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15(3)


前々回、自分の好きな小説のジャンルをカミングアウトした私ですが、普通の小説や漫画も読みます。

ただちょっと電波が混じってると自分的好感度がグィーと上昇するのは確かです。


もし私と同じ感性をお持ちの方は今度一杯どうですか?

オレンジジュースでお相手しますよ。




10:00


前の座席シート二つ分を堂々とベッド変わりに使用していた部長がむっくりとゾンビのように起き上がり、背もたれの部分に顎を乗せて俺たちを見下しながら瞼を瞬かせて言った。


「んあ、雨音起きたのか」


「部長も寝てたんですか?」


その嗄れた声から部長が寝起きだという事が予想できる。

堂々と二つ分ベッドに使用するなんて娯楽ラブでバスを貸し切っていなければ出来ない暴挙だ。


「ちょっと最近夜更かしぎみでな。ふあー、心地よい揺籠みたいだったんで思わずね」


部長はあくびを一つ大きくすると、涙目になりながら俺にそう言った。

周りをグルリと見ればみんなぐっすりと夢の中である。

芳生なんていびきをかいて寝ている。


「みんなバスに乗った途端眠り始めるんだもん」


和水は補助席をガッタガッタ揺らしながら呟いた。

隣りでそんな事をされるのは俺の座席も揺れて非常に迷惑である。


「つうか、お前なんで補助席に座ってんの?」


座席はたくさん空いている。わざわざ俺の隣りの堅い補助席に座る必要はないはずだ。


「先生が私に全補助席に座れる権利をくれたのよ」


目を楕円から線にしながら朗らかに和水は答えてくれた。

意味がわからん。

先生って…、今、一番前の座席で間抜け面でいびきかいてる山本先生の事だよな。

引率でついてきたはいいが特に場を仕切るわけでもなく、バスに乗り込んだ途端惰眠を貪りだした先生。


その先生がくれた権利?


