表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/126

第15話(1)


好きなジャンルの小説が人それぞれあると思います。

私の場合好きな小説は『主人公が狂ってるの』だという事に最近気がつきました。




お手洗いから帰ってきた部長と楓が椅子にお尻を預ける前に、美影はサイコロを手のひらに置き、下面をなぞるようにそれをシュッと転がした。サイコロはてててっと音をたて、やがてピタリと止まる。

その一連の動作からは卓越したプロの技みたいな感じがした。


でた数字分美影は声に出しながらコマを進める。


「いーち、にー、さーん、しー…」


美影のそういう無邪気な子供っぽいところが可愛いんだよな。


「…」


目的のマスに制止した美影は何も声に出さずにまた無言になっていた。

ああ、今までのゲームの中で何回か見た反応だ。

そういう時決まってマスには紙も含めて『いやぁ〜な命令』が書かれていた。

美影の場合はどうなるのだろう。

俺も無言で動かない美影の横からマス目に書かれた命令を見る。

…これは、その…


「…エゲツない…」


思わず口からその単語が漏れていた。何故ならまさにその通りの内容だったからだ。


「美影ー、なにがでたのー」


そして例の如くまた芳生が彼女に尋ねる。おいおい芳生美影の傷を抉るのはやめてあげてくれ。


美影は芳生の声に顔をロボットのようにどこかぎこちなくあげると緩慢な動きで彼の方を向いた。


「『今進んだ分だけ戻る』…」


そして、書いてある内容を違和感ある口の動きで読み上げた。


「今でた数字分、というと…」


「部長さん…」


そこで助けを求めるように美影は部長に目線を移した。


「二回目は無効ですよね」


「ルールだから」


「…」


「…」


部長は、その視線に自分の視線をぶつけるので、そのまま二人は見つめあうような形になる。

そのままなんの動きもなくしばらく見つめあう二人。


「つまり美影はまた『服を脱ぐ』わけだね!」


今やっと理解出来たような芳生が声をあげた。

遅いわ!


「さて、また自分が書いた紙に振り回される美影よ」


部長は遠くをみるように半目の状態で美影を見つめて話かけた。

部長の言葉に俺はよく言えたもんだな、と思う。


「脱ぐのか?」


美影に部長は問い掛けた。


「っう」


美影は苦しそうに空気を吐き出すと、そのままゆっくり下を俯く。

きっと彼女の頭の中では様々な事が駆け巡っているに違いない。逡巡しているその様子をみればわかる。


「美影、無理する事はないよ…」


俺は小さくなった彼女の背中にそう呼び掛けた。部長がなんと言おうとそれはやり過ぎになってしまう。

改めて美影の服装を見てみる。半袖一枚にスカート、いつぞやと同じように後一枚で下着があらわになるという状況だ。そんな状況で服を脱げなどと言えるはずはあるまい。


「いえ…」


そんな俺の思考を切り換えるように小さく美影が呟いた。


「…は?」


いえ?

俺の『無理することはない』という言葉に対して、「いえ」?

するってーと、


「美影、脱ぎます!」


「っえ!」


な、なに言っちゃてんのぉ!

そんなアムロみたいな言い方で!


「ぬりゃあ!」


「わー!美影ぇ!?」


美影はそう変な気合いの声をあげながら、スカートを


ずり落とした。


「「うわぁあ」」


男子全員が叫びながら目許を覆った。

視界が両手に造られた暗闇に包まれる。


「…美影、お前それ…」


部長が感嘆、なのか?まぁ、そんな声をあげた。

気になる…。かなり気になる。


…神様、見てもいいよね?美影がこの場で脱ぐという事は俺たちに許可してるってことだよね?


…す、ストリップじゃないんだし、いいだろ!


俺達男子は恐る恐る覆っていた手を外して、彼女の姿を捕らえる。


「美影、っえ!」


そこにはパンティー姿の美影が…、いるわけではなく体育着のズボンをはいた彼女が立っていた。


「寒いから下に履いてたんです短パン」


したり顔でそう言う彼女。

なんだ、美影って部長の考案したあのゲーム以来からそういう脱衣対策は完全にとっているということなのか。


「なんだ。びっくりさせないでくれないか、全く美影は…」


「部長さんが醜悪なゲームを考案するからですよぉ」


笑いながらそういう美影。

部長もそれに答えるように


「次も出た数字戻るとかならおもしろいな」


「…」


と不吉な予言をした。


ん…?


その時にふと俺は違和感を感じた。

たしか、美影は、うでたて伏せ状態の和水にパンツ覗かれた時に…


「あれ?」


なんだ?


無言にたえられなくなった美影が吹き出すよう笑いだす。部長もそれにつられるように一瞬になって笑っている。


これ、喉に魚の骨が突っ掛かってるような、…安藤さんの名前を聞いたときみたいなデジャビュ…、とは少し違う気がするが…。


そうだ、矛盾だ


美影は白パンツって和水に暴露されてたんだし(正確には自分からだけど)、

単パンを履いてたらパンツなんて見れるわけないし、それなのに和水が美影のパンツの色を言い当てられたのは美影のパンツが…はにゃ?


