然と言えば当然だろう。
「えっとお2人は双子なんですか?」
美影が前と後ろを、挟み撃ちみたいになってるから仕方なく交互に見てからどちらに聞くでもなく呟いた。
その質問にイロハさんがきっぱりと答える。
「違います。たまたま、本当にありえない事で認めたくありませんが、彼とは同じ血が通っていて、私が誉よりほんの少し早くこの世に生を受けただけの話です」
よくわからない返答だが少なくとも兄弟である事は確からしい。
そのなんとも言えない答えに美影よりもさきに誉さんが反応していた。
「全く、回りくどい言い方はやめないか。えっと…」
「裏美影です」
「失礼致しました。裏さんの言う通り我々は双子です。もっとも私が兄で彼女が妹に当たりますが」
「間違った認識です」
冷たくイロハさんは言い返した。どうやらこの2人はどちらが先に生まれたが言い合っているらしい。
「彼らを混乱させるのはやめないか、妹よ」
「それはこちらのセリフです弟。あなたはいつまでも突っ立ってないで荷物を客間に運んであげなさい。全くこれだから弟は困ります」
イロハさんが鼻をハハンと鳴らしながら俺たちを気遣うセリフをはいた。いや、正確には誉さんに嫌味をいう為の言葉だろうけど。
「いまやろうと思っていたところですよ。大人ぶろうと人に命令するのはいいですけど、キチンとあなたも行動しなさい、ウドの大木じゃないんだからね」
誉さんはニヤけながら俺たちの側にゆったりと近付いて、「荷物をお持ちします」と丁寧に言った。先ほどからのイロハさんとのやり取りからは考えられないほどの切替えの早さだ。
「女性の方の荷物は私が運びましょう」
負けじと後ろの玄関に立っていたイロハさんも俺達に近寄ってきた。
そんなサービスを受けてきた事ないので当然戸惑う。
こういう時って、遠慮すんのが筋ってやつなのか?というか8人分の荷物を2人で割ったとして4人分、その大荷物をたった2人で持てるとは思えないのだが…、イロハさんに至っては女性だし…。
この量を運ぶなど一頭身のピンクの兎でも現れない限り不可能に近いだろ。
あたふたとパニクっているのは俺だけではない、和水以外の娯楽ラブメンバーも同様である。
「結構よ、自分達の荷物くらい自分達で運べるわ、下らない兄弟喧嘩をする暇があるなら下がりなさい」
「し、失礼しました」
和水がぴしゃりと言い放つと誉さんは恥ずかしそうに鉄面皮を初めて崩して、後ろにムーンウォークのようにスススっと後退した。
「全くそれだからあなたはダメなのです」
「あなたにも言ってたのよ!イロハ!」
「そうですか」
後ろで偉そうにふん反り返っていたイロハさんに和水が怒鳴り散らしたが、イロハさんは全く気にした風もなく俺たちを追い抜いてさっさと二階に上がっていった。
「は、反省しなさいよ!」
「してます」
「嘘おっしゃい!」
「さ、どうぞ。客間はこちらになります」
「無視すんなぁ〜」
…どうやら力関係的に
和水
↑ ↓
イロハ=誉
という微妙過ぎる力関係が成り立っているらしい。
なにこのわけのわからん主従関係。
イロハさんに案内してもらった部屋は二階の大部屋だった。ベッドが四つ備え付けられていて、景色もなかなか良好だ。
男子と女子に分かれて今日は泊まるらしい。このホテル顔負けの一室に。
「それでこれからの予定なんだけどね」
部長が女子部屋に荷物を置くなり、和水と美影を連れて男子部屋に乗り込んできた。
「まず荷物を和水ん家に置くだろ」
片手を上げて部長は続ける。
今、それをやろうとしているのを妨害している事に気付いてないとは言わせない。
「それで一息ついてからまたバスに乗って今度は楓の家に向かおう。楓はちゃんと家族に話しといたか?」
「ああ、倶楽部のみんなが一回寄ってくって言っといた。泊まりはしないと言ったら残念そうにしてたぞ」
「ふむ、まあ、楓の家はまた今度ということで、ああ、夕飯の許可は取ったか」
部長の問い掛けに楓は一度だけコクンと頷いた。
今日の夕飯は楓のウチでとるらしい。メニューはカレーと合宿の王道だ。
「それで、ええと…、ご飯を食べてから…」
一旦息を吐いてから考えるように部長は回りを見渡してまた言葉を紡いだ。
「そうそう、それから楓オススメのビュースポットまで徒歩でいく、そこで一時間ばかし星を見たらお終いだ。そのまままたバスで和水の家に直帰し、睡眠をとって次の日25日、学校の校門前で解散。何か質問はあるか?」
明るく最後を締めくくって、誰も質問をしなかったのでその場は一時閉会となった。
みんなが各々の行動、-女子は自分達の部屋で荷物を纏める-を取るため移動を開始する。
「あっ、ちょっと待って、これこれ」
和水がバラバラになろうとするメンバーを呼び止めて、つなぎ止めた。
それから鞄をごそごそとほじくり出して、口で「じゃじゃーん」とデカい効果音を言いながら、なにやら青い冊子を何冊か取り出した。
「何それ?」
芳生が唇を突き出して聞いた。
和水は待ってましたとばかりにニヤけて、頭の上にそれを掲げる。
その冊子には青地に黒いマジックで『しおり』と書かれていた。
「しおりぃ?」
「えぇ!旅のお約束が書かれたしおりよ!製作監修、水道橋和水!」
和水は偉そうにみんなにそれを一枚ずつ配っていった。
「…しおり、ねぇ」
少しだけ呆れながら俺は受け取った冊子の表紙をマジマジと見た。
表紙には「しおり」、そして「製作監修水道橋和水」と書かれている。
ペラリと表紙を捲って見てみた。
1ページは普通に「もくじ」で、次ページには『持ってくる物』とか今更どうしようもない事が書かれている。
下らね。
そう思いながらまたページを捲る。「予定」と書かれた欄には今日明日の予定が走り書きされている。そしてその欄の一番下には「この合宿の提供は水道橋和水の提供でお送り致します」と丁寧な文字でそう書かれていた。
ああ、なんて不安になるスポンサーだろうか…。
まるでこの旅の前途を示しているかのようだ。
「どう?よく出来てるでしょ?コレ寝ないで作ったのよ」
「ええ、なんか本物の旅のしおりみたいです」
「さすが美影、いける口ね!」
タダのお世辞だっうの。