「なんだよソレ?」


「だから補助席に座れる…」


「そうじゃ無くて…、…なんで好き好んでわざわざ補助席に座るかな…」


「暇潰しの一貫よ」


暇潰し、って…

補助席で遊べる権利を持っているなら、


「暇潰しに俺の顔で遊ぶのやめてくれないか…」


俺の顔をキャンパスにする必要はないだろう。


「失礼ね、あなたに化粧をしたのは暇潰しじゃ無くて部長からの命令よ」


「…そうか」


部長をキッと睨み付ける。

俺の視線にまた半分夢の世界に旅だっていた部長は気が付いたように「ん?」と顔を向けると、しばし無言になった後で驚いたかのような声をあげた。


「あっれ!?お前雨音かっ!?」


「俺じゃ無かったら誰になるんですか…」


「いやぁ、びっくり!今回もまたうまく化けたなぁ」


「化けたとか…」


「まさか雨音とは…最初気がつかなかったよ!寝ぼけてたのかな。それにしてもまさに化けたっていう表現がピッタリだ、相変わらず素晴らしい腕前だな和水」


「えへへ、そうでしょー」


頭を二度三度かきながら顔を仄かに赤らめて和水はてれた。

全くいい加減にしてほしい。


でも、まっ、今回は化粧だけで服は変えられてないからまだましか。


「それより部長、このバスどこに向っているんですか?」


「うぃ?」


結構な距離を走ったが、バスは相変わらず山道を走る一方でいまだ終着点を見せない。

楓の家の近くか、はたまた和水の家の近くかに、どちらしてもそろそろついてもいい頃だろう。

確か、今回の娯楽ラブの天体観測の目的地は楓ん家近くの丘陵地帯で、宿泊地は和水ん家になっていたハズだ。

だから俺はてっきりバスの目的地は宿泊先である水道橋家だとおもっていたのだが…、距離と時間の関係から考えて、その可能性が多少薄れてきた。


「部長?」


「…あ〜…」


部長は俺の質問に答える事なくあたりをキョロキョロと汗を垂らしながら見渡している。


まさかとは思うが…、あんた…


「わからん」


やけに明瞭な一言を言い放った。


「…」


「どこだここ?」


「…冗談でしょ?」


聞いてるのは俺ですよ。



「山本先生、起きて下さい。山本先生!」


部長は一番前まで急いで歩き出すとそこで大口開けていびきをかいていた山本先生の身体を揺すって起こそうとした。


「ん〜むにゃむにゃ、もう食べられないよ〜」


漫画でしかみたことない寝言を呟きながら先生はまったりと瞼を開けた。


「まてぇー、それは俺のフカヒレ丼だぁ〜」


「…やけに豪華な夢ですね」


先生の寝言にイラついたのか分からないけど部長は、先生のこめかみの髪の毛を逆にビンと強く引っ張った。先生は豚みたいに情けない声を上げて完全に目を覚ましたみたいだ。


「ヒギィ!?お、う?ありゃー、はかりぃ?」


「先生寝起きのところ悪いんですが…」


全く悪気のない声音である。アレはかなり痛いというのに…。


「そう思うなら俺の膝の上で、『目覚ましてよぉ、遅刻しちゃうよ!おにいちゃん!!、んもぉう』もしくは『起きなさいよ、全く毎朝毎朝…、幼馴染みの私の身にもなりなさいよね』で起こしてくれ」


「…このバスはどこに向ってるんですか?」


先生の意見を完璧に聞かぬふりして部長は俺がした質問を先生にしてくれた。

先生はそんなことなど無かったかのように普通に会話する。その姿勢には尊敬すべきなにかがあった。


「このバスが向う先…?」


「ええ言葉通りの意味です。このバス…見たところ山道を進んでいるんですけど、どこに向ってるんですか?」


「山道ねぇ…」


先生は細目で外の流れ行く景色を捕らえた。

実際に景色は相変わらず木、いや樹しかない。


ほんとにこのバスはどこにいっているのだろうか。

集合場所だった羽路学園の校門を離れてもう少しで一時間経とうとしている。

和水の家は聞いていた限りじゃそんなに遠くじゃなかったはずだ。楓ん家も同様である。


「…知らんがドンマイ」


「はい?」


「そんなの俺に聞くなよ!俺は全知全能違うの!」


子供のような大きな声で山本先生は言い放った。

全知全能じゃないのは先刻承知だが、なぜに引率の先生が行く先を知らないのか。

心の中の俺の声が届いたらしい、部長も同じ質問をしていた。


「なんでですか?今はどこを走ってるんです?」


「知らないっうの、バスの手配やらなんやらは全部和水にまかせたんだからな!」


「は?和水だと?」


「ああ、和水だ。仕事がたまってたから、和水に全部まかせたんだよ。快く引き受けてくれたぞ」


「な、和水どういう事だ?」


部長は先生との会話を打ち切り、補助席に座る和水の目の前に立ってそう問う。走行中のバスは揺れるので席を立たないで下さい、そんな言葉など幻のような勢いだ。

我関せずだった和水は部長の顔を見上げると、焦ったように窓の外を見つめると勢いよく立ち上がった。


「私ん家に向ってるはずでしょ!?」


バスのエンジン音をモロともせずに出された大声に答えるように、バスの運転手が、辛うじて聞き届けられるような声で和水に答えた。


「すみませんお嬢様、道を間違えました」


…は?

運転手(女)が和水の問い掛けに気さくに答えた。

バスの運転手が女の人っていうのは珍しいな、ってそれよりも!

今あの人はなんつった!?


道を


間違えた、だとっ!?


「なっ、なにしてんのよ!しっかりしなさいよね!」


「カーナビがないのが敗因の一つかと」


しれっと、鋭い口調で彼女はこちらを振り向きもしない。

まぁ、運転中だからってのもあるだろうけど、罪悪感から合わす顔ないってことかな。


「カーナビが無くてもあの程度の距離を間違えるなんて信じられないわ!電車で5駅分よ!車だったら30分もしない距離じゃないの!」


「そう言われても間違えたんだから仕方無いでしょう」


「ひ、開き直ってるんじゃないわよ!それで今どこを走ってるの!」


随分と気さくにバスの運転手と話をする和水だが、知り合いなのだろうか。さっきお嬢様とか言ってたが…。


運転手さんはずっと後ろを振り返ることなく、運転に集中したままハンドルを握っている。


「わかりません」


「わ、な、なによ!それ!あなたはプロなのに仕事でミスするなんてダメよ!」


「そうですね」


「わかってんだったら反省しなさいよぉー!」


「だから最初にすみませんと謝ったじゃないですか」


「口答えしないで、早く私ん家に向かいなさーい」


「努力します」


淡泊に一言だけ返す運転手さんに、ぜえぜえ、と肩で息しながら一気に捲し立てていた和水だが、そこでようやく一息つくように深呼吸すると、重力に従って全体重を補助席にドシンとたたきつけるように座った。