…纏めると美影のパンツを和水が見る事なんてなかったて事か?


いや、でもだとするとわけが分からなくなってきた…


つまり、美影のパンツを和水が見れるという事は和水は美影が履いていた短パンを透かしたか、ないしは勘違いして見た気になっているかだが、美影のあのうろたえ方は明らかに素でパンツが見られた時のもので和水もあの時嘘をついたとは思えないし、だから美影は短パンを履いていたけど和水にパンツを見られたという不可解な事象が発生して…


あ〜、もうっ!するってぇと、どうなんだよ!?


ガタン


「!?」


身体が突然揺れた。

足下がガタガタになる。


視界が、テレビの砂嵐のように乱れ、音にノイズが混じる。

部室の白い天井が段々と黒い粒に覆われていく。まるで噂に聞いた飛蚊症のようだ。

それに伴うように、フワリ、フワリと身体が宙を舞うイメージが襲いかかる。


な、なんだ!

俺は今立っているのか?


俺は浮遊感に捕らわれる身体を押さえようと空に両手を突き出した。




「あ、いたっ!?」


「へ」


混乱した脳にやけにはっきりと言葉が刻まれた。狂ってしまった三半規管を揺らす聞き覚えがある女性の声。

いや、女性と呼ぶにはまだ幼さが残る声質だ。少女、それがピッタリの表現か?


「うっつう」


渇いた喉から嗄れた声がでた。一瞬驚いたがすぐにそれが自分の声と理解する。

俺はシャッターのように閉じられたままの瞼を上げて視界をクリアにしようとするがまだどうも明順応できずぼやけたままだ。


ん?あれ?なんだ?


ガタン


また身体がゆれた。

今度は左右に軽く揺すれるくらいだったが、その振動が起爆剤となるように俺の視界がはっきりとする。

いい感じのシェイクだ。


「あ?和水?」


「っう〜〜、人の顎に腕ぶつけといて謝罪の一言もないの?」


目の前には和水の黙っていれば端整な顔があった。今は眉をしかめて顎に手を当てている。


「…顎に手?」


まだ本調子にならない声帯を震わせて俺は和水の言葉をおうむ返しした。


「アンタの手が私にアッパーを食らわせた事よ。っっ、舌噛まなかったのが幸いね…」


ん…、ああ、ふと俺は自分の右手に残滓する微妙な刺激を感じた。たしかに何かが当たった時みたいに軽い鈍痛を感じる。


「あ〜、悪い…」


どうやら俺が振り回した手が和水の顎にクリティカルヒットしたらしい、ということは理解した。


「て、あれ?スゴロクは?」


「スゴロク〜?」


本当に眼前に迫る和水は解けない問題に出会った時のように顔を軽く歪ませた。


「スゴロクならこないだ嫌というほどやったじゃない」


「え?」


この間…?

むう…?

悩みながら、肩をすくめると、なにかにカツンと肘をぶつけた。慌てて視線をそこに移せば座席シートの肘掛けがそこにあった。

ん、肘掛け…?

今更だが、俺は自分の身体が座っている状態という事に気が付いた。

ん、えーと、これは…

確認するまでもない、椅子に座っている状態だ。

お尻と背中が半分埋没しているいい感じのフィット感。

んでもって、俺、…寝てたのか…。


あー、夢か。


それでこの間やったスゴロクを夢で見たわけだ。

たしか夢というのは脳が睡眠時間中に記憶の引きだしを整理しているから起こるとテレビで言っていた気がする。つまり昔の事や最近の事を夢で見るのだ。だから最近の出来事であるスゴロクが夢に見たのかもしれない。

俺はその事実に辿り着くまで幾らか時間をようした。


だけどさ…、俺の覚醒のスイッチは矛盾に気が付くという事だったけど、途中で違和感を感じたのは確かなんだから、もう少し良い夢が見たかったよな。確かそのテレビじゃ自分が夢を見ているとはっきりと自覚して見ている夢、俗にいう明晰夢という状態の時は、自身で夢の内容をコントロールするのは容易いとか言ってたし。もし夢がコントロール出来ていたら俺は美影の下着を…、おおっと!夢の中だからといってそういうのは良くない、清純潔白清純潔白ー。



「んで…」


寝起きで暴走しがちな思考を切り換えた時、疑問がまた浮かんだ。


「和水はなんで俺の膝に座ってんの?」


仮にも女の子の水道橋和水さんは俺の膝の上に、俺とお見合いする感じで向かい合って座っている。


「なんでって、そりゃあ…」


文字通り和水はすぐ目の前だ。

彼女は俺の膝の上に馬乗りになるような状態で腰掛けているからだ。何歳児だよお前は。

この不可解な状態で和水はなんで俺と向き合うように座っているのだろう。というか、彼女の体重が俺の膝にかかっているため、血流が滞って疲労感が出始めているのだが、…お尻も痺れてるし。


…誘ってんのか?

テンプーション?


