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15(4)


なんだかんだでストックが結構あります。

これだけあれば連続投稿も夢じゃない!




11:00


バスはいまだに道を失ったままだ。

行く先の舵を取る盛林さんは特に何かをいう事なく、口を真一文に結んでいる。

全くとんだミステリーツアーに成り果てたもんである。まさか嫌な予感がこうもズバリと当たるとは、…ヤラレキャラの異名は伊達じゃないぜ!



ブロロロ…


車内にはひたすらタイヤがアスファルトを回転する音だけが響く。


「…」


運転手さんは口を噤んだままである。

不安になってくるので現在の状況を報告してほしいところだが、それよりも今俺に襲いかかっている問題は、…


朝ご飯が軽いパンくらいだったので正直かなりお腹がすいた、という事だ。

お腹と背中がくっつくぞー、みたいな。

寝不足からの車酔いでお次が空腹かよ。

なんていうか今回の娯楽ラブ合宿、これだけでお腹一杯って感じだ。


グゥ〜。


タイヤの音だけでなく、バス車内にお腹の虫が鳴き声が新たに挿入された。

バスの揺れからか体力を削られるのもあって、お腹がすくのは仕方ないのかもしれない。


グゥ〜


また、鳴いた。

もっとも俺のではなく、


「…ッ…」


隣りの美影のやつだけど。


「…」


あえて気がついてないフりをして眼球だけを動かし美影の様子を眺めてみる。


美影は顔を真っ赤にして下を俯いていた。両手を膝の上で重ねて、ジッと音をこれ以上出さないように力を込めているようだ。

他人にお腹の音が聞かれるというのは、テスト中の沈黙の中で学生は一度は味わう試練だろう。

しかしそれをバスの中で経験するとは誰が想像しただろうか。俺はもちろんの事、美影も想像だにしていなかったんだろうな。


さて、お腹の音の発信者も大変だろうけど、こういう場合、受診者はどういう反応したらいいのだろう。

彼女に話かけて緊張を和らげるべきなのか、はたまたこのまま気付いてないフりを貫くべきなのだろうか。


俺が発信者だったら『も〜、雨音さんったら』『ごめんごめん、ワッハッハ』なんて笑い合ってはぐらかしたいところだが…。


「…」


それはそうと、和水は美影の腹の音に気がついているのだろうか。また俺が気付いているという事に美影は気付いているのだろうか。


どちらせよ、このまま無言のままでバスの中を過ごすのは気まず過ぎる。


取りあえず下らない雑談でもして場を紛らわせよう。


「美影さあ…」


「あ、み、見て下さい!雨音さん!…えーと、ね、猫です!」


猫?

