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15(2)


時間は大切だと真摯に思う今日ころごろ。



バスは山道を蛇行するようにゆっくりと上って行く。そうそれはさながら俺の車酔いを助長する為に奏でられる葬送曲のようなエンジン音を轟かせながら。いや、正確に言うなら天国に近付いていくジェットコースターみたいな感じだ。俺自身すぐに天国に召されそうだけど。


頭の後ろになんとも言えないモヤモヤ感が付きまとい、口内からは酸っぱい汁が多量に分泌され、視野はチカチカと点滅し、状況だけ見ればなんかの病気の末期みたいだ。

大丈夫だぁ〜

うえっ、うえっ、うえ

頭の中ではその言葉をループザループさせるけど効果のほどはあまり期待出来ない。つか無いに等しい。


あ〜、気持ち悪い


「席代わりましょうか」


「…いや、大丈夫…、ちょっと寝るよ、寝たら多分気分も解消されるハズ…」


「そうですか…」


右隣り、窓側の美影が俺を気遣ってそう尋ねて来たけど今の俺にとっちゃその席移動が致命傷に成り兼ねないから遠慮しといた。

心配そうに呟いて美影は窓から外の風景に視線を移す。

風景といってもあるのは木くらいなもんだが、俺にとって『窓の外』よりも『内』にいる彼女とで一つの絵になっているからモーマンタイ。

いやぁ、美影がいるだけで観音様の掛け軸みたいな効果が得られそうだよ。言わないけどね。そんな軽口が唱えられないほど今の俺は弱っているのだ…、万全の体調でも唱えられないけど。

美影の心配そうな顔を網膜に焼き付け、頭を振動で動かないように固定してから俺は静かに瞳を閉じる。

車酔いを忘れるのに一番の解決法、睡眠を実行するためにはそれが必要だからだ。

その際に口の裏側でこの最悪な状況を作り出した部長に恨み言を唱える。ついでに、気遣いに感謝する一方美影にもついでに唱えといた、「この悪女め」と。





「クリスマスイブとクリスマス…、暇ですか?」


学期内でNo.1の長さを誇るといわれる二学期の終業式を無事迎えた我らが羽路学園第一学級三組の面々が全員教室を退去する前に可憐なる美少女、こと我が心のオアシス裏美影嬢が俺の机に片手を立てながら首を可愛いらしく傾け聞いてきた。


「えっ、それって…」


言葉が震える。

クリスマス…Xmas…Christmas…Christ聖誕祭…。恋人達のっ!メリークリスマス!


「雨音さん?」


そんなお誘いの言葉を女子から言われて、動揺しないほど俺は今までイケメン人生を歩んできていないから、戸惑うのは当然である。

別に戸惑わないだろ、とか突っ込んだやつは片っ端から舌噛んで死んでくれ。介錯人は担当するから(只今混乱中)。


「えっと、クリスマス前後にご予定あります?」


口をパクパクさせるだけでいつまでも返答しない俺に美影はまた同じ内容の言葉を言い直した。女の子からクリスマスの予定を聞かれるなんてこの世に生を受けて十と六、初体験だ!しかもそれが意中の相手ときたもんだ!人生楽しくね?


ハッピーーー!


「な゛っ、あい」


「…」


あまりの突然の彼女の襲来に平然を装おうとしてもダメだったらしく、変な言葉が出てしまった。


「…そうですか…」


「…うん」


「それはよかったです!」


一瞬彼女があきれたような顔をしたけど、すぐにいつものように明るく太陽なような笑顔で俺にスマイルしてくれた。

良かったです、ですって!

うきょ〜〜〜!


「あの良かったらですけど、そのまま予定空けておいてくれませんか?」


「う、うん!絶対空けとけとくよ!」


知り合いが弔辞でも法事でも危篤でも、すべてをかなぐり捨ててでも絶対にッ!


彼女はまたにっこりと嬉しそうに微笑む。


あう、癒される。

て、いうかアレですよね!

女性が男性にクリスマスの予定を聞いてくるって、アレだよね!アレ!期待しちゃっていいってことだよね!

勘違いしちゃってオッケーってことだよね!


「あのですね…、私もクリスマス暇なんですよ…」


「うんっ!」


きたきたきたきた!

勘違い万歳!


「楓さん、芳生さん、和水さんもみんな空いてるそうです」


「…え?」


「あとは雨音さんだけだったんですけど、良かったですー」


「…」


こ、この娘、なんの話しよっとですか?