補助席がおれてしまうんじゃないかというほどの大きな音がした。

隣りの俺の席にまで軋みが起こったほどだ。


「痛つぅ〜〜」


衝撃は当然和水にも伝導する。堅い座席の分だけ尻にもダメージがあったみたいだ。


「大丈夫か、和水?」


「…大丈夫よ、あーあ、補助席は本当に楽しいわぁ」


「白々しいぜ」


さっき痛みに震えてたくせにわざわざ楽しんでいるフりをしなくて結構です。


「それでどういうことだ?」


「今の会話を聞いてたら分かるでしょ?道に迷ったんだって、はぁ、私の面目まで丸潰れじゃないの…」


「いや、そうじゃ無くて…」


道を見失ったというのも重要な問題だが、俺にとっての疑問はすでに別のステージに移っている。特別真剣な顔で俺は和水に話かける。


「あの運転手とお前はどういう関係なんだ?」


運転手は切れ長の目をしている黒髪の美人だ。まだ若くて恐らく行ってて20代後半だろう。

乗り込む時は、運転席の後ろに備え付けられている一つしかない入口から入ったので、顔を見ることなく、必然気にも止めなかったが、運転手がそんな美人だとは思わなかった。

そして当然そんな美人運転手と和水が知り合いというのは何故かという疑問も浮かんでくるのだった。


「お嬢様って呼ばれてましたけど…」


美影もやはり気になっていたのだろう。

隣りの席から俺越しに和水に視線をぶつけている。


「あれ?紹介してなかったっけ?」


「してないしてない」


「そう、じゃあ、いい機会だから紹介するわね」


左手を運転席の方に向けてから和水は明るい声を出した。


「私の家でハウスキーパーをしてもらっている盛林イロハよ」


「どうも」


小さく運転席から答える声がした。

ハウスキーパー…?

聞き慣れない単語だが、恐らくは家政婦みたいなものだろう。


「メイドか?」


俺の結論とは正反対な意見で部長が口をはさんだ。


「まぁ、そういうのにも分類されるんじゃないかしら、正直よくわからいけど掃除や料理なんかを家でやってもらってるわ」


奥で運転に専念する彼女に代わって和水が答える。


ん?メイド?


あ〜…

文化祭の時の衣装の…


「…いつぞやはお世話になりました」


小さく俺は呟いた。


文化祭の時に俺は和水が家から持ってきたメイド服を着させられたのだが、その衣装の元々の持ち主が運転手さんだということだろう。


そんな囁きのような声だったが、どうやら盛林さんの耳には届いたようだ。

彼女は俺に返事をしてくれた。


「あなたが件の…」


「…はい」


和水が普段学校の話を家庭ではどのように話しているか知らないが、文化祭で強制的にメイドの格好をさせられた話をしたなら、その件は間違いなく俺だろう。

俺以外に強制でそんな事をさせられた男子高校生がいるなら是非お会いして会談したいところだ。


「なるほど…」


彼女は納得がいったように頷いた。

先ほどから和水と会話していてハンドルを握る手以外寸分も動いていなかったが、初めて後ろ姿での動きをみせたのだ。


だが、頷いたのは良いけどなにがなるほどなんだろうか。


「確かにヤラレキャラの匂いがします」


「…え?」


車内の暖房まで凍る冷たい一言を盛林さんが俺の耳を突きたてた。


ヤラレキャラって…


「和水、家で俺の事なんて話してんだよ…」


流し目で和水を見る。


「別に、あった事を盛林と64やりながら話するだけよ」


和水に悪気などはないのだろう。

悪気があるのは部長のほうだ。

俺は部長の前ではヤラレキャラになるのだ。けしてマゾとかの話はしていない。


「あっそう」


これはつまり娯楽ラブの日常の中では俺はヤラレキャラにインプットされているという事なのだろう。


確かに、さ。

今の俺の惨状で否定は出来ないけどさ…。


甚だ遺憾でありますよ、それ。






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