珍しくも…ない、よ。


「…本当だね」


どうやら触れて欲しくないらしい。

触れる気なんて無かったけどさ。


「あ、び、ビニール袋でした…」


「…そう」


もう心底どうでもいいね。


「お腹へったわぁ!」


そんな微妙な空気を破壊するように隣りの和水が伸びをした。


「みんなはそう思わない?」


それから同意を求めてきた。

彼女は美影に対して皮肉でそういっているのだろうか、いや、和水の事だから多分天然なんだろうけどさ。


「ああ、言われれば確かにお腹が減ってきたな」


前の座席に普通に座っていた部長がさっきと同じように身体を反転させて、背もたれの上の部分に頭を預けるようにして俺たちの方を向いて言った。


「私なんてペコペコよー、ひもじいよおー、てやつ」


「もう12時じゃないか、そろそろ昼ご飯の時間だな、楓や芳生を起こしてご飯休憩でもとるか」


「それがいいわね。雨音と美影もお腹減ったでしょ?」


「ああ、俺もかなり腹へったな。出来ればそろそろ飯取りたいと思ってたところだよ」


和水が意見を求めて来たので答えたけど、…美影は少しだけ気まずそうに視線を空中に漂わせている。

さっき腹の音が聞かれたから、そんな質問して来たのか、とかそんな事考えてるんだろうな…。


「わっ、わたしも…」


美影は小さく手をあげた。

それから、蚊の鳴くような声で続ける。


「お、お腹が鳴っちゃうほど、へりました…」


「…」


突然のカミングアウト。

そうする事で聞かれててもダメージを和らげる作戦らしい。

だが、その作戦はこの場では功を奏したらしい。


「そうよねー、じゃ、やっぱり休憩しましょ!聞こえてたイロハー?」


「了解しました」


和水が大きな声で運転手さんを呼び掛けた。

運転手さんは了解の旨を伝えると、そのままのトーンで続けて聞いてきた。


「何を食べるんですか?」


聞かれた和水はそこで初めてその問題に気付いたらしく、部長の方を向いて意見を仰いだ。


「…どうしようか?」


「多数決でいいだろ、先生と楓と芳生も起こして聞いてみよう」


「そういう事だからちょっと待っててー」


「承知しました」


運転手さんはそう答えるとまた無言に戻る。

無口な人だな、無駄口を叩かないというか、仕事人というやつか。


その後、部長は二度寝を開始していた山本先生をさっきと同じように起こしたあと、楓と芳生を普通に起こし、マイクロバスの中は無事全員起床となったのだった。


それからバスの一ヵ所にみんなが固まって昼食をどうするかの会議を開始する。


「ふぁ、僕はご飯よりまだちょっと寝てたいんだけど…」


「そう言うな芳生、もう昼だからこれ以上寝ると夜寝れなくなるぞ」


眠そうに瞼を擦っていた芳生に楓がこれまた眠そうにぼんやり視線を落としたまま言った。

説得力がないぜ、楓さん。


「それで昼ご飯?別になんでもいいだろ、次通った店とかで」


「なんでもいいが一番困るのよ!」


和水が反論する。

というか、次見た飲食店と言っているから困る事は何にもないと思うのだが…。

ただ単に和水は空腹がたたってムカムカしてるだけなのだろう。胃が。


「俺はラーメンに一票な」


こめかみを擦りながら山本先生が言った。

俺はそれで構わないけど、女子はどうなのだろうか、噂で女の子はラーメンを啜る姿を男子に見られたくないと聞いた事があるんだけど…。


「私はそれでいいです」


「もうなんでもいいわ」


「異論はないようだな」


我が部の女子は別にそんな事気にしていないらしかった。


「そう言う事だから、イロハー、ラーメンにけっ…」


「うわっ」


突然バスが勢いよく右に曲がり、その衝動で揺れたので軽く声を上げてしまった。


「ん?」


楓も声を上げていたが、その声は驚きよりも疑問を感じた時に出すような声だった。

どうしたんだ、楓?

俺も彼につられてそう疑問を持った。


バスはそれからバックを開始して、そのまま一店の店の駐車場に入る。

運転手さん、突然過ぎるよ…。


「到着しました」


キッとサイドブレーキを降ろして盛林さんはそう言った。


「はあー、やっと狭い車内から開放されたわー」


いの一番に和水が立ち上がって開いたバスの扉からアスファルトの駐車場に降り立つ。

それに続けてばかりに俺たちも、外にでた。


「あれ?」


土器色の屋根のお店の看板にはラーメンという表記はなく、代わりにでっかく『うどん』と書かれていた。


一番最初に外に出た和水は歩き出してお店に入る事なく突っ立ったまま俺と同じようにうどんの看板を見上げていた。


「どうされました?」


最後に降りた盛林さんが呆然とした俺たちを見て聞いてきた。

いや、どうしたも何も、…たった今ラーメンを食べようと決めたのになんで俺たちはうどん屋の前に立っているのかという事だ。


「どうしたじゃないわよイロハ!ラーメンじゃなくてうどん屋じゃないの!?」


和水が怒気をこめて盛林さんに突っ掛かる。

盛林さんは一瞬ひるんだようだが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「ああ、そちらの…」


「俺?」


そして楓に逆手を向けてから、和水に答えた。


「そうです。そちらの方の意見を参考にさせて頂きました」


「…あなたまさかラーメン屋を見つけるの面倒くさかったとかじゃないわよね?」


「そんなわけありません、ほらお嬢様急がないと伸びてしまいますよ」


盛林さんは平然とそう答えてから俺達の間をすり抜けて、「まだ注文もして無いのに伸びるわけないでしょ」という和水の至極まともな突っ込みをシカトしながら、勝手にお店の暖簾をくぐっていた。