「すぐに部長さんに報告しときますね!」


「…え?ぶ、部長?」


俺を見事に地獄に叩き落としてから焦りの声を聞く事なく、美影はスカートを翻しパタパタと上履きをならしながら教室を後にしていた。

鞄もきっちりもって完璧な帰宅スタイルだ。当然の事ながら今日は文化部にギリギリ分類される娯楽ラブ(というか部活動にギリギリ分類されてしまっている)もお休みなので俺と並んで帰るなんてことはない。


勘違い許可を申請したけど要請してくれなんていってない(泣)


俺の落ち込み度を知らずに教室の敷居の所で彼女は最後にこちらを振り返って、


「さよなら、雨音さん!行こっ」


と、ドアのところで待っていた彼女と仲良しの渡辺と一緒に俺の視界からすっかり消えてしまった。


「ぶ、ぶちょ…う…さん、ね…」


俺は壊れかけのロボットのように彼女が言っていた今一番聞きたくない人物の名を繰り返していた。

前回熾烈を極めたスゴロク大会に終止符を打ったのはダークホース・空気・英雄・土宮芳生だったが、結果よりも過程に俺は俺がもっとも恐怖した内容にぶち当たったのだ…。




5マス戻る。


そのコマに命令された俺は嫌々ながら素直にそれに従った。

そして従った先にあったのが、


部長によく「金釘流〜」と揶揄される俺の筆跡で。


『女装』


それを引き当てた時の部長の顔といったら…、例えば俺が雪山で死にかけて寝たらまずい状況に陥ったとしても、それを思い浮かべるだけで、マッハ2で起き上がるような、嫌味な笑顔だったのだ。


だけど準備が出来ていないからとかなんとかで場が流れて、芳生が次のターンで見事にゲームクリアをし英雄となることで悪魔のスゴロクは終わったのだ。




それから娯楽ラブの活動は2、3回軽くやってテスト前なので部活動休止期間に入り、テスト明けもテスト休みだなんだでここ数週間まともに活動していなかったから俺も部長の名を聞くまで『女装』の『紙』に当たった事を忘れていた。

が、美影。

彼女がこのタイミングで俺にクリスマスの予定を部長から頼まれて聞いてきたのだとしたら、それは間違いなく悪意の塊というクリスマスプレゼントになるのだろう。

というか聞く事自体が俺を持ち上げてから落とすという部長からのクリスマス・テロルと判断しても良さそうなところだ。


「マジかよ…」


教室にはがっくりと肩を落とす俺が残された。



「あっ!」


「ん?」


「あああああ〜」


「?」


「雨音ぇっ!貴様ぁ!?」


五十音一番最初の文字を連呼した後で俺の名を呼んだ一人の男子生徒が肩をドンと突くように突進してきた。


「てぇな、斉藤」


目の前には、学生鞄、体操着が入った袋や運動靴、書道道具、家庭科で使った裁縫用具、紙袋に乱雑に入れられた各教科の教科書を両手パンパンに抱えた俺の友達の一人、斉藤が立っていた。

彼の奥にはこれまた俺の友達の一人である高山がほそを噛むような顔で無言で俺の事を睨み付けている。


怖いです。


「うううううう〜!」


五十音三番目の文字を連呼しながら斉藤は俺に体当たりを食らわせてくる。その度にいろんなもんが俺の胸部に激突して痛い。

彼を見て俺が一つだけ言わせていただけるのなら、「事前にもっと持って帰れ!」か「ご利用は計画的に!」の二つに一つだ。


「う?」


「裏さんと!なに!」


言葉一つ一つにスタッカートを加えながら斉藤は俺に苛立ちをぶつけてきていたが最後の一言は奥の高山と一瞬に叫んでいた。


「「クリスマスラブしてんだぁー!」」


「うお!」


突然の大声に思わずたじろぐ。


「なんでお前ばっかり裏さんに贔屓してもらえんだよ!」


高山が他にも教室に人が残ってるのを知ってか知らずか、叫び声に近い大声で叫んだ。それに答えるように俺の近くの斉藤も口に常時スピーカーでもついてるんじゃないか、というほどの声で叫ぶ。


「それだけじゃないぞ高山!この裏切り者は裏さんだけじゃなく水道橋さんとも仲が良いと来た!一人ギャルゲモード突入した勘違い青春野郎なのだよ!」


「信じられんな、おまけに美人で有名な柿沢先輩とも仲よくしてると来た!」


「もうお前死ね!ほんと日本国の恵まれない男子高校生に謝罪してから腹をかっさばけよ!」


「青春してんじゃねー」


「そうだそうだ!死ねー!」


「ち、ちょっとまてよ…」


交互に交差させるように繰り返される斉藤と高山二人の口撃に反論というか認識の是正をさせてもらうべく、俺はそっと口を開いた。


「三人とも部活仲間だし…」


「「あ…」」


俺の一言に二人はまたもや同時に五十音一番最初の文字を呟いてから、「…」と無言になり、やがて俺と高山と斉藤の三人の真ん中に沈黙の天使が訪れる。

急に黙るなよ。

仕方無いので俺がなんとか言葉をひねり出した。


「…そういうことだからよ」


「うん、そうだね」


「わるかったな、雨音、青春とか言っちゃって」


しおらしくそんな事を言う二人と一緒に俺は無言になって床の上の綿埃と睨めっこを開始した。


どうせ、娯楽ラブだよ…

納得すんなよ…。




そんな二学期の終わりを迎え待ちに待った冬休みに突入して何日か経ったあたりに悪魔のメールを俺の携帯は受信したのだった。



送信者:水道橋和水

件名:くりすますみんなひまかしゆくするけつてい

本文:



一瞬イタズラメールかと…、というくだりは以前にもう済ませていたので今回はわりかし驚く事なく、全く成長していない和水からのメールの翻訳に取り掛かった。


『クリスマス皆ヒマ合宿する決定』


…かな?