残念ながら俺には効果がないようだ。膝の上に芳生乗せてる感覚と大差ない。乗せた事ないけど。


「罰ゲーム執行中じゃない」


「は?」


スッと和水が手を揺らすと、俺は頬に柔らかい感触を感じた。

パフパフパフ、決して和水が胸を押し当てているとかそういう擬音ではない。彼女は俺の頬に軽い平手打ちを繰り返しているのだ。彼女が手を動かし平手打ちする度に耳にはそんな音が届けられる。


「急に暴れるから中断しちゃたわ」


「中断…、罰ゲームって、っえ?」


ガタン

身体が左右に揺すれた。

俺の膝の上の和水は器用にバランスを取りながらも手を休める事なく作業を続けている。


ちらり、と視界の端で和水の手元を捕らえた。

その手には、ファンデーションが握られていた。


「え、それって…?」


「パフパフよ」


DQの特技ならどれだけ嬉しい事か…

…いや、ないな、和水の洗濯板押しつけられてもなぁ


「パフパフ?」


俺にはそれが化粧用具の一つにしか見えなかった。


「和水、俺ケセランパサランじゃないから白粉いらないんだけど…」


「うん、確かに幸福とはかけ離れた顔してるもんね」


「…うるせー」


「だけどダメよ、だって『女装する』、これがルールじゃない」


親指を立ててキラリンと歯を見せて笑いかける和水。絵にはなるな。


「ルール、ルールって…。俺はルールに縛られる生き方は嫌だって…、…え」


ちょっと聞き捨てならない言葉が刹那鼓膜を震わした気がする。


「な、和水、お前今なんていった…?」


「…ん?確かに幸福からかけはなれた顔してる…」


「そっちじゃねぇ!その後だ!そして地味に精神攻撃を仕掛けるなっ!」


「なによ?そういうのは探偵以外聞き返しちゃいけないのよ」


「御託はいいから、確認させてくれ!」


膝の上の和水はブーたれると、白粉の粉をまくパフを俺の頬から一回外して、答えてくれた。


「多分、女装するってのがルールだから、みたいな事言ったわね」


「え…、じょ…?」


「…なによ?」


じ、女装!?


「なんでっ!?」


「なんでって、それは…」


斜め右上に視線を向けてから俺の方を向いて彼女は答える。


「それがルールじゃない?」


「ルールって…、ええっ!?な、なんで!?」


「もうしつこいわね。あなたがこの間にひいた罰ゲーム、『女装する』を今実行してあげてるだけじゃない」


「ええッ!?!?!?」



俺は自身の渇いた喉を精一杯震わせて声を出した。

存外大きな声が和水に耳に着弾する。


「っゥ〜〜〜」


「…あ、悪い」


「っもう!いきなり怒鳴らないでよ、びっくりしたじゃない」


俺の声の直撃を受けた和水は片目を瞑り不快感を表しながら文句を言った。

だが、俺の問題は和水の不機嫌よりも『女装』の二文字の方である。


「ど、どういう意味だよ、それ!?」


「…意味って?女装は女の子の格好をするって意味よ」


「そういう事を聞きたいんじゃねぇよ!だから俺がこの間ひいたっていう罰ゲームの女装についてだよ!ひいたってことは、ス、スゴロクでの罰ゲームの事だよな?」


「それ以外に何があるのよ?」


「し、質問を質問で返すなぁー!?疑問文に疑問文でこたえるとテストは0点なんだぞ!こ、答えてくれ和水、つまり俺は『罰ゲームで女装をひいた』って事かな?」


「イグザクトリー」


ペッペッ、と手で虫を追い払うようにふりながら和水は言い放った。


「な、なんでだよっ!?」


ほっぺたには粉が纏わりつくような不快感が絶えず起こっている。

これは白粉が肌に付着しているからだろう。


「なんでって、それは道具が無かったから今まで先送りになってたんじゃない」


「…」


そっーと、俺は自分の頭にポンと手を置いた。

ふさ。


「…!」


ふさふさ


手を動かす度に帽子が揺れるように髪の毛が上下する。


「和水、お前…」


「カツラよ」


「…また、かよ…」


ふさふさの髪の毛が耳を覆うばかりでなく、肩にかかり、さらに背中まで集中すればふさふさがあるのに気付く。

俺の本来の髪の長さならばありえない現象だ。

おいおい、僕の髪が肩まで伸びて君と同じになったら〜、をまさかこんな短期間で達成する事になるとは…、…教会の準備を誰かしてくれ…。


「ノン…増毛…」


「悩み無用よ、美人にしやがったから」


「俺が寝ている間に何やってくれてんだよ…」


「まぁ、いいじゃない今日一日それで過ごすだけなんだからさ」


和水はそう言って俺の膝からゆったりとした動きで片足ずつ降りて、俺の隣りの補助席をガタンと外してそこに座り直した。


「…補助席?」


和水は俺の左手側の肘掛けにどんと右肘を立てて頬杖をついた。


「補助席…って事は……バス?」


ブロロロ…


俺の呟きはエンジンの始動音に飲み込まれて、溶けて行った。




「つうか、あんなに長かったのに、…」


夢オチかよっ!






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