なんか仕事人にとかさっき思ったけど本当は真逆の人っぽいな。


仕方無いので俺たちも彼女の後に続いてお店に入った。




無難にキツネうどんを頼んでから席につく。


人数が8人と多いので4対4と分かれて座る事になった。


向こうのテーブルは娯楽ラブ女子メンバー+盛林イロハさん、こちらは娯楽ラブ男子メンバー+山本先生。

普通に男子女子で分かれただけだが。


「…」


向こうのテーブルは楽しそうに会話に花を咲かしているようのに、何故かこちらのテーブルは会話がない。


「…」


なんでだろうか?決して仲が悪いというわけじゃないはずだが…。


「おまたせ致しました」


慇懃な物腰のうどん屋の店員が注文された物をすべて運んでテーブルに置いてから、伝票を残して奥に帰っていった。

料理が来るまでの時間が以上に長く感じられたな。


「いただきまーす」


そう言ってから割り箸を割って食べ始める。


「ん?」


一口目に手をつける前に芳生がボーとしながら自分の注文した『カレーうどん』に七味をふろうとしている事に気が付いた。


「おい、芳生。普通カレーうどんに七味は振わないだろ」


俺は芳生が取り換えしのつかない事をする前に彼を止めた。


「え?…あっ、う、うん!そ、そうだよねー、うん」


「ったく、しっかりしろよ」


話かけられて慌てたような芳生が素直に七味を元の位置に戻したのを確認してから俺は少し冷めた麺を口に運んで咀嚼する。


うーむ、ふむふむ、なかなかのお味で。


む?


なんか突き刺さるような視線を感じて俺は顔を上げた。


「…」


そこには割られる前の割り箸を持ったまま動きを止めて俺を凝視する楓がいた。

なんだよ…。

ちらりと横を見れば山本(先生)も俺の事をみている。

七味を握っていた芳生もだ。


なんだよ、おい…


「俺の顔になんかついてるか?」


「お前…」


頬に軽く爪をたてる、爪の隙間に化粧の粉が付着していた。余りにも多い視線が気になって食事に集中出来ない。楓が訝しげに俺を見つつ答えてくれた。


「雨音か」


意味がわからない言葉だ。


「はー、俺じゃ無かったら誰なんだよ?」


うどんをまた啜りながら答える。

楓はパキっと割り箸を割ってから自分の注文した山菜うどんに箸を突っ込んでから呟いた。


「やはりそうか。いや、一瞬だれか分からなかった」


「ほんとー、僕新入部員かと思ったもん」


カレーうどんの汁をレンゲで掬った芳生が楓の言葉に続けてた。


はあ、何言ってんだコイツら…


頭を傾げながら三度うどんを箸ではさんだところで彼らの言っていた意味を理解した。


「あー、コレは俺が寝てる間に和水に化粧されたんだよ」


どうやら彼らは俺が女装していたのを疑問に思っていたらしい。

その一言に楓と芳生は納得がいったように食事にまた戻る。


「…」


ただ一人、隣りの山本(先生)を除いて。


「なんですか?山本先生、早くしないとそのかき揚げうどんが伸びてしまいますよ」


「…うむ」


俺が親切にも指摘してあげると、山本(先生)は気が付いたように箸を器に入れてかき混ぜ始めた。

ふう、やれやれこれでやっと食事に集中でき…


「すまなかったぁ!雨音ぇー!」


ブッ


隣りで叫ばれて思わず口から吹き出すところだった。

う、うるせー、


「…突然なんですか…先生…」


「お前、俺が言ったあの言葉を気にして…」


「なんの話ですか?」


「俺と話たかったら性転換してから出直して来いっていったじゃん…、まさか真にうけるとは思わなかったんだよ…」


「んなわけあるか…」


あー、そんな事前に言ってたなぁー、たしか…。


「でもゴメン!どんなに顔が可愛くても、男はやっぱり無理だっ!」


「黙れっ!」


なんで俺がフラれてるみたいになってんだよ!


そして楓と芳生は冷め切った視線を送らないでくれ!

違うから!



俺は同姓愛者じゃないから!ストレートだから!




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