えーと、つまり


『クリスマス(は)みんなヒマ(なので以前から話をしていた)合宿()する(ことが)決定(しました)。』


とかかな?俺将来翻訳家になれるかもなぁ。

なるほど〜、つまり合宿にいくわけだなぁ!クリスマスに〜



…えっ!?


ええ〜〜〜〜〜!?




…という事を回想しながら俺はたしか眠りについたんだ。


それで夢の中で『スゴロク』の時の事を見て、目覚めてみたら…


「今に至るわけか…」


こめかみに親指を当てて額を余った指で押さえるように思い出した。

もちろん増毛中である。


「何が今よ」


「なんでもねえ」


隣りの補助席についている和水が過剰に俺の独り言に反応したが、今は寝起きの爽やかな気分を(乗り物酔いはどこかに飛んでった)噛み締めている俺にとっては邪魔以外のなんでもない。


はぁ、全く、ほんとに今日は酷い目に合わされる。



今日12月24(イブだぜ)、冬休みに入って毎日遅寝&遅起きを生活リズムの指針にしていた俺は悪魔のメールを受けて、しょうがなく久し振りに早起きをし、その後指定された場所に一泊分の衣服を詰め込んだ鞄を持っていったら、なんとマイクロバスが来たのだ。


山本先生が手配したバスで、今、俺たち娯楽ラブ員はそれに乗って移動中だった。


「ただの移動なのになんでこんなに気疲れしなきゃなんないだよ」


そんな思いを知ってか知らずか、俺に女装を施した張本人は隣りの補助席で何をするでもなくボケーと前の通路を見ている。


「どうでも良いけど俺の女装の際の化粧係りはお前なんだな…」


暇を持て余すのなんなので和水に話かけた。


「あら、私は体育の時間、マットのミミを内側にしまう係りよ」


「…あ、そう」


素直に体育係りと言えよ。


「でも、本当に似合ってますよ〜」


「…そう、あんまり嬉しくないけど…」


右手側の座席に座っている美影が俺が起床した事に気が付いてか、俺の顔を凝視した後でそう呟いた。


「いやいや、そんな事ないと思いますよ。だって女性の格好が似合うなんてそれ自体一つの才能のようなものじゃないですか。…それはそうと、今回の雰囲気は以前の物と随分と違いますね」


「そう、なの?」


鏡がないから見えないけど。


「前までの化粧は私に似てる似てると言われまくってたからねー、大体考えてみれば、それもその筈よ。だって私が普段してる化粧を施してたんだもん。だけど今回は実験がてら新しいのに挑戦してみたんだけどうまくいったようね」


和水が俺に代わって答えた。華の女子高生だけど余り化粧をしてるとこを見た事がない和水だが、やはり女性だから心得てはいるんだろうな。


「はぁ、女の格好が似合っても嬉しくないよ…」


「そうなの?その割には前ほど嫌がってるようには見えないけど」


「…それは、その…。慣れというか…耐性?」


「今回は髪型も違うんですねぇ、ストレートの黒髪ですか?」


「だから、俺からじゃ見れないんだって…」


そう言いつつ俺は手を使って自分の髪を撫でた。手櫛がするりと抜ける。




最近のカツラはよくできてるな、ずっと前に触れた美容院の前に飾られているディスプレイ用のカツラに触れた時みたいな、エナメルというかテグス糸に触っているようなキュキュという感覚が全くない。本物のようにフワリとした触り心地の良い仕様になっている。


それこそ今回の俺の女装は和水よりも美影に近いものになっている。

美影の髪なんて触った事ないけど。


「でも雨音さんはどんな髪型でも似合いますね」


美影が口角を上げてにっこりと言った。

俺は溜め息をついてからそれに答える。


「だから、男の髪型が似合う男になりたいよ…」


心底そう思います。

俺の髪質は自分でもあきれるくらい特質すべき事がなく、丁度サラサラと癖毛の中間のような感じなのだ。それ故にセットが難しい。ワックス使っても萎びるし、何もつけなきゃ変になる…。ブラッシングすればサラサラもどきで時間が経てば癖毛が出てくる。もう嫌、こんな髪!

ワカメや海苔食ってミネナルたくさんとってんのになんでさ!


「今度はどんな髪型にしようかしらぁ」


「今度なんかねぇよ。今回でお終いだ!」


和水が嫌味ったらしくそんな事を呟いたので、言い返した。実際こんな事が三回(だっけ?)続く事自体奇異なんだ。

もう二度とするか!こんな事!


「あら、わからないわよ。それこそコレが切っ掛けにアンタの進路が一つ増えたわけだしね。そんな嫌そうな顔する前に感謝してほしいくらいだわ」


「…進路?」


「オカマ。似合う人が似合う格好するのが世界の正しい在り方よ」


「…俺は、普通のサラリーマンになります」


がっくり。

降参の意味をこめて俺は肩を深く落とした。


「サラリーマンもいいですけどね」


美影が中途半端にセリフきって微笑んで髪を優しく掻き揚げる。

左手の腕時計がキラリと光った。





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